その日の空は蒼かった

出会いと、お別れの日々 （２）

商工ギルドの執務室にて （１）

　ハンナさんが待つ、商工ギルドのギルド長の執務室。　いつ見ても、威厳に満ちた場所ね。　この領の全ての商会が、一応とはいえ、属するギルドだものね。　役割と言えば、商会、商店なんかの調整役。　利益を片方に偏らせない為の組織ってことね。


　その分、かなり心臓に悪い状況になる事もしばしばあるんだけれども……ね。


　そりゃ、みんな、利益は欲しいし、商売敵は叩き潰したい。　でも、それを許すと、領内の経済がめちゃめちゃになってしまうのよ。　だから、調整役は必要なの。　以前は無かったのよ。　だから、男爵家が滅亡一歩手前まで追い詰められたの。

　そんな訳で、この商工ギルドは男爵家の肝煎り……　というより、グリュック若様の発案と実行力で立ち上がったのよ。　加入しないと、領内での商売は認められないって云う、強権を発動してね。　このダクレール領は、すごく良い港を幾つか所有しているの。

　だから、物流の拠点としては、本当に優秀な御領なの。　多くの商会が、その支店を置き、ファンダリア王国のみならず、色んな周辺国の物流も担っているって訳なの。　だから、この領から叩き出されたら商売的に非情にマズイ。　商会の皆さんも「その事」は、重々承知しているのよ。　

　男爵家の権威は一気に上昇したわ。　でも、其処は色々と苦労していたグリュック様。　それ以外は、ほぼ以前通り。　ギルドの運営資金の為に、微々たる運上金を納めるだけに変化は留めて、関税とかの税率などは以前のままにしていたのよ。　かなり低い税率なのよ。

　喜んだのは商会の方々。　以前から、この領の魅力は、良港と低い税率。　それが、変わらずに更に紛争を、平和的に解決するギルドが出来た事により、以前の様な弱肉強食の血みどろの商戦から、一定のルールを持った良き商売の場に生まれ変わったのよ。

　そんな、ギルドの中枢部である、ギルド長の執務室。

　私が向かっているのは、そんな場所。

　ハンナさんは、浮かれているグリュック様の代理として、そりゃもう、頑張っておられるのよ。　ついに、頭に来たのが、たぶん今朝の発言ね。　いい加減に仕事しないと、ほんとに大変な事になるんだから。



　さて、とことこ歩いて、やっと着いたわ。




＾＾＾＾＾



　コンコン　と、ドアをノックする。




　誰何の声に応えると、扉がさっと開くの。　中には見知った人たちが一杯いるわ。　一番奥の席に、ハンナさんが書類に埋まっているのがみえたの。　足を向けて、ハンナさんの下へ向かう。　両脇にの机にも、山のような書類の数々。　その後ろで、必死に書類と格闘している職員さん達。

　頑張って！　お手伝いは出来ないけれど、応援は出来るから！

　ハンナさんが座る机の前に到着。　にっこりと微笑んで、お声掛けするの。




「エスカリーナ、お呼びにより参上いたしました」

「エスカリーナお嬢様。　いらしてくださいましたか」




　御顔一杯に笑みを浮かべ、私をしっかりと見つめるハンナさん。　この頃、凄く綺麗になってきていると思うのよ……　もしかして？　




「エスカリーナ様、こちらに署名を。　これで、すべて整います」




　差し出された書類は、思った通り、薬師リーナの登録書だったわ。　署名する事で、効力を発揮する。　ギルド登録済みの薬師になれるんだよ。　うん、これで、おばば様のところで、私が作ったお薬を合法的に売ることが出来るわ。　リーナと署名を綴り、ハンナさんにお返しする。　その署名を見て、少し寂しそうな表情を浮かべたのは、きっとエスカリーナを想っての事。

　おばば様に、エスカリーナの「鎖」になるつもりかと云われ、思うところがあったのかもしれないわ。　

　もう一度私をしっかりと見詰めてから、ほんとに小さな声で、祝福をくれたの




「薬師リーナ様の未来に光を。　この領と、王国に住まう、すべての民に恩恵を」

「薬師リーナ、言祝ぎに感謝を。　この領と、王国に住まう、すべての民に我が力を振るう事を誓います」




　ぼんやりと、私が署名した書類が紅く光る。　精霊様とのお約束が出来たって事ね。　書類一式は、このギルドに保管される。　そして、私は精霊様とのお約束を果たすべく、自身の持てる力の限り「この領」、そして、「ファンダリア王国」の民の為に、その力を振ることになるのよ。


　頑張んなきゃね！





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　今朝の会堂でのアレコレを、ちょっとハンナさんとお話したの。　やっぱりハンナさんも、このままじゃいけないと思っていらしたわ。　何分と領の政務はグリュック様がお引き受けになっているし、ギルドの御仕事だってあるもの。　いくら、有能な官吏の方々や職員の方々がいても、道を示唆する者がしっかりしないといけないものね。


　船長さんがボンヤリしているお船には乗りたくないもの。　それと一緒。


　私がそんな事をツラツラお喋りして居たら、ハンナさんコロコロと笑われたわ。　きっと、ハンナさんも同じような想いを抱えていらしたみたいだものね。　それが、今朝の会堂で漏れちゃったって事かな？




「エスカリーナ様が、ご自身の道をご自身で決められました。　私も、その道をゆかれる事に賛成で御座います。　いくら、高位の貴族の方々が目を掛けられていらしても……　エスカリーナ様はエスカリーナ様。　そして、手を離さざるを得なかったとはいえ、一旦　御離しになった手は、もう元通りには成りませんもの」

「ハンナさん……　そうですね。　鎖を断ち切り、市井に出たわたくしですもの。　もう、戻るつもりも御座いませんから」




　ちょっぴりだけ……　ほんのちょっぴりだけど、ハンナさんの表情が曇る。　大丈夫、私が何処に居たって、何をしてたって、ハンナさんは大事な人だもの。　私にとって、ハンナさんは、大切なお姉様……　そして、お母様でもあるの。　幼いころから、ずっと私の側に居て、ずっと助けて下さったんだもの。　そんな大事な人には、是非、幸せになってもらいたいもの。




　＾＾＾＾＾＾



　そんなお話をハンナさんとしていたら、ゴトリックさんが取り次ぎに見えられたの。　ハンナさんに面会を求めて来た人が居るんだそうよ？




「変な人なら、帰って貰って。　もう直ぐお昼でしょ？　エスカリーナ様とお昼ご飯にしたいから」

「え～～　あ～～～　まぁ、その何です。　そのお気持ちは良く判りますが、会っておかれた方が良いと思われるので」

「誰なの？　ゴトリックにそう言わせるような人物って？」

「ルフーラ＝エミルトン　「海運商会ドーンホライゾン」会頭です。　なんでも、船渠の貸し出しについて、ご相談が有る様な雰囲気で御座いましたな」

「そう……　お船の方もかなり問題が有る様なのね」

「はい。　船渠の者からの報告では、船体の方は何とか出来たようですが、如何せん魔法機関の方がかなりの損傷を受けているらしく……　機関魔術師が五人とも生き残っておられますから、修理は可能なのですが、相応の時間が必要と……」

「その間、大型船の船渠が埋まるという事ね。　他の船の予定は？」

「定期検査に二隻が予定されておりますが、南のアンタークティカに回航すれば問題は無かろうかと」

「そう……　判ったわ。　逢いましょう」




　ふ～ん。　そうか。　ルフーラ殿下がお出ましか……　よっぽどなんだろうね。　でも、五人の魔術師が良くなってよかった。　全力出した甲斐があるわよね。　小人さん達にも無理させちゃったし……


　さて、どんな顔して逢おうかな？


　あの時はボロボロだったから、私の事認識出来るかな？

　それとも、此処を離れた方がいいのかな？

　離れられる様な雰囲気じゃないわよね。　ハンナさん、私に同席を求めてる。　視線がそう語ってる。



　仕方ないか……



　バレても、外国の人だし……

　ちょっと、様子見しないとね。

　バレなかったら、私は　”　エスカリーナ　”






　さて……　どうなるかしら？