その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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学院での日々

「お茶会」の時間にて (2)

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 私の ” 了解いたしました ” の、手サインを見て、飛んできたのがスコッテス女史。 小冊子に解説されていた手サインをまさか使うとは、思ってなかったかも…… でも…… まぁ…… やっちゃったからね。 仕方ないよね。



「薬師リーナ。 小部屋に」

「はい」



 テーブルから連れ出される私。 オトナシク女史の後に続く。 そうよね、そうなるわよね。 スコッテス女史は、私の登校条件知っているモノね。 「礼法の時間」以外に生徒さんにお会いする事は、禁止されているし。 それにさ、さっきの【詳細鑑定】…… あれも、禁止事項として引っ掛かる可能性があるのよ。



 〇 魔法と使う事は、コレを禁止する。



 ってのが、あったでしょ。 そこを言われたら、私は禁を破ったことになるのよ。 あの場合は…… 生徒の立場では無く、「王宮薬師院、第九位薬師」としての立場と義務だから…… 一応ね、『 お仕事 』の範疇なのよ。 王族、高位貴族の方々が付くテーブル。 そこに供せられるモノは、すべて毒見の必要性があるの。


 だから、最初に「確認済み」かどうか聞いたのよ、給仕の方々に。


 疑問に思ったのは、あの銀盆を持ってきたのが、聖堂教会の聖職者の人達だったからね。 だって、そうでしょ? 流れから言うと、デギンズ助祭が持ってきた追加のお菓子は、一度、王立ナイトプレックス学院の見分役に回され、確認してから供せられるはず。 

 その場合は、学院の給仕さんが持ってくるんだものね。 

 薬師院の薬師には…… 重い責任が課せられているの。 特に王城に入る事が出来る階位の薬師には、王城内、王族の方々が食される、すべての食べ物に関して、責任が生じるのよ。 厨房の片隅に常駐するくらいね。 それほど、神経質になるのは、まぁ…… 王族の毒殺を試みる輩が、過去に居たって事。 

 安心してご飯を食べられないとなると、気が休まらないものね。 ほら、いくら王族の方々が生まれてすぐから、耐毒性を得る為に、弱い毒を摂取し続けているっていっても、限度があるしね。 護りは硬くって事なのよ。 

 小部屋に入ると、女史がちょっと困った顔で私を見て来たの。




「『お役目』は…… この学院内でも、義務として遂行するのですか?」

「はい。 王宮薬師としての、義務としてです。 約定は、すでになされておりますから」

「なるほど…… 学院の規制よりも?」

「ええ、王族の方々の食の安全は、王宮薬師に課せられた義務に御座います。 みすみす見逃すわけにはいきません。 万が一…… 殿下が「毒物」を、お口にされ、御体調を御崩しに成れば、その責はあの場に居た、王宮薬師の責となります。 この胸の記章は、わたくしにその義務の遂行を要求しております故」

「…………「魔法の行使」した事については、学院長にご報告申し上げねばなりません。 確認です。 それは薬師としての職務として…… という事ですね」

「はい、まさしく。 学院でも、あの焼き菓子を【鑑定】する事を推奨いたします」

「当然ですね。 ウーノル殿下の御言葉も御座います。 あの場の給仕も、事の成り行きを見ております。 そのまま、帰す様な事にはならないでしょう」



 ホッと胸をなでおろす。 確かに【詳細鑑定】はしたよ。 でも、その結果を伝えただけで、ほかの人はそれが真実とは思わないかもしれない。 わたしのでっち上げと、思われても仕方ない。 でも、王立ナイトプレックス学院の見分役が、同じような所見を出せば、事実は確定するものね。

 真っすぐに、スコッテス女史を見て、私なりの魔法行使の根拠を述べたのよ。 アレは、学生としてではなく、薬師の本分として…… ってね。 だって、『 お仕事 』の一環なんですものね。 さて…… どんな反応が帰って来るかな? いきなり特別許可の取り消しとか…… まぁ、そうなっても、困る様な事ではないしね。



「リーナ。 それと、大公御息女アンネテーナ様からの要望は?」

「「礼法の時間」内で、どこかの小部屋でお話すれば…… 禁止事項を侵す事にはならないのでは?」

「確かにそうですね。 ……あちらから招かれる様に。 リーナは招かれて、同席した。 そういう事ならば、禁止事項には掛かりますまい」

「ご配慮、誠にありがとうございます」

「こちらで、少し、待ちなさい。 その旨を伝え、部屋を用意します」

「お願い申し上げます」



 私の顔を見て、一度、ニコリと微笑むと、女史は小部屋を出て行った。 ……配慮されてるなと思う。 もし、初日にこんな事が有れば、とっとと特別許可を取り消して、学院から締め出されていた筈なのよね。

 それでも…… よかったんだけどね……

 殿下の………… ウーノル殿下の健康被害が出なかった。 未然に防いだ事が、女史の中でそういった感情を生み出したって事かな? でも、あの焼き菓子は無いよね。 あんなモノ食べちゃったら、本気で体調がおかしくなるわ。 アレは…… 聖堂教会の意思なの? 何時でも害し奉る事が出来るって意思表示なの?

 ほんと、どうかしてる。

 聖堂教会には、警戒を厳重にしておかなくては…… いけないよね。 アレが偶然とは…… 思えないし。 何らかの意思が介在していると思わざるを得ないもの。 デギンズ助祭は、知らなかったようだし、あの方は、あくまで好意として、あの焼き菓子を持ってらしたようだったし…… なんだろう、モヤモヤするわ。

 まだ「礼法の時間」は、終わりではないわ。 時間としてはまだ半分って所かしら。 こうやって只待っているのもなんだし、いつもの窓際の席に着いて、教本を読む事にしたのよ。 時間は有限でしょ? もっとも、教本として手に取ったのは、「貴族名鑑」だったけれどもね。 そうね、重点的に聖堂教会に関わりのある貴族さんを抜き出そうとそう思ったから。

 御自慢の聖堂騎士っていうのも、各貴族家の三男さん、四男さんみたいだしね。 色々と、面倒なのよ。





 ^^^^^




「リーナ、準備が終わりました。 こちらへ」

「はい、よしなに」




 パラリパラリ、「貴族年鑑」を確認していたら、スコッテス女史が入って来て、そう仰った。 準備という事は、どこかの小部屋にアンネテーナ様がお待ちだという事ね。 そう、判りました。 まずは、私がエスカリーナでは無いと、はっきりさせておきましょう。

 スコッテス女史に続いて、小部屋を出る。 「お茶会」はまだ続いている。 つまりは、授業の時間中って事ね。 スコッテス女史はきちんと私の禁止事項を回避されているわ。 色々なテーブルからの視線は、困惑気味。 でも、敵意らしきものは無い。 先程の遣り取りの詳細なんかは、まだ、判らないからね。

 誘導されるがまま、別の小部屋の前に立ったの。




「お連れ致しました」

「入れ」




 おや? お声が…… 男性ね。 どういう事かしら? そのまま女史の後に続いて入るの。 小部屋と云っても、私が居た部屋とは大きさが全く違う、大きなお部屋だったわ。 中央に円テーブルと、周囲に護衛官が数人立っていた。

 柔らかな日差しが部屋の中に差し込んでいて、テーブルを明るく照らし出している。 そのテーブルに着いているのは、男性一人、女性三人。 

 ウーノル殿下、ベラルーシア様、ロマンスティカ様、そして、アンネテーナ様の方々だったわ。




「ごめんなさい、薬師リーナ。 貴女には色々と制限があるのを知らなかったの。 どうぞ、こちらに」




 アンネテーナ様のお声がかかる。

 左胸に手を当て、膝を折り礼を捧げた後、同じテーブルに着いた。 錚々たる人たちだよね。 高位も高位。 第一王子殿下と、四大大公家のお嬢様。 いや、まぁ…… とにかく、緊張するわ。




「疑問があって…… 貴女、先ほど、魔法を使われたわ。 でも、詠唱もせず、魔方陣が書かれた羊皮紙も使わず。 無詠唱で『ご自身の魔力』で魔方陣を描き出されていた…… 貴女…… 魔術師なの?」




 キッとした、鋭い視線がアンネテーナ様から送られる。 まぁ、そうかもね。 あんまり一般的じゃないしね。




「はい、魔術師と云うより、錬金術士に御座います。 辺境にて師匠の薫陶を受けた薬師錬金術士に御座いますれば。 辺境の薬師としては、必須の事」

「つまり?」

「辺境領の街や村では、専門の機関や治療院も少なく、専用の設備も無く、しかし、患者の容態は待ってくれません。 自身の魔力を持ち、患者をその周囲の状況を【鑑定】しなければ、適切な判断は下せませぬ故、すべて、自身で行えるようにと、教授されました」

「……そう。 辺境の薬師様ならば、誰でも出来る…… という訳なの?」

「誰でも――― と、云う訳ではございませんが、私の知る限りでは数名。 皆、自身で研鑽を重ね、辺境の地に安寧に尽力しておられましたわ」

「薬師リーナ…… 貴女は、ダクレール領出身と、そう聞き及びます。 あの…… その…… 一人の人物について…… もし、聞き及んでいたら……」

「どなたに御座いましょうか?」

「リーナ……」

「それは、わたくしの名ですが?」




 しっかりと前を見据えて、そう答える。 アンネテーナ様、さも恥ずかしそうにされているけれど、そっちの方が不自然よ。 眼力が違うもの。 かつて貴女が、使っておいでだった、私の ” 愛称 ” で、反応したら、アンネテーナ様、疑惑を確信に変えるんでしょ? 流石はポエット奥様のご指導ね。




「ごめんなさい…… えっと、名前は ” エスカリーナ ” 聞き覚えは?」

「…………」




 どうしようかな。 下手にお答えしたら…… でも、そんな縋る様な視線を向けられたら…… いいわ、別人って事で、お話しましょう。




「エスカリーナ様とは、面識が御座います。 イグバール商会にて、お逢いしました。 ダクレール男爵閣下の元に身を寄せられている、お嬢様だったとか。 庶民としてファンダリア王国の民として暮らすために、イグバール商会にてお仕事を勉強されている…… と。 不幸な出来事で、御身を隠されたとダクレール領では、噂されておりますが、詳細についてはイグバール様も判らないと……」

「そ、そうなの…… やはり、エスカリーナは…… で、でも! 彼女、生きているのでしょ?!」

「…………なんとも。 わたくしは、その…… お嬢様が最後にいらしたと、考えられている、ベネディクト=ペンスラ連合王国が、作り上げた隠し泊地にて、救護活動をいたしました。 あの惨状の中で、一つだけ言える事は…… 可能性は低いと…………」

「あぁぁ!!! 何てことなの!!! どうして、エスカリーナが狙われなくてはならなかったの!!」




 大粒の涙をポロポロ零して、アンネテーナ様は泣き崩れる。 ご、ゴメンね。 でも、エスカリーナは、光芒に消えたのよ。 そうハンナさんを護る為に、その身を差し出したのよ。 神妙に、視線を下げる私。 嗚咽が、小部屋に響き渡る。 彼女の背を、ベラルーシア様、ロマンスティカ様が撫でておいでだった。




「姉上は…… 立派だったか?」




 突然のお声がけは、ウーノル殿下。

 えっ?

 い、いま、なんて?

 なんて、言ったの? 




 混乱が私を襲ったの。





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