その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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思惑の迷宮

街の噂話 

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 ラムソンさんは、扉の所で、私を待っていてくれたの。 スラリとして、しなやかな体付きは、もう立派な大人にも見えたわ。 かっこいいのよねぇ…… ぶっきら棒だけど。



 ラムソンさんが、ああ云ってるって事は、そんなに〈いい噂話〉じゃないって事なのよね。 …………多分。



 しっかりと第十三号棟の扉を【施錠】してから、食堂に向かったの。 あぁ、魔術師のローブは置いて来た。 コツコツと音がする石畳。 回廊の先の食堂は、いつもの沢山の人が居るの。 ちょうど夕飯の時間だから、とっても人が多いの。 

 でね、私たち二人を見て、並んでいる人達がね…… 目を見張って、じっと私を見てくるの。 えっと、どうしようかな。 辺境の生活では、こんなに注目を集めた事ないんだもの。 なんで、皆さん黙って、見詰めてくるのよ…… 居心地悪いじゃない。 でもね、その視線に含まれるモノには…… 嫌悪とかの悪感情は…… 無いのよ。



 嫌われてなかったら…… いいんだけれどね。



 待っている人の列は進み、やっとカウンターに付いたの。 今日の女給さんは、エルザさん。 にこやかに微笑んで、いらっしゃるのよね。




「リーナちゃん! 待ってたわ! もう、帰ってこないのかもって、思ってたから! ラムソンさんも心配してたのよ。 帰ってこないって! さぁ、今日はお姉さんの奢りよ! なんでも好きなモノ頼んで! 厨房長に言って、用意するから!!」

「えっ、えっ、そんな、特別扱い…… いいですよ。 今日の定食を食べますから」

「えぇぇぇ! 殿下を救った、『戦麗姫ヴァルキリー様』にそんな事出来ないわよ!」

「なんですか! それは!!」

「噂になってんのよ! 物凄い美少女が、殿下に刃を向けていた暴漢に、たった一人で立ち向かったって! その美少女、貴族のゆかりの人じゃないらしいの。 王城外苑の人達も、見知らぬ令嬢が一人いたって! リーナちゃんでしょ! それって!! ラムソンさんに聞いたら、リーナちゃん、王城外苑の学院舞踏会に出席するんだって、言ってたもの! で、で、どうなの! お姉さんに教えなさいよ!!」

「えっと…… 確かに、王城外苑には行きましたけれど…… その『美少女』とか、『戦麗姫ヴァルキリー様』とか…… 何なんですか?」




 エルザさんは、後ろに居たレーヤさんに受付を変わってもらってたの。 良いのかな? 私の注文を厨房に伝えてから、ちょいちょいと手で、私に合図したの。 カウンターから引きはがされ、角っこのちょっと暗めの席に連れていかれの。

 で、そこで、ほとんど尋問に近い事情聴取の様な質問攻め。 ……正直とは言えない答えばかりをしたのよ。 そう、ノリステン子爵と口裏を合わせて、あそこであった事を捏造してるの。 マクシミリアン殿下が、身を挺してウーノル殿下を守り抜いたって事にね。

 私はたまたま、その時にマクシミリアン殿下のダンスパートナをしていた事にしてるの。 庶民の薬師が所在無げに、壁の花になっていたのを哀れんで下さった、マクシミリアン殿下が、誘ってくださった。 そういう風に見せかせているの。

 たしかに、あの時、予定外にマクシミリアン殿下が、ダンスをお誘いに成ったのは、周知の事実なのよ。 それを見ていた人たちが沢山いるし、ダンスしていた所も沢山の人達が見ていた。 襲撃のあった時は、混乱していたし、” 当事者 ” の、私が、そう言うんだもの、それが事実になるわよ。

 結界の中で倒れていた時には、ほとんどの人があの会場から、退出していたしね。 

 そこに集った人たちが、混乱して、まるで私が戦ったように見えたんじゃないのかなって、事にしたの。 なんだか、とっても不満げな表情で、エルザさんは私を見ていたんだけどね。




「それで、その『美少女』とか、『戦麗姫ヴァルキリー様』とか言うのは、いったい何なんですか?」




 エルザさんの口から出た、とても不思議な言葉。 それが誰を指すのか…… 何となく、私の事だと思うんだけど、確かじゃないしね。 変な噂立てられるのは、ちょっと迷惑だから……




「んもう! リーナちゃんの事よ! 何をとぼけているのよ。 素敵なドレスを着こなして、優雅に踊る美少女って、噂が飛んでいるの。 どこの家のお嬢様だって、そりゃ、色んな人が言っていたもの。 下働きで駆り出された人達がね、リーナちゃんって気が付いて…… 聴いて来た人達に、” 薬師リーナ様です ” って、言った途端ね、そりゃもう、凄い騒ぎに成ってたんだって! だって、「礼法の時間」のお茶会で、良くないものを ” 薬師権限 ” で、排除して、ウーノル第一王子を助けたのって、あれも、リーナちゃんでしょ? そう聞いているわよ? なおさら、貴族の皆さまの注目を集めているのよ。 特に、男性の方々にね! 気の早い人なんか、どこに話をもっていけばいいのかって、嗅ぎまわっているっていうし……」

「話? なんのことですか?」

「リーナちゃん、十二歳の第一成人を超えているわよね」

「ええ、そうですけれど? それが?」

「貴族の人達の間で、早い人なら、十二歳で婚約をするの。 その、御相手にって! 玉の輿よぉ~~」

「迷惑なっ…… 「薬師」のお仕事は片手間には出来ませんのよ? 誰かの婚約者なんて! それに、私は、庶民ですよ? 貴族の方でも階層の壁は厚いというのに、庶民が貴族の方に嫁ぐなど、荒唐無稽です」

「い、いや、でも、ほら、どこかのお家に養女になって……」

「ドワイアル大公閣下が後見人として、立たれておられます。 それは、無理かと。 そんなお話が、大公閣下のお耳に入れば、私が叱責を受けますよ…… まったくもう!」

「ほぇ…… た、大公閣下が、後見人?」

「ええ、辺境領で、お仕事をしていた関係で、あちらの辺境侯爵様、男爵様、それと、辺境の教会の助祭様から、ご推薦を頂きまして、王都での後見人に、ドワイアル大公閣下にお受け頂けたのです。 大公閣下の顔を潰す様な真似は…… 出来ませんわね」



 エルザさんの眼が泳いだの。 まぁ、突然、超大物の大公閣下の名前が出てきたら、そうなるわよね。 だって、外務大臣なのよ、あの方。 その上、とてもお金持ちで、物凄く高貴な家系。 引きつりならが、エルザさんは、言葉を口に出したの。





「へっ へぇぇぇ…… そ、そうなんだ…… し……知らなかった」

「大きな声では、言えませんものね。 身を慎んで、しっかり仕事をするのが、私の役目ですから」

「はははは、そうね…… その通りね」

「で、その、『戦麗姫ヴァルキリー様』と云うのは?」

「アハハハ、 それがね、笑っちゃうの。 あの場にね、最後までいた人がね、リーナちゃんが戦って、相手を打ち負かしたって…… 暴漢は、負けちゃいそうになったから、煙を出して逃げちゃったって、そう言ってたのよ。 あぁ、これ、内緒にしてねって、言われてたんだけどねぇ…… それで、王城と、外苑の一部の侍女が、リーナちゃんの事をそう呼んでいるんだって!」

「事実と…… 違うのは…… 困ったわ。 そんな事を言われても…… 」




 私の困った表情に、エルザさんも狼狽えてしまっているのよ。 そりゃ、ドワイアル大公閣下が後見人になっているって、判っただけで、下手な事出来なくなるものね。 だから、嫌だったのよ。 後見人の事を言うのは。 庶民の私だから、ここの人達だって、気さくにお話してくれてたのに…… 

 困惑の表情を浮かべて、シオラシク俯いていたの。 困り切ってますって感じでね。




「そっかぁ…… 混乱してたもんね、アノ時の王城外苑は。 そっかぁ…… だったらさ、リーナちゃんは、リーナちゃんなんだよね」

「ふぇ? はい? 私は、変わりませんよ? 薬師リーナですよ? 白いシチューが有れば、元気いっぱいになる……」

「アハハハ! そうだよねぇ。 『戦麗姫ヴァルキリー様』とか、ピンとこないものねぇ…… 高貴な貴族の人の婚約者なんて、もうっと想像出来ないしねぇ~」

「そんな『 お話 』、有り得ませんよ。 そんなモノに成るくらいなら、全部、放り投げて、辺境に帰りますよ。 面倒な……」

「リーナちゃんらしいね、それ。 よし、お姉さん、頑張っちゃうぞ」

「ファッ? な、何を?」

「変な事言って来る人、一杯いるんだよ? もう、面倒なくらい。 だから、これから、全部、丸ごとお断りするよ。 リーナちゃんは、リーナちゃんだってね♪」




 なんか…… よく判んないけれど、まぁ、面倒事は回避できそうな感じだよね。 もうね…… なんか、どっと疲れたよ。 変な意味で。 今日の晩御飯を食べ終わったら、ちょっと気晴らしに、森にでも薬草採取にでもいこうかしら。

 一人に成りたいよ…… 



 その後は、ラムソンさんと一緒に、ご飯を食べたの。




 お夕飯のメニューは…………




 白いシチューだったの。 美味しさが、心に沁みたわ……







 厨房長様…… ありがとう。









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