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果てしない道程
「百花繚乱」前の暴虐
しおりを挟む一触即発な感じがしたの。 「百花繚乱」の扉の前で、おばば様が腕を組んで、聖堂騎士団を睨みつけているし、聖堂騎士団は、聖堂騎士団で、抜刀してるし……
ルーケルさん、荷馬車を止めると、一目散におばば様の元へ駆け寄ったんだ。
「ルーケル、手出しはするな。 名分を与えることになる」
「はい。 こいつらから手を出した場合は?」
「迎え撃つ」
「了解」
おばば様、組んでいた腕を下ろし、両手に攻撃呪文の魔方陣を展開し始めちゃった。 聖堂騎士団は、攻めあぐねているって感じね。 おばば様が手を出せば、問答無用で引っ張るつもりなのかしら? ちらりと私を見たおばば様。 厳しい目をして、裏庭へ廻れって顎をしゃくっているの……
でも…… おばば様に何かあると…… 領の皆さんが困るのよ? 皆さん、おばば様の事を頼りにしてるんだし…… ジリジリと、熱気が上がるの。 ピンと張りつめた空気が、痛いほどに緊張を孕んでいる。 聖堂騎士団の人数は十人前後。 なんか偉そうなローブを着た聖職者さんもいるし……
何が目的なんだろう……
この間は、薬師院の人もいたんだけれど、今回はいらっしゃらないみたいなのよ。 たしか、おばば様が、国王陛下に問いただせって、言ってたような気がするんだ。 そのお答えは、いまだ届いていないの。 勅使も、お手紙も…… 何も……
審議中か、もしくは聖堂教会が勝手に「 勅命 」 って、言ってたのかも…… かなり……いや、完全に越権行為だし、不敬にあたるよね、そんなことしたら。 いくら神官長猊下でも、国王様の命令には従うって事になっている筈なんだけどね……
国王陛下の周りって…… どうなってるんだろう?
ふと、記憶が蘇る。 まだ、馬車の上だからよかった。 軽い眩暈みたいな感じがして、脳裏に国王陛下の玉座の周りが幻視で蘇るの……
アレは…… いつの事…… だったかしら……
^^^^^^^
「判りました、ドワイアル嬢の処刑は、認めましょう。 しかし国王陛下! なりません! 無謀です! 現有戦力で、ゲルン=マンティカ連合王国との戦など、無謀の極み」
「宰相ケーニスともあろう者が、弱気だな」
「いくら、マグノリア王国と同盟を結んでも、かの国の軍は精強。 とても、太刀打ちできる相手ではございません。 いまだ、割譲したダクレール領を策源地とした、ベネディクト=ベンスラ連合王国との小競り合いにも終止符が打たれておりません。 ドワイアル大公閣下が、現地に飛び努力中ではございますが、このままでは、南北両面に敵を作ることになります! 物流も抑えられ、穀倉地帯を点々と奪われております今現在、とても戦うことなど……」
「そこにいる大罪人が、マクシミリアンと、リリアンネ第三王女との婚姻を邪魔したから、マグノリア国王との同盟締結が遅れたのだ。 マグノリアと同盟を組めば、二面だろうと三面だろうと、恐るるに足らん」
「へ、陛下! マクシミリアン殿下と、エスカリーナ=デ=ドワイアル嬢との婚儀は、陛下の思召しでは……」
「状況が変わったのだ。 状況が! 「不義の子」と、「厄介者」だから良しとしたが、マクシミリアンは重要な駒となったのだ。 宰相ともあろう者が分らぬのか!」
「しかし…… ドワイアル嬢だけにその責を負わせ、「牛曳の刑」とは、あまりにも……それをもってして、同盟の証とは…… あまりに無体」
「リリアンネ第三王女の頬を打ったのだ。 当然であろう。 マクシミリアンと、リリアンネ第三王女との婚姻は、マグノリア王国との同盟に必須なのだ。 精強なマグノリア兵が我らの手駒になるのだぞ。 その「不義の子」は、それを壊そうとしたのだ! それに、リリアンネ第三王女は、マグノリア国王の愛娘ぞ? 誠意を見せねば、同盟は成り得ない! なにが悪い!!」
激昂する、国王陛下。 その隣には、顔を真っ赤にして、国王陛下の暴走を止めようとしている、ケー二ス=アレス=ノリステン公爵。 そして、国王陛下の傍らには、何となく卑しい笑みを浮かべ、事の成り行きを見ている、神官長 フェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿。
そうか…… 神官長は、国王陛下の御側付きなんだ…… いろいろな事を吹き込んで、北のゲルン=マンティカ連合王国との戦端を開こうとされているのね…… 北の荒地には、教会の勢力が強く蔓延ってて…… 聖堂騎士団の人達が、国境を軽々と超えてあちらで、傍若無人を繰り返していた……
北部の鉱山は、それはそれは美味しい利権なんだものね。
叔父様…… ドワイアル大公閣下は…… この時たしか、南方のアレンティア辺境領で、あちこちで引き起こされている、ベネディクト=ベンスラ連合王国との小競り合いを収束させようと、とてもお忙しかった。 とても、北の暴走をどうにかするような余力はなかった筈……
国王陛下の前に引き出され、両手にに枷を嵌められ、膝を折らされて、頭を掴まれながら見ていた光景だった…… そうか…… 今なら判るわ。 私がいくら王妃殿下にお願いしても、困った顔で見ておられた理由が……
そっか…… 「駒」として使えそうになかったから、捨てられたんだ……
いいえ、役割はあったのね。 マグノリア王国との同盟を結ぶため、リリアンネ第三王女の頬を叩いた私を、平民として最大級の刑罰に処し、もって同盟を確固たるものにする…… 正攻法で、陳情しマクシミリアン様と、リリアンネ第三王女の仲が親密にならないようにお願いしても……
それは、ファンダリア王国の…… いえそうじゃないわ、教会上層部の野望の前には、障害にしかならなかったわけね……
私が激高し、手を出すのを待ってらしたんだ。 穏やかな婚約の白紙化では無く、リリアンネ第三王女を害し奉った者として処刑するために……
そうか…… そういうことだったんだ……
多分、この絵を描いたのは、聖堂教会、神官長フェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿なんだろうね。 そんな感じがした…… えっと…… デギンズ枢機卿の前の神官長は、そこまで酷い人ではなかったはずなんだけど…… この人……なんで登用されたんだっけ?
えっと、えっと…… 判らない…… 私の記憶では判らないわ。
「ノリステン宰相。 ご心配召さるな。 我らには有るのです。 どんな怪我をしても、瀕死の重傷を負っても、すぐに戦列に復帰できるようになる薬が。 海道の賢女様がお造りになられた、「エリクサー」が。 今も、この城の中で賢女様が増産されておる! 偉大な力を持ってな!! まぁ、もうお歳だ。 この頃は、立つこともままならぬが、錬金釜の横にお連れして、製薬を続けていただいておる! もって、我が国の勝利は間違いない!!」
な、何てこと!! 、ダクレール領も無くなったから、「百花繚乱」からおばば様を引きずり出したんだ…… その上、無理矢理に「エリクサー」を作らされているの?! アレは……未完成だと仰っていたのに…… そんな薬使ったら、人が人でなくなる……
し、神官なのに…… 何を…… 何を考えているのよ!!! 欲望に神官の意義を忘れてたの?!
薄ら笑いを浮かべる、デギンズ枢機卿の顔がぼんやりとして…… そして…… 消えていった……
^^^^^
ダメよ!!! おばば様を王都になんか連れて行ったら!!!
おばば様の視線が私を捕らえ、そして、早く裏庭に行けとせっついて来るの。 でも、行けない。 このまま、おばば様が王都に連れて行かれたら、トンデモナイ状況になってしまう…… おばば様の命もアッと云う間に削れてしまう…… 行かせない…… 行かせられない…… おばば様は、この領に、「百花繚乱」に居てもらわなければならない人なの!
緊張の糸が、弾け飛びそうな位に高まっている。
聖堂騎士団の一人が、その緊張に耐えられないように、ブルブルと震え出した……
抜刀しているサーベルが、小刻みに震える。
そして、限界が来た。
裂帛の気合と共に、罵詈雑言を口から迸らせた。
「糞婆ぁ! 舐めるな!!」
サーベルが陽光にきらめく。 ルーケルさんが、ショートソードで迎え撃つように、姿勢を変える。 このままじゃ…… このままじゃぁ…… 乱闘になって…… おばば様が連れていかれる……
無意識に、魔法の杖を掴んでいた……
口から出たのは、一つの魔法。
「立ち上がれ、水の防壁! 【水幕遮蔽】!!!」
聖堂騎士と、ルーケルさんの間に、薄い水の膜が立ち上がった。
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