その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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策謀の王都

お仕事始め

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 召喚状にあった期限までは、まだ数日あるけれど、私は薬師院に向かったわ。 イグバール様達とは、大公家の前でお別れって決めていたから。 ここからは私だけ。 私だけの道になるから。 


 来るように指定されていた受付は、薬師院外局の建物。


 王城コンクエストムの御城の中の王宮薬師院本局とは全く別の場所にある、建物なの。 王宮薬師院は、本局と外局の二つの部署があったわ。 王宮内の本局の目的は、王家の人々の健康を護る事が最重要な部署。 近衛騎士が外敵から王家を護る様に、王宮薬師院は病魔から王家を護るの。

 その余技ととして、お薬の開発とか、ポーションの純化、効率化とかのお仕事があるわ。 王立ナイトプレックス学院を卒業した魔術師が目指すのは、そういった部署ね。 そして、王宮薬師院に採用さることが、とても名誉とされるの。


 魔術師を目指す人たちは、おおむね二通りの道を歩む。


 一つは純粋に魔力を攻撃魔法や防御魔法に振り、戦闘に特化した道。 国軍の魔術騎士団を目指す人たち。 見た目が派手で、それこそ魔術師って風貌だから多くの人がその道を目指すのよ。

 もう一つが、生活魔法くらいしか使えない人が目指す、錬金魔術師を目指す道。 主に体内魔力保有量が少ない人達がそれでも魔術師になりたくて選ぶ道。 たまに、攻撃魔法を嫌う魔力保持量の多い人たちが選ぶの。 錬金術を駆使し、お薬やポーションを錬成するんだけれど、属性の問題でいきなりお薬とかポーションを錬成できない。


 そう、錬金釜が必要なのよ。


 だから、大きく力のある、錬金釜のある王宮薬師院が、もっとも人気のある職場でもあるの。 でもね、だれでもなれるわけじゃないわ。 王宮にある、錬金釜はそれこそ、ファンダリア王国の至宝ともいえるもの。 その錬金釜を使えるのは、上級薬師様のみ。 御典薬師エルネスト=ベックマン上級伯爵様を含め、両手の指で数えるほどの人達だけに与えられた権能なの。

 その他の人達はというと…… 下位の錬金釜を駆使して、中級ポーションとか、下級ポーションを量産するお仕事。 いずれ、その中から、有望な人達が上級薬師様となる…… そういう訳だから、王宮の薬師様達は常に何らかのお薬やポーションを作っているの。

 下級薬師…… 錬金術師の卵達の仕事は、そのお手伝いだったっけ。 魔法草の仕分けとか、最下級ポーションの仕込みとか…… 錬金釜も複雑な構成が出来ない、小さなものなのよね。 記憶ではそうだったわ。 王立ナイトプレックス学院の魔術の講義で、そう習った。


 私の向かっている薬師院外局は、その下級薬師さんの仕事場。


 つまりは、お手伝い部門なのよね。 実際に見たことは無いけれど、多分そんな感じだと思うの。 トコトコと歩いて、薬師院外局の事務棟に向かうのよ。 石畳と大きな倉庫が続く道の向こうに、練石造りの建物が見えてきた。 赤茶けた外壁が特徴的な、その建物。 大きく薬師院の紋章が掲げられていたわ。




 *******************************




 通されたのは、外局人事局のお部屋。 目の前にいるのは、薬師様。 面接して、所属と配置が決まるの。 持ってきた身上書とか、召喚状とかを差し出して、オトナシク指定されている椅子に座っているの。 結構特殊な経路で入職するからね、胡散臭げな眼で見られているのよ。




「貴女が、「海道の賢女」様の御弟子さん? その年で? ふ~ん、そう。 まぁいいわ、私はモルモンド=アイスバーグ子爵。 見ての通り、薬師で女性よ。 王立ナイトプレックス学院で錬金魔法を習得して、薬師院に採用された正規の薬師。 辺境の薬師なんかと一緒にしないでね。 ……さてと、あなた、薬草には詳しいの?」

「一通りは識別できます」

「そう…… なら、十三号棟がいいわね。 上から薬草の納品をせっつかれているの。 今は下級薬師が不足しているから、薬草の仕分けの手が足りない。 辺境の薬師でもそのくらいは出来るわよね。 足を引っ張らないように、仕事してね」

「はい、アイスバーグ子爵様」

「付いてきて、仕事場に行くわ」

「はい」




 とても矜持プライドが高い人ね。 王国は、全土から薬師を引っ張ってきているんだけれど、本領で採用されなかった人達ばかりだから、能力も高くなくて…… その上、その多くが聖堂教会付属の教会薬師への帰属求められているから、薬師院へ回される人も少ないはずなんだ。 おばば様がそう言っていたわ。 

 回廊を回って、扉に十三って書かれた倉庫の前に着いたの。 何となく嫌味な笑みが、アイスバーグ子爵の頬に浮かんでいるわね。




「食事は食堂で。 貴女の部屋はこの十三号棟の中にあるわ。 今は獣人の奴隷が一人いるけれど、まぁ、問題は無いわ。 アレはおとなしいし、奴隷紋も刻まれているしね。 魔法草の回収は日に一回。 夕刻に箱いっぱいの魔法草を提出すること。 混ぜ物なんかしたら承知しないから。 わかった?」

「はい」

「じゃぁ、入るわよ」




 扉が彼女の魔法で開かれて、中に入るの。 簡単な開錠の魔法だったわ。 薄暗い倉庫。 高く高く積み上げられた、箱、箱、箱……

 中身は仕分け前の魔法草ね。 ツンと独特の香りがしたの。 アイスバーグ子爵は中に入らない。 私だけが、倉庫の中に進んでいく。




「じゃぁ、お仕事、頑張ってねぇ~」




 ひらひらと手を振って、扉が閉まり施錠される。 つまりは…… 閉じ込めて、使い捨てにするつもりなのね。 この倉庫から出たかったら、自分で開錠しろって事よね。 ん~ あれだけの説明で、どうしろというのかしら? まぁ、いいや。 薄暗い倉庫の中を確認しよう。 ホントに暗いね。 小さな影が視界に入ったの。


 ランタンの揺らめいた明かりが、その人影を揺らしている。 


 獣人さんがいるって…… そう言ってたわよね。 獣人さんかぁ…… ツッ! 前世の記憶が目の前に浮かぶわ。 道端で鞭打たれ、悲鳴を上げる彼ら。 風景の一部のようになっていた。 亜人さん達の身分保障なんかこのファンダリア王国の中では無いにも等しい。 獅子王陛下は、そうならないように、いろいろとお定めになったのにね。

 おばば様も、獣人さん達には、人一倍気を配っておられた。 かれらの国を…… 森を焼いてしまったから……



^^^^^


 クンクンと匂いを嗅ぐの。

 ここに集められている薬草の数々は、品質が劣化している…… とても、状態は悪い…… どうなっているのか、聞かないと……

 そろそろと人影に向っていくの。 強く森の香りがしたような気がした……




「あの、すみません」

「…………」

「辺境の薬師リーナといいます。 本日付でこの場所に配されました。 どうぞ、よしなに」

「……ラムソン」

「はい?」

「ラムソンだ。 散らばっている薬草の箱から、使えそうなものをそっちの箱に入れる。 それだけだ」

「……そうなのですね。 種別は、分けなくても?」

「ここに運ばれる薬草は、ほぼ一種類だ。 奴らも気にしてない。 使えそうなものを選ぶだけだ」

「そうなのですか。 判りました。 仕事は……いまから?」

「そのうち回収に来る。 回収したときに、餌を運んでくる。 受け取ったら食って寝る。 起きたら仕事。 餌の交換は朝。 食ったら仕事。 回収に来るまでな」




 餌って…… 絶句した。 なにそれ…… よくラムソンを見たら、かなり痩せこけているの。 酷い扱い受けているのね…… こんな状態だと、まともにお仕事できないんじゃないの? この人、ここで暮しているのかなぁ…… 周囲を見回すと、箱の間に毛布が一枚…… 彼の寝床? そういや、私、どこで寝るの?




「あんた、国に呼ばれた辺境の薬師なんだろ? あっちの隅に、小部屋がある。 きっとアレがあんたの部屋だ」

 声だけで示された場所は、倉庫入り口近くの小さな部屋。 なるほどね。 

「ありがとう。 一度、部屋に行ってから、お仕事始めます」

「……」

「後ほど」




 なんか、とっても荒んでいるのが判っちゃったよ。 薄暗い倉庫の中を歩いて、その部屋に向かう。 足元は暗く何が落ちているのかもわからない位。 こんなの、おばば様が見たら、大激怒よね。 お薬の材料を保管している場所とは思えないもの……

 お部屋は、小屋みたいなものだったわ。

 扉は無く、中にベッドとテーブルと椅子。 棚が一つ。 長い間使われいないのは、一目見て分かった。 呆れてモノが言えない。 部屋の片隅に、水場が有るんだけれど、上手く作動していなかったの。 ゴボゴボって言って、水が流れないのよ。 

 一度、徹底的に【洗浄】掛けないと、使う気にもなれない代物…… 

 なんなのよ、コレ…… なんか、怒りが湧いてきた。 それも、猛烈にね。 【洗浄クリーン】の魔方陣を浮かべる。 



 全方位強度一杯…… 

 発動



 魔方陣が広がり、上下に分かれるの。 光の粒が、汚れを分解して、汚物を浄化する。 ベットのシーツは新品同様になり、ゴボゴボ行って茶色に変色していた水場も、すっかり新品のようになった。 浄水が流れるべき、水口からはきちんと浄水が流れ落ち、冷ややかな音を奏でている。

 いいね。 

 浄化完了だよ。

 荷物は多くないし、腰のポーチから、必要そうなものを棚に置いた。 ローブをベッドの上に置き、さぁ、お仕事始めようかな。




 *******************************




 ラムソンさんが、目をまくるして近寄る私を見ていた。 あぁ、【浄化】の魔法を見てたのね。 あんまり、話したくなさそうだったから、お喋りはしない。 ただ、にっこりと笑っておいたんだ。 えっと、まずは、この箱ね。

 うわっ! 半分は腐ってるよ…… 

 面倒だなぁ……



 〈ねぇ、ブラウニー、錬金魔方陣使っていいかな?〉

 〈ええんちゃう? こんなゴミの仕分けなら、簡易魔方陣で十分やろ? なかにいいものが有ったら、取り出しとくさかいな〉

 〈そうね、お願いしておくわ。 それにしても、ひどい品質ね〉

 〈採取されてから、長い事ほおって置かれたんとちゃうか? まぁ、仕分けだけやったら、一瞬やけどな〉

 〈そうね、じゃぁ、始めようかしら〉

 〈からの箱に入れとくな。 レディッシュも手伝うてくれるで〉

 〈ありがたいわ。 お願いする。 じゃぁ、始めるね。 術式展開、発動……〉



 目の前に錬金術式が展開されて、魔方陣が浮かび上がるの。 箱の中にあった、半分ダメになってる薬草をザパァァ~ って、ブラウニーが放り込む。 下からまぁ、まだましな薬草が出てくるの。 ホントのゴミは、錬金術式内で灰にしてる。 まぁ、灰にも使い道あるしね。 それをレディッシュが、空いている箱で受けるの。 

 それだけの事よ。 この倉庫には…… 何千箱もあるから、終わりは見えないけれど、次々と保管されている箱を取り上げては、中身をぶちまけるの。 一応ね、いろんな薬草が有るから、その仕分けもしながらね。 単一の魔法草って、ラムソンさん言ってたけど、よく似た別物も混じっているからね。

 だって、毒草もあるんだよ? マズいでしょ? レディッシュが何回か箱を取り換えてくれたの。 そうね、種類ごとにね。 壁面の一部に仕分け終わった箱を積み上げていくの。 入口近くの壁面にね。 保管箱に一応【状態保存キープ】の魔法……掛ときゃなきゃね。 これ以上品質劣化はマズイものね。

 あれ? なんか、ラムソンさんがこっち見て、呆けてるわ? なんでだろ?  




「お、お前、錬金魔法が使えるのか?」

「ええ、薬師ですもの。 おかしくはないでしょ?」

「……ここに連れてこられる奴は、できねぇよ」

「なぜ? 皆さん薬師様なんでしょ? それも王都の」

「……錬金魔法は難しいって…… そう言ってた。 そんな魔法を使える奴はこんな所に来ない」

「なら、私が辺境出身だから? 変な話ね。 まだまだ、沢山あるから、頑張るわ」




 呆然と私を見ているラムソンさん。 そして、手元を見て、溜息が零れ落ちているの。

 なんだかとても悲しそうに見える。

 なんでだろうね。

 同じ倉庫でお仕事する仲間じゃない。

 気になるわよ。

 ご飯の時にでも、お話しなくちゃね。

 まぁ、それまでは……





 お仕事頑張ろう!





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