その日の空は蒼かった

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学院での日々

殿下からの手紙

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 ウーノル殿下の紋章が押し付けられた蜜蝋を丁寧に剥がし、巻かれていた「お手紙」を開いたの。 とても良い紙に、香るよい匂い。 流石は王家のお手紙ね。 そこには流麗な文字で、綴られていたわ。

 前文にね、最初はこの第十三号棟に、行こうとされたのだけれど、宮中の者達がそれを止めて、どうにもならなかった、とあり、物凄い丁寧なお言葉での謝罪があったの。

 ” この身は、我だけのものでは無く ” って所に、殿下の御立場が良く表れていたの。 そして、この手紙をアンネテーナ様に託し、殿下の要望を伝えると書かれていた。


 曰く―――


 〇 学院の「礼法の時間」以外で会う事を希望する。
 〇 学院の許可が下りない限り、王城では合う事が出来ない。
 〇 あと、半年で我は十二歳となり、王太子に立太子出来る。
 〇 立太子後、王族は王権の一部権能を、国王陛下より下賜される。
 〇 その中に軍指揮官としての権能も含まれる。
 〇 薬師リーナは従軍薬師として、第四軍練兵場にて逢いたし。


 纏めてみると、そんな事が書いてあった。 ………………迷惑の一言に尽きるわ。 何故私が、第一王子…… 未来の国王陛下と会わないといけないのかしら? 単なる庶民の薬師よ、私。 そんな私が、王太子殿下と個人的にお会いする? 無茶にも程があると思うのよ。 あっ! そういえば、この手紙の内容、アンネテーナ様は、ご存知なのかしら?




「アンネテーナ様、このお手紙の内容は?」

「はい、口頭でお伝えいただいております」

「わたくしがに、拒否する事は…………」

「難しく思われます」

「…………左様にございますか。 流石は王族の方ですね。 これは要望で無く、命令という訳に御座いますか」

「そこまでは……」

「お返事は如何しましょう?」

「口頭にてお伝えいたします」

「……左様に御座いますか。 ……『 了承いたしました 』と、お伝えください」




 物凄く嫌だけど、仕方ないよね。 だって、拒否できないんだもの。 この文章…… 要望って形で書いてあるんだけれど、内容はもう命令なのよ。 ” 俺の云う事は、聞いてくれるよね ” って感じが凄くする。 王族様の要望は、もう絶対の命令に成るのよ、特に庶民にはね。 これを跳ね返せるのは、公爵家以上の家格を持つお家の当主様くらいしか居ないんじゃないかな?


 思わず、小さく溜息が漏れたの。


 アンネテーナ様が、心配そうに私を見ているわ。 いくら了承したって口頭で言っても、態度は嫌々なのが、まるわかりだもの…… 必死に笑顔を作っては居るんだけれど、テーブルに置いた拳が、ちょっと震えているのも、多分お見通し。 そんな私に、言い訳の様にアンネテーナ様が言葉を紡がれる。 




「殿下は…… そこまで強硬に「命令」されている訳ではございませんわ。 ただ、強く願われている。 薬師リーナ様もお気づきでしょうが、あの方の近くには、信頼できる方が少ないも事実。 真に信頼を置ける者が、殿下の周囲には少くないです。 先の「礼法の時間」…… 貴女は、学院より課せられている制限を無視して魔法を使い、あの方を助けようされました。 その様な者は、王宮においても、少のう御座いますれば」

「ですが、アレは宮廷薬師院の薬師なれば、責務の一つにございます」

「それを知った上で、お話しておりますのよ」



 反論をバッサリ切られる。 周囲の思惑と陰謀が、責務を押しとどめているとでも言わんばかりに。 ほんと、王国はどうなっているのよ。 コレでは、民は安心して暮らせないわ。


 周囲が…… 「 敵 」 バッカリなんだ、殿下。 殿下御自身が ” そんな事、知った事では無い ” って言えたら…… スカッとされるんだけれどもね。 現状、次代の国王陛下として、最も有能 且つ、期待されているのは、ウーノル殿下だけなんだもの。 あの方は、ファンダリア王国の未来を見据えていらっしゃるものね…… その殿下をして、この状況。 ほんと、腐っているとしか言いようがないわ。 


 真面目に研鑽を重ねていらっしゃるのは、前世の記憶でも同じ。


 あの方以外に、ファンダリア王国の未来を託せる方は…… 今のところ居ないもの。 万が一、あの方が失脚されるか、暗殺でもされようものなら…… 「闇」の精霊様が、私に御見せになった、【未来幻視フトレヴィジオン】が、現実のモノになる。 そんな気がした。 状況は理解した。 目を伏せ、口から言葉が漏れ出したわ。 




「承知いたしました。 微力ながら、ご協力いたします」

「よかった。 ” 無理強いは絶対にするな ” と、そう申し伝えられておりました。 御納得いただいた事、嬉しく思います」




 ほっと胸を撫で下ろす、アンネテーナ様。 殿下も私が拒否すると思ってらしたんでしょうね。 それで、アンネテーナ様を送り込まれた。 …………ポエット奥様譲りの交渉力ね。 なんて云ったらいいか、判らないわ。 私が困った笑顔を浮かべていたのを見て、アンネテーナ様も困惑気味なの。




^^^^^



 少しの沈黙。 その時、空気を換えようと、別の声がしたの。




「あの、薬師様は魔法をお使いになる時、詠唱とか…… 魔方陣の巻物スクロールとか…… お使いになりませんの?」




 綺麗なアッシュブラウンを結い上げ、両耳に真っ赤なイヤリングを付けた、翡翠ひすいの瞳を持った御令嬢がそう言葉を紡がれたの。 あぁ、この方……


 ニトルベイン大公令嬢 ロマンスティカ=エラード=ニトルベイン様かぁ


 …………道理で似てらっしゃるわけだ、現王妃殿下と。 お爺様が、ブロンクス=グラリオン=ニトルベイン大公閣下。 お母様を王妃の地位から引きずり落した方。 いわば、お母様の御心を踏みにじった方の御令孫ね。 わたしの表情が少し強張るのがわかる。

 頭では理解しているのよ、理解は。 この方には何の落ち度もないって事は。 でも、その家名である、ニトルベイン大公家の名前を聞くだけで、お母様の最後の姿を思い出してしまう。 喉を掻っ切り、血を流しながら、優しく…… どこまでも優しく微笑んで下さった、お母様の最後の御顔を……




「あの…… なにか?」

「………………いえ、なにも。 ニトルベイン大公令嬢様。 ご質問は…… そうでしたね、 あの時、無詠唱で【詳細鑑定】を使っておりましたものね。 我が師より、指導されたモノに御座いますわ。 自身の魔力を練り、魔力で魔方陣を描き出だし、起動、発動させるやり方です。 媒介に成るものは自身の魔力のみ。 他の媒介は必要御座いません」

「ご自身の魔力のみに御座いますか? ……王宮魔導院の方ですら、無詠唱での魔法の発動は難しいと聞きますが、薬師様は…… 魔術師様でもあるのですか?」

「……正確には、薬師錬金術士に御座います。 錬金魔法を行使するため、広義には魔術師とも言えます。 解析、検出、合成、化合、鑑定…… 錬金術魔方陣には、色々な魔法を使用いたしますから、そうとも言えます」

「そんなに、複雑なモノでしたの…… わたくし、学院では魔術を専門に勉強する事になっておりますの。 属性は「光」ですわ。 魔力量は多い方だと、先生方には言われているのですが、詠唱がとても不得手で……」

「左様に御座いますか」



 少し冷たい言い方に成ったのは…… しかたないよね。 でも、どうしろっていうの? 私には、どうしようも無いのよ? 学院の勉強をしっかり受けてねって云うべきなの? 何を求めているの? 判らないわ。

 困惑がさらに深くなるの。 

 何が言いたいのか良く判らないのよ。 


 それに、ロマンスティカ様は、ニトルベイン大公令嬢様なのよ。


 私の心の中に、わだかまりが有るのは…… どうしようもない事なの。 でも、それを表面には出せないわ。 だって、彼女を連れて来たのは、アンネテーナ様。 彼女だって、事情はよくご存知なのよ。 しかし、それを知った上で、同道されている。

 つまりは、ドワイアル大公閣下と、ニトルベイン大公閣下の間には……

 ある種の手打ちが成されたという訳でなのよね。 お母様が、ドワイアル大公家の墳墓に埋葬された事で、水に流されたのかな…… 

 お母様の永久の眠りが…… ドワイアル大公様の御気持の落しどころなのかもしれないわ。




 外交と国事


 

 両輪が機能しないと、ファンダリア王国の未来は……  暗澹たるものにしか…… 成らないからね。 飲み込むべきものは、飲み込む。 最低限でも、名誉が護られるならば。 か……


 やっぱり……


 私には……


 貴族の娘は……






 勤まらないや…… 





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