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果てしない道程
新たな決意
しおりを挟む「百花繚乱」のお店の中。
いつものテーブルに、いつもと同じように座る。 お話を聞かなくちゃ…… いつもは、往診の内容をおばば様にお話しする時間なんだけれど、今はそれどころじゃないもの。 ボロボロと涙を零して椅子に座っている私を、隣に座っているおばば様が抱きしめているんだ。
ルーケルさんもお店の中に入っているの。
泣き止まない私を心配そうに見つめていたわ。 でもね、不安と恐怖が胸を締め付けてくるんですもの。 おばば様に見放されちゃった…… 私みたいな厄介な素性の者が…… おばば様の御側にいるのがおかしいものね……
―――それでも、泣く子供には、優しくしてくれてるんだよね……
そんな事を考えていたの。 おばば様、私の頭を優しく優しくなでてくださったわ。 それで、とてもやさしい声がしたの。
「リーナはどうしたい? このまま、ここで暮らしたいかい? あんたの意志のまま、したい事をすればいいんだよ。 逃げ道は色々と作ったつもりさ。 馬鹿な国王から、条件付きの召喚状を強引に出させたのも、ドワイアル大公に後見人を引き受けさせたのも、あんたの身を案じてだよ。 あんたが嫌だというなら、何処にも行かなくてもいい。 あんたが、ハンナの元に行くというのなら、それを手伝ってもやる。 あんたの思うがままにすればいいんだ」
おばば様…… 私の事、見放したんじゃないの? もう、いらない子じゃないの? ここに居てもいいの?
「リーナの事は、大好きだよ。 あんたがしてくれている事は、契約に縛られている私にできないことばかりさね。 そして、それは本来なら私がやりたかった事なんだよ。 民と暮らし、民の為に自分の力を使う。 すこしでも、皆が感謝してくれるのなら、それにまさる喜びはないからね…… わたしは思っているんだ。 この「百花繚乱」をリーナに渡そうってね。 あんたが、この領を、この領に暮らす民をとても愛しているのはよく知ってるよ」
いまだ泣いている私は、ウンウンって頷いてるだけ。 優しい口調の、おばば様のお話は、まだ続くの―――。
「だからね、思うんだよ。 あんたが「百花繚乱」に居てくれるなら、私が王都に戻っても良かろうってね」
……おもいだした。 あの、招聘状、私が拒否できるようになってたんだ…… でも、勅命にて発布されている招聘状だもの、かなりの拘束力があるはず。 もし、私が拒否すれば、それは勅命に背くってことよね。
反対に言えば、それを認められたら、出されている過去の許認可を反故に出来るってことよね。 それは…… つまり…… おばば様の隠居の認可状が反故になるって事だよね。
ダメだよ! ここを離れたら、おばば様の命が…… 魂が削れて…… しまう……
「残り少ない人生。 こんなにも可愛い弟子の為なら、最後のご奉公に出ても構わないよ。 リーナは私の弟子さ。 とびきり上等のね。 わたしの悔恨も心残りも聞いてもらえた。 もう、思い残すことはないんだよ。 だから、あんたは、あんたの好きなように生きな」
優しく頭を撫でてくれている手…… シワシワで、枯木みたいなんだけど、あたたかくて、優しい手。 こんなにも痩せ細っていたのよ。 おばば様…… 私の、大切で大好きな――― おばば様
「あいにくと、心を寄せる相手は皆死んでしまったんだ。 子供も作れなかった。 そんな暇なかったんだよ。 でもね、この年になって…… あんたが来た。 ……子供 いや、それじゃあんたがかわいそうだね、……私の孫みたいなもんさ。 孫は可愛いもんだよ。 フランシスが二人の孫を手に入れた時の事がよく判るよ。 ホントにねぇ…… ずっとこうやって居たいくらいさね」
おばば様…… おばば様…… わたしは…… わたしは…… 愛されているんですね…… だったら…… 私は立ち向かわないといけない…… こんなにも、愛してくださっているおばば様に、報いなければいけない。 これは矜持。 リーナじゃなく、エスカリーナとしての矜持。
「私がこのまま「百花繚乱」に暮らしていたいと云えば、おばば様は全力をもってそうさせて下さる。 それは、痛いほどよく判りましたが、そうすることによって、おばば様の隠居の認可状が無効になります。 私の代わりに、おばば様が王都に向かう事になってしまいます。 それでは、ダメなんです。 ここはおばば様の聖域なんです。 ここを離れれば、おばば様の命は簡単に削れ込んでしまいます」
きょとんとした表情で私をみるおばば様。 その瞳には何を言い出すんだ? って、不思議そうな光が宿っているの。 でもね、私はこの優しいおばば様に報いたい。 だから云うの。
「私は…… 私は、招聘を受けます。 王都に行きます。 でもそれは、エスカリーナとしてではなく、薬師リーナとしてです。 それで……よければですが……」
「……あ、あんた」
「おばば様が元気で長生きして、領の皆さんに恩寵をお与えして頂ければ、リーナはとても嬉しい。 王都に行っても、帰ってこれる場所が有るのが嬉しい。 帰って来た時に、おばば様にこうやって撫でて貰えるなら、私は…… 私は、王都に行きます」
私の髪を撫でている、おばば様の手が止まる。 じっと泣き顔の私を見詰めている。 ほんとにいいのかいって、顔に書いてある。
「思うに…… おばば様は私を聖堂教会から護ろうとしているのでしょ? おばば様の懸念は、そこなのでしょ? 近づかないようにします。 私のおばば様から薫陶を受けた力は…… 民の為に役立てます。 その為の「条件」でしたのでしょ?」
「…………わかっていたのかい?」
「なんとなくですが。 おばば様が、私を見て裏庭にやろうとしたことも、あの招聘状を出した時も、なにより、あの偉そうな聖職者様に啖呵を切られた時も…… 私やおばば様が、王都聖堂教会に取り込まれれないようにしていたと…… そう感じました」
「……ふう、聡いね。 そうだよ。 あちらの状況は、ドワイアル大公とのやり取りで判っていた。 ひどいもんだよ。 だからね、後見人をあいつに頼んだ。 推薦人はダクレール男爵が動いた。 難しくはなかったらしい。 けどね、あんたがお姫さんと知っているのは、やっぱり四人だけさね。 ほかの者は、皆あんたの事を、「孤児のリーナ」だと思っている。 もちろん、ドワイアル大公もね。 私の弟子であり、辺境の薬師リーナ…… あちらに行っても、それは変わりないよ」
「はい。 おばば様。 私は、私の意思で。 薬師リーナとして、王都に向かいます。 おばば様…… 帰ってくるまで、待っていて下さいますか?」
「勿論さ。 弟子の旅立ち……か。 辛いもんだね」
寂しそうな光が、おばば様の瞳に浮かぶの。
でも、おばば様…… リーナは、おばば様が大好きなのです。
少しでも長く、生きていてほしいのです。
出来れば……
北の荒地の再生を、その目で……
見てほしいのですよ。
我儘でしょうか?
ねぇ、おばば様。
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