その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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学院での日々

遊撃の必要性

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「殿下の学園舞踏会への出席は中止すべきです」

「わたくしも、そう申し上げました…… しかし…… 暗殺者達が殿下を狙っている訳ではないと……」

「不測の事態が有れば、それを申し上げた方々の責となります。 それでも?」

「…………残念なことに、王国上層部でも、同じ様な判断が下されているのです」

「…………それで、ドワイアル大公閣下の「影」が、スコッテス女史に、お伝えしてきたのですね」

「まさしく。 学園舞踏会は、いわば「礼法の時間」の延長上に位置します。 よって、この時間の責任者たる、わたくしが……」




 何てことなの! 責任を負うべき人達が、現場の指揮官に全ての責務を負わせるなんて! ダクレール男爵が、全権をルーケルさんに押し付けているようなものじゃないの! け、警備は! 警備の配置はどうなるの!!




「スコッテス女史! 警備の強化は!」

「殿下の近衛が数名増えます。 男女の近衛騎士です」

「こ、近衛騎士…… せ、せめて第一軍、いいえ、四軍当たりの将兵ではないのですか。 騎士様では…… 【暗殺者アサシン】相手の防御に不安が……」

「これも、決定事項なのです。 リーナ、貴女が示した、殿下の守り…… 現状アレが一番良い方法だと、リューゼも同意しています」




 とても、見てられない…… 悄然と俯くスコッテス女史。 なんでよ! なんで、こんな事に成るのよ!! 




「リーナ…… ごめんなさい。 貴女に相当の負担がかかります」

「それは、いいのです。 薬師としての使命があります」

「わたくしも、出席者の事を調べます。 逐次貴女に、お教えします」

「……避けられぬのですね」

「ええ…… 緊急報は、相当に確度が高く無ければ、発せられません。 それを、この国の上層部は!」




 憤りにお顔を赤くして、スコッテス女史は感情を顕わにされている。 私ってね…… 面白い所があるの。 いくら自分が怒っていても、それ以上の怒りを顕わにしている人が近くに居ると、スッと醒めてしまうの。 そして…… 問題に対して、対処方法を考えるの……


 …………ルーケルさんなら、如何するんだろう。


 海賊相手の護衛が、突如海龍を相手にしなくちゃならないようなモノなのよ。 純然たる攻撃力では、あちらの方が数段勝っているし、攻撃方法も多岐に渡る。 そして、攻撃の機会はあちら次第。 守りに難く、攻めるに易しい…… そんな状況なの。 ―――何か、何か手は……





 ” ――――それなら遊撃艦隊を編成し、現着と同時展開。 注意を引き付け、船団に対しての攻撃位置を取らせぬように ”





 頭の中で、ニヤリと笑うルーケルさんの不敵な笑みが浮かび上がったの。 遊撃艦隊…… かぁ。 となると…… 戦闘力を持った、信頼できる、誰も知らない人が必要になる。 それも、相当高い戦闘力を持った人。 相手は【暗殺者アサシン】。 体力は無くとも、俊敏性、隠密性にたけた敵。 そんな敵に対して、有効なのは…… 魔物を相手として日々の糧を得ている、冒険者さん達……



 ダメだ…… 王都の冒険者ギルトの人達じゃ、相手に成らない。 ダクレール領からでは間に合わない……



 その日の「礼法の時間」は、ほとんど上の空。 私一人、引き絞られた弓の様に緊張していたわ。 スコッテス女史も、事情を知るシーモア子爵も同じようにピリピリしているの。 ロマンスティカ様や、ミレニアム様には、お伝えしていない。 下手にこんな事を言ってしまうと、それこそ収拾がつかなくなる。

 きっと…… ドワイアル大公閣下も、ミレニアム様、アンネテーナ様には伝えていらっしゃらないんだろうな。 殿下の出席を中止してもらうように、色々と画策されている筈。 押し切っているのは…… 誰なのかしら?




 *********************************




 第十三号棟に帰ってからも、悩み続けているの。 どうしようも無いもの。 手駒が無さすぎるの。 晩御飯に食堂に行っても、大好きな真っ白なシチューを食べていても、考えるのは殿下の護りの事ばかり……



「どうした。 何を悩んでいるんだ」



 寝る前の一時…… ラムソンさんが私にそう聞いて来たわ。 やっぱり一緒に暮らしているだけに、私のおかしな様子は手に取る様に判るのね。




「ええ……少し悩んでいるの」

「なんだ」

「殿下をお護りしなくては成らないのに、信頼できる味方が居ないのよ」

「ん? 一国の王子に味方が居ない? なんでだ?」

「……危機感。 それが無いの。 それに、あの方は狙われている。 何度も御命を狙われている筈なのに、何時も後手に回っているの」

「フッ…… 人族の中の争いか」

「そうね、不毛な争いよ。 見えているモノしか、信じない。 今までそれで通用していたから、今後もそうだろうとね。 情報は上がっているにも拘らず、大したことは無いと見過ごすの。 ……手練れの冒険者さんが居ればなぁ……」

「……居るだろ」

「えっ?」

「斥候と不意打ちに特化した、森の民が」

「ら、ラムソンさん? 貴方…… いいの? 人族よ?」

「お前が信を置くんだろ? お前が護りたいと思うんだろ? ならいいじゃないか。 使えよ」

「ラムソンさん………… そうね…… 貴方なら、【暗殺者アサシン】相手にしても、遜色無いもの…… でも、理由は?」

「お前、俺に背中を預けているだろ? 薬草採取の時とか。 アレは信では無いのか? 森の民の言い伝えがある。 ” 信には信を返せ ” だ。 お前が信を置くのなら、俺はお前に信を返す。 人族とかそういうのは、この際別だ。 俺は別にその ” 殿下 ” とやらに、信を置いたわけではない。 お前にだ。 お前が必要と思うなら、俺を使え」

「…………ありがとう」




 ラムソンさんの底光りする金色の目の光。 この人は……嘘は言わない。 判った…… お願いする。 お仕事の同僚だもの。 ぶっきらぼうだけど、暖かい言葉。 その言葉は、私の心に温かいモノを生んだの。 




「お願いするわ。 ラムソンさん。 相手は手練れの【暗殺者アサシン】。 やられる前に排除したい」

「排除か?」

「撃退だけで…… いつも通り…… きっと、「警告」の意味で来ると思うから。 いくら何でも、本気で「暗殺」を仕掛けてはこないと、そう思うのよ」

「甘いな。 状況判断は俺に任せろ。 獲物を狙う魔獣を同じ。 手負いに成ると、どうなるかわからん」

「……そうね。 そうかもね。 お任せするわ。 一応、【索敵サーチ】は掛けるつもり。 引っ掛かるかは判らないけれど……」

「俺は、その範囲外の敵に対し、行動する。 いいか」

「…………遊撃って事ね。 密かに、静かに……って事?」

「そうだ。 いつも通りだ」




 そうね、薬草採取の時も、時々どこかに行って、血だらけで帰って来るものね…… アレって…… そういう事なんだろうね。 背中を無防備に預けられる人は…… とても貴重なんだものね。 本当に信頼する相手にしか、お願いできないものね。 判った。 




「学院に…… いえ、スコッテス女史にお願いしておくわ。 貴方の影働きについては。 私の同僚で、信を置ける者を配置したと」

「そうだな。 俺の技能の【隠形シャドウアクト】を使えば、アイツらには判らんからな」

「ええ、私も貴方に、【隠形シャドウアクト】の魔法を掛けておくわ。 重ねて掛ければ、【暗殺者アサシン】にも探知できない」

「そうだな。 そうしてくれ」




 最大脅威はこれでどうにかなりそう…… あとは、殿下の周りを固めるだけ。 

 なんとか……


 なんとか、出来そう。


 ラムソンさん……




 感謝します。





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