その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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学院での日々

学園舞踏会 (5)

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「殿下、アウトサイドで、私を右斜め前に放り出して下さい」

「なっ!」

「時間がありません。 マクシミリアン殿下は、ウーノル殿下の元に…… 刺客が来ます」

「しかし……」

「死にますよ?」

「なっ!」




 剣呑に半分にしか開いてない、私の眼。 その中に ” 死守 ” の光が宿る。 あのラムソンさんを抜いた 【暗殺者アサシン】。 手練れの上に、「 目的 」が、有るのだと、そう感じた。

 ええ、「 目的 」。

 【隠形シャドウアクト】を纏って、この場に来るんだもの。 そして、限界まで薄められているけれど、硬い意志…… そう、「 殺意 」 を感知しているの。


 目標が誰かは、その輝点の軌跡から明白。


 狙いは、「 ウーノル殿下 」 に間違いない。




 〈 皆さん、緊急事態です。 刺客が紛れ込みました。 ウーノル殿下狙いと思われます。 即時退避。 時間が無ければ、真方位180に近衛騎士を!〉




 大げさに言う訳じゃないの。 その刺客からの殺気は、細く薄いけれど、針の様に確固としたもの。 生半可な対応では、抜かれてしまう。




「マクシミリアン殿下、お早く! 時間がありません!!」

「なっ、 えっ、 お、 おお…… 何だか判らないが…… いいだろう」




 マクシミリアン殿下の御手が離れる―――。 私はタイミングを合わせ飛ぶ。 体幹はその瞬間に、襲撃者の方に向く。 【索敵サーチ】能力を絞って、相手の存在を確かめるの。 瞳の【詳細鑑定】の制限をいくつか外す。 きっと、漆黒の瞳が深い群青色に代わってるはずね。 でも、そんな事、言ってられない。



 捕らえた!



 視界に入るのは、【認識疎外】を含む、色々な阻害系の魔法を纏った、襲撃者の姿。 ラムソンさんの探知能力に、改めて畏敬の念を覚える。 よく、アレを感知して、行動を阻害したわね。 そのおかげで、こうやって表立って攻撃してくるんだから、本当にありがとう、ラムソンさん……

 腰に差した懐剣代わりのクリスナイフを抜き放つ。 同時発動で、防御魔方陣が薄く私の前方に展開するの。 間に合った! 襲撃者の攻撃進路と、ウーノル殿下の間に滑り込めた! 



     ギンッ!!



 防御魔方陣が嫌な音を立てるの。 相手は手練れ。 一撃を躱せば、警戒を強める。 このままにしては置けない。 ダンスのステップ同様に、相手との距離を詰め、ナイフで切りつける。 




         キンッ、
   



     キンッ、




           キンッ





 澄んだ、高い音がした。 相手も獲物を使ってきている。 襲撃者が【暗殺者アサシン】ならば、獲物はナイフか、短剣…… そして、間違いなくそこには 「 毒 」 が、仕込まれている筈。 踊るように、身を翻しながら、更に攻撃。 相手が防御としてナイフを使うならば、なんとかできそう。



 でもね…… 手練れなのよ。



 ホントに強い。 何らかの攻撃魔法を使おうともしている。 その兆候を見つけるたびに、展開されつつある魔方陣にナイフを突き立て、霧散させる。





 無言の攻防が続く。





 聞こえるのは、剣戟の音。 よく知った、命の遣り取りの音。 もう、宮廷楽団さんの美しい調べも、周囲で騒然となっている人達の事も、意識から消えたの。


 集中しないと、られる。


 相手が練達のモノで有ればあるほど、振るう武器の軌道は捕らえずらくなる。 縦横に撫で斬られるそんな気がしてきた。 どんどん、追い詰められるの。 なにせ、私はドレス姿。 いくら動きやすく作ってもらっていても、そこはね……

 致命的な攻撃が何度も何度も…… そのたびに、いなし、躱し、弾き飛ばす。 神様の加護が付いているクリスナイフだから、耐えられるようなモノなのよ。 それでも押される。 何がアナタをそこまでさせるの? いけそうだから? 衆人環視の元、本来なら暗い物陰の住人たる【暗殺者アサシン】が、その姿を白日の下にさらけ出して迄、狙うって言うのは?




 判らない……

 判らないけれど……

 私が抜かれるわけにはいかない……

 もうちょっと、体力を付けとけばよかった……





      ガキンッ、



 ガキンッ







 急所を狙う、相手の攻撃に、雑さが見え始める。 相手だって、相当疲れている筈。 互いの攻防の激しさに、衛兵さんも、近衛騎士の方々も、手出しが出来ないみたいなの…… せめて…… せめて、魔術師の人でもいたら…… そんな事を考えた時だったの。




    ――――バヒュ!




 突然の強い攻撃。 襲撃者の技能攻撃ね。 ダメ、間に合わない……

 強い痛みがクリスナイフを持つ右手を襲う。 余波は、ドレスまで斬る。 コルセットしてなかったから、お腹も切られていたわよね。 血が、舞飛ぶ。 左手じゃ、あの攻撃はしのげない…… ヤバい…… 後退しようにも、殿下たちまだ、この部屋に居る……



 肉の盾かぁ……

 死ぬのは嫌だなぁ……

 最後まで…… 最後まで……





 私は! 諦めない!




 でも…………




 蹴倒されて、フロアに座り込んでしまった私。 左手にクリスナイフを持ち替えて、相手を睨みつけるの。 肩で息をしている襲撃者。 殺気が私に叩きつけられるの。 顔が見えないその人は…… その殺意を隠そうともせず…… これで最後だとばかりに、ナイフを振り上げるの。

 最後か…… これで、終わりか…… 目の端に、殿下たちが近衛騎士に囲まれて、部屋から退避するのが、ちらりと見えた。 敵の襲撃は失敗。 私達の目的は完遂…… って所かしら。




 代償は…… 私。 平民の命一つ。 

 安いモノよね。 




 シュトカーナ、ゴメンね。 私が死んだら、杖は…… 貴女の宿る、「魔法の杖」は、腕から…… 出るから…… 誰かに…… 誰かに使ってもらってね…… いい人だったら良いんだけれど……

 振りかぶられる、相手のナイフが、視界を埋める。 

 アレが、私の死か…… 前世と違って、随分とマシじゃない。 ……凌辱の果て、魔狼に喰われる様な見世物よりも、遥かにマシよ。 ノロノロと左手を挙げ、迎撃しようとするんだけれど、それも…… もう、遅いわね。

 足掻きに足掻いた、今の私…… よくやった方かな?

 間近に迫る、ナイフを見つめながら、そんな事を思ってしまったの。 そして…… 口に出すのは―――




「 おばば様、ゴメンなさい。 約束…… 守れそうにないや……」






 *********************************






            ガキィィィン






 甲高い、音がしたの。 私の目の前に、立つ人影…… ふわりと、しっぽが揺らぎ、私を一撫でするの。




「生きていたか。 すまん、遅くなった。 他のモノは、粗方片付けた」

「ら、ラムソンさん……」




 ラムソンさんの鋭い視線が、襲撃者を睨みつけるの。 低く重い声が、その口から漏れ出す。




「おい、お前。 リーナを傷つけたな。 対価にそのそっ首、もらい受ける」

「――――」




 殺気の応酬。 フワフワしか感覚と、重い身体。 視界が徐々に周囲から暗くなって来ているの。 色々と無茶しちゃったから、【索敵サーチ】も割られちゃったよ。 常に掛け続けていた、【身体強化】だって、もう効果が無くなる。 手さえ動かないかも…… 横倒しになった視界の端で、ラムソンさんが爪を出して立っていたわ。

 緊張が高まる。 殺気は周囲に広がる。


       ボフゥン


 白煙が上がり、襲撃者の姿が白煙の中に消えた。




   キンッ

        キンッ

 キンッ




 甲高い音が三度響いて…… 静寂が訪れたの。 私を抱き起した人がいる。 白煙の中、顔は見えない。 でも、その手のやさしさで、誰だかわかった。




「ラムソンさん……」

「リーナ。 奴は逃げた。 少しは手傷を負わせたが……」

「ありがとう。 もう大丈夫。 目的は完遂したわ」

「そんな事どうでもいい。 リーナ。 傷は…… アイツら、「毒」を使っていた」

「ええ、そうね…… ちょっと、入っちゃったかも」

「解毒薬は、錬成できるか?」

「……今は。 無理ね。 第一材料も無いし、どんな毒かもわからない」




 白煙の中にもう一人の気配が、立ち上がったの。




「リーナ、ダメよ。 私のマスターは貴女だけ。 他の誰にもこうべは垂れない。 それが、どんな権力者であってもね。 森の民ジュバリアン王国の末裔たるラムソンに我、パエシア一族がシュトカーナが命じます。 彼女をこの場に残し、彼女の部屋に帰り、彼女の帰りを待ちなさい。 この場にあなたが居る事が知れれば、リーナの迷惑になります。 彼女の事は、このわたくしに任せなさい。 毒の解析も、解毒も行います。 いいですね」

「シュトカーナ様…… お、俺は…… 護れなかったのか?」

「いいえ、ラムソン。 良くやりました。 誇らしく思います。 流石は、シュバリアンの民。 アレは…… あなたの手に負えるようなモノでは無かった筈。 誇りなさい。 リーナは生きています」

「…………仰せのままに」




 そっと、フロアに下ろされたのが分かった。 冷たいフロアがとても気持ちいい。 かなり発熱し始めたのね。 




「リーナ…… 無茶が過ぎるわ。 眼が離せない…… 毒の解析と解毒薬の生成に、ブラウニー達を使います。 一時この場に結界を張ります…… 白煙ごとね。 いいわね。 さぁ……おやすみなさい。 魔力をたくさん使ったのね…… 髪が…… 銀灰色シルバーグレイになっているわ。 隠しているんでしょ…… 護ってあげる。 眠りなさい…… 私の腕の中で」




 急激に疲れが、瞼を重くするの。

 視界が揺れ、黒く塗りこまれるの。

 真っ白な視界が、端から、端から、どんどん暗くなり……





 そして……





 私は……





 意識を手放したの。







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