その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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「立太子の儀」の日に向かい合う、王国の真実

 迷宮攻略 《 ダンジョン・アタック 》 (3)

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「さぁ、薬師殿。 参りましょうぞ」




 手を取らんばかりに、誘ってくるね。 触らせないけれども。 そこまで、云うんなら、仕方がないよね。 望んだのはそちらだし。 十階層程の迷宮ダンジョンだからって、舐めてるよね。

 さっき、エルビス様が仰ってたでしょ。 三階層くらいまでなら、新人冒険者さん達でも、十分対応可能だって。 逆に考えると、四階層以降は、新人さん達では無理。 そう銀級冒険者である、辺境出身のエルビス様が仰ったのよ。 と云う事は、徐々に出現する魔の者達が強くなるって事よね。

 ほら、新人さん達の装備、とっても堅固だったでしょ。 アレも考慮に入れているのなら…… かなり、厳しい相手になる筈よ。 インターゼン子爵の言葉から、彼らが私を連れ込もうとしているのは、少なくとも、三階層以下。 そして、周囲にバレることなく、私を手籠めにするには少なくとも五階層か、もっと深く潜る事に成る筈。


 いい根性してるじゃない。


 とっても、危険な事なのにね。 インターゼン子爵は安全に対する認識が甘い。 甘すぎる。 騎士が六、七人で、迷宮ダンジョン深部の魔の者達にどうやって対抗するのかしらね。 見たところ、戦闘訓練はそれほど積まれていないようだし、鍛錬不足なのか、足の運びも精彩を欠いるわ。 腰の長剣の重みで、左側に体幹がブレて居るし、ケイブ=オーク辺りに出会ったら、かなり苦戦すると、思うのよ。

 良し、泣き叫んでもらおうかしら。 なら、私は【身体強化】を二重掛けして、対応しよう。 それから…… 【全周索敵ラウンドサーチ】を、しっかりと掛けてッと。 うん、いい感じ。 「闇」属性の特性で、周囲には気づかれ難いから、私が魔法を使っている事は、インターゼン子爵には、判らない筈よ。


 さて…… お仕置きの時間ね。




「インターゼン子爵様は御強いんですね。 わたくしは、辺境ではあまり迷宮ダンジョンには、潜った事ありませんの。 強く、強大な魔獣の住処ですから…… 特に必要な ”薬草” が無い限り、近寄りもしませんでしたわ」




 辺境の、浅い迷宮ダンジョンは、冒険者さん達の生活の糧だから、私は行かなかったの。 それに、おばば様が時々、” 取って来な ” って、仰る「薬草」とか、「素材」とかは、最低でも三十階層の深深度おっかない迷宮ダンジョンの迷宮主の広間に有る物とかだったりするのよ。

 当然、一人では無理よ。 だから、ルーケルさんと二人で潜ったのよ……。 そう言えば、ルーケルさん、元気にしてるかなぁ…… おばば様、無茶言ってないといいのだけれど……。




「聖堂騎士の力をお見せしましょう! 我らは、栄えある聖堂騎士団の者。 「薬師」リーナ殿を、神官様と同様、御守りする事を誓いましょうぞ!」

「それは、心強いですわ。 宜しくお願いいたします」




 ニッコリと微笑んでね、相手を見つめるの。 もう、隠しきれないほどの ” 獣欲 ” を漲らせているのよ。 バカみたい…… 

 そして私と肉欲に目のインターゼン子爵眩んだバカ達と、その仲間達は、十階層迷宮ダンジョンの最深部を目指す事になったの。




 ^^^^^



「この迷宮ダンジョンには、名称が御座いましてな。 【霞の帳ヘイズケーブ】と呼称されているのです。 光源が無くとも、ほら、この通り。 内部は霞自体が発光し、一般のダンジョンよりも明るいのです、「薬師」殿。 松明を持たずとも、楽に下層に行く事が出来るのです」

「なるほど、明るいですわね。 煙の様な、霞……ですか。 それが、発光しているのですね。 探索が楽になりますわね」

「ええ、そうですとも!」




 足取りも軽く、前に前に進む私。 きっと、罠にかかったと、インターゼン子爵達は思っているのね。 でも、私には【全周索敵ラウンドサーチ】を常時展開しているし、【身体強化】も二重に掛けているのよ。 インターゼン子爵の言葉に間違いはないのだけれど、彼は一番大事な情報を私に告げていない。

 この発光する霞…… めくらましにも成るの。 松明とかで光源を確保すると、乱反射して視界が余計に悪くなる。 さらに、濃い霞は壁の様にも見える。 慣れていれば、どうって事ないけれど、初見では混乱するわ。 それを、話さないのよ、インターゼン子爵。 私が辺境の深深度おっかない迷宮ダンジョンに潜ってなかったら、きっと、思い通りだったんでしょうけれど、お生憎様!


 無駄に迷わせて、徒に体力を消耗させて、抵抗し難くしようとしているのが、まる判りなの。


 同じような手を使って、何人も手籠めにしている感じがする。 とっても、手慣れているもの…… 子爵とはいえ、貴族の男性。 その上、聖堂騎士団所属の騎士。 庶民の「薬師」の女性が、いくら被害を訴えても、通る訳がない。 

 そんな人たちに慈悲をもって、なんて、馬鹿らしくて。 いくつかの「 薬草 」 を、採取しつつ、迷うことなく、下層に通じる階段を降りるの。 後ろから、続いてくる、卑しい笑いを頬に浮かべた、騎士の面々。 二階層も、三階層も、同じような感じでね。 魔獣も出る事は出たのよ。 いい所見せようとしたのか、お馬鹿さん達が瞬殺してくれたわ。 



 まるで、 ” 俺の獲物に手を出すなっ! ” って、感じでね。 



 フフンって鼻で笑ってあげたの。 だってね、今日は薬草採取の授業だからって、ルーケルさんの”クリスナイフ” 持ってきてるのよ。 魔獣除けの祝福付きの、「 クリスナイフ 」 を。 大型で強い魔物はこれに反応する。 


 嫌がるのよ。


 だから、小型の魔獣しか寄ってこない。 とても、安全な状態なの。 迷宮ダンジョンの構造は、【全周索敵ラウンドサーチ】で把握している。 そして、大型の魔獣は、私達を遠巻きに見詰めているのが、見て取れる。

 クリスナイフの加護は強力なんだけれど、ちょっとした細工をすれば、その加護は一時的に停止する事が出来るの。 加護の元は、ナイフに刻まれた紋様。 だから、土でも何でもいいから、紋様の一部を埋めてあげると、加護が消失する。

 まだ、彼らは気が付いていない。 どんどんと、周辺の薬草を採取しつつ、階層を降りて行くの。




「我らと共に歩む、「神の御加護」でしょう。 今日は魔獣の襲撃が少ないようですなっ! それに、「薬師」殿も快調そのもの。 すでに、五階層を抜け、六階層に入りましたな。 どうですかな? ここらで少々休憩を、取られては」

「そうですね。 重い装備を着ていらっしゃらる、騎士様には休憩も必要ですものね。 判りました。 ちょうど、広い場所に出ましたので、この中央で休憩をとりましょうか」

「はははっ! 流石は辺境の「薬師」殿だ。 歩き詰めでも、まだ、そのような事を仰るのか。 まぁ、これでも、お飲みなさい」




 差し出される、水袋。 フーン…… 中に入っているの、麻痺毒ね。 常時展開している制限掛け放題の【詳細鑑定】でも、見えるわよ。 えっと…… そうね、頂こうかしら。 ポーチから、そっと解毒の丸薬を取り出して、口に含む。 全く気が付いてないのが、笑える……




「さぁ、どうぞ」

「有難く…… 冷たくて美味しいですね」

「そうでしょう。 さて、腰でも下ろし、暫し休憩を」




 私の身体が麻痺するのを待つつもりね。 ちょっとした、石の上に腰を下ろし、土の地面を引っ掻く。 クリスナイフの紋様に塗り付ける様にして、紋様を埋める…… これで…… 加護は停止するわ。 見ものね。 

 インターゼン子爵達は、私の様子を伺っているの。 いつ麻痺が始まり、私が倒れ込むか。 その瞬間を今か今かと待っているの。 


 ホントにお馬鹿さん。


 ほら、もうすぐ近くに、敵が来てるわよ。 魔獣だけじゃ無く、魔物もね。 一匹、一匹は、強くないけれど、かなりの数ね。 【重結界】の準備をして…… 無詠唱で自分だけに掛けるの。 こんなに近くに居るのに、魔法を掛けた事に気が付かない…… それでも、神官に仕えている聖堂騎士なの? 

 私が麻痺しない事にジリジリしてきたのかしらね。 仲間内で目配せを始めたの。 十三歳の小娘ならば、幾ら抵抗されても、力押しで強姦できちゃうものね。 そろそろ、その方向に気持ちが傾いて来たみたいよ。 目を血走らせて、私を見る、


   眼、
    眼、
   眼、
    眼……



 気持ち悪いわねっ!



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