その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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学院での日々

混乱と重圧と頸木と羞恥

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 小部屋で、皆さまとのお話し合い、聞いた事は勿論、極秘案件。 殿下を取り巻く状況の、軽い説明をして頂いたんだけど、まだ混乱中。 途中から女史にまで、退出を命じられた殿下。 小部屋の中の空気が冷たく重くなるのよ。 巻き込まれるのは、仕方ないと思うけれど…… 私を信用しちゃってもいいの?




「薬師リーナの事は、殿下もお調べになっておりますわ。 そう、南方辺境域 ダクレール領にて、エスカリーナ あの子 の消息を辿る時に、ですわよ」




 アンネテーナ様が、そう仰るのよ。 先程とは席順が変わっててね…… 私は各大公家のお嬢様方の間に椅子を用意されてしまっている。 ……簡単には退出出来ない位置にね。 お隣を、アンネテーナ様とロマンスティカ様がお座りに成られているのよ。


 アンネテーナ様の反対側にいらっしゃるのが、ベルアーシア様。 完全に囲まれているって感じなの。


 で、お話をされるのが、エドワルド様。 宰相ノリステン侯爵様の御令息なんだよね。 だから、王国上層部のお話も良くご存知なのよ。 ウーノル殿下との繋がりと、情報の共有を狙って、どうも宰相様がエドワルド様に色々とお話されているようなの。




「薬師リーナ、一般的に言えば、第一王子であるウーノル殿下が王太子となり、次代の国王陛下になられる。 が、ウーノル殿下はファンダリア王国の現状を憂いておられる。 さらに、より良い治世を願われて、王太子教育も進んでお受けに成っておられる。 高位貴族、四大大公家もその藩屏たるを願っている」

「……順当ですわね。 なにか問題でも?」

「知っているのだろ?」

「…………聖堂教会ですか、また」

「奴らにとっては、現国王陛下はとても良き国王陛下。 なんでも、云う事をお聞きになる」




 苦虫を噛み潰したような誤尊顔のウーノル殿下。 やっぱりね。 そうだと思った。 それで…… あのテーブルの配置なのね。




「一つ…… お聞きしたのですが」

「何なりと。 君の視点は、我らのような貴族の物とは違うからね」

「有難き御言葉です。 皆さまは、この場に来られても良いのですか? ……言葉が足りませんでした。 あちらに残る方々に関しては、殿下の思惑には入っておられませんの? であるならば、このようにあからさまに、排除されているような状況を御作りに成るべきではございません」




 そうなのよ。 殿下の側近という事で、この場に集われているなら、あちらの大広間に残られている方々は、どうするのって事なのよ。 あちらに残られているのは、マクシミリアン殿下、テイナイト子爵、それと、デギンズ助祭だもの。 




「マクシミリアン殿下は王宮に帰られた。 この事件がマクシミリアン殿下を狙うものかもしれないと、侍従たちが連れ帰った。 付き従ったのが、アンソニーだ。 アレは、どうもマクシミリアン殿下に付くと決めているらしい。 王国騎士団、総団長 テイナイト公爵閣下の御子息であらせられるが、彼は三男。 どう転んでも…… という訳だろうな。 あぁ、ユーリは聖堂教会に帰った。 ゴンザレス教会薬師長に事の顛末を報告すると云ってね」

「なるほど…… 左様に御座いましたか。 では、ここに皆様がいらっしゃる理由としては、念の為退避されたという事でしょうか?」

「表面上はそういう事に成る」

「理解しました」




 …………と言う事は、マクシミリアン殿下はまだ、聖堂教会には取り込まれていないって事ね。 御付として、テイナイト子爵が侍っているんだから、そうは簡単に手出しは出来ないものね。 テイナイト公爵閣下は、国軍の方だものね。 北の状況を知っておられるのなら、聖堂教会とは距離を置こうとされるものね。




「状況は見えたか」

「はい殿下。 国王陛下のお側に聖堂教会の枢機卿様方が取り巻いて、国政…… 特に北方の情勢について、あれやこれやと、お口にされておられるのですね。 全く度し難い……」

「ほう、君は、北方の事について何か知っているのか?」

「おばば様…… いえ、我が師、ミルラス=エンデバーグ様より彼の地の事は聞き及んでおります。 ” 何人たりとも、入るべからず ” と。 北方ゲルン=マンティカ連合王国の魔導士が、彼の地にて陰界より邪獣を召喚しようと魔方陣を展開。 対するファンダリア王国はミルラス様を投入して、その魔方陣を崩壊せしむ。 しかし、その余波により、大森林ジュノーが膨大な魔力暴走により消失。 さらに、邪獣召喚の余波により、彼の地の大地は汚染され、いまだに荒地となっていると。 獅子王陛下の尽力により、彼の地を不可侵の緩衝地帯にされたと聞き及びます」

「…………海道の賢女様がそう言われたか」

「はい。 左様に御座います」

「ならば、聖堂教会の戯言は…… いや、いい。 この場で君に知らせる事はやめておこう。 これ以上君を混乱させるわけにはいかない。 これで、わたしの状況が判ったかと思う。 先程の言の通り、君は、君の成すべきことをして貰いたい」

「御意に御座います。 王宮薬師院、第九位薬師として出来る事ならば」

「頼む。 特に市井の者達に」

「御意に御座います。 若輩の身ではございますが、我が身の献身をもって、王国の民の安寧を」

「うむ、よき答えだ」




 ここにきて、ウーノル殿下が初めて満足げな表情を浮かべられた。 その様子を見て、アンネテーナ様も微笑まれている。 ―――仮面、治ったかな? つまりは、ウーノル殿下…… ファンダリア王国の闇と戦う気概をお持ちだという事ね。 そして、対抗勢力は既得権益者。 ―――聖堂教会ね。 今の国王陛下の様に操りやすい王家の人物を次代に据え、自分たちの思いのままにしたいという訳なのかな。

 そうしたら、目の上の ” たん瘤 ” は、出来物のウーノル殿下。 早々に退場してもらわないと、自分たちの野望が潰えると考えているわけね。 大体わかった。 そして、操り人形にされそうなのが…… マクシミリアン殿下…… くらいね。 オンドルフ第二王子は、ウーノル殿下に心酔してるって聞くしね……

 まさか、王女様を女王陛下に即位させようとしている事は無いわよね。 ……それは、無理筋もいい所。 どちらにしても、この方々は、ウーノル殿下をお守りする人達。 前世の記憶とは大きく違っているわ。 

 そうか…… 私が、エスカリーナとして、マクシミリアン殿下に執着してないと…… こうなるんだ……

 つくづく、前世の私は厄介者だったんだと…… 思い知ったわ。




 ゴーン、ゴーン、ゴーン




 鐘の音。 「礼法の時間」が終わる。 さて、これ以上私がここに居る事は出来ない。 そして、この後は、この方々と一緒に居る訳にもいかない。 そういう約束だものね。




「殿下、御前を辞したいと思います」

「そうだったな。 下がってくれて構わない」

「御意に」




 椅子から立ち上がり、高位者に向けての最敬礼をする。 直って、小部屋を退出するの。 緊張の連続よ。 疲れたわ。 扉の前で、もう一度礼を捧げ、小部屋を出る。 やっと、終わったよ……

 って、思ってたら、ソソソって、スコッテス女史が、近寄って来た。




「リーナ、このような事態に成るとは、思っていませんでした。 謝罪を」

「いいのです。 王宮薬師としての義務を果たした迄に御座いますれば」

「……あの焼き菓子ですが、リーナが言った通りの物でした。 学院長にも魔法の行使が正当なモノであったと、ご理解願えました。 貴女の通学に支障はありません。 次回も……」

「有難き御言葉。 感謝いたします。 ……今日は疲れました。 退出しても?」

「ええ、よく頑張りました。 誇らしい気持ちです。 よく勉強していますね。 手サインまで、モノにしているとは、思いもよりませんでした」

「女史の薫陶のお陰ですわ。 今後ともご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」




 にっこりと微笑んで、女史を視たの。 とても優しいお顔で、私を見ていらした。 頑張ったからね。 でもとっても疲れた…… お部屋に戻ろう。 第十三号棟にね…… ふう…………





 *********************************






「もう疲れた…… 晩御飯、食堂に行こうよ」

「どうした、なんだか煤けているな」

「鎖がね、また、頸木がね、掛けられたのよ。 ……ちょっと、さっぱりしてから、ご飯にいきましょう!」




 ラムソンさんのお顔を見たら、全身の力が抜けたんだよ。 ホントに、疲れた…… 例の簡易浴場を使うの。 もうね、いいわよね。 箱の陰に隠れるようにして、来ているモノをポイポイと脱いでいくの。 下着もね。 それで、先に進んで、円筒形のお風呂のズブズブってね。 



 はぁぁぁぁぁ



 ハーブの香りと、青スライムさんの清浄効果が気持ちいい! 嫌な汗たっぷりかいたしね。 周囲には、釣鐘蛍草のランプ。 ゴインゴイン渦巻く水流が、私を体を綺麗にしてくれている。 疲れが、溶けだしていくようね。 息を止め、頭までずっぷりと、沈み込む。 黒髪が水流に流れ…… 



 気持ちいいね……



 やっと、人心地ついて、お風呂から出るの。 そこには、温風の魔方陣。 下から横から、温風がザァァァって流れて、乾かしてくれる。 髪も一緒にね。 

 今度………… 髪専用に追加しとこうかしら?

 さて…… 体も乾いたし…… 






「なぁ、お前ら人族って、なんでこんなに一杯、重ねて着るんだ? なんかの『まじない』か?」






 フェッ?







 ら、ら、ラムソンさん?!?!




 な、なんで

 私の脱いだ下着を、手に持ってるの?

 なんで、不思議そうに、眺めているの?



 カァァァァって、顔に血が上がって、真っ赤になって来たのが判る。











 ば、馬鹿ぁぁっぁぁぁ!!!!!








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