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出会いと、お別れの日々 (2)
重警護の間隙
しおりを挟む殿下が居なくなった貴賓室。
ハンナさんは、舞台に釘付け。
そうなる様な「お薬」が仕込まれて、そうなる様な「歌声」が響き渡っているものね。 この歌声は……
「魔性の歌声」
声に「魔力」が乗っているわ…… それもかなり強力なモノがね。 徐々に聞く人の心に作用するの。 一種の「呪い」みたいなモノ。 降り積もる雪の様に、心に沁み込み、術は完成する。 気が付いた時には、もうすでに取り込まれている……
術式の名前は…… 【魅了】
「闇」の初級魔法。 でも、これだけ無防備にしてから掛けちゃうと、ホントに良く効くの。 私は、防御結界を張っているし、同じ「闇」属性の属性持ち。 だから、余り効きは良くないんだけど、それでも影響は出て来ているんだ。
舞台は最終幕。
謳いあげられる物語。
俳優さん達の熱演。 そして、主人公たる女優さんの「魔性の歌声」 大天幕の中が【魅了】で満たされて行くのは判る。 精神作用系魔法をこれだけ大々的に使うのも、こう言った「歌劇団」だから許されるのかしら? なんか、本当にズルしている感じね。
一際、大きな声で、謳い上げる女優さんの声。
音がビリビリしている。 これ、まともに喰らってたら、「歌劇の世界」に取り込まれて、暫くは動けないわよ。 そこに混ぜ込まれた、別の精神感応系の魔法に気が付いた時は、すでに相手の術式に嵌り込んでいたの。
迂闊だった……
本当に迂闊だった……
もっと、直接的な手を使って来ると思っていた。 でも、本当の敵は、私達を絡めとり、利用し、廃棄する手筈を整えていたという事ね。 随分と手が込んでいる。 本当に、手が込んでいるわ。
混ぜ込まれた魔法は、【幻想】と【意思剥奪】 魔術師もしくは、そいつが指定した誰かの言葉を、自分の中で無理ない形で理解して、相手の思うが儘に動かされるの……
あたかも、自分の意志で動いている様に、周囲には見える。
これが…… 「魔性の歌声」の裏側から飛んできたのよ。
防御する暇すらなかったの。 あの時…… 殿下と一緒に、大天幕を出ていれば…… 後悔するには遅すぎたの。 私はまだいい方。 まだ、ちゃんと自分の意志が残っている。 かなり術に侵されてはいるけれども…… 破る為には、リーナにならなくちゃならないわ。
でも……
ここで、変身は出来ない。 此処に居るのはエスカリーナ。 そして、相手の意図が判らないもの。 どれだけの人が、この策謀に関わっているか。 誰が首謀者か。 それに、その目的も…… 今は、精一杯 頭を巡らせ、ハンナさんの悲劇を回避する事だけを目標に動かないと……
舞台上の光が徐々に暗くなる。
でも、「魔性の歌声」は、まだ届いているの。 半覚醒状態に、酩酊状態に、観客を誘っている…… 舞台の余韻って所かしら…… ある程度、時間をおいて、皆さんは元に戻る…… でも、この貴賓室に居る私達だけは、そうはいかないみたいね……
カチャリ
扉が開く音がした。 ” 此処から出てはいけない。 迎えが来るまで、此処に留まる事。 ” ルフーラ殿下との約束が、私達を縛っているんだけれど、それを逆手に取られたようなの……
「お嬢様方、さぁ、行きましょう。 とても素敵なパーティを、ご用意していますの」
その声は、先程、ルフーラ殿下に耳打ちをしていた女性武官の人の声。
そう―――
フルーレイさんの御声だったの。
*******************************
意思の自由を奪われている私とハンナさん。 自分達自ら、歩いて、貴賓室を出て行ったの。 先導するのはフルーレイさん。 誰も、疑念を抱かなかったわ。 まるで、それが当然の事の様に、裏口に向かう通路を歩くの。
あの「魔性の歌声」を聞いてしまった人達は、目の前で起こっている事について、関心を示さない。 それが普通だと、そう思い込んでしまう。 良くできた策謀ね。 これじゃぁ、後から誰が詮索しても、私達が自ら出て行ったようにしか見えないもの。
やっとの思いで、強制力を振り切った私の手…… これだけじゃ、何も出来ないんだけど、やれることはなんだってする。 ポケットから、私の魔力を注ぎ込んだ魔石の欠片をパラリ、ポロリと、零していくの。 暗い通路で、黒い魔力を纏った欠片なんか、誰も見つけられない。
唯一見つけられるのは、私が渡した護符を持っているルフーラ様のみ……
此処に帰ってきたら…… そして、通路を見れば…… 私達が連れ出された経路が判る…… 筈。
何処に向っているのか、おおよその見当ぐらいは、付けて貰えるとそう思ったのよ。
大天幕の裏口。 中型の馬車が待機してたの。 アレに乗れって事ね。 フルーレイさんと誰かがお話しているのが聞こえる…… 口の中で、【記録】の呪文を唱える。 左腕の杖に、会話と情景の記録が納めらるの。 あとで、魔石に移して、専用の魔道具で再生できるから…… 何らかの証拠にはなりそうね…… 上手く、喋ってくれるといいんだけど……
「連れて来たわよ。 【闇使い】」
「あぁ…… 術式は上手く作動したようだな」
「殿下は無事なの?」
「そっちは問題ない。 ちょっと手間取る様に工作してある」
「この前みたいに危害を加えるんじゃないでしょうね」
「思ったよりも手強かったんでな。 まさか、あそこまで逃げられるとは思わなかったんだ」
「四週間も追い回していたんでしょ!」
「あの方の商売の邪魔をするには、そうするより方法が無かったまでだ」
「殿下の身に何かあったら、許されないのよ? 判っているの!」
「あぁ…… 我が主は、ちょっと判ってなさそうだがね。 だから、ワザと漁船をあの ” 無風帯 ” へ、送ったんだ。 入用な魚介類があるって誘導してな」
「お陰で、大事な王宮魔導官様を五人も失う所だったのよ!」
「薬師リーナ様に感謝だな。 ……いいか、この事が殿下に知れたら、お前も只ではすまん。 お前も操られていた呈にしなければならん」
「判ってるわよ。 危険な賭けに出たのも、男爵家の娘があの方の御側に立つなんて、許せないからだもの! 幼き頃からずっと殿下の側付きの私はね、ずっと殿下の御側に居たのに、妃の候補にすら入らないのよ。 許せない。 絶対に! もう、この女は、無茶苦茶にしてやって! そして、二度と殿下の前にその顔を出せない様にして!! ―――あの方の傷ついた御心を癒す事が出来るのは私だけよ!!」
「はぁ…… お前が御側に立てる保証は無いがな…… 我が主の策謀は、違うのだが…… 結果として協力してもらえるのならば、それも良かろう……… まぁ、あの方は、この女を玩具にしようとしているんだがね。 ちょっと酷いとは、想うのだが、利害の一致と云う所か。 さて、そろそろ時間だ、眠って貰うぞ」
「ええ、一気にやって。 意識を刈り取るんでしょ?」
「では、お休みください、警護官殿」
トンと首に手刀を当てられたフルーレイさんの身体は、崩れ落ちた。 ボンヤリとした表情のまま、横目でそれを見て聞いていたの。 完全に術に掛かっていれば、聞こえなかった筈なんだけど、術の掛かりが悪い私には、きちんと聞こえたんだ。
ふ、ふざけないでよ。
何が、傷ついた御心を癒すよ。 ルフーラ殿下はハンナさんを失うと、孤高の上級王になって、一切の女の人を近づけなくなるんだぞ? 心許す配下も居なくなるんだぞ? 常に疑心暗鬼の闇の中、暗く重く湿った情念は、全て猜疑と策謀に向いちゃって…… お前らの幸せ…… いや、あの国全ての人の幸せに、暗い影を落とすんだぞ……
くっ…… でも、まだだ。 此処で暴れる事は出来ない。
黒幕が誰なのか…… それが一番重要。 一撃で粉砕しないと…… ハンナさんの未来に暗い影を落とす。 だから、もう少しだけ…… もう少しだけ我慢だ……
中型の馬車に乗り込んで、外からガッチリと鍵がかかった。 コレで、私達の足取りは途絶える。 これから先…… ハンナさんの身を護るのは私だけ。
そう、私だけになるんだ。
ルフーラ殿下……
護るって約束したじゃない……
なんで、此処に居ないのよ!
あなたが、ハンナさんの想い人じゃ無かったら……
魂全部、ズタズタにしてあげたのに……
早く……
早く、見つけ出しなさいよ!!!
ハンナさんが…… 待ってるんだから……
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