その日の空は蒼かった

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思惑の迷宮

素顔の ロマンスティカ=エラード=ニトルベイン大公令嬢(2)

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 そんな彼女が居住まいを正し、私を正面から見詰められて、言葉を紡ぎ出されたの。




「以前、リーナさんに、攻撃魔法以外の魔法を、習いたいと申し出ました。 覚えてらっしゃる?」

「はい、学院の先生は、そういった方面の魔法しかお教えされないと」

「そう…… 希少な「光」属性の持ち主だから。 攻撃魔法を専門に習得すると、殺生を忌避する教会には目を付けられない。 そういう判断のもとに、お父様が依頼されたの。 私にはそう御説明されたわ」

「……聖堂教会に取り込まれない為にですか?」

「そう、賢女様の例をもって、希少な属性を持つ者を囲おうとされる。 時代も状況も違うのにね。 なんの為に力を欲するのか…… 判り切った事ね、自身の権能を拡大する為なの。 リーナさんはそれも知っている筈よね」

「ええ……。 そうですね、おばば様を招聘しようとしたのが、聖堂教会ですから。 ……薬師として、エリクサーの量産に目途を付ける為でしたね」

「……ありえない判断よね。 それはお父様も薄々と感じてらしたわ。 そこまでして、権能と力を付けようとするのは、きっと、北の荒野を我が物にする為ね。 それも、ご存知でしょ?」

「ええ…… まぁ……」




 明け透けな話。 どこまでこの方が知ってらっしゃるのか。 そして、なぜ、このように明け透けなのか。 判らない。 ほんとうに、判らない。




「お話の一つは、薬師リーナ様に、見てもらいたい「魔方陣」が、ある事なの」

「魔方陣? なんの魔方陣ですか?」

「私の【鑑定】の魔方陣。 リーナさんがお茶会で使われた魔方陣は、遠目に見てとても素晴らしいモノでした。 私の【鑑定】の魔方陣では、あの時あの焼き菓子に毒物が混入している、……正確には、” 汚染されていた小麦 ” で作られていたとは、鑑定できませんでした。 あぁ、あの騒動の後で、あの菓子を鑑定する機会がございましたの。 そこで、判明いたしました。 わたくしの【鑑定】魔方陣は、不十分であると」

「……王都では、「鑑定士」なる職業があると聞き及びます。 そして、その家系の人以外は、鑑定を使えないと。 王都には専門家がいらっしゃる。 であるならば、ロマンスティカ様御自身が、お使いになる必要はございますまい?」

「でも、リーナさんはお使いになるでしょ? 【鑑定】の魔法は、世襲の能力ではない事は、良く知っております。 かつては外征軍に所属する魔術師のほとんどの者が使っていた。 特に戦野に出る魔術師には必須と云える筈でした。 戦地にて、食料を調達するのも役目の一つ。 そこに毒が混入していないかの確認もお役目の一つであったと、家伝の書にはございました。」

「……ですわね。 おばば様からもそう聞き及んでおります。 ですが……」

「わたくしにしても、その都度、彼らに対価を渡し、【鑑定】して頂くのは、ちょっと…… それに、彼らが真実を話すとは、保証できませんもの。 薬師錬金術士のリーナ様は、鑑定魔法も習熟されて居られる筈。 海道の賢女様がお師匠様であれば、相応の魔方陣もお教えいただいている筈だと、考えました。 その魔方陣を見せてほしいとは言えません。 言えませんが、わたくしの使用している魔方陣をお見せして、ご指導を戴くことは、可能かと思いました。 ダメでしょうか?」




 ロマンスティカ様は、常に誰かから、狙われている。 自身の安全の為、御自身が口にされるものを【鑑定】する必要があると云うのね。 そして、彼女はその能力を手に入れている。 確かな事は、その事によってご自身で、安全の確保をしているという事。

 それに、私がおばば様に師事していた事は周知の事実。 第二成人前の私は、師匠が許可を出さない限り、他の方に魔法を教授転写移譲する事など出来ない。 ひよっこが、そんな事をするのは、もっての他だものね。 

 だからロマンスティカ様は、私に教えを乞う事は出来ない。 おばば様の許可が必要になる。 それは望むことは出来ない。 学院では「攻撃系」の魔法しか学ぶことが出来ない。 それも、彼女のお父様の指示で。 

 でも、御自身の力不足は良く判っていらっしゃる。 その不足を補いたく思っていらっしゃる。 それは、とても大切な魔術師としての資質。 ” 飽くなき探求心と向上心 ”。 



 ――― 断れないよぉ ―――



 こんな真剣な眼で、お願いされるんだから、彼女心に決めたモノがある筈なのよ。 彼女は…… 貴族の御令嬢。 でも、ニトルベイン大公の息女であるという事を前面に押し出して、高圧的な態度を取らないの。

 あくまで、不足している物を、補おうとする魔術師として、私に願うの…… これは…… どういう事? 彼女は命じない。 願うのよ…… 貴族としての矜持は、必要ないと云うの? でも、彼女の気持ちは本物。 だから、了承するわ。 断る事は、彼女の真摯な心を踏みにじる事に他ならないもの。




「判りました。 では、ロマンスティカ様、【鑑定】の魔方陣を紡ぎ出してください」

「はい、では……」




 ロマンスティカ様は、詠唱無しで、右手に【鑑定】の魔方陣を紡ぎ出されたの。 その色は、特徴的な「光」属性の魔力の色、そう綺麗な緑色なの。 しっかりと勉強されているのだろうね。 端々迄、見事に描き出されているわ。 初級魔方陣としては、合格よ。 とても素晴らしい。 でも、それは、あくまでも初級ではあるのだけれどもね。




「ロマンスティカ様、この魔方陣は独学で?」

「我が家の魔法関連の古文書に記載されておりました。戦地に出る魔術師がマスターすべき魔方陣の一つとしてですが」

「左様に御座いますか。 ……これは、初級の【鑑定】魔法の魔方陣です。 食べられるモノか、そうでないかを判別するための物。 その時代、戦地では食べ物の戦地調達が必要だったのでしょう。 食べても問題が無いか、多少問題があっても、影響が少ない物ならば、きっと糧秣として利用していたのでしょうね」

「だから、あの汚染された小麦を判別できなかった…… のですね」

「ええ、量の問題もあります。 特殊ではありますが、調理方法で、問題も無くなります。 対処方法があれば、体力を回復するために、食料として利用できますから。 明確な「毒」とは、判別しなかったのでしょう。 巧妙な方法ですね、あの焼き菓子を用意された方は」

「…………ですわね。 問題があったとしても、その対処方法が確立されているモノならば、食べ物として、流通させることも可能ですね。 王国からの指示で、焼却処分を命じられていても、現地では食べ物が少ないとなると、その量を誤魔化し住民たちの糧秣としても利用も出来る…… 下賜された糧秣購入資金は、懐に入れる…… 悪質ですわね」

「たしかに、悪質ですわね。 …………さて、この魔方陣の精度を上げる為には、何をすればよいと思いますか?」




 ロマンスティカ様と、魔法の技術的なお話が続くの。 よく勉強されている。 おばば様との会話を思い出したわ。 とても有意義で、楽しい時間。 鑑定の魔方陣は、いくつもの小魔方陣が組み合わさっているの。 【分解】【判別】【抽出】 私も初見の時は良く判らなかった。 でも、魔方陣を勉強するうちに、その意味とか構築方法とかが理解できたの。

 ロマンスティカ様は流石に学院で学ばれているだけの事はあるの。 私が示唆した事はすぐに理解されて、初級【鑑定】魔方陣を高度化する場所を理解された。 中級の【鑑定】魔方陣ならば、直ぐにでも、さらに上級の魔方陣にも変換できそう。 ただし、魔方陣の組み換えが必要なの。 出来るのかしら?




「薬師リーナ様。 よく理解できました。 魔方陣の組み換えが必要な事も。 精緻な作業となりますが、この場で試してもよろしいでしょうか?」

「ロマンスティカ様が、試されるのでしたら、わたくしに異存はございませんわ」

「では、始めます」




 驚いた! 彼女魔方陣の書き換え出来るんだ。 かなりの高位魔術師でも難しいのよ? おばば様はそう仰ってた。 でも、目の前で彼女は確かにそれをしている。 私とはやり方が違うけれど、確かに組み換えしている。 ……凄い。 これは、学院で学んだのかしら?

 集中力を切らさない為に、口は噤んでいるの。 耳にシュトカーナの声が聞こえたの。




 〈この娘は、古い方法を知っていますね。 もう、廃れてしまった、方法です。 しかし、確実な方法でもあります。 魔力量も豊富に持っているのでしょう。 リーナは独自の方法を使いますが、この娘は、古来の方法です。 が、しかし、この娘の性質は…… 貴女と同じ匂いがします〉

 〈私と同じ?〉

 〈そうです。 抗っている。 自身の決められている道を外れ、自身の未来を切り開くために、抗っている。 そう、感じてしまいますね〉

 〈なるほど…… そうですか〉

 〈目を開き、耳を澄ませ、よくこの娘をごらんなさい。 きっと、貴女にも良い影響を与えると、そう思います〉

 〈シュトカーナ…… 貴女の云う事を信じるわ〉




 シュトカーナとの密談の間に、ロマンスティカ様は、書き換えを終えたの。 時間は掛かったけれど、規則的に、間違いない方法での書き換えをされていたわ。 これなら、接続に間違えが発生するわけはないわね。 古い方法ではあるけれど、確実な方法ともいえるわ。 

 コレを独学で習得されたのか…… 才能なのね。 おばば様にご紹介したら、喜んでくださるかも……




「リーナ様、出来ました」

「では、魔力を流し、確認してみませんか? この倉庫の中に有るものは、秘密な物は、何もありませんから、存分にお試しして頂いても、問題はございませんわ」

「ええ、では、お言葉に甘えます」




 ロマンスティカ様は、今しがた出来上がったばかりの上級【鑑定】の魔方陣を目に張り付け、周囲を見られたの。 大テーブルの上に置いてある、焼き菓子をじっくりと見つめられてから、言葉を紡ぎ出されたわ。




「鑑定結果が細かい項目に分かれておりますわ。 今、詳細に、この焼き菓子を鑑定しました。 凄いわ…… リーナ様。 使われている小麦の産地迄確認できるなんて……」

「【詳細鑑定】に近い能力ですわ。 ロマンスティカ様の技量が高い証明です。 わたくしはただ、お手伝いをしたまでに御座いますわ」

「……わたくしの技能? それは、『魔術師として』で御座いましょうか?」

「そうですわ。 ロマンスティカ様は、魔術師として、一番大切なモノをお持ちです」

「それは?」

「” 飽くなき探求心と向上心 ” に、御座いましょうか。 我が師より、最も大切な心の持ち方と、指導されております故」

「飽くなき探求心と向上心……」




 何処か、遠くを見つめるような視線を虚空に飛ばし、ロマンスティカ様は、何かを考える様に沈黙したの。 柵が色々と巻き付いている彼女にとって、魔法は自由への翼なのかもしれないわ。 そんな気がしたの。 家にも縛られず、大人たちの思惑に拘束されず、自らの意思で自らの未来を想える力となるべきもの。



 その力こそが、彼女にとって、『 魔法 』 なのかもしれないわ。




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