その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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学院での日々

「お茶会」の時間にて (3)

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「少し、調べていた。 …………南方辺境域、ダクレール男爵領。 彼の地はこのファンダリア王国にとって、重要であり、特殊な領である事は、知っていた。 ただ、領内の政務、財政が弱くアレンティア辺境侯爵殿の庇護下にあると。 姉上が、あの地に参られてから、街道、水路、果ては街の治安まで…… 領の状態が改善されていった。 ……薬師リーナ。 ダクレール男爵領の街々での姉上の噂は、本当の事か?」




 えっ、いや…… そ、その…… どういう事?




「殿下。 誠に申し訳ございませんが…… 姉上とは、エスカリーナ様の事に御座いましょうか?」

「……あぁ、そうだ。 知らぬのか?」

「はい、寡聞にして」

「公式には認められていないが、私の姉上だ。 エスカリーナ=デ=ドワイアル。 ドワイアル大公家のもう一人の御令嬢だ。 そして、エリザベート=ファル=ファンダリアーナ前王妃殿下の忘れ形見。 強く王族の特徴を持つ、可憐な姫君だった……」




 な、なに言っちゃってんのよ!! どこから、そんな話に成ってんのよ!!! 驚きと衝撃が私を襲う。 なんか、目の前がクラクラしてきたよ……




「自身の身分を投げ捨て、エリザベート前王妃様の名誉を回復し、自身は市井に降りられた。 ここ、ファンダリア王国よりも、他国に名を知られている、悲劇の王女なのだ……」

「え、エスカリーナ様は王女殿下だったのですか?」




 絞り出すように、応えるの。 知らなかったよ…… そんなことに成ってたなんて。




「件のベネディクト=ベンスラ連合王国も、今だエスカリーナ王女を探している。 私の「影」からも、そう報告がある。 同じ市井で、同じ空気を吸っていた君が、姉上の事を知っているか…… それが聞きたかった」

「左様に御座いますか。 ……噂、程度にしか。 凛とした表情で、荒地を沼沢地を見詰められ、民の安寧を願われていた…… そう、お伺いしております。 何を成されたかは…… 判りかねます」

「そうか…… 民の安寧を願うか…… 姉上らしいな」




 どんだけ、美化してんの? 出来る事を出来るだけ、ちょっとづつ変えただけよ。 家政も領政も全部、あちらの官僚団の方々の御力で変革出来たのよ? ちょっと、目先と機構を変えただけ…… こ、困るわ。




「そんな、姉上が、どこかへ連れ去られたと…… そう聞く。 ドワイアル大公に聞くも、” もう、アレの事は諦めてください ” と、言われる。 ダクレール男爵へも、王宮の名をもって問い合わせたが、現在も行方を追っているとしか…… そうか…… あの地で……」

「…………状況は極めて厳しく。 薬師として彼の地で救護活動をしました、わたくしからは、そうとしか」

「判った…… …… …… 礼を云うのが遅れたな。 先程は、ありがとう」

「勿体なく。 王宮薬師院、第九位薬師としての義務を全うしたのみ」

「…………小気味よいな。 アンネテーナ、私から学院に規制の緩和を申し伝える。 薬師リーナと、親しくしてもらえないか?」




 だから、何言っているの? このままでいいよ。 あんまり、学院の生徒さんとは、関わりたくないんだよ!! でも、嫌だって言えないんだよね…… 善意からの御言葉だし…… 拒否は不敬に当たるし…… ポロポロと涙を零している、アンネテーナ様はコクリと頷かれるの。

 はぁ…… 殿下の無茶振り…… 通ちゃうんだろうなぁ。 気合を入れて、お付き合いしないと…… いけないんだろうなぁ…… ボロ出ないと…… いいのだけど。

 アンネテーナ様が、目を真っ赤にして私を見つめてくるの。 そんな彼女は…… やっぱり大好きな姉妹なんだよなぁ…… こんなに淑女の仮面が剥がれ落ちちゃったアンネテーナ様は…… 見た事ないわ。




「ベラルーシア嬢、ロマンスティカ嬢。 お願い出来るか?」

「「はい、殿下」」




 おいおい、大公家のお嬢様だぞ? いいのか? 眼をまるくして、そのテーブルに着いた人たちを見回すの。 皆さん、一様に頷いておられるわ。 …………はぁ 嵌められた、気分。


 コンコンコン


 ノックの音がする。




「エドワルド、ミレニアム両名、参りました殿下」

「うむ、入れ」




 入室許可を得て、小部屋の中に入って来たのは、ノリステン子爵と、ドワイアル子爵。 で、出たよ…… なによ、コレ………… もう、どうしろっていうのよ……

 椅子から立ち上がり、上位者への礼を取る。

 お二人の視線が私を捕らえる。 

 テーブルに着く人たちの沈痛な面持ちをちらりと見た後、お二人からお声が掛かった。




「楽に。 ミレニアムだ。 面識はあるな。 屋敷では失礼した」

「よき腕だったな薬師殿。 エドワルドだ。 聖堂教会の者達は今拘束された。 見ものだったぞ、あいつらの顔」




 なんて事仰りながら、テーブルに着かれた。 いや、ほんとにどうなっているの?

 訳が、判らない……

 困惑の表情で、スコッテス女史に視線を投げかける。 女史も困惑の表情。 

 ……どうしたものだろう? 

 席について、お話を伺うの。 まぁ、そういう立場では無いんだけれどね。 でも、退出は許されてないし。 仕方なく……




「エドワルド、奴らは?」

「そうですね、ユーリは泡食ってます。 アレでは聖堂教会が、殿下を狙った暗殺…… アレは知りませんね。 アンソニーは、衝撃で動いておりません。 マクシミリアン殿下は、ご自身が狙われた可能性もあると、まぁ、いつも通りですね」

「そうか。 ……警戒は厳重にな」

「御意に」




 いいのか? 私がここに居ても? 視線が私に絡みつく。 エドワルド=バウム=ノリステン子爵のね。 現宰相様の御子息なんだよ。 前世では、四騎士の中の頭脳的な立場にあった方。 何を考えているのか、判らない表情で、ギチギチとエスカリーナを追い詰めておられた方。

 出来るならば、絡みたくない。




「殿下、薬師リーナを…… 引き入れるのですか?」

「……引き入れるというよりも、云わば手駒の一つにと?」




 今度はミレニアム様。 庶民な私を手駒の一つに? そりゃ、こんな高位の方々にとって、庶民な私を手駒にするっていうのは、当たり前だしね。 庶民な私にとっては、名誉な事って事に成るんだけれど……


 なんか、嫌。




「薬師リーナ。 済まぬ。 ミレニアム、言葉を慎め。 手駒などと。 薬師リーナの見識と献身は、昨今の王宮薬師院の者達とは一線を画している。 判らぬか?」

「御意…… 済まない。 殿下を取り巻く状況は、それほど切迫していると…… 理解してもらえれば、有難い」

「お兄さま、そう、矢継ぎ早では、薬師様が混乱してしまいます。 きちんと状況をお話しなくてはなりませんわ」




 アンネテーナ様はそう言って、ミレニアム様を睨まれたの。 なんだかとてもキナ臭い事になっているのね。 伏魔殿である王宮はそこまで先鋭化しているの? 薬師院もズタボロって感じだし。 これは、困った状況ね。




「ミレニアム、今…… 私は、姉上の消息を聞いた所だ。 他には、アンネテーナ嬢、ベラルーシア嬢、ロマンスティカ嬢に、彼女の力になって欲しいと、頼んだばかり。 お前はそれを壊そうとしている。 判るか?」

「誠に…… 申し訳ございません。 父よりも、薬師リーナに着いては、保護せよと、そう申し伝えられておりました事、失念しておりました」

「先走しるな。 そうか…… さすがに、ドワイアル大公であるな。 よく、見ておられる」




 い、いや、そんな事になっているの? もう、なんか鎖をどんどん巻かれているような気がするわ。 きっと、殿下は聖堂教会から狙われるような事をなさっているって事なのよね。 なんだろう…… 北方の事なんだろうけれど……




「薬師リーナ。 巻き込んで済まない。 しかし、事は重大事案となる。 事前に暗殺に近いこの状況を止めた貴女には…… 礼を言わねばならない。 今はまだ、行動を起こせないからな。 されど、この度の事で、君にも『色』が付いた。 奴らにとっては、この上も無く迷惑な存在と、認識されるだろう。 どうだろうか、君にも殿下のお側に着いてもらいたいのだが」




 ノリステン子爵が、声を潜めそう仰るの。 えっと、つまりは、この小部屋に居る人たちは、すべてウーノル殿下側の人なの? そして、聖堂教会に対して何らかの思惑のある人たちなの?

 まぁ、集う人たちのお家を考えれば、それは予想できるんだけど……

 にしては、ニトルベイン大公の御令孫がいらっしゃるのは…… ” エスカリーナ ” にとっては、ちょっと、考え物なんだけれども。 ニトルベイン大公様はご自身の御息女を王妃殿下に押し込むために、お母様を排除されようとされた方。 それに、ノリステン公爵様もその手に乗った方……

 王国は…… どうなっているのかしら?




「少し、時間をくださいませんか? 考えねばならない事も多々あります。 それにわたくしは、一介の薬師院の薬師。 皆様の御力に成れるとは、思えません」

「……そう言うと、おもっていた。 エドワルド、性急に事を運ぼうとするのは、悪い癖だ。 改めよ」

「御意に」




 ウーノル殿下は私に向き直り、深い色の目を私に向け、言葉を紡ぎ出したの。




「薬師リーナ。 『 色 』は、付いたと、エドワルドは言った。 確かに、そうだと思う。 また、ドワイアル大公家の継嗣と令嬢に、君との友誼を結んでもらえば、さらに、『 色 』は、濃くなる。 それを踏まえても、お願いしたい。 どうだろうか。 君の薬師としての本分を、全うしてもらえれば、それでいいのだ」

「勿体なく…… 薬師として、精霊様に誓いました事を成すのであれば。 思召しに沿う事に成るやもしれませんが……」

「……今は、それでよしとする。 王国は…… 国民の安寧は、私たち 「王族の者」 に、掛かっている。 その為に藩屏たる人物を得るのは、私の責務だ。 よろしく頼みたい。 次代の薬師院を担う人物として、頼みたい」

「……重い、お言葉です。 わたくしは、担いかねます。 わたくしは辺境の薬師。 南方辺境域の薬師に御座いますれば……」

「いずれ、私を取り巻く事情は判ると思う。 では…… 民の安寧が守られるまで…… 聞いては貰えぬか」

「…………王宮薬師院、第九位薬師として、尽力いたします」

「……今は、それでいい。 …………もうひとつの記章に着いては、また別の話に成るやもしれぬ」

「従軍薬師に御座いますか?」

「そうだ。 それもまた、いずれ」

「御意に」




 巻き付かれた!!


 流石は王族。 その意思を貫かれるわ。 私達の話を聞いていた、スコッテス女史は、少々顔色を青くされていた。 私に敵意を向ける人たちからの「牽制」の為に、この人達のテーブルに着かせた彼女の思惑を、大きく外れた結果になったわ。

 後で………… 次の「礼法の時間」にでも、女史とはお話しておかなくてはね。

 面倒な立場になってしまった。

 庶民な私が、殿下のお側に?

 ありえないよね。

 なにが、起こるのか……

 まったく予想がつかないわ。




 前世の記憶が……





 なにも、役に立たないだもの。







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