その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
150 / 714
思惑の迷宮

アンネテーナ様の来訪 オマケ付き (3)

しおりを挟む




 お二人を見据えながら、理解したことを告げたわ。




「ご来訪の意味、承知いたしました。 アンネテーナ様、ミレニアム様は、大公閣下の御意向の元、殿下の〈勅使〉として、見えられたのですね。 殿下の下賜された褒章と、大公閣下の苦渋の決断を御手に」

「そうだな。 薬師リーナ。 だからこそ、公式に手配をした。 本来なれば、大公家に招待し、歓待した後でするべき話なのだがな……」

「わたくしが、爵位を持たぬ庶民故に、「お忍び」の様にされた。 ご来訪の格式は「公式な勅使」のそれを持って…… ですか」

「何分と、薬師リーナの立場がな…… その、色々と難しいのだ」

「理解しております」




 そうなのよね。 もし、私が爵位持ちの家の子供だったら、こんな面倒くさいことしなくても、当主共々呼び出して、大々的に宣伝すればいいだけ。 私の出自が庶民と云うのが、一番問題になっているのね。 さもなきゃ、庶民の住んでいる「 倉庫 」になんて、最高位の貴族の御子息、御令嬢が来るわけないものね。




「リーナ様、気を悪くしないで。 本当に私達も感謝しているの。 貴女が示した勇気と献身は、何事にも代えがたいの。 今、ここで、お話する事は、公には出来ない。 だから、護衛の者も外してもらったの。 本当にごめんんさい」

「勿体ないお言葉です。 あの、まったく別の事なのですが、少々、お尋ねしたい儀が御座います」

「何なりと」

「お話する前に、お見せしたい” モノ ”が、御座います」




 そう言ってから、ポシェットにしまってある、他のお嬢様方から頂いた、「御機嫌伺い」と称する、訪問願いのお手紙を差し出したの。 困っているのよ。 アンネテーナ様は、ほら、私の後見人である、ドワイアル大公家の人だからって事で、一番にお会いしたのは、間違いでは無いの。 でも、他のお三方については、序列というか、順序というか…… 


 お三方の内、お二人は、大公家の御令嬢で、もう一方は政商の御令嬢。 


 どうやって、お迎えすればいいのか…… それも、判らないもの。 希望されるのが、すべて ” 個人的に、お会いしたい ” って、所がまた不安に思うの。 一体何を、「お話」に、来られるのか。 全然、想像がつかないわ。 アンネテーナ様には、このお手紙の事はお話してあるから、お会いする順序をご相談したくって……




「その事についてですわね。 どなたから、お会いすればいいかと?」

「左様に御座いますわ。 わたくしでは判断が付きませんの」




 ミレニアム様が、ここで、お口を出されるの。 ちょっと考えてからね。




「……薬師リーナ。 この手紙だけを見るに、判別の方法はある」

「それは?」

「王城コンクエストムでな…… 特に外務や、内務の大臣職の方々に会談を申し込む際、使われる方法なのだが…… 会談には、公式、非公式と、公事、私事の組み合わせがあるのだ。 公式で公事を話したい時は、正式な文書と書式、署名、封筒、封蝋、が必要とされる。 今回、アンネテーナが君に出した手紙の様にな」

「はい…… 頂いたお手紙の中で、一番良い紙の封筒に入って、封蝋で封緘してありました」

「それが、公式で公事と云う意味になる。 他の手紙を見るに、右から、公式であり私事。 非公式であり公事。 そして、一番左が、非公式であり、私事の様に見受けられる」

「それは、封緘と、使われている封筒からの判断でしょうか?」

「あぁ、こう云った事は、上位貴族の中ではある程度 ” 常識 ” と、されている。 王宮にお仕えする者は、” 慣れ ” として、書状を出すときに、どれだけの緊急度かを示すことがあるのだ」

「……存じませんでした」

「いや…… あくまでも、官吏や各役所で勤めている者の常識ではあるのだがな」

「……つまりは、これを出されたのは、主体はお嬢様方ではありますが、そういった役職を頂いておられる方が?」

「いや、まだ、そう決まった訳ではない。 封筒の体裁を見て、そう感じただけだ」




 これは、驚いた。 ミレニアム様、かなり精進している。 前世の記憶の中でもかなり薄い部分なの。 王妃教育でも、習った事がない事なの。 手紙の内容の判断方法とか、何が行間に書かれて、どう読み取るのかは、教育の中でも重要な位置を占めていたから、覚えてはいるの。 でも、封筒で中身に書かれている事のおおよその見当をつける事なんて…… 無かったわ。


 アンネテーナ様が、御口添えをされたの。




「わたくし達「貴族」にとって、手紙は重要な位置を占めます。 わたしくが、手紙を書く時は、書いた手紙を、侍女に出すように命じます。 文書係の者が、私的な手紙以外のものを精査し、それに見合った体裁を整え、わたくしに返します。 最後に全てを確認し、封緘を密蝋で行います。 私的な手紙は、わたくし自ら封筒に入れ、封緘はしません。 さらに、上奏文に関しましては、特別の作法が御座います。 それについては、「礼法の時間」では、習いませぬ。 手紙一つにとっても、貴族の者は、そういう仕儀に相成ります」

「わたくしは、失礼な「お手紙」を、差し上げていたという訳ですね。 誠に申し訳ございません」

「リーナ様は特別ですもの。 いいのですよ。 それで。 問題はございません。 さて、お会いになる順序でしたわね。 兄からの言葉は、わたくしが、お嬢様方に「お話」を伺いました通りに御座いますわ。 フルーリー様は、公式にご訪問したいと。 内容は、私的な事なので、お教え願えませんでした」

 ほうほう、それで?

「ベラルーシア様は、私的なご訪問をご希望です。 前回と同様、お忍びという訳ですね。 しかし、内容は、半分は公の物に近いと。 あの方は、ダクレール領で刷新された、会計の教本を御手にされたそうです。 リーナ様はダクレール領出身のうえ、商家とも深くお付き合いをされ、さらに、海道の賢女様の薬師所で研鑽を御積みなされました。 そこで、その刷新された会計教本もご存知かと、お尋ねになるそうです。 ミストラーベ大公家は財務をもって、ファンダリア王国に仕えておられる御家柄ですから」




 はっ! あれ…… 暇に任せて作った、会計教本…… アレかぁ…… そういえば、グリュック様が、領内の会計を全部アレに統一するって、仰ってたものね。 「百花繚乱」でも、アレ使って帳簿を付けていたものね。 判りやすいって、かなり急速に普及したんだっけ。 誤魔化しがきかなくなるから、商家の人達は、敬遠していたんだけど、グリュック様の強権が発動されたんだっけ……

 その会計様式を使わない提出書類は、受理しない…… とかなんとか。 商工ギルトのギルド長だもんね。 

 一気に広がったのは、その後だったんだっけ…… 




「ロマンスティカ様は…… かなり、お口が重うございました。 問い合わせの御返事も最後でしたわ。 私的に……非公式にお会いして、私的なお話をしたいと。 内容は、” あくまでも私的な部分のお話であるので ” と、内容はお話下さいませんでした。 問い詰める事は、出来ましたが、せっかく、修復いたしました、ニトルベイン大公家との諍いは、問題があると判断いたしまして、深くはお尋ねしませんでした」




 ボソリとミレニアム様が呟かれたのは、その時だったの。




「あのタヌキの孫だしな」




 なにも、言えないね。 ドワイアル大公家と、ニトルベイン大公家のわだかまりは、今に続いているという事ですね。 何となくだけど、お二人の口調で理解したわ。 でも、なんの用だろう。 魔法関連の事かな? たしか、前回お忍びでいらした時に、そんな事を仰っていた様な気がするわ。




「ならば、簡単だ。 公式の次に非公式。 公事の次に私事だから…… 会う順番としては、フルーリー嬢、ベラルーシア嬢、そして、ロマンスティカ嬢の順に成るのが順当だな」

「ええ、お兄様。 そうですわね。 わたくしも同意いたします。 お三方とも、個別にお会いしてお話がしたいとの、思召しでしたので」

「ありがとうございます。 では、そのように、お返事申し上げますわ。 あの…… 封筒の事ですが……」

「わたくしが頂きました物で、問題はございませんわ。 非常に失礼な事ですが、リーナ様は庶民の方ですから、お気になさらずとも、良いと思いますの。 その方が、リーナ様らしいとも、思いますの」




 うわぁぁぁ! やらかしてたんだ……  女史に…… 女史に聴こう。 ちゃんとした、お手紙の出し方を、お教え願おう。 前世で手紙を書いた時には、” 出しておいて ” の一言で済んでたんですものね……


 コレは、意外な礼法の落とし穴よね。 しっかり勉強しなくちゃ! 


 こうして、アンネテーナ様と、ミレニアム様の御訪問が終わったの。 お見送りして、中に戻って、テーブルに付いた後、全身の力が抜けたわ。 疲れ切ったって言うのが、正解ね。 

 半ば公式に、ウーノル殿下から、 ” トンデモナイ物 ” を、下賜された。 ドワイアル大公閣下も、私を従軍薬師に押し込もうとしているし…… おばば様にお手紙書いて、ハト便で送ろう…… 自分じゃ、どうしていいか判らなくなってきたわ。

 あれだけの無茶したんだから、辺境に帰れって言われると思ってたのに……

 全く、反対の事に成って来たのは、何故? 歩いていた道が突然ぬかるみ、足を取られ、泥の中に倒れ込んだ気分よ…… 

 へたり込んでいる私の前に、突然闇の中から浮かび上がる様に、ラムソンさんが現れたの。 【隠密】の腕、上げたね……




「お前、顔色悪いぞ?」

「そう……ね。 そうだと、思う」

「体調が悪いのか?」

「心がね…… 色んな事が、一度に降りかかって来たの。 なんか、疲れちゃった」

「……そういう時は、アンノンの茶を飲んで眠るがいいさ。 疲れた頭で考えても、良い知恵など出ない」

「まったくね。 そうさせてもらうわ。 晩御飯…… 一人で行く?」

「いや、お前が心配だ。 残る」

「……休憩してから、行きましょうか。 少しだけ、眠らせて」

「あぁ、そうするといい」




 ラムソンさんって、こういう時、ほんとに優しいね。 お言葉に甘えて、お部屋に戻ってベットに潜り込んだんだ。 アンノンの薬草茶は…… 後でいいや。 今は……眠るよ。




 起きたら、お返事の手紙を書いて……

 おばば様に、お伺いを立てようっと……





 ふぅ…… 






 疲れた……




しおりを挟む
感想 1,880

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!

伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。 いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。 衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!! パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。  *表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*  ー(*)のマークはRシーンがあります。ー  少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。  ホットランキング 1位(2021.10.17)  ファンタジーランキング1位(2021.10.17)  小説ランキング 1位(2021.10.17)  ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。