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思惑の迷宮
リーナの処遇
しおりを挟む部屋の扉が開いた。
目を開いてそちらの方を見ている私に気が付いた、部屋を訪れた人…… 人達……ね。 複数の人が、部屋に入ってきたの。 目を見開き、驚きに満ちた表情をしているわ。 ん~ 何でだろうね。
「ご心配おかけしました。 皆様には、ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした」
そういって、横になりながらも、頭を下げる仕草をすると、駆け寄るような感じで女史がベッドの傍にやってきたの。 女史の瞳は濡れていたわ。 泣きはらしたように、目の周りも真っ赤。 眼の下に隈まで…… 本当に心配させてしまったのが、判かってしまったわ。
「リーナさん! 目覚めたの?! 目覚めたんですね!」
「ええ、スコッテス女史。 意識ははっきりとしておりましてよ。 ただ、体が重く、寝たままのは、お許しくださいませ」
「そんな事は、どうでもいいのです。 よかった…… 療法士から、目覚めれば大丈夫であるとは、聴いておりましたが、丸三日・・・ そうです、三日間昏睡されていたのです。 あのホールに落ちていた、襲撃者が残した、折れた剣から、「猛毒」が検知されました。 ただの擦り傷でさえ、致命傷になるような、そんな毒です。 リーナさんは、リーナさんは……」
「ですわね。 右腕を切りつけられ、全身に痺れがありましものね。 でも、もう大丈夫です、事前に服用していた、「解毒薬」で、その効果も失われました」
ちょっと、嘘吐いた。 そんなもの、ある訳ない。 毒が体に対して、作用する場合は、個別の解毒薬が必要なの。 特に強い毒となると、解毒薬も強烈なモノが必要とされ、加投与させると副作用で、トンデモナイ事になってしまう可能性もあるの。
「……流石は、薬師様と、言った所ですね。 それにしても、無茶を。 着ていらした、ドレスは、見るも無残に切り裂かれて居りました。 緘口令は敷かれましたが、あの場所を検分した近衛騎士が言っておりました。 ” 久しくこれ程の剣技を見ていない。 これを着て、アレをしたのか ” と。 学院も、このたびの事に関して、リーナに感謝申し上げると。 それにしても……」
「薬師として、傷つけられようとしている命を看過できなかったのです。 それだけに御座います」
後ろの方で、同じくお部屋に入ってらした、シーモア子爵が、沈痛な面持ちでこちらを見てらっしゃったの。 責任を感じてらっしゃるの? ちょっと訳が判らない。 さらに、ミレニアム様と、ノリステン子爵もいらしていたわ。 皆さん、シーモア子爵と同じような御顔をされていた。
にっこりと微笑んで、もう大丈夫ですって感じで、いらした方々を見ていたの。 ミレニアム様が、小さな声で、お話になった。
「薬師リーナ。 襲撃に際し、私達は何もできなかった。 君が、君だけが行動を起こし、ウーノル殿下の御命を救ったのだ。 これだけは確かだ。 確かなのだ。 しかし、貴族共と、教会の者がその献身を……」
はて? 何を仰っているのかしら?
「ミレニアム。 ここからは、僕が言うよ。 君の悔しい気持ちは、とても良く判るし、ドワイアル大公閣下からも、叱責をうけたのだろ。 リーナを助けよと云う指示は、彼女の安全も含まれているからね。 それを、みすみす、肉の壁にしたようなものだ。 それは、勿論、僕にも当てはまる。 父から、暗殺者の襲撃についての可能性は、聞かされていた。 ドワイアル大公閣下配下の「影」の緊急報だったとね。 王宮、執政府はそれを、軽く見積もっていた。 いや、無視したといっても過言ではない。 リーナ君の案で、ウーノル殿下の警護は、十分だと僕も父に云ってしまっていたのだからね…… 後悔している」
ミレニアム様に対して、ぼそぼそと、そんな事を云っているノリステン子爵は、今度は私の方近寄り、ベッドの側に跪いて、私の手を取らんばかりに、真剣な目で言葉を紡ぎ始めたの。
「リーナ。 襲撃に関して、君が行った事に感謝する。 ウーノル殿下の御命が助かったのは、紛れもなく君のお陰なのだ。 あの場に居合わせた私達はもとより、殿下も、殿下の護衛を任されていた近衛騎士も、その認識に違いはない。 無いのだが……」
眉を寄せ、沈痛な面持ちで言葉を途切れさせる。 何となくわかった。 護衛の任に当たっていたのが、王宮薬師院在籍の薬師とは言え、庶民階層出身の薬師とは、言えないんだろうな。 ここは、もっと…… そう、高貴な御方がその任を全うしたっていう方が通りもいいし、王宮、ひいては国民の皆さま向けにはもってこい。
さらに、あの場に居て、直接対峙した私のパートナーはと云うと…… マクシミリアン殿下だもんね。 後ろ盾の薄い彼が、もし栄誉を与えられたなら、貴族の後ろ盾と同じくらい価値のある、民衆からの賛辞を受ける事が出来るものね。
たぶん、そういう事。 途切れた、ノリステン子爵の言葉を、私が繋ぐの。 予想通りなら、頷いてくれるかもね。
「……栄誉は、マクシミリアン殿下にですか? あの場で対峙したのは、わたくしでは無く、マクシミリアン殿下と云う事にされると。 ……良いではありませんか。 その方が、何かと。 マクシミリアン殿下の御立場であれば、ウーノル殿下をお助けしても、然るべきもの。 その身を犠牲に、ウーノル殿下をお守りしたという事であれば、宮廷もマクシミリアン殿下を軽く見る事は無くなるでしょう。 そして、マクシミリアン殿下は、ウーノル殿下の藩屏たるを得るのでしょ? 違いましょうか?」
「……宮廷の思惑と、世情の誘導を、理解しているのか君は……」
項垂れたノリステン子爵は、小声でそう仰られる。 その様子に、私の予測は当たっていたという事ね。 そう、いいわよ、別に。 栄誉が欲しくて、護衛計画を立てたわけじゃないし、皆さんにも協力してもらっていたし…… 別に私一人がしたわけじゃないし。 そんなこと言ったら、ラムソンさんの栄誉はどうなるのよ、って話にもなるでしょ?
こう云うのは喧伝するようなモノじゃないもの。
あっ! ラムソンさん!! お部屋で待っていてくれているんだった!! 三日も寝ちゃってたんでしょ? 心配してるよ…… きっと、気を揉んでいるはずよ。 どうしよう…… 誰か彼に連絡してくれたかな?
「あの、わたくしの同僚には……」
「リーナさん。 それは、わたくしの方から連絡いたしました。 今は、倉庫の方で、待つとのことでした」
スコッテス女史が、とっても優し気な御顔で、応えて下さったの。 よかった。 女史はちゃんと判って下さっている。 獣人だと、偏見も無いみたい。 良かった。 ノリステン子爵が、私を伺うように見つめ、そして、口を開かれるの……
「リーナ君。 君には栄誉は与えられないんだ。 宮廷の思惑、貴族の考え…… ウーノル殿下も気にしてらっしゃる。 君はそれでいいと云う。 僕は、それが、心苦しいんだ」
「良いのです。 ウーノル殿下の無事が分っただけでも、満足しておりますわ」
「しかし……」
「薬師リーナは、「薬師」としての本分を全うしたまで。 庶民があの場に居た事さえ、糊塗した方が良いと思われます。 でも……」
「なんだろう、君が云うのならなんだってするが?」
ノリステン子爵の眼がすぼまり、私を見詰めるの。 かなり警戒されているわ。 そうよね、栄誉を与えずにいるって、判ってらっしゃるし、私が驕慢な態度にでても、甘んじて受けなければ、彼の矜持が許さない。 でも、無茶な要求は飲むことも出来ない。 板挟みみたいなものなのよね。 判るわ。 でも、私のお願いは、そういった類のものじゃないのよ。
「二点ほど。 皆様にお渡しした魔道具はお返しください。 アレは、急場凌ぎで作ったもの。 それに、《魅惑》の符呪付きのラペルピンなど、危なくて持っていられませんでしょ? 二点目は、準男爵様にお詫びを申し上げたく存じます。 あれほどのドレスを、たった数刻で台無しにしてしまいました。 なんと、お詫び申し上げてよいか……」
一瞬、ノリステン子爵の表情が呆けたのが判ったの。 彼にしてみれば、要求という程のモノではなかったってことよね。 でも、私にとっては、とても大切な事なのよ。 きちんと彼は応えて下さったの。
「一点目は…… 難しいが、何とかしよう。 フルーリー嬢、ベラルーシア様、ロマンスティカ様の御三人から、アレを取り戻すのには、骨が折れるでしょうからね。 ミレニアム、君も手伝ってくれるよね」
「あぁ、判っている」
「二点目は…… そのお気持ちを、準男爵にはお伝えしましょう。 ドレスに関しては、執政府の機密費にて買い取る事に致します。 ……父も文句は言わぬでしょうしね。 なにせ、相手は政商グランクラブ商会の会頭。 彼の離反は、執政府としても看過できませんから。 ……この場にフルーリー嬢も来たがって居りましたが、まだ、襲撃の検証も終わっておりませぬ故、この度はご遠慮して頂きました」
へぇ、そうなんだ。 女史を除き、男性だけがこの場に居るって言うのは、そういう事なのね。 という事は、ここは…… まだ、王城外苑なのかな? こんな感じの場所、他に考えられないしね。 医務室って訳でも無さそうなのよ、ここ。
「あの、わたくしの服は?」
「今は、楽なナイトウエアと云う事で、侍女に申し付けて、着替えてもらいました。 リーナさんの服は、あちらのワードローブの入れてあります」
「スコッテス女史…… お気遣い誠にありがとうございます」
「……しばらくは、この王城外苑の一室にて養生しなさい。 貴女は「重要人物」なのです。 それに……」
「それに?」
私がここに止め置かれる理由って事?
「まだ、貴女と遣り合ったモノの足取りがつかめておりません。 万が一と云う事がありますから。 そうでしょ、シーモア子爵」
「ええ、その通りですわね、メアリ。 リーナ、貴女の示した勇気と献身。 王国の誰もそれに栄誉を渡さないと言うけれど、私は貴女を高く評価します。 わたしの別の顔も、そう断じました。 アレと戦い、生き残るとは…… 屠られた者達の詳細を聞き、そう思ったの。 そして、また、懸念も生まれたのよ」
「何でしょうか、その懸念とは?」
「襲撃者が、リーナを狙う可能性が有るのよ。 面目を潰された一党は復讐を狙うわ」
「……そうなのですか。 わかりました、御指図に従います」
「ほっ…… よかった。 是非そうしてね。 確証が得られるまでだけど…… そう時間は掛からないと思うのよ」
「はい」
ド変態の別の顔? なんだっけ? 思えだせないよ。 でも……なんだか私、とっても重要人物扱いよね。 ちょっと不思議な感覚。 でも、忌み嫌われるよりもマシかな。 しばらくは…… そうね、しばらくはオトナシクしておかないとね。
*********************************
結局その部屋に、一週間、留め置かれたの。
学園舞踏会は、第一学年の最終日だったから……
今は二年生になっているのだけれど。
私の立場は、あくまで、宮廷薬師院の薬師で、「礼法の時間」のお邪魔虫。
どうなるのかなぁ……
二度も、騒動を起こしちゃったしなぁ……
まぁ、それで、辺境に帰れって言われたら、それでもいいよね。
おばば様に一連の事を報告してから……
懐かしの辺境に帰るって言うのも、
悪くないわよね。
お願いしたら……
ラムソンさん、一緒に来てくれるかしら?
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