その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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出会いと、お別れの日々 (2)

そして、エスカリーナは光芒の中に消えた(1)

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 閃光は徐々に収まり、辺りを夜の闇が包み込む。 港の向こうの海に見えていた警備船の内の二隻が、岬の向こう側へと消えていった。 何発か照明弾が上がっている。 そして、信号弾。 青二本、緑二本。

 救助要請よ、あれ。




「ルーケルさん、なにかとてもマズイ事が起こったと思われます。 確認には……」

「ここは、別の小隊が来る手筈になっております。 着き次第、あちらに向かいます。 が…… エス‥ 薬師リーナ様は?」

「私も行くべきでしょうね。 ええ、薬師として。 救助要請ですもの。 あの方角でしたら…… 「百花繚乱」が途中にある筈ですわね。 出来れば、薬草の補充をしておきたいので、寄って頂けますか?」

「了解です。  ……あぁ、第二小隊が到着しました。 行きましょう」

「お願いします、ルーケル様」




 ルーケルさんが、私をひょいと鞍の上に載せてくれて、ご自身は鐙に足を掛け中腰に。 そして、私に声をお掛けになったの。




「しっかりと掴まっていて下さい。 駆けますので」

「はい…… よろしくお願いします」




 言葉通りに、ルーケルさんにしっかりとしがみ付いたの。 御年は壮年なのよ、ルーケルさん。 でもね、しっかりとした骨格とか、無駄のない筋肉とか…… ホントに壮年の人なの? って程に引き締まっているの。 鍛錬を積んだ人ってこうなのね。 これからも、健康で長生きできそうで何よりです。




「第一小隊、我に続け。 途中、「百花繚乱」にて小休止。 駆け足、進め!」




 騎乗した十人程の人達が、ルーケルさんに続いて、夜の街を駆け抜けたの。 まさに駆け抜けたのよ。 なにもいう事が出来ない。 激しく上下する馬上。 ホントにしっかりとしがみ付いて無かったら、あっと言う間に振り落とされちゃったでしょうね。

 暫くその状態を維持してたら、突然止まったの。 見ると、ブルーザの街外れ…… えっ? たったアレだけの時間で? ホントに着いちゃったの? 「百花繚乱」に……


^^^^^


 恐る恐る周囲を伺う私の目に飛び込んできたのは、「百花繚乱」の入り口の扉の前に佇む一人の人影。 おばば様だったの。 私がルーケルさんに抱えられるように来たのが、珍しいのかなぁ…… でも、なんで、お店のお外にまで出たたんだろう?

 おばば様って基本的には、お店の外には出られないのよ? それも、こんな夜更けに……




「リーナ!!! あんた、無事だったのかい!!! どうしたんだい!!! いや、でも…… なんで、此処に居るんだい!!!」




 混乱を極めていらっしゃるようね。 仰る意味が全然分からないわ? 私が無事? 拉致された事、御存知なの? 誰が言ったのかしら? それに、此処に来るのがそんなにおかしいのかな? アレ? アレレ?

 ルーケルさんに馬から下ろしてもらって、ふらふらする足元を確認しつつおばば様の元に向かうと、しっかりと抱き締められたの。 とても心配されておられるのよ。 瞳が揺れているもの…… おばば様の言葉が耳朶を打つ。




「魔力暴走だよ、さっきの閃光は! それも、特大クラスの、「闇」属性保持者特有の魔力波動…… あ、あんたじゃ無かったのかい…… 私はてっきり……」

「おばば様? 私ではありませんわよ? アレが、魔力暴走なのですね…… 知りませんでした……」

「はぁ…… あんたじゃ無いなら…… でも、あの魔力波動は…… リーナのモノに……」





 左腕から声がしたの…… きっと…… こうやっておばば様に抱かれているなら、おばば様にも聞こえているわよね。 だって、精霊様の御声に近いんだもの…… シュトカーナ様の御声は。




 ⦅おばば様、似ていて当然ですわ。 だって、あの二回目の魔力暴走、リーナの魔力の欠片ですもの⦆

「えっ、何だって? それに……あんた……」

 ⦅お初に御目に掛かります。 魔法の杖…… シュトカーナ=パエシアに御座いますわ⦆

「つっ! 目覚められたのかい!」

 ⦅はい、恙なく。 濃く純粋な「闇」の魔力…… その上、良く揺られておりますわ。 あれでは、おちおち眠って居れませんもの。 ホホホホ、というより、呼び起こされたというべきでしょうね。 人の心と云うのは、何とも心地よいものですわね⦆

「……ツードツガの爺いめ…… こうなると知っていたのか」

 ⦅多分、長様では、私は起きる事は出来なかったでしょう。 あの方の御心は、凪いだ風の様に動かず静か。 眠りから呼び起こすような起伏や流れは有りませんでしたもの。 その点、リーナの中は激しく動く上に、大きな波のようにわたくしを翻弄しておりましたのよ? 御存知で御座いましょ?⦆




 おばば様と、シュトカーナ様の間で、私が知らない何かの事で、お言葉を交わされているの。 なんな、仲間外れ…… 




「いや、その事はまたの機会にお聞くよ。 それで、あの魔力暴走が、リーナの魔力の欠片とは、どう云った事なんだい」

 ⦅先程、リーナの「写し身」をおつくりしましたの。 必要だったので。 その時、ちゃんと動くように、少しだけリーナの魔力を練り込みました。 ある程度自分で動いてもらわなければ成りませんでしたので⦆

「ホムンクルスかえ?」

 ⦅いいえ、そのようなモノのように、高度な動きや疑似的な思考は必要ありませんでした。 ほんの「写し身」 ゴーレムよりも簡単な動きしか出来ない位に…… ほんのちょっぴりなんですよの、リーナの魔力は⦆

「それで…… あの規模かい?」

 ⦅ええ、そうですわよ。 純粋に高濃度に練り込まれておりますもの⦆




 頭の中で、シュトカーナ様がニッコリと微笑まる様子が浮かんだの。 そ、そうなのか…… ちょっぴりって仰っておられたけれど…… 私は使われた感覚無いの…… ホントにちょっぴりなんだ……




「でも、それなら、おかしいじゃないか。 ほんの少しの魔力が暴走するなんて…… つっ! 直前の小魔力暴走が引き金かい? そう云う事かい?」

 ⦅そうですね、それしか考えられませんね。 リーナが敵の魔術師に仕掛けた、ある意味爆弾。 【闇使い】が至近距離で魔力暴走を起こし…… 誘爆したようなものですわね。 本物のリーナで無くてよかったわ。 もし、本物なら……⦆

「……男爵領の半分はぶっ飛んでいた……」

 ⦅もう少し大きいかしら? ……男爵領全域に何らかの影響が出たと思いますわよ、おばば様⦆

「なんてこったい!! なんでまた、そんな危険な橋を渡る様な事に成ったんだい!!」




 おばば様の物凄い剣幕に、私はちょっと震えたの。 えっと…… それは…… 言わなくちゃならないよね。 おばば様には隠し事したくないものね。




「ハンナさんの為ですわ、おばば様。 私とハンナさんが、悪漢に捕らえられて……」

「何だって?! そんな事を仕出かした馬鹿は、一体誰さね!!!」

「サリデストラーデ=エムトネック=ムンナイトと、その取り巻き…… と、思われますわ、おばば様」

「!!! ベネディクト=ペンスラ連合王国の上級王継承権争いに巻き込まれたってのかい!!」

「はい…… そうだと思われます」

「………………っとに、あんたって子は。 厄介な身の上ばかりでなく、厄介事まで引き寄せちゃうのかねぇ……」




 呆れと、憐れみをたっぷりと含んだ溜息を吐かれてしまったわ。 私だって、予想外の事なのよ…… まさか、あんな緻密で大掛かりな罠を張ってるとは、思わなかったもの…… もっと、直接的で短絡的なモノだと思っていたんだもの……




「何はともあれ、無事でよかった…… リーナ、何処も傷付いてはいないね」

「はい、大丈夫です。 ハンナさんも、私も」

「そうかい…… それで…… ルーケルのその恰好と…… あんたのその恰好からすると…… 行くのかい?」

「はい、薬師としての義務が御座いますから。 おばば様の薫陶ですわよね。 その為に、「百花繚乱」に寄りましたの。 薬草をお分けして頂きたいのですが? 宜しいでしょうか?」

「……行くなとは…… 言えないね。 判ったよ。 ブラウニー聞いてんだろ? リーナが必要そうなモノ、持っといで」




 おばば様…… 有難う御座います…… 闇の精霊 ノクターナル様との誓約を護れそうです。 薬師錬金術士として、魔術師として、傷付き病む者が居れば、出来る限り助けるという「 誓約 」を。 

 ブラウニーと、その仲間達が、いろんな薬草を持って出て来てくれたの。 それをポシェットに詰め込んで、もう一度、馬の上に載せて貰った。 優に樽三つ分は、詰め込んだわ。 ルーケルさん以外の兵隊さんは、目を丸くしてそれを見てたけど、それは、今は考えない。 だって…… 今は、それどころじゃないでしょ?



*******************************



 おばば様への挨拶も其処こそに、「百花繚乱」を後にしたの。 岬を回り込む為に一旦、湿地帯の方に足を向ける…… 

 何時もイグバール様の所から通う道なんだけど…… なんか様子が違うの。 変なの…… 見た事無いような、石畳の道が有るのよ。 ルーケルさんも不思議そうに見ているの。 良く見てみると、判った事が有るの。 魔力の残滓。 魔方陣が崩壊した跡…… 魔方陣の破片から…… 此処に使われていた魔方陣が特定出来た。



幻想の森ファンタジストヴァルド



 これは ―――大規模幻覚魔法―――  こんな物…… 此処に仕込んでたの? 何時から? もう、ずっと前からでしょ? だって、私が通うようになった時にはもう…… なんて事なの? そんなに前からなの? 何を隠していたの? こんな大規模な魔方陣を編んで、何を隠そうとしていたの?




「この道を辿ります。 お気をつけて」

「はい…… 十全に」




 急いで、全周囲に【魔力探知】と【気配察知】を張巡らせるの…… 帰って来るのは「虚無」。 なにも無いの。 もうちょっと、範囲を広げようとした時、突然、輝点が目の前に大量に現れたの。




 ちょっとした丘を越えた時に、私達の目に入って来たのは……




 あちこちから火の手が上がる泊地……

 大型船二隻を含む、大小八隻の戦闘艦が投錨していたの……

 そのどれもが、大きな損害を受けているのが見えた。

 岸壁に投錨していた、一際、大きな軍船は……




 お船の後ろ三分の一が吹き飛んでいたの……






「あ、あれは…… ベネディクト=ペンスラ連合王国 一等戦列艦…… 「ケルベルス」……  こっちに居るのは…… ワイバーン搭載母艦 「龍の巣ドラゴネスト」………… なんで、こんな所に、連合王国の第一線の戦闘艦が居るんだ? 全艦損傷しているのは、何故なんだ?」





 ルーケルさんの呟く声が聞こえるの。

 その時、突然空から、明るい光が降り注いで来た……

 海上の警備船から照明弾が打ち上げられて……





 真昼の様に明るくなって……





 被害の大きさを目の当たりにして……









 絶句したの……







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