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学院での日々
ベッドの上で、語らうは……
しおりを挟む壁に掛かっている釣鐘蛍草のランプの灯が、壁に陰影を作り出している。
時刻はもう真夜中を過ぎている。 晩御飯を美味しく戴いてから、この第十三号棟に帰って、お風呂も入って…… 自分の部屋に戻り、ベッドに潜ったのは、もう三刻も前の事。
とても、疲れていた筈。 美味しい晩御飯をお腹いっぱい食べた。 眠れない筈はないのに、目が閉じないの。 壁に掛かるランプの揺らめきを視ながら、思い出したのは、食堂での会話。
そう、ラムソンさんとの会話。
普段なら攻撃対象を変えるようなことをしない、レッドボアに対して私が使った魔法は、【威圧】 「闇」属性魔法の一つ。 自身よりも強者であると認識させ、攻撃の意思を挫く。 強く【威圧】を掛けると、そのまま逃げてしまうから、ちょっと手加減したわ。
思惑通り、レッドボアはラムソンさんに敵意を向けた。 二対一を、一対一にする為に、先にラムソンさんを潰してしまおうとしたのかもしれない。 でも、それが、こちらの目的。 ラムソンさんの弩級の矢は、寸分の狂いも無く、レッドボアの眉間に突き立ったものね。
モヤモヤが起こる。 思考の深みに嵌る。 この事実が「学院舞踏会」の状況にどう関係するんだろう? 一人で悩んでいても、思考の深みに嵌りこんでいても、糸口すら見つからない。
体を起こし、毛布を体に巻き付け、座る。 ぼんやりとした視線に左腕が写り込んだ。
「ねぇ、シュトカーナ起きてる? 」
〈ええ、リーナ。 どうしたの?〉
「どう思う?」
〈漠然とし過ぎて、貴女が何を問うているのか、判らないわ〉
「ごめん…… ラムソンさんと一緒にした、狩の話なの…… 私から、ラムソンさんに、レッドボアの意識を移した事。 ……あれが何故かとても気に成るの」
〈……そうね、貴女がなにを考えているのは、大体わかる。 学校?での「お祭りの踊り」の最中に、” 誰か ” を、護るって事が一番気にかかっているのよね〉
「ええ、そうなのよ。 舞踏会では、ボールルームで何組もの人たちが一緒にダンスするの。 殿下もまた、その中で踊られるわ。 どこからでも、狙えるような、そんな場所。 どうやって、護るのかが判らないの」
〈今迄は? そんな状況なんて、何度でもあったのじゃないの?〉
「ファーストナイトは、ちょっと違うのよ。 いわば、半人前の人達の集まり。 その親御さんとか、お兄さま、お姉さまなんかはいらっしゃるけれど、フロアに立てるのは、私達だけなの。 その上、教育中の生徒だから、多少の非礼や無礼は、許されちゃうのよ。 衛兵さんだって、表立っては動けないし」
〈その護衛対象者がどう動くか…… 判らないのね〉
「それが問題なのよ…… なにかいい方法が無いかなって、ずっと考えているの。 ラムソンさんの言葉は、解決の糸口になる、何かあるの。 でも、それが判らないの」
〈リーナとラムソンの狩のお話って…… 私達、樹人族の ” 身を護る方法 ” に、よく似ているわ。 樹人族はそう大きくは動けない。 だから、魔法を使って、害意ある者を聖域からはじき出すの。 「闇」属性の魔法でね。 例えば【幻影】とか、【迷宮】とかでね〉
「そうなの…… でも、そんな、高位の広域魔法は使えないし、よしんば使えたとしても、それじゃぁファーストナイトにならないわ……」
思考の薄暗がりは、靄に覆われたまま。 でも、何となく…… 何となくだけど、糸口が見えそうな感じがしたの。 そう、広域魔法は使えないけれど、小規模なモノなら…… 敵意や、害意を持つ者や、好ましくない感情をもって、近寄る人なんかの排除を目的とした何か……
【魅了】、【魅惑】の弱い奴…… いけるかも! 注意をこちらに向けさせればいいんだしね! ラムソンさんとの狩の逆よ! でも、沢山には…… 対応できないなぁ……
「……一人じゃ難しいわ」
〈リーナ、なぜ、一人で対応する必要があるの?〉
「えっ? なぜって……」
〈リーナの住んでいた場所…… ダクレール男爵のお話…… 思い出さない?〉
「…………船団護衛のお話の事?」
〈そう。 護衛対象の商船を海賊船から護る為の戦い方。 アレも一隻では、出来ない筈〉
ダクレール男爵閣下が、御邸の会堂で自慢げにお話されていた、男爵閣下率いる沿岸警備隊のお仕事のお話ね。 海賊船が跋扈する海域を突破するときに、沿岸警備隊の軍船十隻程度で、商船をまとめて護衛するんだっけ。 各軍船が目となり耳となり、海路の安全を確保しながら、船団を安全に港から港に送る……
途中、海賊船団が出没したら、各軍船が司令官の命令一下、海賊船団に対し戦闘するか、遅滞行動に移るかするんだったよね。 広域の索敵魔法を駆使して、海賊船に印をつけて…… 動きを先読みして…… 罠を張り、戦闘し、逃げ、追撃し、殲滅する…………
男爵様、楽し気に教えて下さったわよね…… 血生臭い、海上戦闘のお話を……
…………そうか。 護る対象は、王子お一人。 尊き御方なれど、あの方を商船に見立てれば…… ボールルームは大海原。 そして、何かしらを狙う人たちは、海賊船団。 そして、私を含む「礼法の時間」でダンスを学んでいる方々が、護衛の軍船って訳ね。
でも、それなら、司令官は?
〈リーナいいんじゃないの? やり方を知っているのって、リーナだけなんですもの〉
「畏れ多いわ。 皆さん、高位の貴族の子弟よ?」
〈でも、護るのは『最も尊き御方』なんでしょ? なら、大丈夫なんじゃないの?〉
「でも、その方々の協力を得るなんて……」
〈知らなかったらいいんじゃないのかしら? ほら、貴女、色んな「符呪」出来るんだし〉
そうか! その手があったんだ!! 効果を絞った、「闇」魔法を符呪した魔道具を付けてもらって、何かしの想いを持つ人達と、殿下の間に入ってもらう。 注意を引いてもらう…… 殿下から注意が逸れる……
いける……
いけるよ! これは。 いい! とってもいい! そうとなれば、一杯作るものもあるし、考える事もあるよね。
「シュトカーナ! ありがとう!! 何とかなりそう!!」
〈お役に立てて、嬉しいわ、リーナ。 でも、今日はもう寝たら? 疲れているんでしょ?〉
「そ、そうね。 ちょっと、興奮してしまったわ。 うん。 明日から準備に入る。 出来るだけの事をするわ!」
〈じゃぁ、今日はもう眠りなさい。 疲れていると、術の精度がおちちゃうもの〉
「うん、シュトカーナ。 判った。 眠って、元気いっぱいになってから、始めるわ。 おやすみなさい」
〈ええ、リーナ。 おやすみ。 いい夢を〉
本当なら、眠りたくはないんだけれど、そのまま、パタンって感じで横になったの。 モヤモヤが晴れて、スッキリしたし、やるべきことが分かった。
体は素直なモノね……
心に引っ掛かっているモヤモヤが無くたった途端に……
瞼が重くてしかたが無くなったの。
微睡が私を包み込み……
そして、深い眠りに沈んで行くのが判るの……
明日から、忙しくなるものね。
今日くらいはゆっくり……
…………眠ら ……なく ……ちゃ ……ね
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