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断章 5
大公家の晩餐
しおりを挟む一月ぶりに、家族が顔を合わせる。
外務大臣として、東奔西走しているガイストが唯一心を許せる、時間だった。 大きな食堂に、妻であるポエット、息子のミレニアム、娘のアンネテーナの顔が揃っていた。
これも珍しい。
息子のミレニアムと、娘のアンネテーナはほぼ一歳違いだが、年はどちらも十二歳。 大貴族として、王立ナイトプレックス学院に学ばねばらない歳になっていた。
王都に屋敷があるものは、屋敷から学院に通う事も出来るが、寮に入り不自由を味わいつつ、友誼を結べる相手を探すことも、重要視されている。 中位の貴族は、高位貴族との面識を得る為、王都在住の法衣貴族であろうと、あえて寮生活をする者も、多々いる。
社交界とは違った、為人を見つける為に、高位貴族の一部が、寮での生活を行っている為だった。
ドワイアル大公家の子供達も、そんな高位貴族の子弟だった。
ガイストは、今に至るまで、友誼を結べたアレンティア辺境侯爵や、ダクレール男爵など、学院で知り合えた者達を大切にしている。 ファンダリア王国の為というのも、偽らざる真実ではあったが、気持ちのいい漢達と汗を流す学院の日々は、ガイストにとっては夢の様な時間でもあった。
子供たちにも、生涯 友誼を結べる友を得る事、そして、その者達のとの大切な時間を作ってやりたいと願うのは、家族に対しては情けの深い、父親としてのガイストの思いでもあった。 しかしながら、一旦、寮に入ってしまえば、様々な規則があり、こうやって大公家の屋敷に帰って来ることも、実は大変な事なのも知っていた。
ゆえに、この貴重な時間を、家族の皆で分かち合える事が、ガイストにとって何よりも価値のある時間と、彼は位置付けている。 本来、貴族に取って食事の間は、話をするのは、はしたないと言われてはいる。 が、彼にとっては貴重な時間を、無言で過ごす事など、考えもしていない。 豪華な晩餐は、家族との語らいの時間でもあった。
「旦那様、ひと月も前の事になってしまいましたが…… あのダクレール領の商人。 なかなかな人物で御座いましたね」
「あぁ、そうだなポエット。 突然の呼び出しに応えてくれたし、商談にもっていくあの手際は、なかなかのものだったね」
「終始、笑みを浮かべ、付け入る隙を見せませんでしたね。 あの少女は…… 違いましたね。 残念なことに」
「あぁ、そうだね。 ダクレール領の今は無き商人の娘…… たしか…… エカリーナと云ったね。 よく勉強している。 立派な商会員だった」
「そうですわね。 まっすぐに私を見て、本当にまっすぐに。 あのような目を見たのは、久方ぶりです。 商会長の躾でしょうね。 ……それに、あの見本のお薬と水飴――― 」
「海道の賢女様が御作りになられた、アレか」
「ええ、あの水飴…… 思わず身を乗り出してしまいました。 あの子が…… エ、エスカリーナが作ったのかと……」
「…………そうだな」
ガイストは、手に持つカトラリーを、静かに置く。 放っていた、ガイストの手の者が彼に伝えたのは、” ダクレール領から、銀髪を持ち、蒼い眼の娘が王都に来ている ” との報告だった。 一縷の希望を捨てきれないガイストもまた、エスカリーナの容姿を配下の者に伝え、万が一その姿を見つければ報告するようにと、言い渡していた。 たとえ、ダクレール男爵の居城で見せられた、「ボロボロのドレス」が、あったとしても……
寂しげな視線を、ガイストに投げかけるポエット。
ダクレール領から帰還し、伝える事を躊躇ったが、言わざるを得なかった、エスカリーナの失踪。 限りなく生存の可能性の低い状況。 苦渋の表情を浮かべ、ポエットにその事実を述べた。 しかし、同時に ” 一縷の望みも有る ” と…… 言ってしまった。 それは、まぎれもなく、ガイストの望み。 果てしもなく、叶えられる事の無い「希望」。
「残念でしたわ。 わたくしも、その娘が、エスカリーナかと思って、ご一緒させていただいたのですが……」
アンネテーナもまた、落胆した表情を浮かべていた。 ダクレール領から、アンネテーナに届く便りが途絶えて久しい。 そのすべてを宝物のように保管し、読み返すのが、彼女の余暇の過ごし方でもあった。 自分の知らない、庶民の暮らしを、楽し気に綴るその手紙。 柔らかな文字が、彼女の心を優しくしてくれた。
もう…… いくら祈っても、彼の地からの便りは来ない。
エスカリーナ失踪は、アンネテーナに重く圧し掛かっている。 せめて彼女に誇れるような人になりたいと、母ポエットの薫陶を受ける日々だった。
「たしか……イグバール商会の者達を、招いた日は、同じダクレール領から災害孤児の薬師も呼んでいたな。 後見人になったことに対しての、挨拶だったな。 そういえば、その者は、……アレンティア辺境侯爵の推挙もあった者だった筈。 ミレニアムが丁度帰っていたので、セバスと通じて、面会するように伝えたが…… 如何した?」
「はい、父上。 わたくしが、その者から挨拶を受けました。 名を、辺境の薬師リーナと……」
「そうだったね」
「まだ、子供でした。 わたくしと同じくらいの年恰好で。 あの年で、薬師の称号を受ける事が出来るとは、辺境とは…… そんな場所なのですね。 王都では、そう易々と薬師の称号を授けらたりは…… しませんので、驚きました」
「……子供か。 そうだね、しかし、あのアレンティア辺境侯爵が一目を置く人物だ、侮ってはならんよ」
「なにか有れば、呼んで欲しいと言っておりました。 今は薬師院に居るはずです」
「そうか…… 王城コンクエストムへの伺候も有る故、学院の礼法の時間に出席するはずだったな」
「「えっ?」」
ミレニアムと、アンネテーナは、互いに顔を見合わせ、不思議そうな視線を交わした。 礼法の時間に庶民階層の者は居なかった為だった。
^^^^^
王立ナイトプレックス学院は、貴族の子弟が入学し色々な事を学ぶ為の学院である。 支配者階層を鍛え上げる為の学び舎という事になる。 獅子王陛下の御代に設立され、あまたの有用な人材を送り出す、周辺国を見回しても、比肩し得るモノは無い、屈指の学び舎であった。 他国からの留学生も多く受け入れている。 その教育理念に賛同するならば――― ではあるが……
多岐に渡る学業の内容は、領地貴族は領地の経営を学び、武人の家系は騎士となる為に専門に教授を受ける。 法衣貴族の子弟は、ファンダリア王国の官僚になる為の修練を学院で積み、また、貴族の女生徒の多くは、学院で終生の伴侶を見出す。
また、学院に居る期間は、十二歳から十八歳までの六年間。 学院にいる間、特に学院の中にいる間は、身分の上下を極力排し、自身の研鑽に勤めると規定している。 階級社会であるファンダリア王国の貴族社会に出る前に、階位を超えた友誼を結ぶ為の時間でもあった。
加えて、今年の初年度生の中には、王族が二人もいた。 一人は、飛び級で入学した、ウーノル=ランドルフ=ファンダリアーナ第一王子。 もう一人は、マクシミリアン=デノン=ファンダリアーナ王子だった。 二人の入学は、多くの貴族達からの注目を浴びるも、彼らもまた、学院の理念のもと、「生徒」の枠組みの中で、授業を受けていた。
後々の生活に、多大な影響を与える事になる人間関係を作り出せる機会となる。 学院の理念を元に、学院の初年度の礼法の時間は、皆同じ内容の授業を受ける。 高位の貴族も、下位の貴族も身分の上下を問わず、同じ学び舎で学ぶ生徒として扱う、学院の最初の時間であった。
しかし、その中に庶民階層の者は唯の一人も存在していなかった。
「お父様、その…… 礼法の時間に、庶民の方は一人もおられませんわ」
「ええ、その通りです父上。 何故に?」
「あぁ、その災害孤児の薬師はとても能力が有り、南方辺境侯爵より、薬師院の製剤局への推挙が有るのだよ。 しかし、あそこは、王城コンクエストムの内側。 礼法を修めていない者が入るべき場所ではないのでな。 よって、その薬師リーナとやらは、学院で礼法の授業を受ける手筈になっているのだよ」
「???」
「おらんのか?」
「わたくしは、その者を見知っております。 黒髪に二房の紅い髪、漆黒の瞳を持つ女児です。 とても特徴のある者なので、見間違える事や見落とす事などありません」
「ん? それは…… いかんな。 たしか、招聘状に条件としてあった筈…… 必ず学院で学ばせよ とな。 問い合わせてみるか。 ……もし、その者が遅れてくるようであれば、手助けして欲しい。 アレンティア辺境侯爵からの是非ともとの言もある。 頼めるか?」
「「 勿論に御座います! 」」
二人の顔に誇らしげな表情が浮かぶ。 ガイストも頼もし気に子供たちを見る。 三人の何とも言えない、良い笑顔に、ポエットも微笑む。
何でもない
それでいて、
とても貴重な時間。
外務卿 ガイスト=ランドルフ=ドワイアル大公の大切な、とても大切な時間だった。
^^^^^^
ドワイアル大公からの問い合わせに、
王宮薬師院 人事局 人事局長
コスター=ライダル伯爵の喉が、喘ぐように鳴るのは…………
その数日後の事だった。
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