その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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思惑の迷宮

アンネテーナ様の来訪 オマケ付き (2)

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 私、コレの事はとても良く知ってる……

 これ…… 前世の記憶の中に有るのよ。

 マクシミリアン殿下より、に渡されたモノと同じなの。



 〈 直言許可の記章 〉



 普通は王族とは直接話す事は出来ない。 そりゃそうよね。 でも、お側使えする者が、殿下たち王族に直接お話できないと、困るよね。 その為に与えられる記章。 この記章を持つ者は、殿下たちに直接お声がけしても、不敬には当たらないと、そう規定されているの。

 だってさ、なにか、殿下が間違ったことをした時に御諫め申し上げなきゃならないでしょ? でも、直言したら、不敬になるなんて事になったら、その間違いを指摘すらできないもの。 だから、殿下や、王族の方は、信頼を置く者にこの記章を与え、お声がけしてもいいよって、事にするのよ。




 それは…… 反対に言えば…… ウーノル殿下のお側付きに抜擢されるという事に、他ならないのよ。 



 庶民の薬師リーナとしては、そんな事知っている訳ないから、知らんぷりしてアンネテーナ様にお聞きするの。 そう、知らんぷりよ。 だって、知っているはずないものね。 こんな特殊な記章の事なんてね。




「あの、この記章は? このような意匠の記章は存じ上げませんわ」




 勿論、アンネテーナ様の御胸にも、ミレニアム様の御胸にもこの記章は付いている。 お二人は…… そうか、ウーノル殿下のお側付きになられているのか…… 女性でこの記章が与えられるのは…… 技術職の女性か……



 ―――― 王族の御婚約者様 ――――



 そっかぁ…… アンネテーナ様。 決まったのかぁ…… 内々にお話が進んでいるって、伺っていた ” お話 ” …… アンネテーナ様がウーノル殿下の御婚約者に内定しそうだという、。 立太子される、ウーノル殿下に合わせて、決定されたのね。 大公閣下も、認めざるを得なかったという訳ね。

 アンネテーナ様がおもむろに、ご説明を始められたの。 ちょっと、誇らしげに、そして、ちょっと恥ずかし気に。




「この記章は、ウーノル殿下に直言を許された者だけが付けることが出来る記章です。 学院の中では、身分の上下を問わず、自由にお話は出来ました。 しかし、一歩学院の外に出ますと、王族の方にお声がけする事は…… いいえ、その素振りを見せるだけで、場合によっては不敬となってしまいます」




 そうですよね。 学院は……そういった事を勉強する場所でもあるものね。 一歩外へ出たら…… そりゃ、………… ね。 近寄っただけで、近衛の騎士さんとか、護衛の衛士さんに不審者として問答無用で、斬り付けられる可能性もあるものね。 怖い怖い……




「しかし、この記章を付けた者は、ある程度自由に殿下とお話する事が出来ます。 殿下の許可をその度ごとに取らずともよい、という訳です。 ウーノル殿下は、この記章を貴女の献身の褒美に下賜されると、仰いました」

「…………勿体なく」




 さっき、ちらりと頭に過った、重く太い鎖が、もう一度 「脳裏」に、浮かび上がる。 つまり、これって…… 私をお側使えにするつもりなの? 聞いてみたいような、聞いたら藪蛇になるような…… でも、聞かないと、別な重りを付けられてしまう様な……  ツッ! 迷ってても仕方ないわ。 




「あの、アンネテーナ様。 この記章を下賜されるという事は、殿下のお近くに伺候する機会があるという事でしょうか?」

「そうね…… その可能性は十分にあると、わたくしは思います。 殿下はもうすぐ十二歳におなりになられます。 そして、十二歳になると、殿下は立太子の儀に臨まれます。 王太子となられるのです」

「左様に御座いましたか。 本格的に次代の王としての研鑽を積まれるという事に御座いますね。 でありましたら、わたくしの様な者が、お側に伺候する事などありますまい」




 一口、お茶を啜ってから、ミレニアム様が私の疑問にお答えくださったの。




「薬師リーナ。 わたしから、父、大公閣下より預かり、もうし伝えたき義がある」

「はい」

「海道の賢女様は、今の聖堂教会にとても懐疑的だ。 いや、ハッキリ言おう。 嫌っておられる。 それは、君も知っているだろう」

「はい」

「…………知らせが入った。 どうも、聖堂教会の神官長が君を堂女アコライトとして、教会に迎えたいとの意思を示されたらしいのだ。 辺境の教会に対する多大な貢献に対する礼としてな。 かなり異例の事だ。 そして、大公家としてはそれを避けたい。 君に聖堂教会の 「 色 」 を、付けたくは無いとの思召しだ」

「……はい」

「学院の第二学年が始まる。 そして、「礼法の時間」は、かなり少なくなる。 つまり、君の「王宮薬師院 第九位薬師」としての時間も大幅に増える。 しかし、王宮薬師院は、君を王宮内に取り込む気は無いと見える。 つまりは、ここ薬草保管庫に止め置くつもりだという事だ」

「はい…… しかし、それは既定の事で、困る様な事では無いのでは?」

「聖堂教会の手が伸びる。 万が一、あちらの手が絡みつけば、父大公閣下が、海道の賢女様にお約束した事が反古となる。 それでは、いけないのだ。 よってな…… 君には悪いのだが……」




 歯切れが悪い。 なんだかとても嫌な予感がする。 体に巻き付いている鎖が、ジャラリと音がしたような、そんな気がしたの。



「君の持つ権能が、生きてくる可能性が出て来た」

「……第四軍、従軍薬師に御座いますか?」

「あぁ、そうだ。 薬師院の人事局の局長も、その考えに賛成のようだ…… コスター=ライダル伯爵だな。 あのお方も、相当苦慮されておられるようだった」

「お会いに、なったのですか?」

「あぁ、屋敷の父上の執務室でな。 君が王宮に伺候出来るのならば、問題は無かった。 王宮に伺候さえすれば。 お目見えさえすれば、君を王城内の薬師院 調剤局に回そうと画策されておられた。 しかし、学院の上層部が 「薬師リーナの「礼法」、未だ整わず」と、許可を出さない。 そうとう、聖堂教会に取り込まれていると、そう申されていた…… 担当教官のスコッテス女伯爵様はとうの昔に、合格と云われているのにな」

「左様に御座いましたか。 しかし、卑賎なる我が身。 王城コンクエストムに伺候するなど、まして、国王陛下に謁見の栄誉を賜りますような事、有って然るべきでは、御座いませんわ。 この第十三号棟にて、「 お仕事 」をするのが順当というもの」

「いささか、目立ち過ぎた。 君がそれを望んでも、そうは行かなくなった。 君が「薬師」として、自由に出来る唯一の道が……」

「……従軍薬師に御座いますか」

「あぁ、そうなるな。 そして、この記章の意味なのだが、ウーノル殿下の近くに行くやもしれぬ」

「?」

「立太子され、ウーノル王太子となられた暁には、軍事面でも権能を得る事になられる。 一軍、二軍は、残念な事に、聖堂教会の威光が強い。 第三軍は南の要として、殿下では無く叩き上げの人物がその要職についている。 殿下は…… 四軍の総指揮官に成られる予定だ」

「し、しかし、第四軍の兵は!」

「そう、一般兵が主体となる、歩兵軍だ。 騎兵の数も少ない。 騎士など、ほとんどいない。 この決定は、国王陛下よりの御命令なのだ。 考え、そう示唆した者は……」

「聖堂教会…… ですね」

「よく見ているな。 殿下に軍事的力を付けさせたくないという意志が、垣間見られる。 表立っては、公表されない事ではあるがね」

「……それで、第四軍の従軍薬師なのですね」




 それまで、黙っていたアンネテーナ様が口をお開きになるの。




「軍では何が起こるかわかりません。 目を光らせていても、” 何者 ” かが、紛れ込むやもしれません。 味方が…… 殿下には味方が必要なのです。 しかし、初めに、この事を殿下に奏上したのは、宰相ノリステン公爵様でした。 あの襲撃の場に居たエドワルド=バウム=ノリステン子爵様が行われた、「状況のご説明」で、そう決断されたそうなのです。 父、ドワイアル大公閣下は反対されました。 あまりにも、「薬師」リーナ様に、ご負担が掛かると」



 宰相ノリステン公爵様が単独でそんな事を決められる訳がない。 絶対にもう一人の方が、絵を描いた。 そういう絵を描かれるのが、最も得意な、が…………



「押し切られたのですね。 ” ウーノル殿下は、このファンダリア王国の光。 そして、尊き御方を護るのは、ファンダリア王国の民草としては栄誉で在り、至極当然の事である ” と…… ニトルベイン大公閣下――― でしょうか?」

「リーナ!! 貴女、どこまで、見えているの!!」




 図星なんだ。 あのタヌキなら、そう言うと思った。 宰相ノリステン公爵様と、ニトルベイン大公閣下の組み合わせは、何かと私に絡むものね。 重く太い鎖の様に…… 目が半目になり、怪しく底光りする私の瞳。 表情は少なく、引き結んだ口元は、軽く歪む。



 解いたはずだった……



 もう、貴族の世界とは、訣別したはずだった……

 なのに、どこまでも絡みついてくる。

 首輪を掛け、引きずり回そうとする。




 運命……




 そんな言葉が、私の脳裏をよぎり……




 あの、刑場で見た、蒼い空が思い浮かんだ。





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