その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
138 / 713
断章 6

 閑話  奴隷暗殺者の解放 (2)

しおりを挟む



 建物の中の廊下。



 いくつかの曲がり角に衛兵が立っていたが、夜の闇を友とする暗殺者が、準備を怠らならば、なんの問題も無い。 バターを切るように喉笛を掻き切る。 声など出せぬように。 速やかに、静かに。 バルコニーの様な場所へと続く扉を見つけ、体を滑り込ませる。


 大きな明かりと、烏合の衆が目に入る。


 とりわけ中央部が目に付く。 踊りの最中だと、躱すのが面倒だと、ちらりと思っていたが、今はそこで踊っている者達は少ない。 ほぼ、真っすぐに目標に届く。 椅子に座って、周囲の者達と話をしているようだ。 


 銀髪、蒼い瞳。 情報通りの王子様の正装。 


 よし、目標は、確認した。 ならば、やる事は一つ。 思い切りバルコニーの欄干を蹴って、フロアーに降り立つ。 降り立つと同時に、全力で走り込む。 もう、迷いは無い。 仕事を終えたら、そのまま横の扉から抜け出す。 

 逃走経路は、予習済み。 そして、この建物は見取り図通りの構造だった。 なんの問題も無い。


 走り、斬り、逃走する。


 あと、十歩ほどと言う所で、目の前に飛び出してきた者がいた。 裾は深い濃紺色 徐々にグラデーションが掛かって、胸元が暗赤色の美しいドレスを纏った…… いや、その華麗なドレスに負けぬ、とても美しい女児だった。 ふわりと揺れる紅い二房の髪、深い深い蒼い色の瞳。 輝く様な肌…… そして……逆手にナイフを持っていた、そいつ。 その姿と、醸し出す殺気を見て、背筋が悪寒が走る。


 こいつ…… 私の事が見えているのか。


 攻撃をしたら、「隠形」が解ける…… しかし…… 一瞬の迷いが私の速度を緩めてしまう。 


 …………しかたない。 仕事の邪魔をする者は、誰であっても、「排除」するまで。 ナイフを突き立てようとすると、不可視の魔方陣に阻まれた。




 ガチン!




 しまった! 行き足が止まった! 用心深く私を見つめる深い深い蒼い色の瞳。 こいつ…… 手練れだ…… いったん引くか? いや、それは出来ない。 ここで引けば、私が仲間を殺した事に成るかもしれない。 その疑念を払拭するには…… 目標に「 教訓 」 を与えねばならない。


 打ち合う事暫し。 強い……


 なけなしの魔力を使って、高価な巻物スクロールから、攻撃魔法を紡ぎ出そうとした。 しかし、こいつは、それもまた見越してか、魔方陣が完成する前に、霧散させる…… こんな奴、知らない。 裏の世界で生きていたら、大抵の強者の名くらいは流れてくる。


 しかし、こんな少女が…… 華麗なドレスを着た、見眼麗しい少女の強者など、知らない。


 ええい! もう、こっちは、すっかり、姿をさらけ出してしまった。 周囲の者の眼に私は映っている。 クソッ! 何てことだ! 殺気を飛ばし、打ち合うんだ、こいつは…… 


 奥の手を使わねば、抜くことは出来ないかもしれない。


 目標は小僧。 生身の人族。 ならば、一太刀で終わる。 仕方ない、奥の手を使う。 少し、隙が生じるが、溜を入れて……練った気合を刀身に移す。 私だけの、技能…… 祖先から受け継いだ、私の技能だ。 爪を切られた私が使える技能は、これだけなんだ。


 頼むから……


 頼むから、斃れてくれ!


 刀身に乗せた気合を解き放つ。 水平に一気に……


 えっ、なに?! 躱すのか? 初見のアレを! いや、右手は頂いた。 だらりと下がった右手は、血を吹き出して辺りに散っている。 よし、一撃は入った。 毒も塗ってある。 すぐに体が痺れる筈なんだ。



 ――― なんだ、その眼は? ―――



 まだ、戦意を失ってないのか? 何故だ……  もう体も言う事を効くまいに……  諦めないその瞳に、とてもイラついた。 奥の手まで使わされた…… ならば…… この一撃で!

 振り上げた相棒も、もう限界かもしれない…… しかし、目の前のこいつは…… 諦めていない。 蹴倒して、止めを!!



 こいつは…… こいつは―――



    危険だ!



 一撃で、あの世とやらに、送ってやる。 二度と私の邪魔などしないように!

 振り下ろす、私の相棒…… それでも、奴は、必死に左手で持ったナイフで迎え打とうする。 しかし、その速度は、とても遅い。 もう、力も残っていないんだ…… それでも…… それでも、抗おうとする……



 こいつは…… こいつは―――



    私と違うんだ……






 ^^^^^





 するりと、私の前に、殺気が立ち塞がる。 全く気が付かなかった! 何者!! あぁ、この殺気。 奴だ…… 表に居た奴だ…… こいつが来たという事は…… ぜ、全滅か……振り下ろした、相棒がいともたやすく、はじき返される。 



            ガキィィィン



 ダメだ…… 私も力が残っていない…… 

 あぁ……目標が王城に入っていく…… そっちに行かれたら…… 追撃出来ない……




 あぁぁ

  あぁぁぁぁ

   あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!





 離脱する! もう無理だ! 最後のとっておきの煙玉。 使わなきゃないけなくなった! クソッ、クソッ、クソッ!!! 何が簡単な仕事だ! 


 こんな化け物が二人もいるって、どういうことだ!!!




「おい、お前。 リーナを傷つけたな。 対価にそのそっ首、もらい受ける」

「――――」



 強い強い光を持った金色の眼。 そして、駄々洩れしている殺気。 逃げなきゃ…… 脱出しなきゃ…… こんな化け物と遣り合うには、今の私じゃ無理だ。 相棒ももうボロボロ……


 煙玉を床に叩きつけると、濃密で膨大な量の煙が辺りに立ち込める……


 距離を置き、その場から離れようとしたときに、首元に殺気が…… 鉛を仕込んだように、重くなった腕では、まともに迎撃など出来はしない。 それでも、なんとか、打ち返す事が出来た。




       キン

            キン

     キン



 三度目の受けで、私の相棒は折れてしまった…… そして、わき腹を削られた…… 折れた相棒と、血の代償に、私は、その化け物から、距離が取れた。 身を翻す隙が出来た。

 煙の中、脱出経路に向かう。 全速力だ…… 全力なんだが…… 体が重い…… 血を失っているからか? 

 大騒ぎしている奴らにまぎれるように、建物の外に出ると、早くこの王城外苑から出ようとしている者達が、先を争って馬車に乗り込んでいた。



 しめた!!



 出口近くにいた馬車の、台車の下に潜り込み、そして、息を潜める。 辛うじて残っている「隠形」を使って気配を消し…… 



 なんとか……



 何とか、あの場所死地を脱出する事が、出来た…………





 *********************************


 ボロボロになりながら、街を行く。 もう、屋根伝いも出来ないくらい、消耗していた…… アジトに戻る道すがら…… 見知った顔の、男が一人…… 目立たない路地裏の小さな商店の横で座り込んでいた。

 私のマスターだった奴…… 息も絶え絶えになってやがる。 主人マスターを見ると、わき腹をざっくりやられている…… わき腹を見ると、かしらがこいつに与えたナイフの柄頭が覗いていた…… 襲って、逆にやられたってわけだ……




「よう…… 生きていたか」

「ああ……」

「クソッタレ! …………なにが簡単な仕事だ…… 全滅じゃねぇか…… まぁ、あのかしらも、潮時だったのかもな…… クソッタレなかしらが、相手を見誤ったんだ…… 自分じゃなんも、しやがらねぇくせによ…… はぁ、はぁ、はぁ…… 俺たち…… 嵌められたのかね……」

「さぁな……」

かしらは…… この先も のうのうと暮らすんだ…… 全滅した俺たちなんざ、あいつにとっちゃ、使い捨ての駒って事か…… クソッ!」

「お前、頸木は…… どうした?」

「あぁ? 毒の痛みで、吹っ飛びやがった…… クソがっ! こんなになるまで、こき使いやがって!! おい、お前」

「何だ」

「解いて……やるよ…… お前の……頸木をな…………」

「なに?」



 そいつは、手で印を結び、呪文を唱えた。 そう、私の「奴隷紋」の開放呪文をだ



「”我が奴隷の開放を望む。 次のマスターは、この者の望むモノとする” これで…… お前……は……、解放奴隷だ……」

「何故だ?」

「判り……切った……事……だ。 意趣返……しさ…… 俺は…… アイツの……事が…… 嫌い……なん…… だ…………」



 そこまでだった。 マスターだった男は…… 事切れた。 そして、私は…… 自由を手に入れた。 望んでも、望んでも、絶対に手に入らないと思っていた、「 自由 」をだ…………


 やる事が出来た……


 重い足を引きずり……アジトに向かう。

 自分でも判るほど、ゾッとした笑みを、頬に浮かべていた…… 




 *********************************



 部屋の隅っこで、転がっているのは、先程までそこに立っていたモノ。 


 こいつの命令で動いた一党は、すべて死んだ…… 


 私は、アイツの意趣返しを、代わりにやってやった…………


 ただ、それだけの事だった……


 いや、違うな…… 今は、それ以上に清々しい……


 そう、私は 「 自由 」 を、手に入れたからだった。 抗い、切望し、諦めた「自由」を再び、この手に入れたからだった。 どんなに望んでも、手に入らなかった「奴隷」からの解放……


 それが…… 今、現実になったからだった。 もう、誰も私を止める者は居ない……











 だから、私は、私を取り戻してやる。








しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:859pt お気に入り:10,037

王家の影である美貌の婚約者と婚姻は無理!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:17,515pt お気に入り:4,439

君じゃない?!~繰り返し断罪される私はもう貴族位を捨てるから~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:11,013pt お気に入り:1,842

六丁の娘

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:4

召喚されたのに、スルーされた私

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:255pt お気に入り:5,599

妖精のお気に入り

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:1,760pt お気に入り:1,103

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:44,140pt お気に入り:12,057

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。