その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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出会いと、お別れの日々 (2)

エスカリーナの反撃とお別れ (2)

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 取り敢えずは時間を稼げた。 でも、もう一人の犯人はこの場に居ない。 私達を捕らえる網を編んだあの男…… ショウリットル=グレイラル=ムンナイト。 悪事を裏で操る者…… 絶対に許さない。 でも、ハンナさんを一人には出来ない。 少なくともこの娼館から、離れる事は出来ない。

 だったら、本来行くべき人が行けばいい。



 そう、この男 【闇使い】



 この【闇使い】も、やってはならない事をした。 闇の精霊様は、決してこのような事に、普通ならば、その御力を貸そうとはしない。 彼は精霊様を騙し、そして、裏切った。 同じ「闇」属性を持つモノとして、決して許さないわ。

 シンと静まり返っている部屋の中で、私は表情を取り戻し、男の側に近付くの。 この男が、闇の力を振る時、不幸を呼ぶのなら、男にも相応の報いが必要よ。 そっと、男の魔力経路を押し開く。 目標は魔力回復回路。 そこに繋がる要求回路。

 男が闇の魔法を行使し、体内魔力が減少すると、魔力回復回路に補充を命じる入力術式。 そこに一つの術式を噛ます。 おばば様に教えて貰った、私の【詳細鑑定】に付けた制限魔方陣。 コレは使い方によっては、とんでもない事が出来るの。 



 制限を加える数値を逆にすることも可能だった。



 つまり、一を十に変える事も。

 それを、要求回路に乗せる…… 回路からの入力は、常に十倍。 そして、【闇使い】の魔力回復回路は十倍の負荷を掛けられるの。 充足状態にある魔力にさらに魔力が押し込まれる…… 行先は…… 増大し過ぎた魔力に身体が持たず……



 魔力暴走に陥る。



【闇使い】が、魔力を行使しなければ、起こりえない事。 そして、人を不幸にする魔法を行使したとたん、彼は彼自身暴発する。 それは報い。



 そっと閉じ、いじった痕跡を消すの。



 もし気付かれても、どうしようもないわ。 この術式を分離するのは、その道の治癒師にだって、難しいもの。 さて、あちらに行ってもらいましょうか……




 《待って、リーナ。 このまま、この人を彼方に遣っても、不審に思われるわ》

 《えっ? どういうことですか、シュトカーナ様》

 《この人は、エスカリーナを伴って行く筈でしょ? 誰も連れて行かなかったら、不審に思われるわ》

 《……そうでした……》




 抜けていた…… ホントにどうかしてた…… シュトカーナ様の言葉が無かったら、本当の敵を逃す処だった…… でも、どうしよう。 私はココを離れられない……




 《私に考えがあるの。 杖を引き出して。 具現化するから》

 《はい……》




 自分の考えの至らなさに、悔しい想いをしながらも、シュトカーナ様の言う通り、左腕から右手で「魔法の杖」を引き出す。 そして、トンと床に着けるの。

 床面に魔方陣が浮かび上がり、真っ白で高貴な姿をした女性が浮かび上がって来たの……




「お初に御目に掛かります、薬師リーナ。 シュトカーナよ。 よろしくね」




 にこやかで慈愛に満ちた微笑みを浮かべた、美しい女性が私の前に立ったの…… 言葉にするのも憚れる様な、神聖な空気がその場を圧倒する。




「こ、これは…… シュトカーナ様…… お初に御目に掛かります。 薬師リーナに御座います……お、お見知り置きを……」

「嫌だわ! 貴女は私の主人なのよ、リーナ。 そんな他人行儀な言葉は止めて下さらない! さぁ、リーナ、私の考えた事を実行しましょう」

「は、はい!」




 圧倒され、言われるがまま、彼女の手を借りるの。 シュトカーナ様は、ブラウニー、レディッシュ、ホワテルを呼び出して、何やら集めている。 椅子、毛布、何本かの酒瓶…… 何をする心算だろう?




「貴女の「写身」を作ります。 始めます ―――そはエスカリーナをかたどりし、意志無き傀儡。 我の意思を持ちて錬成す、立ち上がれ!」




 集められたモノの下に魔方陣が描き出され、そして、上に持ち上がるの…… 魔方陣が触れた所から、集められた椅子とか毛布とか酒瓶が分解されて…… 魔方陣の下から見えて来たのは……


 私だった……


 スルスルと持ち上がった魔方陣。 そして、私が出現した…… 一糸まとわぬ姿を取って……




「貴女の「写身」よ、リーナ。 貴方の中に居た私だから、出来たの。 さぁ、貴女の服を着せてあげて。 ブラウニー、レディッシュ、お願い」




 二人の妖精が私を取り囲んで、着ている物を剥ぎ取りにかかったの。 あっという間だったわ。 念のためにって、持っていたポシェット。 その中に何時ものリーナの服があってよかったわ…… さもなければ、下着一枚になっていた所…… 

 この服を着ると慣れば…… 髪も、瞳も変えなくちゃね。 幸い、この部屋で意識を保っているのは、私達だけ。 あとは皆夢の世界だもの……

 薬師リーナの準備は整った。 同時に、綺麗な薄い桃色のドレスを着た、私の写身も出来上がった。 【闇使い】が此処を出て行くのならば、彼が掛けた【幻想イマージョン】と【意思剥奪マリオネット】は解けるかもしれない。



 だから、私が掛け直して置いたわ。



 これで、【闇使い】が居なくなっても、大丈夫な筈。 此処に居る不埒な輩は、深く自分の思い通りの彼等の願望の世界に居たままになる。 





 そして、私は―――




 【闇使い】に、命じたの……

 成すべきを成せ。 行くべき場所に行け。




 とね。





 *******************************





 私は駆けつけて来るであろう、救援を待つことにしたの。 

 その間に、もう一つやるべき事をしたの。


 シュトカーナ様に…… というより、「魔法の杖」の中に記録した、一連の会話と映像…… これを魔石に複製する事。 幸い、何種類かの魔石は持っていたわ。 魔力障害の患者さんに使うために、往診には持って行ってたものね。

 魔力が入っていない魔石を数個用意して、シュトカーナ様と一緒に、その中に一連の記録を転写して行ったの。 ボンヤリと仄暗く、そして、赤黒く、朧気に光を放っていた…… 何処に置こうかしら? 見つけやすい所……が、いいわよね。

 私が座っていた椅子が目に入るの。 たしか…… この部屋に入る前にも、魔石の欠片を廊下に零していたわよね…… この部屋の扉から、椅子まで、点々と魔石の欠片が落ちているもの…… それが、ボンヤリとした、赤黒い光を発しているわ…… 




 なら、コレは…… 椅子の上が一番いいわよね。 エスカリーナが此処に居たって証拠にもなるし。

 見つけて貰えるように願いを込めて、椅子の上に置いたの。

 さぁ、これで、出来る事は全て終えたわ。




 男達は、夢で縛り上げてあるし、ハンナさんの周りには重結界も張った。 この部屋の扉が、に開けられるまでは、決して術が解けない様にもした。 そっと、ハンナさんが深い眠りに落ちているベッドに近寄り、ハンナさんの髪を撫でるの。

 ハンナさんの幸せに、エスカリーナの存在は鎖になり、本当の幸せには到達できない。 エスカリーナは、ハンナさんの記憶の中に生きるから…… それだけでいいから…… ね、ハンナさん。




 長い間、本当にありがとう。

 貴女の献身と慈愛に、エスカリーナは本当に感謝しているわ。 

 貴女に巡り会えてよかった。

 貴女無しでは、きっと私は私で居られなかった……

 大好きで、大切なお姉様。

 ハンナさん…… どうかどうか、幸せになって下さい。





 キスを一つ、ハンナさんの額に落とす。 




 そっと、静かにベッドから離れる…… シッカリと前を見据えるの。 大丈夫だと思うのだけれど、心配は尽きない。 だから、ホワテルにお願いして、この部屋に残って貰う事にしたの。

 万が一、私の術が想定している前に解けた場合、【影縛りバインド】を男達に掛けて貰うためにね。 私は…… 一度、娼館を出る。 娼館の表で、救援を待つの……





 私があの部屋に居ちゃダメなの。





 薬師リーナは、救援の皆と一緒にあの部屋に突入する事が必要なの……

 だから、ゴメンなさい、ハンナさん。

 貴女を一人、この部屋に残す事…… ホントに申し訳なく思うの。 でも、これが、貴女の心を護り、幸せにつながる道だから…… 許して欲しい…… 幸せになってね…… あの人は来るから。 絶対に来るからね。




 だって、約束したんだもの……



 ハンナさんを護り抜くって……






 でも…… 一発ぐらいは、殴ってもいいかしら?








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