その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
122 / 714
学院での日々

学院の廊下にて……

しおりを挟む


 女史と約束していた、登校日。


 課題を提出しに行くの。 まぁ、礼法の課題だからね。 お手紙の書き方とか、綴り方帳とかそんなものばかりなのよ。 でも、やらないと上手くならないし、文字が綺麗に書けないと、困る事もあるし…… とりあえず頑張ってみたの。


 前世の時も、こういった「見栄な部分」の、授業はちゃんと受けていたのよ。 


 マクシミリアン殿下に恥ずかしくないようにってね。 だから、礼法とダンスには力を入れていたの。 ドワイアル大公閣下にお願いして、優秀と云われる先生方に師事してね。 おかげで、王妃教育が始まった頃には、その手の授業は必要が無かったくらい。

 そのほかは、ボロボロだったけれどね。 王宮に上がって勉強を始めて、物凄く苦労したもの。 出来なきゃ、殿下のお側に立てないと思って、頑張って、頑張って、頑張って……

 ホントに何をしていたんだろうね。 知識を詰め込んでも、全体を観察する目が無いと、直ぐに古ぼけて役に立たない知識に成る。 予想して、こうなるだろうって、そういうの…… 全くなかったものね。 そう、空気が読めない、先が見えない、そんな女性だったのよ、前世の私は。 空回りする努力? そういうものね。



 現世では良く判るもの、そういった事。 



 反対に、現世ではダンスの授業など、受けていない。 今、踊れと命じられても、無理だと思うの。 ステップだって、大半を忘れちゃってるしね。 でも、もうそんな事に煩わされるような事はないはずよね。 いいの。 今は、一生懸命、薬師のお仕事を全うするんだから。


 午前中のお仕事もすぐに終わっちゃったし、急ぎのお仕事も無かったから、お昼ご飯をラムソンさんと食堂で食べてから、学院に向かったの。 ラムソンさん、今日は一人で冒険者ギルドに行くの。 ちょっと、確認したい事があってね。 お使いをお願いしたの。 ラムソンさん…… 大丈夫だよね。




 私はその間に、学院に課題を提出に行ったの。 期日前のも一杯あったけど、終わちゃったしね。




 *********************************




 提出も何事も無く終わり、帰り道。 学院のシンとした廊下。 コツコツ云うのは私の足音だけ。 ローブを着こんだ私。 全く場違いな装いなんだけれど、私は学生じゃないものね。 視線は真っすぐ。 背筋を伸ばして、歩いているの。

 廊下の曲がり角。 教室に続く廊下がある辺り。 まっすぐ行けば、表に通じるそんな場所。 何人かの女性の声が聞こえるの。




「準男爵? 平民じゃないの」
「なんでそんな下賤の者が、この学院に居るのよ」

「…………べ、勉強がしたくて……」

「街ですればいいじゃない、目障りなのよ」
「何か匂うわね…… あぁ、ドブネズミの匂いね」

「…………」

「どうせ、貴族の御子息が狙いなんでしょ!」
「薄汚い!」

「…………」

「何とか言ったらどうなの? 本当に目障り。 あんたみたいな人が、この学院に居る事が間違いなのよ」
「同じ制服を着ている事すら、迷惑なのよ。 栄えある、学院の権威に泥を塗る気なの?」




    ドンッ





 押されたのか、突き飛ばされたのか、一人の女生徒が、廊下に倒れ込んでいるの。 真新しい制服、ふわりと香る、良い匂い。 あぁ………… お貴族様が、オイタしてるね。 で、目標が、準男爵令嬢。 という事は、オイタしているのは、男爵家以上の家格のお嬢様方。

 周囲には、衛兵さんも居ないし、先生方の姿も無い。

 学院が休校状態なんだから、当たり前。 でも、この人達はここにいるって事は、学院の寮に入っている方なのね。 それで…… この準男爵令嬢を見つけてオイタしていると。


 はぁぁぁ……


 つかつかと歩を進める。 倒れ込んでいる女性を見ると、どこかで、見た覚えが……




「グランクラブ準男爵の娘って言われたかしら? そんな貴族など、この栄光あるファンダリア王国にはいないわ!」




 ん? そうか、あの時の娘さんかぁ…… 元気に成れたんだ。 良かったわ。 病が快癒し、学院で学べるようになったんだ。 ……でも、これは無いよね。 学院がきちんとしていたら、問題なく学院生活を楽しめた筈なんだけれど、今は休校中。

 ……なんか、責任感じちゃうわ。

 それに、このお馬鹿さん達、どうにかしないとね。




「あら、貴族名鑑をご覧になっていないのですか、お嬢様方。 準男爵位の方も記載されておられますわよ? 不勉強では、「礼法の時間」でお困りに成るのは、貴女方の方。 それに、現在、学院の警備体制の見直し中。 グランクラブ準男爵様のお嬢様に危害が加えられた様に見えますが?」




 私の声に、緊張を走らせるお嬢様方。 

 やっと、全員を視界におさめる事が事が出来た。 倒れ込んでいるお嬢様一人、取り巻いていたのは三人。 三対一かぁ………… 




「な、なにを仰っているのかしら? す、すこし「お話」を、していただけよ!」




 中央の、金髪縦巻きロールのお嬢様が、上擦った声でそんなことを口走るの。 ハハァン、やっている事に後ろめたさは、あるんだ。 じゃぁ、退路は用意してあげる。 でも、怖い思いも一緒にしてもらうわよ。




「そうなのですか、部外者な私が云うのも、おかしなお話ではございますが、フルーリー=グランクラブ男爵令嬢を、貴女方は御存じなかった…… という事に、ございましょうか?」

「えっ? 何を仰っているの? それに、貴女は………… !!」

「左様に御座いますわ。 でも、それは今は関係御座いますまい。 貴女方が、「お話」 されていたのは、フェレオ=グランクラブ準男爵様の娘御。 王宮への憶えめでたい、豪商グランクラブ商会の会頭様の御息女なのですよ? 貴女方が「お話」していたのは。 「お話」の御相手の事をよく知らず、ご指導されているのでは? わたくしには、マネの出来ない「お考え」に御座いますわね。 ファンダリア王国の物流を一手に引き受けているような方を敵に回す様な事。 ……よくよく、お考えなさいませ」




 私が、薄く目を細めると、その縦巻きロールのお嬢様が、顔を真っ白にして、うつむいたの。 さて、退路は作ってあげるわ。 懲りたら、だれかれ構わず、「お話」する事は出来ないでしょうね。




「フルーリーお嬢様が、この「お話」に教訓を得れば、単なるご指導に御座いましょう。 ねっ、そうにございましょ、フルーリー様?」

「え、ええ、そうですわね。 ご、ご指導、ありがとうございました、ネーブルトン子爵令嬢様」

「ネーブルトン子爵の御令嬢でしたか。 なるほど」




 さらに、目を細めるの。 北方域の子爵家。 聖堂教会に多大な貢献をしていると、「貴族名鑑」に記載されていた、あのお家ね。 荒地の教会建設に、相当ご尽力されたとか。 まぁ、聖堂教会のお零れに預かろうとした行為なのは、衆目の一致するところね。 




「え、ええ、そうね。 お、お話した甲斐が御座いましたわ」

「では、フルーリー様をお連れしても?」

「え、ええ、そうね!」

「それは、良かった。 念の為に、救護所に参りますので」




 さらに、ネーブルトン子爵令嬢の御顔の色が白くなる。 学園にフルーリー様がこの事を話されたら、それこそ、大変な事になるものね。 倒れ込んでいた、フルーリー様に手を差し出し、助け起こしたの。 少し足を捻ったかな? ゆっくりとエスコート。 もと来た道を引き返しながら、救護室に行ったのよ。




「あの…… ありがとうございました。 まだ、学院の生活に慣れなくて」

「お身体の方は、快癒されましたか?」

「えっ?」

「お忘れですか? 薬師リーナに御座います。 危うい所でしたので、心配しておりました。 学院で学ばれる事、それが貴女が病に打ち勝ったのですよね」

「!!」

「さぁ、到着しました。 救護教員はいらっしゃる筈です。 では、フェレオ様によろしくお伝えくださいませ」

「はい!!」




 可愛いよね。 ほんと、可愛い。 政商の娘様だから、貴族様とのアレヤコレヤは、良くご存知なんだろうね。 さり気に相手の名前を言って来るのなんて、良く判ってらっしゃる。 怪我の有無なんてどうでもいいの。 救護教員に見せたという事実が有れば、あのお嬢様方は、相当圧力に感じる筈。

 だって、同じ学院の生徒同士で、暴力案件となれば、加害者がなんて云ったって、罰せられるのはあちら側。 それに、警護体制の見直しをしている現在、彼女たちのしたことは、「お話」では、済まなくなるのは必定。


 フルーリー様が、学院にご報告申し上げればね。


 さてと、それをどう使うのかは、お嬢様次第だけれど、大事にしたくなさそうだし、わたしも口を挟むことは、制限に引っ掛かる。 ここは、速やかに退散するべきよね。




「リーナ様!」

「なにか?」

「あ、有難うございました! お、お礼は!!! お礼は必ず!!!」




 うっすらと微笑んでから、言葉を紡ぐの。




「また、ね」




 救護室から、踵を返し、今度こそ第十三号棟お家に帰ろう。 はぁ………… どこにでもある話ね。 前世での私は、あちら側。 マクシミリアン殿下に近寄ろうとするお嬢様方によく 「お話」 していたものね。

 せめてもの、罪ほろぼし…… に、なるのかな。

 階級意識とか、差別とか……

 今の私には、無用なのよ。


 さて、ラムソンさんの方はどうなったのかしら。


 調べもの、お願いしてたけれど……


 冒険者ギルドの資料室…… 使わせてもらったかしら。


 なんのかんの、言われたら、「薬師リーナの使い」 って、


 「お話」してねってお願いしてあったけれど……


 それも、帰ったら判る事よね。


 じゃぁ、帰ろう……





 第十三号棟お家にね。






しおりを挟む
感想 1,880

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。