その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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学院での日々

リーナの元に来た人。

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 ドンドンドン




 表の扉が叩かれる。 誰だろう? 今更、来るって…… 怪訝な顔をしたのはラムソンさん。 私も同じような顔をしていたと思うの。 昼の鐘が鳴ってたから、今日の午後はどうしようかなんて、ラムソンさんと話していたの。 ちょうど、そんな時に誰かがやって来たわけなの。




「どなたでしょうか?」

「済まない! 今日に成るまで、薬師リーナが…… 海道の賢女様の唯一が、招聘に応えられて、薬師院に来られていたと知らなかったのだ! ここを…… 開けてくれ! 私は、コスター=ライダル伯爵と申す。 薬師院人事局の局長をしている者だ。 魔術師ではないので、【開錠】は使えぬ。 話がある。 とにかく一度、この扉を開けてくれぬか」




 へぇ…… 薬師院の人事局の人…… その局長さんなんだ。 それで、魔術師じゃないっていうのか。 まぁ、それも考えられるわね。 王宮魔導院も確か全員が魔術師ってわけじゃないし、高位貴族の人が組織の取りまとめをする事なんて、当たり前かもしれないし。 




「判りました。 お話を伺いますわ。 【開錠】」



 ゴトンと、音がして、扉は開錠されたわ。 これで、軽く開く筈。 するすると扉が開き、昼間の明るい光が、扉から入って来たの。 その光の中に、人が数人立っていた。 最初の日に逢った、女性の方と、この倉庫から、薬草箱を回収に来ていた人。



 なんか、とっても険しい顔してるね、ライダル伯爵。



 ツカツカと入って来た、ライダル伯爵は、倉庫の中を見て絶句したの。 ほら、色々と暮らしやすくしたでしょ? 大きな作業台とか、天井から下がる照明とか…… それに、板を敷いて底冷え対策もしたし、壁面も、入り口近くは、ちょっとだけだけど、温かみのある木の壁面に交換しちゃったしね。

 そこに掛かる、間接照明用の釣鐘蛍草のランプが、とても柔らかな光を放ち、落ち着いた雰囲気を醸しているのよね。 大公家ほどではないにしても、ダクレール男爵様に貸していただいたお部屋程にはなっていると思うのよ。

 街で買い求めた、ティーセットを持ち出して、一応接待するの。 まぁ、作業台ではあるんだけど、シーツを掛けているから、大きなテーブルに見えるし、椅子は華奢に見えるけど、強化魔法を使っているから、大柄な男の人が座ったって、びくともしないのよね。 

 椅子とか調度とかは、【未来幻視フレトヴィジオン】が襲って来た時に、体調を伺ってくれた、雑貨商の人…… えっと、たしかメリウスさんだったけ…… あの人の所の、掘り出し物なのよね。 三脚とか、五脚とか、不揃いな椅子なのよ。 お買い求めやすい金額で、ちょっとづつ買い足したの。



 おかげで、こうやってお客様が見えられても、十分に対応できるしね!



 辺りを伺いつつ、ライダル伯爵が着席されたの。 これまた街で買い求めた、二級品だけど、とある銘柄のお茶を振舞ってあげた。 上司に当たるし、人事では一番いい接待をしなきゃね。 お茶出しして、落ち着かれたようなので、来意を尋ねたのよ。 何しに来たのか…… それは、気に成るわよね。





「さて、人事局長様に置かれましては、お初にお目にかかります。 南部辺境領域、ダクレール男爵領から参りました、薬師リーナに御座います。 お見知りおきを。 わが師より、こちらにて合力せよと、お言葉を頂きました故、招聘状の期日前に罷り越しました。 お仕事も順調に推移しておりますが、何のお話で御座いましょうか?」

「……ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。 私は、薬師院 本局、人事局、局長を拝命しております、コスター=ライダルに御座います。 爵位は伯爵。 お目に掛かれて、嬉しく思います。 ……この者達が、貴女の着任を報告しておりませんでした。 ドワイアル大公閣下よりのお問い合わせが人事局にあり、貴女の着任を知った次第にございます」

「はて…… ドワイアル大公閣下には、ひと月も前にご挨拶申し上げておりますが?」

「招聘には、貴女を本局に招きたいとあった筈に御座います」

「それは、無理というもので御座いましょ? 一介の庶民。 それも災害孤児のわたくしが、王城コンクエストムに伺候することなど、出来はしませんのではないのでしょうか?」




 嫌だよ、あんな所に行くのなんて。 このまま、ここでお仕事して、そのうち薬師院の人が飽きたら、私を開放してくれるんじゃないかなって、思っている。 潤沢な魔法草の供給が有れば、私がいる必要もないモノね。 冒険者ギルドの人達が、やっと重い腰上げて、薬草採取の方法とか薬草の見分け方とかの訓練を始めたから、そのうちいい感じの魔法草が出回るはずなのよ。

 その時まで、ここに居て、要所要所で釘を刺しておけば、それで事足りるはずなのにね。




「薬師リーナの言葉は、その通りなのではありますが、こちらにも事情が御座いまして……」




 そう言って、ライダル伯爵はなにかの記章の入った小さな箱を三つほど、私に差し出してきたの。



〇 王宮薬師院の薬師の記章。
〇 王国軍第四軍、東方方面軍、従軍薬師の記章
〇 魔術師の記章。



 じっと見てしまった。 視界が揺れるの。 そこに有る意味を感じてしまった。 おばば様が私を望む聖堂教会から逃がしてくれる、その道標。 そうね…… ここ王都には、聖堂教会の総本山があるんですものね。




「薬師の記章は、階位第九位。 王城コンクエストムへの伺候が可能な薬師に渡されるものです。 従軍記章は…… 内密ですが、海道の賢女様が、国王陛下に取り付けられた約束の一つに御座います。 そして、最後の魔術師の記章…… 王宮魔導院の者達から、捥ぎ取ってきました。 何故と聞かれると思いますで、まずは、魔術師の記章からご説明申し上げます」

「よしなに」




 まぁ、大体は想像がつくわ。 私が無詠唱でいろんな魔法を紡いでいる事とか、第十三号棟の扉に打ち込んである、【耐物理防御アンチフィジックシールド】と、【耐魔法防御アンチマジックシールド】の魔方陣 それと、回廊の床に打ち込んだ【探知ディテクト】。

 アレは隠してないから、誰にでも見えるはずだしね。 破ろうとしたのかしら? 王宮魔導院の人達が解析したのかしら? でも、アレはかなり手を入れているから、細かいところまで解析するのは、年単位で時間が必要だと思うの。

 おばば様から、教えて頂いたものに、私の知っている事を加え、さらに改良してあるし、魔力操作で丁寧に書き換え下から、普通じゃ見えないような場所にも、魔力が通っているしね。 解析の結果は…… 多分、” 分解不可能 ” って所かしら。 

【施錠】は簡単なモノなのにね…… 力技で打ち抜こうとしても、出来ないようにしただけなんだけれど、その【施錠】を開けられないのならば、そうするしか無かったのかも…… いずれにしても、王宮魔導院の方が手を挙げたって事なのかもしれないわ。




「薬師リーナ、貴女が描き出した、【耐物理防御アンチフィジックシールド】と、【耐魔法防御アンチマジックシールド】は、王宮宝物庫の防御魔方陣よりも固い。 王宮魔導院の猛者共が、アレを見て、匙を投げた。 解析の糸口すら見つからないと」

「そうですの? 辺境では、あれ以上の防御魔方陣が存在しますわよ?」

「…………グゥ。 そ、その話はまたいずれ。 とにかく、アレを見て魔導院の者達が、貴女を一級の魔術師と確認いたしました。 ならばと、あちらの高官にその知識が欲しくはないのかと問い、その為には、貴女を魔導院に招聘しなくてはならないと、そう説得したのです」

「それで、この記章にございますか。 これらの記章を付けて、王城コンクエストムに伺候いたしますれば、王宮薬師院はもとより、王宮魔導院にも入ることが可能となるという訳に御座いますのね」

「ええ、その通りに御座います。 さらに、貴女を第四軍…… 東方方面軍の従軍薬師に任命されております」

「 ―――「聖堂教会」除け――― に御座いますか?」

「……明け透けに言えば、そうなります」

「何故、ここで、そこまでのお話を、わたくしになさいます。 王宮薬師院は、聖堂教会に恭順を示している。 そうなっていると、色々な場所でそう聞きました。 下級の一般職員の方々からの噂話にはございますが……」




 食堂でご飯を食べるようになってから、仲良くなった人から、薬師院の事は聞いているのよ。 なぜ、ここまで、下級の薬師さんが不足しているのかとかをね。 多くの低位の薬師様達は、高位の薬師様を護るために、聖堂教会に ” 売られた ” とね。 あの人たちの野心のために、北の荒野にその命を散らせてしまったとね。 

 その決定を下したのが、この目の前の人。 人事局長である、コスター=ライダル伯爵なのよ。

 下級一般職員の方々は、結構恨んでいるわ。 仲の良かった薬師さんをむざむざ聖堂教会に引き渡し、戦野に連れて行って、護りもしないで骸にしたってね。 だから、云われるの、「王宮薬師院は、聖堂教会に恭順を示している」ってね。



「薬師リーナ、それは、言い過ぎでは!」



 くっ付いてきていた、アイスバーグ子爵が言葉を荒げる。 なんだ、図星なんだ。 眦を上げるアイスバーグ子爵を手で制したのは、ライダル伯爵。




「いいのだ…… そうみられている事は、百も承知している。 ゆえに、この処置を受け入れた。 薬師リーナ…… 軍属として登録しておけば、聖堂教会やつらは、手出しできないのです」

「どちらにしても、前線…… 戦野に出る事に変わりはないのでは?」

「ゆえに四軍です。 北の正面は、奴らに支配されているも同然。 よって、第一軍、第二軍は、もってのほか。 南方領域への監視のための第三軍は…… その……」

「私が逃げ出す事を嫌ったのですね、王宮は」

「……誠に遺憾ながら」

「そちらの事情は理解しました。 受け入れます。 ―――それで?」




 私が問いたい内容を、瞬時に理解したかのように、ライダル伯爵は言葉を紡ぐ。




「薬師リーナに置いては、王立ナイトプレックス学院への編入…… というより、礼法の時間に参加してもらう事になりました。 期間は…… 貴女が王城コンクエストムに伺候出来る、礼法を身に着けるまで」

「…………左様に御座いますか。 王立ナイトプレックス学院には、貴族籍にある方しか入学できぬはずですが、そこは?」

「特例により、生徒では無く、王宮薬師院の薬師として」

「なるほど…… 抜け道でしたね、それは。 王宮薬師院の上級薬師様は皆さま王立ナイトプレックス学院の御卒業生に有らせられましたね、そういえば。 ならば、その役職を持つものは、逆に王立ナイトプレックス学院で、学ぶことも可能と。 …………理解しました。 何時から、学院に?」

「まだ、学院も始まったばかり。 出来るだけ早くに。 お住まいに成る寮の部屋と、制服等、ご用意させていただきます」

「必要ありませんわ。 わたくしは、特別に許されて、礼法を学ぶ薬師です。 このままの方が、良いと思われます」

「ですが!」

「伯爵、貴族様の中で、一般庶民が一緒に学ぶ…… その者が同じ場所に住み、同じ制服を着ていて、まともな対応をしてくださるとでも? 少し、想像力が足りないのでは? 今のまま、お仕事を済ませ、その後…… お昼からですが、ここから、学院に通う。 薬師らしいとは思われませんか?」

「で、では、お住まいに成る場所は、この第十三号棟の中に御座いますか?」

「色々と、快適にさせて頂きましたので、その方が都合がよろしくてよ? あぁ、それに、ラムソンさんの処遇は如何されますか? わたくしと致しましては、このままご一緒させて頂き等ございますが」




 ライダル伯爵…… ちょっと考えているね。 奴隷の獣人を私に預けてもいいモノかどうか。 さらに言えば、獣人の奴隷は、大量に失った下級薬師様の代わりに聖堂教会が押し込んできた者達。 教会の紐が付いている可能性も、考慮に入れているのかもしれないわね。 

 ラムソンさんは、どのみち、人族を嫌っているし、それが、聖堂教会…… いいえ、マグノリア王国に連なるものならば、彼の心の底には、恨みこそあれ従属の心は無いは。 




「…………薬師リーナに危害が加わらなければ。 今後も貴女の配下にいたしましょう。 薬師院、人事局長の決定として」

「ありがとうございます。 えっと、その、アイスバーグ子爵、それと、そちらの方。 二度と、ラムソンさんに手出しなど、考えないでくださいね。 彼は、わたくしの同僚ですから、その旨、良く理解してくださいね」




 沈黙をもって、彼らは応えてくれた。 階位が強く働く王都。 私が第九位の階位を得たことによって、彼女たちにとっては、私の方が遥かに上位者となってしまったからね。 だから、私の意向は、彼女たちにとって、絶対になってしまったの。

 、彼女たち下級薬師さん達がについては、何も言わない。 この王都ファンダルの民たちも、同じような対応をする筈なんだもの。 偏見とか差別なんて、そう簡単に無くならないものね。 でも、この人達については、きっと、ライダル伯爵からキツイ叱責があった筈だし、私から何か言って、下手に恨みは買いたくないもの。




「この者達の処遇については……」

「それは、人事局のお仕事です。 私は、この第十三号棟に着任し、お仕事をしたまで。 それ以上でも以下でもありません。 ……ラムソンさんへの所業は、怒りを覚えますが、それは王都では当たり前の事なのでしょうから、わたくしからは、何も言えませんわ。 ゆえに、これ以上の彼への干渉は、御止め頂くとう存じます」

「左様ですか。 了解いたしました。 獣人の処遇は薬師リーナ様へ、一任いたします。 そして、こ奴らの処分は、規則に従って…… 良いな! お前達」

「「御意に」」




 まぁ、これで、何とかなるでしょう。 全く度し難く、許しがたい事なのですが、それは、今はまだ言えませんものね。


 来られた時と、同じように静かにお帰りに成られた。 


 きっと後で、いろんな書類が届くのだろうと思う。


 王立ナイトプレックス学院へ礼法を習いに行く。


 はぁ…… 気が重い。


 あの場所は……






 色々と……






 前世の記憶私を苛むモノを刺激する、人とモノが多すぎるのだから……








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