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断章 7
閑話 サロンに集う友人達 (1)
しおりを挟む高位貴族の令息、令嬢が、指定の時間、指定の場所に其々の想いを胸に集う。
王宮の奥、ウーノル殿下専用とされる、豪華な空間であった。 魔法灯火の揺れるシャンデリアが、贅をつくした調度を、そして、饗せられる極上の軽食を乗せた銀器を照らし出していた。
薄っすらと、部屋の中に香る匂いは、王宮の温室から手折られた、花の薫り。 わずかに混じる、茶葉の匂いは、超高級品。 至高の空間を彩る逸品を揃え、迎える人々に歓迎の意を表していた。
――― ウーノル殿下のサロン ―――
多くの貴族の子弟にとっては、憧れの場所であり、届かない場所。 ここに招待されるのは、ウーノル第一王子の側を固める者達のみであった。 彼の信認を受けた者。 将来にわたって、彼の側に勤める者達。 能力示し、彼の治世を助けるべき者達。
栄達の栄誉よりも、重き重責を感じる者にしか、入る事を許されない部屋。 そんな、部屋に通されたのは、自他ともに認める、ウーノル第一王子の友人達。
エドワルド=バウム=ノリステン子爵
ユーリ=カネスタント=デギンズ助祭
ミレニアム=ファウ=ドワイアル子爵
アンネテーナ=ミサーナ=ドワイアル大公令嬢
ベラルーシア=フォースト=ミストラーベ大公令嬢
ロマンスティカ=エラード=ニトルベイン大公令嬢
フルーリー=グランクラブ準男爵令嬢
の七名であった。 今日の集まりは、ウーノル殿下の希望でもあった。 彼をして、興味深いと言わしめた、とある人物について、各人が思う所を述べる為に集められたと云ってもよい。 その人物の名は、
” 辺境の薬師錬金術士 リーナ ”
ウーノル殿下の危機を二度にわたって助け、護った庶民の薬師。 人物を見極め、ウーノルの側使えに推挙出来得る人物かどうかを、話し合う場として、設けられた。 侍従長も、護衛騎士もこの場には入らない。 自由に意見を述べ合う為に設えられている。
指定時間になり、三々五々、招待された人々が集まり始める。 ある者は、初めて入るサロンの様子に、驚きと、興味と、期待をもって。 ある者は、殿下よりの指示が上手くいかなかったことを悔いる様に。 有る者は、この場に伺候しても良いのかどうか、判断が下せず混乱の表情を浮かべたまま……
煌びやかな、空間に招待された七人全てが集うと、出入り口の扉が閉められた。 ぼんやりと、重防御魔方陣が扉の表面に浮かび上がり、部屋が密室と化したことを、出席者に教えた。
各人が、階位に即した場所に座り、殿下を待つ。
「王宮侍女の方も、いらっしゃらないの?」
周囲を見回し、フルーリーがそう小声でユーリに問いかけた。 困惑の表情を浮かべているユーリは、その問いかけの答えもまた、持ち合わせてはいない。
「何分、初めてご招待して頂いたものだから。 私も知らないんだ」
「そうなの…… 随分と……」
ミレニアムが、彼らの言葉を耳にし、小さく答える。
「殿下のご意志なのだよ。 このサロンでは、意見を自由に述べ合う場所にしたいとの思召しだ。 よって、王宮関係者、使用人、侍女、給仕…… 話し合う内容が外に漏れぬように、誰も入れない。 異例の処置をずっとされている。 また、殿下と二人きりに成る事もない。 ……機密性と安全保障の為と、そう仰られている」
「左様に御座いましたか…… あっ、でも、お茶……」
ポットと、茶缶はあるが、侍女無しでどうするのかと、フルーリーの困惑が広がる。
「お茶は、わたくしが淹れますわ。 ご心配なく。 これでも、淹れ方は習っておりますのよ? わたくしも…… そして、殿下も…… 殿下のお出ましが遅れておられるようですので、わたくしが淹れましょう」
ロマンスティカがいつも通りのにこやかな微笑みを浮かべながら、ツッと立ち上がる。 ふわりと茶器の乗るサイドテーブルに移動した。
「ロマンスティカ様がお淹れに成るお茶は、美味しゅうございますね。 でも、ニトルベイン大公家のお嬢様が、自らとは…… あまり外聞が宜しく御座いません事?」
ベラルーシアが、ロマンスティカにそう云う。 確かに、高位貴族の令嬢としては異常とも云うべき、振る舞いではあった。
「あら、そうかしら? 美味しいお茶が飲みたくて、その技能を持つ特別な者達に習いましたのよ。 何時でも、美味しいお茶が飲めるように。 他家で、散々な目に会いましたもの」
そう、言葉を口にするロマンスティカ。 なぜか、ベラルーシアの顔がカッと赤くなる。 ” 揶揄された ” と。
^^^^
かつて、ミストラーベ大公家の御茶会において、招かれていたロマンスティカが、供せられた「お茶」を、一口含むと、笑顔の眉が若干寄せられ、以降、まったく口にしなかった。
別に悪い茶葉ではない。 淹れた者も、ずっとミストラーベ大公家に仕える老侍女だった。 いつもと同じ高級茶、いつもと同じであった筈。
周囲の令嬢や奥様方も取り立てて、異変は無い。 なのに、ロマンスティカは、頑なにお茶を固辞して、その日の茶会を終えた。 後日、ベラルーシアに、ロマンスティカから、長い手紙が届いた。
曰く―――
茶葉本来の味と香りを台無しにしていた。
ミストラーベ大公家の家格が、その場での指摘が出来ない雰囲気を醸していた。
ミストラーベ大公夫人、御令嬢がいるその場での指摘は、不可能であった。
出席者は、茶の良し悪しよりも、そこで話される内容に集中する事にした。
私は、無理。 アレは茶ではなく、色付き水と云っても過言ではない。
” もてなす ” と、云うならば、アレは改善するべき。
さもないと、社交界で、” ミストラーベは味音痴である ” と、悪い噂が立つ。
即刻、まともに淹れられる侍女に変えるべき。
かなり辛辣な内容だった。 ベラルーシアは、家令に当日の茶を淹れたモノについて、調べさせた。 長年ミストラーベ大公家に仕えた侍女ではあったが、かなりの老齢であった事。 最近、とみに味覚が衰えていた事。 矜持を持ち、職務に当たっていたため、誰にもその事を伝えていなかった事。 さらに、解雇されてしまうのではないかと、恐怖していた事。
後進に道を譲るべき時期に来ているのに、それを成さなかったその老侍女は、その衰えた技をもって、ミストラーベ大公家の威信に傷をつけた。
しかし、それは、主家としても、問題が無かったわけではない。 彼女の淹れた茶を飲んでも違和感を感じなかったからだった。 即刻、お茶係は変更された。 しかし、自らの過ちもまた認め、解雇することなく別の職場に老侍女を異動させるにとどまった。
成程、言われてみれば、茶の味、香りが断然に違っていた。
ベラルーシアはその時の事を思い出したのだった。 財務を司る家系に生まれ、勉強に費やした時間は他家の令嬢を上回ると自負していたが、その分、嗜好品などに振り向ける意識は薄い家柄。
飲めればいい、食べれればいい、モノの価値は、その品についている値段が示すと云わんばかりの食卓が、いつもの情景。
恥じ入るには、十分な事柄だった。 だったが故に、その事を秘匿し、伝えてくれたロマンスティカには、感謝の気持ちを持ってはいたが……
他の出席者は知らない、ベラルーシアとロマンスティカの間にある、ある種の葛藤がそこにはあった。
^^^^^
「なにも、高価なモノが、価値があるとはかぎりませんわ。 ウーノル殿下がご用意された、この茶葉の様に」
ロマンスティカが笑顔で振り返り、皆に茶缶に入った茶を示す。 サモンゴールドの特級茶葉。 皆は、その言葉の意味が判らなかった。 フッとため息を漏らし、皆に説明を始めるロマンスティカ。
「この茶葉は、いつも皆様が飲まれているような、最高級茶葉ではございませんわ。 サモンゴールドの特級茶葉。 市井の者達が求める事の出来る、最上のモノではございますが、王宮や、高位貴族のお家では使用されてはおりません。 一級品ではありますが、普通に淹れたのでは、その味も、香りも判りかねますもの。 それが故に、王宮では、コレを購う事はございませんわ」
手を動かし、流れる様に人数分の茶を淹れる。 近くの者から、ソーサーに載った茶を渡していく。 強い芳香が揺れ、周囲に良い香りを拡散していった。 深く優美なアロマ。 ロマンスティカが淹れたその茶から、立ち上がる高貴な香りは、出席者を魅了する。
「ね。 ちょっと、頑張れば、こんなにも香り豊かで美味しくなるの。 自分の為なのですわ」
ゴールデンドロップは自分のカップに入れる。 ソーサーを持ち、着席し、少し口に含む。 淹れた者が最初に口にするのは、「 毒見 」 の代わり。 より深い笑顔を浮かべるロマンスティカ。
「いい出来です。 どうぞ、冷めぬうち」
各人が、それぞれカップに手を伸ばす。 その高貴な香りを楽しんだ。 アンネテーナが、ロマンスティカに問う。
「とても香り深いですね、このお茶は。 王宮でも頂いた事はありません」
「ええ、淹れ方が独特ですのよ。 普通に淹れたら、色付き水ですわ。 淹れ方を知っているのは、この茶葉を生産している地方の茶師くらいでしょう」
「そうなのですね。 ロマンスティカ様は、なぜご存知なの?」
「習いましたもの。 生産地の茶師を招いて」
「まぁ! そうなの?」
「ええ、美味しく戴くためには、労力は惜しみませんわ」
エドワルドが、ぼそりと呟く。
「ロマンスティカは完璧主義だからな。 誰も他には真似はできないよ。 しかし、旨いね。 香りもそうだけれど、かすかな苦みがまた……」
「ロマンスティカ様は、いつも?」
ユーリが、そう問いかける。 にこやかに微笑みならが、ロマンスティカは、軽く頷く。 フルーリーは、そんな会話に目を丸くしている。 フルーリーにとっては、このような高位の方々に囲まれて、王宮の第一王子のサロンに居る事自体が、信じられない思いで一杯だった。
” なんで、わたくしが呼ばれたのよ。 高貴過ぎて、居心地が悪い! なんか、もぞもぞするくらいよ。 一体、これから、何が始まるって言うの? なんか、皆様の表情も硬いし…… ニコニコしているの、ニトルベイン大公令嬢ロマンスティカ様くらいじゃない。 ……場違いなのよ。 あぁぁぁ、もう!”
心の内で、そんな叫びをあげていた、フルーリーの耳に、鈴の音の様な音が聞こえた。 奥の扉が開けられ、銀髪、蒼眼の第一王子が、大股で入って来た。 出席者が、立ち上がり、臣下の礼を取る。 その様子を見て、ウーノルは表情も変えず、言葉を口にする。
「揃っているか。 ……ティカ、私にも茶を。 話はそれからだ。 この場に居るもには、直言を許す。 皆の話を、聴かせてもらおう」
「 お茶会 」と云う名の「 報告会 」が始まった。
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