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学院での日々
ダンス、ダンス、ダンス
しおりを挟む「えっ? ダンスですか?」
「そうよ、リーナ。 学院の上層部がそういう決定を下したの」
「それで…… 後ろにおられる方が?」
「ダンスの講師、それも下品で、おかしな言葉を使い、そして とても優秀な…… リューゼリッテ=シーモア子爵です」
「…………やめませんか?」
「学院上層部と、殿下からの、お達しですからね。 無理ですわよ」
学院が再開されて、はや二ヶ月。 そして、本日の「礼法の時間」は、また女史に小部屋に連れ込まれた。 学院が再開されてすぐは、「お茶会」形式が続いたの。 あのテーブルに付くことに成ったけれど、それは、誰からも文句を言われていない。
あの事件があって、警備の見直しが行われ、王宮薬師院の薬師が、最高位と云われる方々のお側に付くのは、学院の上層部も、納得の人選という事になったらしいの。 そう女史が教えて下さったわ。 私は、ただ、そこに居るだけでいいので、黙ってお茶を飲んで、時間に成ったら退出するだけ。
アンネテーナ様は、なんだかとても不満な御顔をされていたけれど、しょうがないでしょ? お話だって、合わないんだし、ウーノル殿下や、マクシミリアン殿下に気に入られようと、度々他のテーブルから高位の貴族様がいらっしゃるし。 もう、石の様に固まっているだけなの。
お話を振られても、” 判りかねます ”、” 存じ上げません ”、”高貴なる方々のお話は……” で、全部済ましちゃってるのよ。 大体、そんな緊張する席に、同席るする庶民なんていない。 オトナシク、礼典則通りの行動で、何を言われても右から左。
下手に関わると、それこそ大変な事に成りかねないものね。
そんな、緊張と摺り抜けの「礼法に時間」では、あったんだけど、本日、途轍もない厄介事が降りかかって来たのよ。
私にダンスを習えって? どうして? 庶民よ? 王城に伺候する事はあっても、王城内で開催される「舞踏会」に行くことはおろか、参加することなんて、無いはずよ。 にも関わらず…… このお達し。 まず間違いなく、王立ナイトプレックス学院の上層部からの 「 嫌がらせ 」 以外に考えらないわ。
さらに、講師として、この小部屋に派遣されてきたのが……
リューゼ=シーモア子爵。
有名なダンスの講師。 表向きは、庶民に最高の先生を付けたと、そう学院は言える人選。 でもね、この方…… 曰く付きなのよ。 確かに、ダンスの講師としてはとても有名。 なんで有名なのかと云うと、その指導を受けた方々…… 特にお嬢様方は、社交界においてもダンスの名手と云われる程の上手く踊りになられる。
そして、男性もね。
でも、最高のダンスを体現させる為に、それは、それは、厳しくご指導になるのよ。 常に手に教鞭を持ち、容赦なく打擲するの。 腫れあがる腕、足、そして、背中。 何人ものお嬢様方が、この方のご指導から落伍されているのよ。
もちろん、男性もね。
高みに届くまで、どこまでも、どこまでも、厳しく。 とても、良く知っているの。 だって…… 前世で、ドワイアル大公閣下が私に付けて下さった、先生ですもの。 マクシミリアン殿下のお側に立つって、思い込んで、どんな酷いご教授も受け入れた私…… その記憶が、まざまざと蘇って来たのよ。 そう、シーモア子爵の御顔を見たとたんにね。
そして、もう一つ。 この方…… 男性なのに、女性の言葉をお使いになるの。 最初とても戸惑った、覚えがあるの。 その柔らかい口調に騙され…… ホントに大変だったんだから!
「リーナ。 ダンスは、立ち居振る舞いに「洗練さ」を、もたらします。 習う事は、貴女が気品を身に着けるも同義。 わたくしも、最初は疑問に思いましたが、リューゼが講師ならば、納得です」
「スコッテス様…… コレは、決定事項で、拒否は出来ないのですね」
「ええ、リーナ。 そうですよ。 「礼法の時間」には、舞踏会形式の時間もあります。 また、学年度末には、正式に学院内舞踏会も開催されます。 その時、貴女が、殿下のお側に侍る事もまた、学院の決定事項なのですよ」
「警護…… ですか? しかし、わたくしは、「王宮薬師院の薬師」ですわ。 近衛騎士でも、護衛騎士でもございません」
「舞踏会形式の「礼法の時間」は、お茶会形式、晩餐会形式の時よりも、もっと自由に生徒は動き回れます。 悪意や害意を持った人がいた場合、万が一、殿下や高位の方々が傷付けられた場合、近くに薬師様がいる事は、学院の警備の者達にとっても、安心できる材料となります」
「…………学院にも救護官様はいらっしゃるのでは?」
「殿下の憶えめでたく、更にその能力を見せた薬師リーナですよ。 これ程、適任はありますまい。 もう一度いいます。 決定事項なのです」
「……はい……」
厄介事がまた一つ。 私と女史の会話を聞いていたシーモア子爵は、にこやかに微笑みながら、近寄って来たの。 でもね、その瞳に浮かぶ光って…… オークが獲物を捕らえる、そんな光なのよ。 柔らかな口調で、お話が始まったわ。
「薬師リーナ。 お初にお目にかかりますわ。 ダンスの講師、リューゼ=シーモア。 爵位は子爵。 そんな事はどうでもいいのだけれど、あなた、ドレスは?」
「……持っておりません。 薬師の仕事は、ドレスでは出来かねます。 また、庶民のわたくしでは、購う事も叶いますまい。 王宮薬師院、第九位薬師リーナに御座います。 どうぞ、よしなに」
「そう…… そうね。 どうしましょうか? …………でも、基本的な動きならば、そのままでもいいかもしれないわね。 いいでしょう、今はそのままで」
そう言って、また、にっこり笑われたわ。 そういえば、この先生…… 上手く体が動かず、心もとない足さばきをしていると、ドレス脱がして、下着姿で練習される筈…… 足さばきや、ステップを覚えるまで、何度も、何度も、何度も……
黒のスラックスだったら、その必要も無いものね。 やる気があふれ出している……感じがするわ。 記憶の通り、シーモア子爵ったら、教鞭を腋に挟んでいるしね。 鳶色の瞳が、面白そうな獲物を捕らえて離さない。 獲物って、当然私のことよ。 そういう先生だもの……
「さぁ、始めましょうか。 貴女に教授出来る時間はこの「礼法の時間」だけなの。 だから、厳しく指導するわね」
もう! 笑顔が怖い人って…… ブギットさん並みよね。 あの方とは、違う意味でだけど!
こうして、トンデモナイご教授が始まったの。
*********************************
第十三号棟でね、愚痴を吐くのよ…… やってられないの。 ホントに大変なんだよ。 作業台に突っ伏して、顔をテーブルの上にのっけて、ぶつくさ、文句を言ってたの。 そんな私を見てたラムソンさん。 腕を組んだまま、私に話しかけてきたの。
「今日は、機嫌が悪いな」
「悪いって…… ええ、最悪よ!」
「何があった?」
「ダンスよ」
「何だそれは」
「舞踏会で踊る練習………… 散々に教鞭で打たれたわ」
「教鞭?」
「鞭よ…… 短い奴」
「人族も、鞭で打たれるのか? お前…… 奴隷に落とされたのか?」
目を丸くして、ラムソンさんが驚いている。 違うよ…… あの変態が、私の動きが、ちょっとでもおかしかったら、教鞭で叩くのよ。 ここがダメ、あそこがダメって…… 記憶の中の先生よりも、もっと酷かった…… アレ……嗜虐趣味よ、きっと……
「なにか、逆らったりしたのか、主人に」
「だから、奴隷じゃないわよ、私は! 相手は先生。 ダンスのね。 踊るのよ、約束事が一杯ある踊りをね」
「踊り? 祭りの時に、やるアレか?」
「…………違う。 楽しくない奴よ。 お貴族様の社交の一つ。 踊りながら、情報収集する、高度な情報戦…… 隙を見せれば、何をされるか判らない。 気の抜けない、貴族の戦場の戦い方……」
「戦闘訓練なのか?」
「ある意味…… そうね。 戦闘訓練ね。 いいわ、それで行きましょうか」
「なんだ、そうか。 ならば、別に問題はなかろう?」
「えっ? どういう意味?」
「お前は強い。 俺には判る。 訓練ごときで弱音を吐くようなお前では無かろう?」
「…………買被りよ」
「やるのだろ? それでも」
「………………ええ、そうね」
「それが、お前だ」
ラムソンさん、私の扱い方を覚え始めてるね。 そうね、やるんならトコトンやってやるわ! あの、ド変態の、度肝を抜いてやる。 そうとなれば、思い出さないといけない事が沢山あるわ。 記憶を頼りに…… そう、前世の記憶を頼りにね。
その日から、晩御飯を食べてから、ベッドに潜り込むまでの時間、ラムソンさん用に作った、鍛錬場でダンスの特訓を始めたの。 忘れている体の動きを、記憶を頼りに練習するの。
面白そうに、ラムソンさんがそれを見て呟いてた……
「エレファスタント妖蝶の求愛行動みたいだ」
ってね。
はぁ…… 魔虫の、求愛の踊りかぁ……
ある意味、あっているかもね……
なんか凹んだよ。
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