その日の空は蒼かった

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出会いと、お別れの日々 (2)

商工ギルドの執務室にて (2)

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「ご機嫌麗しく、ハンナ嬢。 お忙しい所、お時間を頂き、拙は感謝の極み」

「美辞麗句は、品性を落としますわよ?」

「これは手厳しい。 すみません。 お会い出来て嬉しく思うのは、本心なのですが? では、先に本題を…… 実は、お願いがございまして―――」

「船渠に入っている、『快速大型魔法動力帆船 テーベル号』のお話で御座いましょうか?」

「お耳の速さは、流石に御座いますね。 左様で御座います。 『テーベル』魔法機関の修理の為に、船渠の使用を……」

「期間は、三ヶ月を目途に、魔法機関の修理を終えるまで。 現在、五人の機関魔法使いの内三名の方が復帰されておられるのでしょ? 船渠の使用代金は、その間の定期検査を受ける大型船の回航に掛かる費用もご負担いただければ、ギルドとして承認いたしますわ」

「そっ…… そうですね、助かります。 話が早くて何よりで御座いますね。 此方の状況を良く御存知だ。 本国から技術者を召喚するよりも、早く出渠出来ますし、そちらのご負担も、私どもの海運商会の負担も少なくて済みます。 よろしくお願い申し上げます」




 ギルドの執務室に現れた、ルフーラ殿下。 ガッチリと海運商会暁の水平線ドーンホライゾンの商会長としての仮面を被ってらっしゃるね。 たしか、この時期って…… 私が前世で学校に入学する前でしょ? とすると…… そうか、ルフーラ殿下、あちらの上級王陛下が行っている、「四王家の上級王皇太子候補の試練」を、受けていらっしゃる時期だったわね。


―――――


 えっと、何だっけ…… あのバルコニーで、お話してたわよね…… えっと…… そうだ、試練の内容は、一千万ギルンの利益を出す事だった! 期間は未定。 最初にその金額を叩き出した方が、一番「有力な候補」に、なるんだっけ。 えっと、この時期には…… たしか、もうちょっとで、その金額に到達する筈よね、ルフーラ殿下。

 次点は…… 第四王家のサリデストラーデ=エムトネック=ムンナイト殿下だったかしら? ただし、その利益の出し方がちょっと違う筈よね…… ルフーラ殿下は、まっとうな貿易を持って…… 初期費用は、彼が差配を任されていた、「海運商会暁の水平線ドーンホライゾン」の大型船〈テーベル〉一隻、そして、一万ギルンの資金だったかしらね。

 他の三家の候補様達も同じような条件から始められた筈……

 でね、第四王家のムンナイト家ってね、海洋国家 ベネディクト=ペンスラ連合王国の軍事を担当するお家だったのよ。 事、貿易に関する知識が薄くてね、上級王陛下からの命題に一番困っていた筈なんだ…… それがね、サリデストラーデ殿下は、ある時期から、何故か利益金額をガンガン積み上げてたんだって。

 不思議に思った、上級王陛下が配下を使って調べ上げた所、第四王家であるムンナイト家は、他国船籍の船に対しての私掠を認める認可状を出してたんだって。 大激怒なされた上級王陛下が、第四王家の軍権を剥奪。 他家に渡し、ムンナイト家が没落したのよね…… えっと……それが…… それが知られるのは…… もう少し後だったっけ…… 

 えっと、えっと……


―――――




「その対価をお支払いいただけるのならば、ご了承します。 船渠の貸出期間は三ヶ月。 船渠の工員も、船の修理にお使い下さって結構です。 もし、そちらが許されるのならばですが」

「ハハハ、これは、これは。 有難い申し出で御座いますね。 判りました。 御手を煩わせるような事が無きように計らいますが、もしどうしてもダメなときはお願い申し上げますね」





 かなり凄い事をハンナさんはサラッと言われたよ。 ベネディクト=ペンスラ連合王国の第一王家である、グランディアント王家直属の、「海運商会 暁の水平線ドーンホライゾン」 が所有する、大型の魔法動力帆船「テーベル」 

 既に、船体とか艤装とかの整備修復なんかは、大部分が終了してて、帆走は可能な所までは、修理が完了していた筈よね…… つまりは…… 動力部分の修理に手を貸しますよって事でしょ? 《テーベル》の魔法動力部分って、機密の塊みたいなものでしょ? 



 今は、それが故障して、修理の真っただ中。 



 あちらの機関魔術師さんも頑張って直しているらしいんだよね。 だって、機密の塊なんだものね。 よその国の技術者には見せたくないものね。 だから、本国から支援が到着するのも待って…… なんて選択肢もあったって今ルフーラ様が言われたのよ。

 ハンナさんがそれを知らない筈はないもの。 そんな彼女が、機関動力部分の修理に此方の手を出せますよって、言われたんだよ。

 船渠を貸し出す代わりに、彼の国の技術もちょっとは分けて欲しいって言っているのも同然。 国家間の遣り取りでさえ、其処まで踏み込めないよ…… それを、辺境の男爵家の…… それも、当主ではないハンナさんが言うとか…… ホントに肚が座っているというか、何と云うか……

 ちょっと、ハラハラしちゃったよ。 本当なら、ルフーラ殿下、怒鳴りつけるなりなんなりするような申し出だよ…… それを、また、サラッと受け流して涼しい顔してるんだよ。 大人な世界は…… 凄いね。

 ふと、ハンナさんの執務机の横の椅子に座っていた私の方に、視線を向けるルフーラ殿下。 まるで珍獣を見た様な御顔に、笑顔を載せられたんだ。




「ハンナ様、こちらの小さきお嬢様は、どなたでしょうか?」




 ほっ! 私の事、認識してないよ。 あの時は、今纏っている素敵なドレスとは違って、青いオーバーオールにリネンのシャツだったし。 物凄くボロボロでカサカサの顔してたし、ボサボサの髪に、魔力の消耗に光を失いかけていた瞳だったものね。 つまり…… 


 バレてない!!!


 ハンナさんが一瞬の戸惑いを見せた後、私を紹介してくださったの。




「こちらは、エスカリーナお嬢様。 わたくしがドワイアル大公家にて、お仕えしておりました方に御座います」




 椅子から立ち上がってね、胸に手を当て、頭を下げるの。 略式の淑女の礼。 だって、ルフーラ殿下は今は、その御立場を明かされていないものね。 ハンナさんも殿下の素性はご存知ないみたいだし。 だから、大海運商会の会頭様と云う事で、この礼を捧げたんだ。




「ダクレール男爵様に「預かり」として身を寄せています、『エスカリーナ』に御座います。 どうぞよしなに」




 身分の低い者から名乗るのは、庶民の間では当然の礼儀。 だからそれに則るのよ。 これが貴族間ならば、先に何らかの言葉を発するのは、高位の方から。 その方から許しが無い限り、こちらからお話掛けなどしてはいけないものね。 

 でも、此処はあくまで、” 庶民 ” の、エスカリーナと、海運商会の会頭である、ルフーラ=エミルトン様の ” 初 ” 顔合わせ。 だから私から名乗ったのよ。





「ほう、貴女が…… 「海運商会ドーンホライゾン」 の会頭を任じられて折ります、ルフーラ=エミルトン。 見知り置きを。 そうですか、貴女が……エスカリーナ=デ=ドワイアル大公令嬢で御座いましたか」




 その瞳に何かの色が浮かぶの。 なにか言いたげね。 海運商会であり、大商会として各国に支店を置く「海運商会暁の水平線ドーンホライゾン」 だけの事はあるわ。 しっかりと調べ上げているのよね。 


 そう、ハンナさん周りの事をね。


 という事は、私の事もすっかりと調べ上げているって事かしら。 だって、使っちゃいけない名前で呼ばれたんだもの。


 エスカリーナ=デ=ドワイアル大公令嬢


 ってね。 その名前で呼ぶのは、今では、ファンダリア王国には一人としていない。 だって、ファンダリア国王陛下に「御目見えの」の席で、不敬発言をして、ドワイアル大公家から放逐された事になっているんだもの。 

 ちょっと、情報が古いの? それとも、ハンナさんの手前、そう呼んだの? しっかりと、ルフーラ殿下の目を見詰めるの。 なぜその名前で呼ばれたのか、その深意を探る為にね。 だから、返事はしない。 ほら、色んな嫌な噂とか、評判とか有るじゃない。 あっちも勿論、知ってる筈よね。 


「忌み子」 だとか 「不義の子」 だとかさぁ


 ふと、頬に更なる微笑みを載せられて、私に声を掛けられたの。




「今は、エスカリーナ嬢でしたね。 申し訳ない。 その居ずまいから、高貴なお生まれらしい貴女の御言葉に、あなたが本来呼ばれるべき、《御名前》を、お呼びしてしまった。 許されよ。 その毅然とした瞳…… さぞや、宰相 ケー二ス=アレス=ノリステン公爵も惜しまれたであろうな」




 知ってたのか…… あの「御目見え」の席上で、何を語り、何を捥ぎ取ったか…… 侮れないなぁ。 ベネディクト=ペンスラ連合王国の、第一王家 グランディアント家の「眼」と「耳」は。 




「買被りに御座いますわ。 ただ、お母様の疑義を晴らしたったからですわよ。 たとえ、この身が放逐されようとも」

「気高いその気質、まさに、エリザベート=ファル=ファンダリアーナ王妃殿下の娘御で在らせられますな。 こう見えて、エリザベート様とも面識が御座いましてね。 気高く美しい方であった…… 遅ればせながら…… お悔やみを」

「有難うございます。 永久の眠りに就けた母も、ルフーラ様の御言葉を有難くお思いでしょう。 しかし、何処で母と面識が?」

「あぁ、拙も一時期、ファンダリア王国、王立ナイトプレックス学院で学んだ事が御座いましてね。 その折に、王家主催の学院舞踏会にて、御姿を拝見させて頂きました」

「そうで御座いましたか…… 私は、母の事を良く知りませんので……」

「貴女同様、とても誇り高く、素晴らしい王妃殿下に御座いました」




 にこやかに頷きつつ、その視線はチラリとハンナさんの方に向ってる。 あぁ、ハンナさんの好感度が上がるのを見越した発言だね。 何となくわかった。 ハンナさんが私の事を大事にしているのは、きっと、何もかも御存知な筈。


 ここで、私を持ち上げれば、ハンナさんの警戒心は下がって、好感度は上がる……


 そっか…… やっぱり、そうだよね。 ルフーラ殿下は、その伴侶に、ハンナさんをお望みなんだ…… でも、まだ、其処まで、進展してないし…… ちょっと、殿下は急ごうとしているみたいに感じるわ……

 はて? なんでだっけ?  あぁ!!



 思い出した……



 ルフーラ様が受けていらっしゃる、上級王皇太子候補の試練。 二つの達成目標があったんだ…… 一つは、候補者が一千万ギルンの利益を上げる事。 もう一つが、二人といない伴侶を見つける事……


 二つを達成したモノが、上級王皇太子になれるんだった……


 利益金は国庫に納める事。 そして、伴侶候補は、王家…… 上級王家の誰かが見定める事……


 だったわよね。


 利益金の満了と、伴侶の随伴……


 しっかり者のハンナさんを……


 見初めちゃってるって事で……





 間違いないよね!





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