その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 5

王都ギルドの噂話……

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「おい、知ってるか? こないだ来た薬師の事を」

「あぁ、辺境領から来た、銀級の上級冒険者さんを、怒鳴りつけてたアイツだろ? びっくりしたぜ。 なにせ、銀級のエルビスさんを、怒鳴りつけたんだからな。 でも、エルビスさん、なんも言わんかったぞ?」

「あぁ、反対に思いっきり頭を下げていたとか…… 何者だ?」

「さぁ…… いずれにしても…… あの見た目は反則だな。 あんなに綺麗な女の子見た事ない」

「……気は物凄く強そうだけどな」




 コソコソと、冒険者ギルドの受付ホール隅のテーブルに着いていた、白級の初心者冒険者が噂話を話し合っていた。 横目で見ていた受付嬢のビビアンは、フッとため息をつく。 その噂話の現場に彼女が居たためだった。 アレは、災難だと思う事にしていたのだが…… 




 ^^^^^^




 ある日とても、可愛らしい少女が、受付にやって来た。 魔術師のローブを着て、魔法の杖を持っていたので、最低年齢を超えて、初めて冒険者登録をする為にやって来たものだと思った。 黒髪に二房の紅い髪。 澄み切った黒い瞳。 とても印象的な少女だった。



「ようこそ冒険者ギルドへ。 今日は、冒険者登録ですか?」



 カウンターの内側から、久しぶりに本心からの笑みを浮かべ、そう対応した。 無表情なその少女は、つかつかとカウンターに近寄り、彼女に告げた。



「採取依頼をお願いします。 フユウリ草、二束、アレスタント五束。 出来れば、トウカ草を一束。 品質は上級。 生薬の生成に使うので、出来るだけ新鮮なモノを。 採取後、そうですね、二日以内。 すべて同条件で。 かなり難しいはずですので、依頼料として、金貨一枚をお預けいたします」



 無表情のまま、そう言い切った少女。 ビビアンには、あまり受けたことが無いような、内容の依頼内容だった。



「あの…… 魔法草の採取依頼ですか? 受け付けるのは、魔法草一束で、銅貨二枚となっておりますが……」

「必要な魔法草の種類を言っているだけです。 王都の冒険者ギルドでは、指定採取は受け付けていないのですか?」

「ええ、まぁ…… そのような依頼は、あまり……」



 ビビアンの戸惑いはもっともな事だった。 辺境とは違い、王都周辺の森には、それほど多くの種類の魔法草の植生は無い。 魔法草の採取となれば、有るものを採取することに他ならなかった。 それを、この少女は、種類限定の採取依頼をしようとしている。 街の高位の薬師からの依頼はあるが、それも、とても稀だ。



「受けてはもらえないと、そういう事ですか?」

「一概には…… しかし、金貨一枚という高額な報酬ですので、受付は致します。 多分……五日ほどで……」

「そうですか。 では、お願いします」



 表情も変えず、金貨一枚を出す少女。 確かに受け取り、依頼書と一緒に保管した。 掲示板にはすぐに張り出される。 踵を返し、その場を去るその少女の後姿を、あっけにとられて見送ってしまった。


 ~~~~~五日後。


 採取された魔法草を受け取りに来た少女がカウンターに立ち、目の前に見せられた魔法草を見て、声を荒げた。




「なんですか、これは。 採取後少なくとも、四日以上たっているモノがある上に、お願いしてある種類の亜種です。 品物が違います。 違約です。 受け取れません」

「で、ですが…… 薬草辞典にて、調べましたところ…… この魔法草で……」

「鑑定は掛けましたか? 特に、コレ…… アレスタントは、よく似た亜種の薬草が多々あります。 見た目は同じですが、薬効が全く違います。 これでは、使い物になりません。 やり直しです。 鮮度も足りず、酷いモノです。 処分してください」

「い、いえ、そのような事は、出来かねます。 冒険者ギルドでは、コレがご依頼の品と判断しております」

「……話になりません。 上役の方をお呼び下さい。 出来れば、南方辺境領域出身の方を」




 低く重い声でそう言う少女、黒い瞳がビビアンを見詰める。 依頼人の我儘と判断して、ビビアンも一歩も引かない。 そうこうするうちに、殺気だった冒険者達が集まって来た。 受付の女性は、冒険者たちにも人気の人物。 カウンターで遣り合う、少女の言を受けいれると、自分達の仕事を貶された事にもなる。

 周囲を囲まれても、少女は、恐れる風もなく、責任者を呼び出しなさいと、声を上げる。 

 ピリピリした空気が、冒険者ギルドのロビーに広がる。 一触即発のピンと張りつめた緊張感。 そこに、やって来たのが、辺境から招聘された銀級の冒険者である、エルビスであった。




「よう、何を揉めてるんだ?」

「あっ、はい…… すみません。 この女の子が……」

「こんな屑薬草を押し付けようとしたんです。 どうなっているんですか? この冒険者ギルドは!」

「えっ?」




 エルビスが、カウンター前に立つ少女を見た。 魔術師のローブを身に着けた、その少女の黒い瞳に、怒りの色が見えている。 カウンターの上の魔法草を見る。 萎れた薬草の束が目についた。




「フユウリ草、二束、アレスタント五束。 出来れば、トウカ草を一束。 品質は上級。 生薬の生成に使うので、出来るだけ新鮮なモノを。 採取後、二日以内 コレが依頼内容です。 そして、ギルドはコレを渡そうとした。 私は拒否し、やり直しを命じました。 なにかご不満な点でも?」

「い、いやな、嬢ちゃん。 そうは言ってもな……」

「受けられないのならば、最初からそう言えばいいんです。 さも、出来るような事を言って、この屑薬草を押し付け、対価を受け取ろうとする。 詐欺以外に考えられませんね」

「さ、詐欺! そ、それは、言いすぎだろ?」

「用意していただく筈の薬草は、生薬となり、病に倒れる人に処方するものです。 これでは、錬成できません」

「じょ、嬢ちゃん、薬師なのか?」

「南方辺境領、ダクレール領、薬師リーナです。 貴方、南方辺境域出身の冒険者さんですの?」

「あ、あぁ…… アレンティア辺境侯爵様の領都から招聘された。 まてよ…… 薬師リーナだと?」

「ええ。 もし、貴方がアレンティア辺境侯爵領から、来られたのならば、私の名は知っている筈。 違いますか?」

「……あっ! し、しかし…… その…… 」

「一報を出します。 宛てはアレンティア辺境侯爵領、統括ギルドハウス。 王都の冒険者は一人として使い物にならない。 受け入れは、領のために成らないと。 良いですね」

「まっ、待ってくれ!! や、やり直す!! すぐにやり直す!!」

「銀級なら、鑑定魔法も使えるでしょう。 私がなぜ、これほど怒っているか、そのゴミを鑑定してみてはいかがですか。 それの対価が本当に金貨一枚あるというならば、あなたは銀級ではなく、青級以下です。 さぁ! さぁ!」




 エルビスは、自身の鑑定魔法を使って、萎れた魔法草を確認した。 少女の言う通りであった。 これでは、とても引き渡せる訳にはいかない。 口ごもるエルビス。 少女は、あきれ果てたように彼を見つめ、そして、諦めたように言葉を紡ぎ出した。




「患者は待ってくれません。 もういいです。 依頼料を返してください。 それと、違約金も頂きたいです。 五日間も待たせたあげく、これですから、文句は無いでしょう。 当然、コレを持ってきた冒険者には、相応の罰則を。 薬師の依頼は人の命がかかっているのです。 それでなくても、忙しいというのに。 時間の無駄でした。 これからは、このギルドを頼る事無く、自身で採取するか、辺境域の冒険者ギルドにお願いします。 失望しました。 王都の冒険者ギルドは、冒険者は居ない」




 項垂れるエルビスを無視し、カウンターに向って言い放った言葉にビビアンは、恐れを抱いた。




「人の命を何だと思っているのですか? 零れ落ちる命を救うために、錬成に必要な薬草がコレでは…… 返金をしてください。 二度と依頼は出しません。 あぁ、多分、街の薬師さんたちも、もう依頼はしないでしょうね。 さぁ、早くしてください。 これから、採取に向かいますので」

「お、おい。 魔物の森だぞ? 一人で行くのか?」

「辺境の薬師を舐めないでもらいたい。 王都周辺の森など、辺境の一番安全な森より魔物は少ないのです。 採取に時間がかかるはずなどありません。 時間の短縮に冒険者ギルドにお願いしただけです。 あなた方は、必要ありませんね。 この依頼を達成できない人たちなど、辺境に行けば、三日と命を保てないでしょう。 返金処理、違約金処理をお早く」



 漆黒の瞳に睨みつけられ、それ以上モノが言えなくなったエルビスは、ビビアンに返金と規定の違約金を支払うように命じた。



「済まなかった……」

「患者さんに、謝って下さい。 苦しい思いを五日間されたのですから。 それでは」




 返金と違約金を手に、嵐の様に去っていく薬師の後姿を視つつ…… エルビスは頭を抱えた。 彼女の言葉が本当ならば、予定されている南方辺境領への研修はすべて拒否される事になる。 役に立たない冒険者など、辺境ではお荷物としか認識されない。


 王都の冒険者の優秀さを喧伝していた、王都冒険者ギルド。


 その瓦解を今まさに感じていた。 魔物を魔獣を狩る為だけの存在など、王都以外の冒険者ギルドは欲しがらない。 身近な採取が出来ない者、採取指定された薬草を間違える者、採取方法を知らぬ者など、辺境での冒険者稼業など、出来はしない。 すべての基本である、知識を得ようとする ” 欲 ” が、無いのだ。

 ただ、魔物、魔獣を狩り、その強さを競うような者は、遅からずその命を失う。 薬師の言う通りだった。

 実際、南方辺境域の各ギルドから、冒険者の研修を見合わせるとの通達が、続けさまに王都冒険者ギルトに入って来たのは、それから三日後の事だった。




^^^^^



 遠い目をして、その時の情景を思い出してしまった、ビビアン。 少女が言うように、あれから、街の薬師達からの依頼は無くなった。 マズイ事に、その依頼料は、かなりの割合を占めている。 



”お給金…… ちゃんと出るのかしら?”



 ふと、不安になる、ビビアンだった。




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