121 / 714
学院での日々
重き願い。 絡む思惑
しおりを挟むモンモンと、そんな考えにとらわれている私の背後に人の気配がするの。 ラムソンさんが私の後ろに立ったのよ。 遠慮してたか、まったく気にしてなかったのか、それまでは、ラムソンさん ベットの方に居たのにね。
テーブル周辺の、おかしな沈黙と緊張の糸を感じたのか、彼が来ちゃったの。 まるで、私の護衛騎士のようにね。
「この人は、お前のローブの背中に縫い取られている、「薬師錬金術士と、お前の紋章」の事を言っている」
えっ? なに突然 言い出しの? あのローブは、おばば様から頂いたものよ? 紋章は私が縫い取ったものだけど。 それがどうしたのよ。 ラムソンさん、なにか…… 判ったの?
「この人は、お前に魔法を教えてほしいんだろ。 そう聞こえた。 お前と商工ギルドに行ったとき、ギルドの奴らが話していたのを聞いた。 薬師ならば、この街にも何人もいるが、薬師錬金術士の称号を持つ者は居ない。そして、薬師錬金術士は、錬金釜なしで薬を錬成出来る者だとな。 そんな事を言っていた。 ある意味、最強の魔術師だとな」
えつ? そ、そうなの ラムソンさん? その上、彼女の言葉を聞いただけで、そんな事判ったの? そりゃ、耳がいいのは知ってるけど、私たちのお話、聞こえてたの? 私の方を見つめていた、ロマンスティカ様が意を決したように話し始められたの。
「確かに、そちらの方のご指摘の通りに御座います。 お恥ずかしい話ですが…… わたくしの先生は、色々と問題のある方なのです。 詠唱をもって、強力な攻撃魔法を使われる方なのですが…… その、わたくしは、攻撃魔法は………… でも、先生は攻撃魔法しか…………」
「ニトルベイン大公令嬢様は、攻撃系の魔法以外の魔法をお使いになりたいのですか? 「光」属性ならば、錬金魔法も使えますが…… 賢女ミルラス=エンデバーグ様の様にですか? あの方も「光」属性であったが故にですか?」
「はい。 わたくしも、王宮薬師院、特別顧問であらせられた、賢女様の様に、生き物を傷つけるような魔法を使いたくはございませんの。 王国の歴史を紐解くと、賢女様は王国の民の安寧の為にそのお力をお使いになったとあります。 幾多のポーションの発明、疫病に対しての特効薬の生成。 何よりも、錬金魔法の研鑽。 あの方の前半生は、良く判っておりません。 私は思うのです、男性の様に戦場に立ち戦かう事も、冒険者の様に魔物を倒すような事も無く、一心に慈しみの心をもって、錬金魔法を高められたと。 戦場働きなど……わたくしには出来ますまい。 その様な事はわたくしには無理にございます。 ……しかし、今の先生からは、攻撃魔法しか…… だから……」
そうなんだ。 おばば様は、獅子王陛下とご一緒に戦い抜いた、あの北との戦い以降、一切戦いには出ておられない。 もう、戦場は御免だと、そう仰っていたわよね。 王宮で陛下のお側勤めを始められた後は、一切の「攻撃魔法」を封印されたと、仰っていたものね。 きっと、その事を仰っているのよね。
王都の貴族共は、おばば様の功績を隠そうとしてた筈だものね。
市井の小娘を、戦場に駆り出し、心を磨り潰す様な戦野に留め置いた事なんか、記録するはずもないものね。
だけど、実際 おばば様は、そんな方じゃないんだけどね。 弟子を鍛える為に、魔物さんがウジャウジャ居る所に放り込むような人だよ? そうね…… そうだよね。 おばば様は、無駄な戦いは望まれないものね。
でもね、魔法を教えてほしいって言われても…… そんな事したら、完全に学院の制限を逸脱しちゃうもの…… いくら、ご要望があっても、こればかりは…… 少なくとも学院内では無理ですわよ。
何も言えない私。 ここで、安易にお返事してしまったら、私だけでなく、この高位の貴族令嬢様まで、何らかの不利益を受けてしまうかもしれないし。 困惑の表情を浮かべて、彼女達をみていたの。 口ごもる私に、ロマンスティカ様が、さらに驚く様な事を口に出された。
「出来れば! …………その、あの…… 薬師リーナ様。 どうぞ、わたくしの事は、ロマンスティカと…… いえ、ティカとおよび下されば嬉しいのですが」
ほえ? 私に貴女の愛称を呼べと?
「で、では! わたくしの事は、シアと!」
えっ?なに、今度は、ミストラーベ大公令嬢、ベラルーシア=フォースト=ミストラーベ様?! 一体何が起こっているの!?!? のめり込む様にお二人がテーブルから身を乗り出されるのよ。 キラキラした光を眼に宿しながらね。 困惑がさらに広がるの。 一体何を言い出すの? ホントに訳が分からない。
「薬師リーナ様。 わたくし達は、貴女と友誼を結びたく思っているのです。 愛称をお渡しするのも、その証。 わたくしの事は、アンネと…… そう御呼び頂ければ、嬉しく思いますわ」
い、いや、待って。 待ってよ! 四大大公家のお嬢様が一般庶民と友誼? どういう事? もう、混乱しちゃって、訳が判らないわ。 突然、そんな高位の貴族様が、私と友誼を結びたいだなんて。
なんで? どうして?
アンネテーナ様が、落ち着いた声で、お話を始められたの。 ロマンスティカ様、ベラルーシア様の お二方も、椅子に座り直して、アンネテーナ様のお話に耳を傾けている。 なにか、特別な理由が有るのね。
「わたくしは、父より学院にて、『薬師リーナ様のお手伝いをせよ』と、申し受けました。 辺境の薬師なれど、貴方の民を思う気持ちは、大公家の者と変わらぬ者で有ると。 薬師院に来られるとき、ご推薦された、アレンティア南方辺境侯爵様、元聖堂教会枢機卿、フォーバス=ヅゥーイ=デギンズ伯爵様、ダクレール男爵様、その他 南方域の銘家の方々…… 貴女の成した、民への慈しみを称賛されたご推薦の文言の数々。 父より、その書状を、お見せ頂きました。 感銘を受けました。 身分や階層など、度外視して、友誼を結びたく、そう思いました」
「勿体なく。 しかし、わたくしは、只、精霊様との制約を護る事を第一とした迄ですわ」
「それ故にですわ。 薬師リーナ様。 貴女の御手は、あの地の癒しそのもの。 あの地より引き離すべき方ではない筈。 …………「街道の賢女様」の御名代なのですよね」
「…………どうして、それを」
「父のもう一つの役職故に」
「…………」
そうだった、ドワイアル大公閣下は…… ファンダリア王国の諜報関連の長でもあったんだ。 国外にとどまらず、国内にもその眼と手は張り巡らされているんだった…… なにもかもお見通しって事なんだ……
蜘蛛の巣に絡み取られた気分がしたわ。
「お友達になって欲しいの。 いけませんか?」
アンネテーナ様が、涙目になりつつ、そんな事を口走られる。 庶民である私が、それを受けると、トンデモナイ後ろ盾に成るのは判る。 そして、それが、何に対しての護りなのかも、想像がつく。 おばば様の思惑なのかもしれない。 大公家を味方に付ければ、王家にだって対抗できるかもしれない。
おばば様だったら、そこまで考えられていた可能性もある。
それに…… 一介の庶民には…… 拒否権など、在りはしない。
「……お申し出、勿体なく。 わたくしが、お嬢様方の愛称をおよびするのは、差し障りが御座いましょう。 アンネテーナ様、ロマンスティカ様、ベラルーシア様…… 宜しくお願い申し上げます」
「……頑固なんだから。 リーナ様は」
全くもって、有難く無い友誼を結ぶ事になってしまった。 魔法のお話もなし崩し的に、約束させられてしまった。 まぁ、学院内ではダメとは、お伝えしたんだけれど、それでもいいと仰られたらねぇ…… 先触れは、直接第十三号棟に送るって仰られた。 「礼法の時間」は、出来るだけご一緒する事も約束させられたわ。
強引なんだから!
^^^^^
にこやかに、微笑みながら御三方は、帰られて行ったの。 護衛の方々に囲まれて、にこやかに手を振りながら、お帰りになった。 私は、彼女たちをお見送りして、しっかりと【施錠】したあと、重い足を引きずるようにして、テーブルに戻った。 状況を整理したくてね。
椅子に腰を下ろしたとたん、どっと疲れが出たの。 その場から、立ち上がる気力すら残っていなかったわ。 テーブルに突っ伏して、隣に座ったラムソンさんの方に顔だけ向けたの。
「お前…… なんだか、巻き込まれているな」
フフンって、顔のラムソンさん。 私がこんなに精神的に消耗しているの、初めて見たのかもしれないわよね。 疲れ切ったわ。 殿下のお手紙といい、アンネテーナ様のお申し出といい。 普通じゃないのよ、普通じゃ。 追い込まれ、絡み取られた、哀れな獲物のようね。 半分ほどしか開かない目で、ラムソンさんを睨みながら言ったのよ。
「ラムソンさんにも判る? そうよ…… 巻き込まれて、鎖を付けられ、頸木を掛けれら…… どこかへ連れ出されようとしている…… 碌でもない、沼の様な場所にね」
「それでも、行くんだろ? 命ある者を助ける為に」
「ええ、行くわ。 精霊様と約束したんですもの」
「そうか。 ならば、仕方ないな」
「う~~~。 ラムソンさん」
連れないんだから! お仕事仲間が困っているのよ。 助けてくれたっていいじゃないの。 精霊様とのお約束が無ければ、すぐにでも辺境に帰りたいわ…… ねぇ、なんとか言ってよ。
「なんだ」
面白げに私を見ているラムソンさん。 私の事、嫌いなの? そりゃ、貴方の種族に酷い事ばかりしている人族だけどさ。 私は何もしてないのに…… ふっ…… そうだ……
「貴方も、巻き込んであげる」
「やめてくれ」
「嫌よ。 私だけなんて」
「………………仕方ないか」
肘をテーブルに付き、頬に手を当てたまま、溜息をつくラムソンさん。 彼のその答えを聞いて、私は、テーブルに突っ伏したまま……
ニンマリと笑ったの。
23
お気に入りに追加
6,841
あなたにおすすめの小説
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。
レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。
【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。
そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。