その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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果てしない道程

賢女の懺悔

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「百花繚乱」のダイニングっていっても、ほんの小さなテーブルと、二脚の椅子しか無かったのだけれど、其処で美味しく夕餉を戴いた。 夕餉の後、おばば様が薬草茶を御自分でご用意さえて、私に下さったの。 ちょっと、疲れた顔をされていたのよ。 そして、ボソリって感じで言葉を紡がれたの―――




「ちょっと、長くなるよ。 聞いておくれ」

「はい、おばば様」




 おばば様はポツリポツリとお話を始められたの。




 ^^^^^^^




 ファンダリア王国には、三つの辺境領がある。 西、南、北の三つ。 王都ファンダルを中心に、三方にある辺境領。 ダクレール男爵領が有るのは南方辺境領。 そして、おばば様が語り始めたのは、北部辺境領のお話。

 先々代様の御世…… ファンダリア王国は拡張期に当たり、その勢力を大きく伸ばしたの。 先々代様は武力の人。 獅子王とも呼ばれていたわ。 王都ファンダルを中心に、その勢力を四方に伸ばしていったの。 中にはアレンティア王国の様に自ら恭順の意を表し、ファンダリア王国に併呑された国もあったの。

 獅子王は武の人ではあったのだけど、降る者には其れを許し、王国の一員として迎え入れる度量の有る方だった。 敵対する者からは、恐れを知らぬ「侵略者」 同調する者からは、領土を安堵してくれた「慈悲王」。 二面性を持つ王様であった事は、どの歴史書にもキッチリと記載されてるわ。

 当時のファンダリア王国は、増大する人口とか、不足する食料、貿易に関しては素人同然、王家を蔑ろにしていた大貴族達、重税に喘ぐ人々等々、内政と統治に非常に苦しんでいたの。 そこで、獅子王は共通の敵を作る為に、王国外側に目をむけた。 向けざるを得なかったという訳ね。 従軍を強制し、歯向かう貴族達を激戦地に送り出し磨り潰した…… なんて、記録も残っているの。

 ただ、獅子王が多くの貴族や人々に愛想をつかされなかったのは、獅子王自身もまた戦塵にまみれ、国土を拡張し、生きる為の糧を生み出し続けて居たからだったの。 




「人ってのはね、強大で力強く真摯な者には傅くもんなんだ」




 そう呟くおばば様。 おばば様って…… 確か貴族階級の出身じゃなかったわよね。 「光」属性のを見出されて、教会に引き取られたって、そう仰ってたわよね…… そして、研鑽を積み、先々代と一緒に戦野を駆け巡ったって……




「まだ、ほんの子供だった私はね、あの方の強さに惹かれたんだよ。 あの方の為に成るからって、教会の無茶な鍛錬だって受け入れた。 あの方に鍛えて貰らえた事も、今となっては楽しかったって言えるね。 でもさ、幼い子供が戦場に出て、血潮を浴びならが、生きる事だけを考えてるって、おかしいだろ? 恭順しない村々を焼いて回る、王国の兵達。 その手助けをする為に、私は「光」属性の広域魔法をぶっ放してたんだ。 それが、あの方の役に立つって本気で信じていたんだよ……」




 先々代の御世では、弱い事が罪になる様な時代。 ” 強く有れ、敵対する者を屠れ ” が、国是の様になっていた時代だものね。 おばば様のお小さい頃の話…… 辛い現実なんだよね。 でも、その渦中にいると、辛くもなんともなく成ってた筈。 人の命が軽く扱われる事にも、なんの疑問も持たない様に、いわば ” 洗脳 ” された状態だっただと思うのよ。

 ファンダリア王国が今の版図を築き上げた時には、相次ぐ戦乱で人口も減ってはいても、領土に飲み込んだ農耕地は増え、貿易が得意な国が併呑されてたんだよね。 この戦乱が相次ぐ時代にファンダリア王国は、十分に生存可能な国になったのよ。 でも、人の愚行は留まるところを知らないの。 

 そして起こったのが、ゲルン=マンティカ連合王国の大戦争。 本来なら、ドラゴンバック山脈で隔てられた彼の国との戦なんて起こる筈は無かったのよ。 でも、ドラゴンバック山脈南側に、ゲルン=マンティカ連合王国が有する、巨大鉱山都市ザードがあったの。 その南側の大森林ジュノーの樹々を燃料にして、とても栄えた鉱山都市だったと記録にあるの。

 それに目を付けたのが、ファンダリア王国の貴族達。 領土的野心がとても旺盛な人達だったと、おばば様は仰ってらした。 獅子王様は、もう領土拡張も十分だと思ってらしたらしいんだけど、勢いがついていたファンダリア王国の貴族達は、こぞってその鉱山都市を欲しがったんだって。

 問題はね、その鉱山都市への道程に、巨大森林とそこに棲む亜人族の国があった事と、せっかく作り上げた鉱山都市を手放す事など、考えていないゲルン=マンティカ連合王国が居たって事なのよ。 あちらの国は連合王国の政体を取っては居るのだけれど、統一王家があってね、とても権威があるの。

 その鉱山都市も、統一王家の支配地だったから、あちらの国から見れば、それこそ国の威信をかけての防衛戦争に発展しちゃったのよ。 ファンダリア王国にとって、その戦争はそれまでの平原での戦とちがって、まずは森の王国ジュバリアンの攻略と、そして山岳都市攻略が必要な戦争だったの。 今までとは、全く違う相手との戦争になったの。

 残念な事に、本当に、残念な事に、森の民は亜人族…… 獣人さん達の国なのよ。 森の王国の国王陛下は森猫族…… ファンダリア王国の貴族達は、猫共って蔑称を使って狩っていたのよ。 ホントに反吐が出そう…… あちらの国もまた、人族の国。 何処か、亜人族を侮っていたらしいの……

 王国は、その巨大森林が邪魔で仕方なかった。 進軍するにも、樹々が多く、街道は少ない。 その上、獣人族の国だった、「森の王国ジュバリアン」と、まともに交渉する機運など何処にも無かったのよ。 そして、広大な森を、進軍路に沿って「焼こう」と、なさったんだって…… 

 あちらの国も御同様。 樹々は鉱山都市で必要だから、森を焼こうとはしなかったんだけど、その代りに森に魔物を溢れかえらせ、進軍など不可能にしてしまおうと画策されたんだって。

 その作戦が奇しくも合致したのが、あの最後の戦い…… 何もかも焼き尽くして、豊かな森林地帯が、不毛の荒野に変貌を遂げた、あの戦いに繋がったの。




「ゲルンの者達は、森の王家の者を捕らえて、彼等の魔力を糧に、大召喚魔法で魔物を呼び寄せようとしたんだよ。 ジュバリアンの王族の多くが、贄となってこの世から消えた。 ジュバリアンの国王も、王妃も、王子も、王女も…… 知らなかったんだ…… 急激に高まる、「魔」の気配。 対するファンダリア王国にその時、「聖」属性の持ち主は居らなんだ。 引っ張り出されたのが…… 私なんだ……」

「そ、それで……」

「「闇」属性ならば、私の「光」属性の魔力で対消滅させることが出来た。 でもね…… 相手は「魔」属性。 どうにもならなんだ。 せめて大召喚魔法陣を潰さねばと、思ったんだよ。 獅子王様も焦っておいでだった。 相当量の兵が既に森に飲まれて居ったからね。 …………わたしの罪は、――― 無知 ―――。 その大召喚魔方陣が展開されていたのが、パエシア一族の聖域近くとは…… 思っても見なんだ…… 「光」の極大広域魔法の【光隕乱豪ブライトメテオ】の使用に踏み切ったんだ……」




 極大広域魔法…… 途轍もない威力を持つ、攻撃魔法…… それも【光隕乱豪ブライトメテオ

 街一つぐらいなら、簡単に吹き飛ばせる筈…… 大地が抉れ、空を塵が覆う…… で、でも、それでも…… 古地図に有る様な巨大森林全域をどうにかするような魔法じゃないわ? なにが起こったと云うの?




「相手の魔方陣を崩す事に、注意が向いてな…… そこに使われている、人の魂…… 贄となった、シュバリアンの王族の魔力を……見誤っていたんだ…… 起動されて、発動を始めている魔方陣を崩すと、どうなるかは、リーナは知っているだろ?」

「ええ、使われている魔力が放射されて、魔方陣が消失します」

「個人が使う魔力が放射されても、何てことは無い…… だがね、魂とその魂が保持していた魔力全てが、一瞬で放出されると…… どうなるかは…… 判るかい?」

「小さな空間…… 魔方陣がどれ程の大きさかは判りませんが、王族様程の方々の全ての魔力が一時に放射されるとなりますと…… 単純に霧散するとは思えません。 ……状況によれば、魔力暴走と同じに……」

「そうさね。 起こってしまったんだ…… あの日、あの場所でね。もし、それが、単体で起こっていれば、森の三分の一を焼くだけで済んだんだ。 でもね…… でもね…… 済まなかった、シュトカーナよ。 あの場所は余りに森の聖域に…… パエシア一族の聖域に近かった……」

「誘爆ですか…… 樹人族の方々の……」

「…………そうさね………… 召喚魔方陣から流れ出た、「魔」の魔力…… 私が放った「光」の魔力、 そして、パエシア族の「闇」の魔力…… 三つの魔力が互いに干渉しあって……な。 森は吹き飛び、大地は抉れ、土地は汚染され…… 誰も住めない、荒野に成り下がったんだ……」

「そ、そんな事が……」

「辛うじて、苗だった、シュトカーナを救出して、深く眠りについている彼女を、ツートツガの爺さんに預ける事ぐらいしか出来んかった。 そして…… パエシア一族に村樹を持っていた、ブラウニー達を私が引き取ったんだよ……」




 目の前で、大勢の命が消えた…… それも、ご自身が放たれた魔法攻撃によって…… 意図せぬ、魔力暴走を引き起こし…… 地図の上から、大森林が消え去った…… そ、そんな…… 酷い…… 滅茶苦茶じゃない!




「あちらの国王も、獅子王様もこの出来事に、深く心を痛められた。 獅子王様はこの爆発に巻き込まれもした…… 命からがら逃げかえったんだ、王都に…… あちらも…… 鉱山都市ザードを放棄せざるを得なかった。 多くの…… 本当に多くの命が失われたんだ…… もう、侵攻もなにもあったもんじゃ無かった。 森の民の生き残りは、その居を東の僅かに残った森に移し、人族を…… 人族を忌み嫌うモノになった。 私はね…… せめてもの償いとして…… 広大な荒野を緩衝地帯として、国境線となし、相互不可侵の条約を締結したんだ。 失われた命に対してのせめてもの詫びに…… 何人もその場に入らぬようにとね」




 そ、そうだったの…… 東の森が亜人族さん達の居留地になっているのは知っている。 あそこに出入りする人族は居ない…… 人族の間に居る亜人族さん達は…… 契約奴隷ばかりだったし……



 彼等が人を忌み嫌うのは、当然よね。



 何も…… 何も、言葉が出なかったの。





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