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「立太子の儀」の日に向かい合う、王国の真実
二人の侍女 その者達の強い意志(1)
しおりを挟む「礼法の時間」が久しぶりであったの。
今回は、晩餐会形式なの。 学院の大広間に沢山のテーブルが並び、そこでご飯を食べるの。 貴族の人達は、必ずこの「礼法の時間」に出席する義務があるわ。 私は別だけどね。 でも、ちゃんと全部の時間に出席する事を求められているの。
仕方ないよね。
着ていく者も、貴族の皆さんは豪華なドレス。 私はいつもの姿なの。 大広間に時間通りに到着したら、スコッテス女史と、シーモア子爵に両脇を挟まれる様に、一番後ろの円テーブルに拉致されたわ。
「あの……」
「今日はここで」
「そうね、出来るだけ目立たない様にしましょう」
ほほぅ、そう来たか。 大広間の奥まった所が一段高くなっていて、高貴な方達がそこに鎮座増しまして居られたわ。 ウーノル殿下、マクシミリアン殿下、ドワイアル大公家の御兄妹、ミストラーベ大公令嬢、ノリステン子爵、デギンズ助祭、テイナイト子爵、……お茶会の人達ね。 王太子妃、側妃、そして、未来の側近の方々が固めているわ。
薄っすらと、重防御魔方陣の膜が、高貴な方達の前に立ち上がっているの。 強固な魔方陣なのは、遠目に見ても良く判るわ…… 学院も相当力を入れて、警護体制を整えたのね。 いい事だわ。
あれ? 一人…… 足りない。 ニトルベイン大公令嬢、ロマンスティカ様の御姿が見えない……
「あの、スコッテス先生。 ニトルベイン大公令嬢様の御姿が……」
「彼女は、欠席です。 特段の理由があり、この場にはいらっしゃらないの」
困惑したわ。 だって、第二学年どころか、学院ほぼすべての学生さんが出席されているのよ? この授業は、本当に特別な授業の筈。 だから、欠席するにしても、相応の理由が必要な筈。 それこそ、ご領地が危機に瀕しているとか、御身内が亡くなったとか…… 後は…… 公的な職務についている方が、公務を優先し、それを殿下が承認した時……
「ロマンスティカ様は、『魔術士』として、王宮魔導院に出仕されておられますのよ。 あの方、二年次に成ると直ぐに、王宮魔導院に配属されましたわ。 優秀な魔法の使い手として、王宮でも有名なのよ」
シーモア子爵が、こっそりと耳打ちしてくれたの。 驚いたわ。 だって、彼女、私に攻撃魔法以外の魔法を教えて欲しいなんて、言ってたのに? そんなに優秀なら、わたしに頼む必要もない筈でしょ?
「彼女は「光」属性の保持者でしょ。 王宮魔導院にも少ないのよ。 だから、専門の教育を与える為に、敢えて、王宮魔導院の一員とされているの。 そうね…… 「 聖堂教会除け 」って所かしら」
シーモア子爵が、内情を教えてくれたわ。 そういう事ね。 聖堂教会が囲い込む事を良しとしない人たちが沢山居て、彼女を守るために王宮魔導院に所属させたと云う事なのね。 なんか、ちょっと納得しちゃったわ。 でも…… それ、ロマンスティカ様にとって、良い事なのかしら?
「彼女、嬉々として、その辞令を受け取っていたって。 王宮魔導院に所属出来る事を、心から喜んでいたらしいわ」
…………そうなのかな? あの方の御心はとても読みにくいのよ。 なにか、目的が有ったか、目眩ましに使えるからか…… 判らないけれども、なにか、考えがあるみたいね。 王宮薬師院所属の私と、王宮魔導院所属のロマンスティカ様。 ……考え過ぎかしら?
「始まるわね……。 メアリ、今日の趣向は「殿下のお話」よね」
「ええ、リューゼ。 その通りですわ。 立太子の儀の前に、この晩餐会形式の「礼法の時間」が取れて、本当に良かった。 殿下のご意志でもあるのよ。 若き貴族の学生に広く知らしめると、そう思召しなの」
「そう、ならば、聞きましょうか。 殿下の「お話」をね」
三人で、軽く頷き合い遠くの殿下を見たの。 凛々しく、気高く、そして矜持を持って、お話が始まったわ。
二日の後に「立太子の儀」が有る事。 そこで、ウーノル殿下は王太子に成られる事。 この国の未来を担う、王太子となり政務にも参画する事。 第四軍の指揮権を下賜され、殿下直下の軍と成る事。
王族として次代を担う為に、王太子妃として、アンネテーナ=ミサーナ=ドワイアル大公令嬢様とご婚約される事。 側妃として、ベラルーシア=フォースト=ミストラーベ大公令嬢様を立てられ、アンネテーナ様共々、殿下をお助けする事に成った事。
諸々の政務に、多大な時間を要し、学院で学ぶ時間がとても少なく成る事も合わせて、仰ったの。
「皆に誓おう。 この国の未来を担い、より良き国にする事を。 盃を掲げよ。 未来に!」
「「「「 未来に!!! 」」」」
唱和される、言葉。 殿下…… 貴方ならば、託せる筈です。 どうぞ、どうぞ、この国を良き国と、成して下さい。
殿下の「お言葉」の後は、晩餐会の始まり。 優美な音楽が流れ、次々とお料理が運ばれてくる。 王宮の料理人が腕によりをかけて、技術の全てをつぎ込んだような、至高の逸品揃い。 食べるのがもったいないくらいなの。 テーブルマナー通りに、頂いたわ。
美味しいわ。 とっても。
庶民の口に入る様なモノじゃない。 だから、黙って頂くの。 スコッテス女史もシーモア子爵も、私が一心不乱に食べているのを見て、微笑んでらしたわ。 まるで、” 美味しくて良かったね ” って、表情でね。
前世の私は…… こんなに美味しく頂けなかった。 その美味しさを噛みしめる事も、美しい盛り付けに目を奪われる事も無く…… 普通に、そこに有る食べ物としてしか、認識できていなかった。 驕慢よね。 この一皿にどれだけの想いと、技術が込められているか…… それを知れば、このお皿に頭が下がるわ。 そして、美味しく頂けるのよ。
生まれ直して…… 良かった。 理解できて、良かった。 テーブルの上のお料理が輝いて見えるわ。
至高の晩餐会は、そうやって終わったの。 誰にも絡むことなく、ただ、美味しく頂いたわ。 女史も子爵も、そんな私をニコニコと慈愛に満ちた瞳で、見詰めていたの。
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まだ、遅くは無い時間に、第十三号棟に戻ってこれた。 星明りが行く道を照らし、月が王城の影から顔をのぞかせているの。 回廊には、まだ大勢の人たちが歩いていたわ。 下級官吏の人達にとっては、まだ浅い時間。 食堂で軽食を取り、残った仕事を片付けに掛かる筈ね。 一日の終わりには、まだ、少し時間がかかるわ。
第十三号棟に帰り、扉を開け滑り込むの。 そして、【施錠】。 まぁ、癖みたいなものね。 ラムソンさんが、作業台で本を読んでいたわ。
「ただいま」
「おう」
「何を読んでいるの?」
「毒薬大全」
「……そう。 毒に興味が?」
「あの…… 奴が使った毒にな。 アレは、森の民の毒だ…… でも、ここには載っていない」
「珍しいからね。 アレは」
「そうか…… 森のおばばに、教えてもらっておけばよかった」
「……なぜ?」
「解毒の方法も判る。 お前が受けた毒だ。 知るべきだろう?」
「……ありがとう」
ラムソンさんの表情は変わらない。 でも、尻尾がゆっくりと揺れている。 耳も、ピクリと動いたわ。 これからも宜しくね。 頼りにしているわ。 手紙受けに、二通の手紙が入っていたのに気が付いたの。
一通は、王宮薬師院 人事局の封印が捺されていた。 もう一通は、白い封筒。 封蝋は無紋。 誰だろう?
封筒の表裏を確認しながら、作業台に向かう。 ラムソンさんが、お茶の用意をしてくれた。 おばば様特製の薬草茶の入った、茶筒も一緒に。 嬉しかった。 お茶を淹れつつ、手紙の封を切るの。
まずは、王宮薬師院の方から。
” 明日、話してあった女性の獣人を君の所に向かわせる。 気が強く、扱いに苦慮すると思うが、よろしく頼む。 君の侍女として、第四軍への出向に付添う事も伝えてある。 もし、何らかの障害が起こったならば、直ぐに伝えてほしい。 善処する。
―――――王宮薬師院 人事局長 コスター=ライダル伯爵 ”
明日かぁ…… どんな人だろう? 獣人族の女の人……かぁ。 そういえば、あの人、来ないなぁ。 諦めたかな? 条件が厳しいモノね。 ” 暗殺者 ”に陽の下に出てこいなんて、言っちゃったものね。 お茶の用意が出来て、カップに注ぐ。 熱く淹れたから、ちょっと冷まさないとね。
もう一枚の封筒を手に取るの。 なにかの呪いとかが、符呪していないか、注意深く観察するの。 【詳細鑑定】の制限を外して、じっくりね。 別に、なんの変哲も無い白い封筒だった。 符呪されている様子もなく、” 普通の ” お手紙だったわ。
開封する。
” リーナにお願いが有るの。 貴女の力が必要なのよ。 お願い! 私じゃ見えないモノが有るの。 貴女ならきっと見える。 だから、お願い。 明日、迎えに行きます。 私が行くまで、絶対に外出しないでね。 お願いよ。
―――― ティカ ”
カップを取り落しそうになったわ。 ロマンスティカ様からだったの。 走り書きの様な、妙に切迫感が有る手紙。 私の力? なんのことだろう。 でも…… 此れだけ焦っているのだから、相当な事かもしれない。 いいわ、ティカがそこまで焦る事が有るのなら、そっちの方が興味があるもの。
何かしら??
一応、お返事書くことにするわ。 便箋をお部屋から持ってきて、簡単に承諾の文字を並べる。 ハト便も、ずいぶん上手くなったわ。 きちんと鳥が折れる様になったもの。 高い所にある窓を一つ開けて…… 折った鳥を放り投げる様にして、差し出す。
” ティカの元に。 さぁ飛び立って! ”
見る間に、ハトになって、パタパタと羽を動かし、夜空に消えていったわ。 ちゃんと、届いて、彼女の元に! 窓を閉めて施錠する。
今日は、お腹一杯だし、もう眠ろう。
薬草茶を飲み干して、立ち上がるの。
「明日は、二人ほどお客様が来るわ」
「そうか……」
「対応に苦労するかもしれない」
「そうか……」
「そうじゃないかも」
「そうか……」
「もう、眠るね。 おやすみなさい、ラムソンさん。 お茶の用意、ありがとう」
「あぁ、お休み」
ぶっきら棒ね。 でも、尻尾がユラユラしてるからいいかっ! 月の光が、高い位置の窓から差し込んできた。 魔法灯の火は落とすね。 ラムソンさんも夜更かしはダメよ。 明日も忙しくなりそうなんだからね。
今夜はよく眠れそう……。
お休みなさい……
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