その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 4

雨の王城

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 ファンダリア王国 王都ファンダル


 王城コンクエストム 最深部



 王族が住まう場所。 その一室。




 ウーノル=ファル=ファンダリアーナ第一王子の居室で、物憂げに窓の外を眺めている少年が居た。 御年十一歳。 もうすぐ第一成人の十二歳になる、ファンダリア王国の正王太子に成るべき人物だった。 しとしとと降る雨が、窓ガラスを濡らし、流れ落ちている。 望む王都ファンダルの姿は、雨に煙っている。

 ノックの音




「誰か」

「カービンに御座います。エルブンナイト=フォウ=フルブランド大公閣下をお連れいたしました」

「入れ」




 その室内に、二人の男が入室した。 一人は彼の侍従であり、第一王子の周りをすべて取り仕切るべく配されている、カービン=ビッテンフェルト宮廷伯。 もう一人は、ファンダリア王国の軍事をつかさどるべき立場にいる、エルブンナイト=フォウ=フルブランド大公の二人であった。

 深々と臣下の礼を捧げたフルブランド大公が口火を切る。




「殿下。 ドワイアル大公の尽力で、どうにか北の暴発は止めることができました。 が、まだ予断を許しませぬ。 陛下の暴走も…… このままでは、北との戦になりましょうな」

「まだ…… 時間が必要だ。 国王陛下の周りを聖堂教会の者が取り巻いている。 今、動けば必ず奴らの網に掛かる」




 窓の向こうの雨に煙る王都ファンダルの街を見詰めながら、ウーノルは応える。 しかし、その口調には嫌悪と思案が滲んでいた。 無謀な行いを繰り返す聖堂騎士団の騎士たち。 自分の栄達を夢見ている、冷や飯食い。 国軍の厳しい訓練を厭い、易きに流れ聖堂騎士団に入った者達。 

 建前上は、聖職者を護るための騎士団な筈ではあったが、その実、まっとうな戦闘集団とは言えない者達。

 その者たちが引き起こした、北の暴虐を大人たちが必死で繕っている現状を、彼は苦々しく見ている。 そんな奴らの暴虐を、言葉巧みに擁護し奏上する、聖堂教会の聖職者にも反吐が出る思いでもあった。

 先王が腐心して取ってきた貴族間の均衡をも無視し、聖職者からの ” 神の信認 ” という言葉に、惑っているとしか思えぬ、国王陛下の数々の言葉と行い…… 国家と国権とこの国の歴史を学べば学ぶほど、国王陛下の言動は常軌を逸していると思わざるを得ない。

 彼にはそうとしか思えなかった。




「幸いにして、北部の騒動は、ドワイアル大公の尽力をもって収束を見た。 が、今だ彼の地から聖堂教会が引く様子は見えぬ。 条約も協定も何もかも無視し、「神の恩寵」を盾としてな。 国王陛下もそれに同調しておいでだ。 …………先々代の苦悩、先代の努力を水泡に帰しているとは。 なんとも、危うい」

「御意に」




 静かに首を垂れるフルブランド大公。 僅か十一歳…… 第一成人前の子供の云う事とは思えないほどの力をその言葉に感じていた。




「時に、フルブランド卿。 東方居留地の森で不穏な動きがあるようだね」




 突然の問いに、フルブランド大公は絶句した。




「亜人の者たちが、あの残された森の中で、不穏な動きをしているらしい。 直接の原因は、マグノリアの馬鹿共が手を出したらしいのだが、裏で手を引いているのが、どうやら聖堂教会の枢機卿達らしい。 我が国でのゲルン=マンティカ連合王国領への侵攻と合わせるがように動いた…… あちらも苦戦…… というか、撃退されたらしいね」

「お耳が早い…… 左様に御座います殿下。 しかし、あちらは痛み分け。 マグノリアは政変後、軍事に偏った政権が立ちましたが、いまだ国内の混乱は落ち着かず、その為外敵を求めた…… そのように見受けられますな」

「愚かなことだ。 まだ、先王の方がマシではないか」

「……それは、なんとも」

「聖堂教会を通じ、愚か者同士が手を組もうと、画策している節もある。 我が国にとって、マグノリア王国は相いれがたく思う。 下手に同盟など組もうものなら、食われるぞ?」

「貴族の多くもそのように認識しております。 ただ、聖堂教会の息がかかっている貴族共は……」




 沈黙が、部屋の中に漂う。 状況はとても混沌としている。 多くの貴族が息を殺して推移を見詰めているのが現状だった。 このまま、国王が聖堂教会の言いなりになってしまえば、ゲルン=マンティカ連合王国との戦は避けられない。 それは、何をもってしても避けなければならない事だった。 

 幸いにして、南の海洋国家 ベネディクト=ペンスラ連合王国との衝突は無くなった。 よき貿易相手として、手を組める相手となった。 これもドワイアル大公の外交力のおかげといえる。 ウーノルは、ドワイアル大公の献身に深く感謝を捧げている。



 重く低い声がウーノルから漏れた。




「第一師団は掌握したか?」

「騎士団、兵すべてにおいて、御国に忠誠を誓っております」

「近衛は」

「ほぼ、こちらに。 ただし、マクシミリアン殿下の側周りは別にございます」

「やはりな。 奴らが、アレを使うのは目に見えている。 切り離せ」

「御意に」

「苦労を掛ける。 国軍の掌握、北方、東方への監視の目を緩めぬように。 特に、聖堂騎士団の動向にはな。 もうすぐ十二歳になる。 第一成人をもって、立太子を宣下される。 そうなれば、私にも幾許かの軍権を譲渡される。 それまでは堪えてくれ」

「御意に。 各軍団にそのように申します」

「頼むぞ。 ファンダリアの国の為…… この国が滅ぼされるような事無きように、私も努力する」

「御意に」

「下がれ。 時間だ」




 二人の男たちが部屋から出て、また、人気のなくなった部屋に一人。 雷が窓の外で光る。 遠くから轟く雷鳴が窓ガラスを鳴らす。 窓の外を望みながら、彼は想う。



 ” 姉上は、自ら舞台から降りられた…… そして、ダクレールへ向かわれ、海洋国家 ベネディクト=ペンスラ連合王国の陰謀を暴かれたのですね。 少なくとも南北両面に敵を作らないように…… 貴族の権能も、身分の無いのに、どうやってそのような事が出来たのです。 姉上。 貴女は…… 何を知り、何を成したのです。 そして、どこへ行かれたのです…… 私に、姉上のように、悲劇を回避する力が有るのでしょうか…… いや、やらねば成らないのでしょう…… ”



 激しく窓を叩きつけている雨。 豪雨と雷鳴が響き渡る、王都の街を見下ろしながら、口に出した言葉。






「姉上…… 何処に行かれましたか…… わたくしは、姉上が生きていると、信じておりますよ」





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