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出会いと、お別れの日々 (2)
そして、エスカリーナは光芒の中に消えた(2)
しおりを挟む呆けている場合では無いと、契約が囁くの。 馬から飛び降り、手当たり次第に、探索を開始する。 怪我人がやたらと多いのよ。 重傷者は少ないんだけれど…… 変だよね。 これだけの、被害なのに、人的被害が其処まで多くないのよ。
多分此処の人だと思われる兵士の方々が、大声で警戒を呼び掛けているの。 泊地に侵入した敵だと認識しているのね。 此方に向かって敵意を隠そうともしていないの。 もう!!! そんな場合じゃないでしょ!!
【拡声】でもって、呼びかけるの。
『 怪我人の方は、速やかに救護施設に。 重傷者より治療を始めます。 薬師リーナが命じます。 人命を第一に考えて下さい。 この泊地は、すでに包囲されております。 無駄な事はしないでください。 命は…… たった一つしかないのですから!!』
此方に気が付き、怪我を負っても敵意を向ける兵士の人達。 でもね、今は敵も、味方も関係は無いわ。 そこに傷ついた人が居るのだもの。 私の声に剣を降ろす人、困惑する指揮官、そして、ボンヤリと壊滅した泊地を見詰める人達……
無気力がその場を支配している。
これでは、ダメ。
助けられる命が失われる。
ルーケルさんを見詰めて、視線でお願いするの。 早く行動を開始しないと!
「沿岸警備隊である。 ダクレール領は戒厳令を発令した。 領に居るすべての者は、衛兵、警備兵の指示に従ってもらう。 尚、従わない場合は、無警告をもって処断する」
うぇぇ…… それじゃぁ、この人達まとめてポイするって事でしょ? 死地において、兵士さん達は抗うよ? いいの? ホントに、その言葉でいいの?
「薬師リーナ様の言を持って、ただいまより負傷者の救護に当たる。 沿岸警備隊の命令は一つ。 軍医、出来るだけ多くの負傷者の救護をしろ。 無傷の者は、傷を負った者の助けとなれ。 武装は解除しない。 それを持って助けられる者もいるだろうからな。 尚、この命令は、即時発効とする。 ……戦友を見捨てて、逃げるなよ? 海の漢だろ?」
ニヤリと凄みの有る笑みを、頬に載せるルーケルさん。 指揮官らしい人が、ハッとして此方を伺う。 周囲には、もう目くらましの魔法は掛かっていない。 沖合から盛んに照明弾が打ち上げられ、辺りは真昼の様な明るさだ。
逃げ道は無い。
もう直ぐ、大量の衛兵さん、警備隊の人…… それに傭兵さん達や、契約している冒険者さん達も雪崩を打ってやってくる筈。
自分達が捕らえられる事は火を見るより明らか。 でも、目の前のルーケルさんは、そんな自分達に、仲間を救えと命じた。 即時発効の命令として。
同じ、海の漢として。
握る拳に力が入った様ね。 指揮官らしき人は、一瞥を半壊している、大型戦闘艦に向けてから、大きな声を上げ、泊地に居る兵士さんに命じたの。
「指揮権の混乱を確認。 上位指揮権者の生存、及び、指揮能力が失われたとし、我、泊地警備指揮官が、只今より指揮権を掌握する! 皆の者良く聞け、命令はただ一つ。 仲間を救え!! 軍医、療法士、治癒士、直ちに救護を開始しろ。 即時発効の命令だ! 見るに、治療所の有る建物は崩壊している。 天幕を立て、必要なモノは運び出せ。 ……ええい、なにをぐずぐずしている! ベネディクト=ペンスラ連合王国の兵士の意地を見せろ! 俺達は仲間を見捨てない!!!」
指揮官さんの檄が飛んだ。 もう、迷いはない。 一斉に駆け出す、あちら側の兵士さん達。 良かった…… これで、多くの命が助けられる。
「ルーケル様、流石です」
「いや、何、奴等にも矜持が有るのです。 海で生きて来た者達にとって、何が一番大切かは、骨身に沁みて理解しておりますから」
「……人 ですね。」
「どんな装備も、どんな魔道具も、人が使うモノです。 人失くしては動かせません。 まして、海上、人員の補充はまず不可能ですから。 一人が倒れると、その者が担っていた仕事は、他の者が分散して受け持つのです。 多数が倒れると…… もう、船は動きません。 みな、船と云う家に住まう家族の様なものです…… 特に外地においては、強くそれを感じますからね」
「では、わたくしも、「人」をお助けに参りましょう。 薬師としての使命ですから」
「御意に…… お気をつけて。 ルーケルが御側に付きます」
「頼みます」
それからの数刻の間、薬師として戦場の真っただ中にいるようなモノだったわ。 不足する薬品、呻きが上がる重軽傷者。 足りないベッド。 毛布を地面に敷いて、多くの負傷者を横たえるの。 眼の制限を緩和して、負傷者の傷の具合を確認しつつ、必要なお薬を紡ぎ出す。 助けるべき命は、沢山あるもの。 頑張ったわ。
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あちらの軍医さん達とも、連携して、必要な傷薬やポーションを錬金魔法で紡ぎ出しているのよ。 ブラウニ―も、レディッシュもお手伝い頑張っていてくれるもの。 成せば成るのよ!
そして、私は気が付くの。
弱々しい反応では有るんだけど、私が印をつけた人が一人、運ばれて来たことに。
救護天幕の一番いいベッドが用意されて、其処に運ばれて来たんだ。 手足はおろか、頬、肩、胸の一部が欠損しているの。 でも、この人は知っている。 虫の息だったけれど、高品質なポーションを使って、何とか立て直すの。 生きて居て貰わなくちゃいけない人だったから。
ショウリットル=グレイラル=ムンナイト第六王子。
貴方には聞きたい事が山程あるのよ。
だから、絶対に殺さないわ。
たとえ、手足が無くても、顔が半壊していても、言葉は喋る事が出来るくらいには、回復するからね。 そして、王国法に則って、処罰されるの。
” 刑死させるために、今を生かす ”
矛盾してるわよね。 でも、それだけの事を貴方は成したの。 そして、それをすべて詳らかにする必要があるの。 ファンダリア王国の未来の為にね。 ええ、必ずそうなるわ。 貴方のした事、そして、こらから成そうとしていた事。 全てを告白してもらうからね。
高品質のポーションを次々と使い、失われつつある命を繋ぐの。 でっぷりと太った身体が、しぼんで行くわ。 そうね、命を繋ぐために必要な臓器の損傷をその身で補う様にしたからね。 痛いでしょうに。 呻きを上げるショウリットル。 止められないからね。 たとえ痛みに悶絶しても、気を失っても、貴方には生きて貰うわ。
周囲の人達の中に、見知った装備を纏った人達が、沢山見え始めたの。
追加の衛兵さん達が、続々と到着している様ね。 手厚い救護にショウリットルは、峠は越えた。 あとは私じゃ無くっても、大丈夫。 後は、お願いします。 私には私の為すべき、何かが有る様なの。 そう、何かがささやきかけて来るの。
立ち上がり、周辺を見回す。 問題が在りそうな場所に視線が引き寄せられるのが、判ったの。
アレだよね……
変な形のお船。 何やら騒がしいの。 足早に、そちらに向かう。 あちらの兵士さん達も、ちょっと遠巻きにしているんだよ。 なんでだろ?
ギャウ~ ギャウ~~
ギャウ~ ギャギャウ~~
お船の中で、何かが暴れているのが判った。 人ならざる者…… とても、嫌な予感がする。 このまま放って置けば、とても良くない事が起こる気がする。 薬師としての使命が…… そう、囁くの。 船に掛かっているタラップを駆け上がる。 時間がもう僅かしか残されていないと感じたの。
ルーケルさんも何も言わずに、追って来るわ。
少し傾いた甲板を駆け、声のする方に、声のする方にと、足を進める。 階段を幾つも下って、いくつもの扉を抜けた向こう。 広い空間に出たの。 両脇に六つ…… 鉄製の檻が見えた。 大きな檻…… その内の四つに、なにか大きな獣が居たの。
一人の青年が走り回っていたわ。 その暴れる獣を怖がることも無く。
「たのむ、頼むよ…… 静かにして呉れよ…… 【竜使い】の人達は倒れちゃったんだよ…… 話を聞いておくれよ…… いつも、ご飯あげてるだろ? 俺だよ…… 頼むよ……」
理解した。 あの、魔力暴走を受けて、体内魔力が大きな【竜使い】さん達は、その衝撃で魔力酔いの症状が強く出ちゃったんだ。
魔法を使う、竜士なら…… そうなるかもね……
機関魔術師の人達も、同じ様に魔力酔いで、意識を失っていたもの……
きっと、コレは私のせい。
私が、あの魔術師に仕掛けた罠のせい。
だから、私には責任があるの。
逃げないから。
獣の咆哮は怖いけど……
絶対に、逃げないから!!
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