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策謀の王都
宿屋の窓から
しおりを挟むついに着いてしまった。
王都ファンダル。
かつて、逃げ出した、ファンダリア王国の王都へ。
丁度、正午になったのか、聖堂教会の大聖堂の鐘が荘厳な何重にも重なった鐘の音を響かせている。 私たち一行が乗る改造キャリッジは、下町の雑多な通りを抜け、王城近くの商業区にその行き先を決めている。 イグバール様の商売相手がいる場所だったの。
そこには、各地方都市から来る商人の人とか、他国の商人の人達が犇めいていて、その方たち用に建てられた宿も多かったからね。 一軒の宿屋に向かうの。 ダクレール領の商人さん達が、定宿とする宿屋だと聞いているの。 大きさはそこそこ。 宿屋の評価としては、中位あたりに位置するんだって。 イグバール様がそんなことを仰ってたの。
宿に着いて、お部屋に通されるの。 もちろんここで、さようならという訳じゃないのよ。 まずは、ドワイアル大公家に赴いて、私の後見人になって下さった事の御礼を申し上げないといけないもの。 流石に、ただの庶民がいきなり行って、いい場所じゃないから、この宿屋からお伺いを立てる。 何日掛かるか判らないものね。
とても、お忙しい方だもの、ドワイアル大公閣下はね。 御礼を申し上げるだけだから、もしかしたら代理の方かもしれないんだけど。 それも、そうよね。 高々、辺境の薬師に外務大臣閣下が直接目通りをされるとも思えないしね。
先触れのお手紙を書いて、宿の方に渡すの。 宿の方でお手紙を運ぶ人にお渡しするからね。 さぁ、どうしようっか?
「薬師リーナ様は、このままここでお待ちくださいね。 俺とエカリーナは、商工ギルドに行きます。 ちゃんと商売になるか、お話をしなきゃなりませんしね。 そうそう、そのあと、少し街を散策します。 その時、ご一緒しましょうか?」
「イグバール様は、王都を御存じなの?」
「ええ、まぁ、少しは。 これでも、エランダル準男爵家の三男ですから、一応、単年度ですが王立ナイトプレックス学院で、貴族の礼節を学びに来たことが有るんですよ」
「まぁ、そうでしたの? でも、そんな事は、ちっともお話下さいませんでしたよね」
「……あまり、思い出したくないのですよ。 田舎の準男爵の三男ともなれば、庶民と何ら変わりないですしね。 あの学院には、王族の王子様なんかも、学ばれれておりますから、私のような低位のさらに下の様な階層出身者など、ほんとに辛い場所なんです。 あぁ、そういえば、ハンナも二年ほど居たかな…… 大公家に侍女見習いに入る前にね」
「そういえば、そうでしたね。 才豊かな、ハンナお嬢様であれば、学院生活も楽しかったのでは?」
「アハハハ、男爵家の娘ですよ? それも、南方辺境領の。 高位の貴族の令嬢達に、小間使い紛いに使われているって、よくブー垂れて、私に手紙で愚痴を垂れ流していましたよ」
「……そうなんですか」
そう言えば、そうなのよね。 王立ナイトプレックス学院でも、学院外の貴族の序列は消えて無くなる訳じゃなかったわ。 前世でもそこは同じ。 エスカリーナは、準大公令嬢として、厚く遇せられていたから、そんなに不便を感じなかったけど、廊下でよく下位の貴族の子弟さん達が、侯爵家とか伯爵家の方々の用事を言いつかっている場面には出くわしていたわ。
そういう私も、ドワイアル大公様につけてもらった、男爵令嬢とか、子爵令嬢にアレコレと無茶な命令をしていたものね…… 困った人だったのよ、前世の私は…… ということは、現世で私は、その男爵令嬢とか、子爵令嬢の役回りをするのかな? 招聘状にも、学院で礼節を学び、王城出仕の資格を得るようにと、書いてあったもの……
えっと……
大丈夫かな?
「だから、私は王都の地理も多少は判ります。 危ない場所、行ってはいけない場所。 美味しい、お菓子のお店なんかもね」
イグバール様の言葉に、エカリーナさんの瞳が輝くの。 王都のお菓子って、とっても美味しいものね。 ただ、値段がとても張るの。 イグバール様のお財布なら、大丈夫だと思うのだけどね。 私は…… いいや。 あちこちに知り合いの店があるのは確かなんだけど、それは、あくまでも前世の話。
現世では、八歳までしかいなかったし、お屋敷の外に出ることはなかったもの。 一緒に行けば、きっと前世の事を思い出してしまう。 無茶を通した前世の記憶をね。 胸が張り裂けそうになるのよ。 よくもあんなに驕慢に振舞えたものだと、今ならそう思うもの。
高級菓子店に馬車で乗り付け、チョコチョコ摘んで、さようなら。 御代はドワイアル大公家にってな具合にね…… ホントに、どうかしてる。
だから、行きたくない。 過去の自分の所業を思い出したくないもの。
「私は、ここでお返事を待ちます。 イグバール様はエカリーナさんをご案内してくださいませ。 そうそう、ルーケル様もご一緒に如何ですか? イグバール様から街のご様子をお聞きになられるのも良いかと思いますから」
「リーナが外に出ずに、この宿の中に居るというのであればな」
「ええ、お約束いたしますわ。 私は、宿から出ません。 流石に此処で誰かに襲われるような事は無いでしょうから。 それに、私が王都に到着したのを知っているのは、この宿の方だけですものね」
「……貴族相手もする宿だしな。 判った。 イグバールの旦那、ご一緒させてもらう」
「あぁ、そうだね。 判った。 エカリーナの護衛をしてくれるかい?」
「田舎者がフラフラしてたら、物騒な連中に連れていかれちまうからか?」
「あぁ…… それに、エカリーナは、この見た目だしね」
ウグッ……
そうね、エカリーナさん…… エスカリーナの見た目に似ているものね。 すっかり忘れてた。 最初は、彼女の事を、私の身代わりにって、思っていたもの…… イグバール様は、そのことを危惧しているのよね。 あちこちの街で、エカリーナさんは多くの人に見られている。 万が一、エスカリーナと誤解されていれば、彼女の身に危険が及ぶかもしれないものね。
ダクレール男爵領とか、アレンティア辺境侯爵様の元じゃ、彼女はイグバール商会の商会員で、エカリーナさんだと認識されているけど、王都じゃ、そんな事を知っている人もいないものね…… ちょっぴり心配になってきた。
「リーナ様、大丈夫ですよ。 私とルーケルが付いていますからね。 そして、彼女にはきちんとした、商工ギルド発行の身分証もあります。 難癖付けられない様にはしておりますから」
「イグバール様、くれぐれも危ない場所には、近寄らないでくださいね」
「ええ、勿論です。 夕飯は宿で取ります。 なにか、珍しいものがあれば、買ってきますよ。 楽しみに待っていてくださいね」
「楽しみにしておりますわ、イグバール様」
ルーケルさんと、イグバール様、そして エカリーナさんは連れ立って、お部屋を出て行ったの。 エカリーナさんなんて、手を振ってね。 とっても、いい笑顔でね。
行ってっらっしゃい!
窓の外には、王都の風景が見える。 白亜の王城コンクエストムも見える。 着いちゃったんだなぁ…… ホントに、王都に着いちゃったよ。 窓から見える街並みは、なぜかとても懐かしく…… 嫌でも前世の記憶を引きずり出して来るのよね。
窓から目を背け、お部屋に有るテーブルでお手紙を書くの。 お伺いのお手紙はもう出した。 今から書くのは、おばば様に。 無事、王都に着きましたってね。
石畳を叩く馬車の車輪の音、子供たちの歓声、物売りの声、おばさま達の井戸端会議の声、ざわめく街路樹の葉、高く飛ぶ小鳥の囀り……
王都なんだ……
雑多な色々な音が、それを強く感じさせてくれる。 ここに生活している人々の声。
願わくば、彼らに健康で素晴らしい未来を。
薬師としての使命を思い出して……
私は前世の記憶を封じ込めたの。
そんな想いも込めた、書きあがったおばば様へのお手紙を、丁寧に織り込み鳥の形にする。
だいぶ、上手くなったんだよ。
手に魔方陣を浮かべ、その上にお手紙を置く。
窓際に行って、両手を空に差し出したの。
パタパタとはばたく真っ白なハトが一羽。
ダクレール領のおばば様の元へ……
蒼空の中に吸い込まれるように、羽ばたいて行ったわ。
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