その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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思惑の迷宮

素顔の ロマンスティカ=エラード=ニトルベイン大公令嬢(4)

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 とても、真っすぐな目をしたロマンスティカ様は、私を見つめならが、言葉を続けられる。 それは、まるで、おばば様が、とても大事なお話をする時のように。 真剣なんだ。 彼女が秘密を私に告げたのは、決して私が、彼女の秘密を口外しないという、保証があったんだ。 それが…… 私の正体…… 



「初めてお目に掛かったのは、偽りの八歳の時。 そう、王城での「お披露目」の時。 お父様とお母様に連れられて、王城に伺候したときね。 あのね、エスカリーナ様、私は属性が判る前から、「光」の精霊様から庇護を戴いたの。 その一つが、〈 絶対記憶 〉。 覚えようと思わなくても、見た物は忘れない。 普段は思い出さなくて、観察さえすれば、直ぐに思い出すの。 エスカリーナ様、人族はね、どんなに外見を変えても、耳の形は変わらないの。 【自身形状変化モーフィング】は別よ、アレは、とても高度な魔法だもの」




 言葉の出ない私を見つめながら、ロマンスティカ様は続けられたの。




「髪の色を変えたり、瞳の色は色々な手段で変えられる。 顔もお化粧で印象は全然違う物にもなる。 年を取り、生活環境で雰囲気も変わる…… でも、耳の形の変化はとても少ないの。 私は、人の顔を覚えるのが得意。 自分を害する者が近寄るのを避ける為に、見知った人達しか近寄らせなかったから。 そうじゃないかな、って思ったのは、「お茶会」の席。 確信を持ったのは…… 貴女が髪を上げて出席した、「学院舞踏会」 での事。 エスカリーナ様の御耳…… 特徴的な部分があるの。 ……お返事はいらないわ。 わたしが、そう思っているだけだから。 誰にも言わない、約束するわ。 そうね、「光」の精霊様にも誓約する」




 座った目で、私を見つめる。 その瞳には、強く光る何かがあったの。 とても強い光なの。




「私の秘密と、貴女の秘密。 等価交換ね。 でも、その前に、わたくしは、貴女に告白する事があるの。わたくしは、エスカリーナ様を恨んだことが有るの」




 そこまで言ってから、彼女は悲し気に目を伏せられた。 彼女の表情はとても豊か。 この場所第十三号棟では特に。 学院での「礼法の時間」の時は、彼女は笑顔の仮面を張り付け、シンと静まった湖の様に、感情を外に出されなかったのに…… 今は、その「お顔」に後悔の念が浮かんでいる。 それは、私に向かう感情ではなく、御自身に向かう感情の発露だったわ。




「同じように、に生まれ、同じように大公家の奥まった場所に暮らす事を強要された。 でも、貴女は、ドワイアル大公閣下に、そして、ご家族にとても愛されていた。 十分な庇護を与えられ、十分な教育を施され…… それに比べて、わたくしは…… 悪評でも、貴女は存在を許されている。 わたくしは、存在そのものが、否定されてた。 そんな事ばかり考えていたわ。 でも、あの「お披露目」のあった「謁見の間あの場所」で、わたくしは…… 悟ったの。 貴女も苦しんで、自身の道を掴まれようと、努力された と。 わたくしは、どうなの? わたくしは、何をした? どんな力を付けた? どんな行動をした? ただ、流されたまま、言われるがままに、〈  〉を、演じて来ただけじゃない? そして、貴女が退出する後姿を見て…… 心に決めたの。 わたくしは、わたくしの為に生きると。 そう、エスカリーナ様がそうしたようにね」




 ――― 等価交換 ―――



 つまりは、何かを要求されるのかしら? これからも、「魔法」の鍛錬を見てほしいと、望まれるのかしら……




「警戒はしないで。 わたくしは、貴女に、わたくしの全てを曝け出した。 そして、わたくしが知る、貴女に関係する事をお教えした。 だから、二つ目のお願いをしたいと思うの。 受けてくれるかどうかは、わからない。 たとえ、拒否されても構わない。 今までお話したことは、あくまでも前提だもの。 秘する事は、絶対に公にしない。 「精霊様」にお約束したもの。 だから、聞くだけいいわ。 答えはよく考えてから、貰えたらうれしいわ」

「そうですね。 あまりにも衝撃が大きいので、考えが纏まりません。 恐怖すら覚えますわ」

「まぁ、リーナ様って、案外小心者なのね」

「小心者ですわよ。 怖いモノは、沢山ありますもの」

「でしょうね。 ……こんなわたくしと、お友達になって欲しいとかは、言えませんわ。 信じてほしいとも。 けれども、王家、王国の者達から、同じ様な鎖を付けられ、同じ様に引き回されている者として…… 鎖を絶ち切り、自分らしく生きて行く為に、協力は出来ないかしら。 リーナ様から、「魔術」の教えを受ける、わたくしから、ニトルベイン大公家が掴む情報を貴女に教える。 考えて頂けないかしら?」




 国内の色々な情報を掴んでいるニトルベイン大公家。 私は「精霊様」とのお約束を護りたい。 その為には、今、掛けられている頸木を絶ち割り、鎖を引き千切らなければならない。 ロマンスティカ様は、「魔法」という力を付け、私と同じように、掛けられている頸木を絶ち割り、鎖を引き千切らなければならない。

 見える世界は違っても、目的は同じ。 そして、なにより、王国が平和でなければ、私達の望みは、願う事すら難しい…… 人として、まっとうに生きて行きたい…… 奇しくも、私達の望みは一致している。 そこに至る思考の道程は、大きく違うのだけれど。




「お聞きしても?」

「何なりと」

「ファンダリア王国を恨んだりはしておられませんか?」

「もう、昔の事ね。 今は、平和な国で有ればいいと、そう思っている」

「ウーノル殿下は、ファンダリア王国を担えるとお思いですか?」

「傑物ね、彼は。 これから経験を積んでいけば、良き王になると思いますわ」

「殿下の藩屏たるを望まれますか?」

「冗談! 関わりたくないわ。 王家とは特に。 もう、手を放してほしいのよ。 でも、王家の外戚であり、偽りでもニトルベイン大公家の娘。 殿下の従姉として、扱われてしまうの。 この鎖を絶ち切る方法が思い浮かばないの」

「…………ならば、わたくしと同じに御座いますね。 殿下の立太子の儀の後、異動命令が下ります」

「従軍薬師…… 第四軍ね。 知ってる。 国内の情報は貴重よ、特に軍においてはね」

「ロマンスティカ様に、「魔法」を伝える事が難しくなりますわ」

「あら、知らなかった? ニトルベイン大公家は、国事を司るの。 王国内に居れば、私はどこだって行けるのよ? その権限も与えられているわ。 お忍びも、行く先に ” 制限 ” を、付けられていないもの。 ” 万が一誘拐され、拉致されても、ニトルベイン大公家は何もしない ” と、いう対価を差し出したけれどもね……」

「では、戦野においても?」

「勿論ね。 戦場が国内で有る限り」

「……御覚悟は、ずっと昔に決められていたのですね」

「わたくしが、わたくしである為にね。 ねぇ、リーナ様。 これからも、リーナ様と御呼びしてもいい?」

「それ以外に何と御呼びになるつもりでしたの?」

「内緒……」

「わたくしからも…… ロマンスティカ様と、およびしても?」

「うぅぅ~ん、そうね。 公式には。 でも、ごく親しい者達からは、ティカと呼ばれているわ。 お母様とか、近習の侍女とか…… 本当に、ごく親しい人達からだけね。 ……出来れは、個人的にお話するときは、ティカと呼んで欲しいかな」

「……ティカ様?」

「まずまずね。 了承されたって事でいい、リーナ様?」

「ええ、そうですわね、ティカ様」

「それは、重畳。 お会いする方法は、また考えますわ。 今日はを見てほしかっただけですもの。 よかった…… お伺いさせてもらって、本当に良かった」

「お話、興味深くお聞きしました。 「闇」の精霊様に誓約しましょう。 今日、お聞きしたことは、ティカ様と同様、深く秘する事を」

「完璧ね、流石は、辺境の薬師錬金術士リーナ様。 わたくしが目標とするべき御方ですわね」

「勿体なく」

「「フフフフ…………」」




 互いに目を合わせ、笑いあう。 なんだかとても不思議。 あの、ニトルベイン大公家のお嬢様よ、ロマンスティカ様は。 なのに、とても、近くに感じるの。 アンネテーナ様や、ハンナさんと同じくらいね。



 そうかぁ……



 シュトカーナが言っていた、



 ” 同じような匂い ” って




 この事だったのかも……





 しれないわね。






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