その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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出逢いと、お別れの日々 (1)

海道の賢女の箴言。

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「おやまぁ、ダクレールの女神様が御目見えとはね。 血相変えて、文句でもいいの来たのかえ?」




 魔法使いのローブをゆるりと羽織っているおばば様。 ちょっとこの頃体調がすぐれないの。 だからっていって、お薬の作成を全部私がやってるなんて、ちょっとおかしいんだけど、お師匠様の監視の元、私の錬金魔方陣の習熟って事で、納得しているわ。

 なにやら、物々し気な雰囲気のおばば様。 ハンナさんを見る目はとても厳しいの。




「か、海道の賢女様に置かれましては……」

「煩いんだよ、その尊称呼び名。 おばばでいいよ。 浜のおばばで。 で、なんだい、何か言う事有るんだろ?」




 つんとした表情。 えっと、私このまま、此処に居ていいのかな…… おばば様の視線が私に向かって飛んできた。




「リーナ、何やってんだい? 待ってるお客がいるんだ。 錬成終わって無いんだろ? やっちまいな。 お前さんとの話はそれからだよ」

「はい…… おばば様」




 やっぱりね。 ハンナさんと、ルーケルさんを残して、作業場に向うの。 えっと、今日の課題と言うか、錬成するモノは…… 傷薬と体力回復薬ね。 よし、頑張っちゃうぞ!

 錬金魔方陣を用意して、材料はレプラコーン族の小人さん達にお願いしたの。 山と積まれる材料の数々。 まぁ、連続錬金するから、最後には、全部無くなるけどね。 指定のお薬を次々と錬成しているの。 出来上がったお薬は、レプラコーン族の小人さん達が綺麗に箱詰めしてくれている。

 出荷先は…… 沿岸警備隊の治療院ね。 色々と小競り合いが続いているから、大量に必要なんだって、おばば様が仰っていたわね。 ちょっと、嫌だな。 人が傷つくのを見るのは…… 本当に嫌。 効能を高めたり、純度を上げたりして、もっと効く御薬をと思ったんだけど、それはおばば様に止められている。

 なんでも、症状によっては、体力回復をしてしまうと重篤化するモノがあるんだって。 だから、お薬の効能は、常に一定で無くては、あちらの治療院の治療師様がお困りになるんだって。 


 考え足らずで、すみません。


 そうね、一発でって言うのは、無理が掛かるモノだしね。 ほら、冒険者さん達が、お薬の多重使用で時々倒れちゃうって事もあるって聴くもの。 熟達の冒険者さんは、完全回復するのは、基本、街に戻ってからって……

 野外で野宿している時に、過剰摂取で倒れたら、それこそ目も当てられないって。 

 だから、効能は一定で、お薬…… 特に回復ポーションには、等級と回復量を明記しなきゃならないんだよね。 鑑定士さん大忙しだよね。 まぁ、私の場合は、鑑定済みでお渡し出来るから、いきなり売れちゃうんだけどね。 

 おばば様から頂いた、【鑑定】の魔法は、本当に重宝しているもの。 今じゃ、等級、回復量なんかを書いたラベルも一緒に錬金しちゃって、出来上がったポーションの瓶に張り付いて出て来るようになったわ。 レプラコーン族の小人さんも喜んでいるわ。 二度手間にならなくて済むって……




*******************************




 突然、お店の方から大きな声が聞こえて来たのよ。 おばば様の御声なの。 あらからお仕事も終わったから、ちょっと覗いて見てみたの。

 項垂れるハンナさん。

 腰に手を当て、とっても怒っているおばば様。 怒れるおばば様は、周囲の空間も歪ませてる…… レプラコーン族の小人さん達も怯えて、葉の裏側に退避しちゃってるよ…… そして、困り顔のルーケルさん。 何も言わずに、その様子を見ていたの…… 一体何があったの?!?!





「あんたね、何様のつもりなんだい。 専属侍女なのはわかった。 それが、ドワイアル大公さんからの御命令なのもね。 それがどうしたんだい。 あの子に取っちゃ、鎖でしかないね。 貴族世界に引き留めて置く為の、強くて太い鎖さ」

「で、でも……」

「まだ言うか! この馬鹿が!! あんたの気持ちも、護ってやりたいという心も何もかも判って言っているんだ。 あんた、いいように利用されているんだよ。 優しい顔した、悪鬼羅刹共ににね。 判るかい、リーナの生まれはホントに特殊だ。 あの娘の母親の事も、私はよく知っている。 そして、敢えて言うよ、あの娘の母親も、ホントにどうしようもないバカ娘だった。 自分の望みが叶うまで、努力に努力を重ねたのはいい。 だがね、それが破れた時の身の振り方を考えてなかったんだ。 おかげで、そのしわ寄せが全部、リーナに来ちまったんだよ」

「…………」

「わかるかい? 生まれ落ちて、一時たりとも、リーナの心が休まる時は無かった。 あぁ、無かったんだよ。 「忌み子」と呼ばれ、「不義の子」と噂され、挙句、「生まれてこなかった方が良かった」とか、言われてきた子供の気持ちはどうなるんだい? ええっ? 愛され。護られ、大切に育てられた男爵の愛娘様としては? どんなに周りが 『あの子の耳』を塞ごうとしても、聡いあの子の耳には自然と入るんだよ。 そして、その意味もしっかりとね。 あんた達はあの子の心を殺すつもりだったのかい?」

「…………」




 お、おばば様…… そ、そんなに、ハンナさんを責めないで上げてよ…… ハンナさんは、出来るだけの事をしてくれたの。 私が何者か、何もかも ” 知って ” からも、優しい笑顔で、私と一緒に御本を読んでくれたのよ。 一緒にお絵かきもしてくれた。 手遊びだって…… お風呂だって…… 悪意のある噂から遠ざけても呉れたの。 だから…… お願い…… おばば様……




「コレがあの子を鍛え上げ、「薬師錬金術士リーナ」の名を与えた、『理由』さね。 私からバカ娘エリザベートへの詫びでも有る。 あんたの兄さんが、” 貴族としての ” エスカリーナの師に私を望んだ事はしってるよね」

「……はい、兄様から聞かされました。 そして、拒絶されたと……」

「あぁ、その通りさ。 ” 貴族 ” 娘には、何も教えんよ。 アレはココに、一介の庶民の娘。 父親が誰かもわからぬ、孤児に近い娘としてやって来たんだ。 膨大な魔力に其れこそ弾け飛びそうに成りながらね。 一目見て分かったんだよ。 あのバカ娘エリザベートの愛しい娘だってのはね。 アレから漏れ出る魔力に、消え入りそうなバカ娘エリザベートの魔力が混ざり込んでんだ。 最後の加護が私に向って云うんだ…… ” たとえ、民草となっても、この子はわたくしの子。 願わくば導きを ” ってな」

「な、ならば、兄上の願いを……」

「兄弟そろって、本当に度し難い。 なら聞くが、あの子に召喚命令が来たら、あんたら匿えるのかい? アレンティア辺境侯爵やら、ドワイアル大公やら、ならまだましな方さ、いきなり宮廷、ヘタすりゃ王家から召喚命令が来るんだよ。 それを拒絶出来るのかい?」

「うっ……」

「出来る訳はないね。 その点、フランシス=ダクレールと云う漢はよくわかっていたよ。 あの子になんの掣肘も加えず、自由に城からの出入りを許していた。 おかしいと思わなんだのか? フランシスが何故、エスカリーナを敢えて囲い込んでいる事実を。 何故、奥深くに、それこそお姫様のように遇してないのかを!」

「そ、それは……」

「いつでも、逃げ出せる環境づくりさ。 男爵家の中で、アイツだけは、を考えていたんだ。 滅茶苦茶な事情を抱えて、どうやったって、どっかに取り込まれそうになっているリーナに、自由の翼を与えようとね。 リーナ自身が、どんな翼を望んでいるのかは、フランシス自身には判らない。 だからこそ、とても聡いリーナに選択肢を与えたんだよ、男爵閣下あの漢はね。 アイツの笑顔の下には、覚悟があるんだ。 リーナを受け入れた時に、ドワイアル大公からの、よろしく頼むと言われた時に、アイツは自分の進退いのちをかけて、あの子を護ると覚悟を決めていたんだよ」

「ど、どういう意味でしょうか」

「判らんのかい! お前の頭は、帽子掛けかい! 考えても見な、リーナは庶民になり、民と一緒に暮らし、皆の安寧を護りつつ、静かに暮らしたいんだ。 アレがそう強く望む理由は知らない。 けれど、そう強く望んでいる。 そんな事が、貴族の者達、ひいては王宮の連中、王族共から、許されるとでも思うのかい? ダクレール男爵閣下もそれを御存知だ。 だとしたら? もう、答えはわかったろ?」

「た、たとえ、召喚状が姫様に来たとしても、渡さない…… エスカリーナ姫様を逃がして、グリュック兄様に後を託し…… 逃した罪を背負い……」

「そうだよ。 あの情深き漢はね、この領と、お前達家族と、そして、あの子を守る為に、自分を投げ出す覚悟をすでに決めているって訳さ。 それをあんた達、兄妹は!!!  利用するなとは言わない。 あの子だって、嬉々として「お手伝い」と称し、この領の為に力を尽くしているんだ。 それはいい。 だが、それが普通だと思うな。 いいかい、あの子の人生は、あの子の物だ。 擦り切れるまで使われて、投げ捨てられるようなもんじゃない。 かつて、そうだった私からの『箴言』だよ」

「賢女様……」

「まだ言うか!! あたしゃ、その尊称が大嫌いなんだよ!!!!」




 おばば様…… お願い、もう、それ以上、私の大好きなハンナさんを…… イジメないで…… お願い……します…… ほら、ハンナさん、両手で顔を抑えて、蹲っちゃたんだよ…… 嗚咽が聞こえる…… おばば様が、そっとハンナさんの側に近寄るんだ。 小さいんだけど、御声が聞こえるの……




「ハンナ嬢ちゃん。 あんたは良くやっている。 あの子に対しても、優しく接している。 多分ね、あの子にとっては、唯一気が許せる相手が、あんたなんだろうね。 それでも、いや、だからこそ、あんたはその手を放さないといけないんだよ。 あの子を縛る鎖には成りたくは無いだろ?」




 両手で顔を抑えながらも、うんうんと頷いているの。 ゴメンね…… ハンナさん……




「あの子にとっては、あんたは姉であり、母でもあったみたいだね。 知ってるかい? あんたの事を話すリーナはとても素敵な笑顔になるんだ。 あんたの気持ちは届いているよ。 ……こんどは、あんたが、あんただけの幸せを追いかける番じゃないのかね。 あんたが幸せになるのを、リーナは強く望んでいるよ。 下手にあの子の側に居続けたら、あの子…… ” 自分の為にあんたの幸せを潰した ” とか、考え込みそうだよ…… それで、想いは歪む…… いいね、人の想いなんざ、柔らかいモノなんだよ。 状況如何でどんな形にも変化する。 たとえ、善意から来た想いでも、容易に変貌し相手を傷つける鋭い凶器になっちまうんだ」

「……それも、『おばば様の箴言』ですか?」




 おばば様の雰囲気が変わる。 なんだろう、何か言おうとされた後、周囲の気配を伺われたの。 そして、フッと息を吐かれてから、言葉を紡ぎ出されたのよ―――





「あぁ、長く生きた私から、まだ、幼いに贈る言葉さ。 手を放す事が、見捨てる事じゃない。 見守りつつも同じ立場に立つという事なのさ。 あんたが主と決めた相手は、すでにその域に達している。 今度はハンナ嬢ちゃんの番さね。 さぁ、お立ち。 そんな顔、あの子に見せられんだろ。 涙を拭いて、あの子の事を認めてやりな。 「薬師錬金術士」リーナとしてね」


「………… は、はい…… おばば様…… わたくしは…… わたくしは、愚かだったのでしょうか……」


「お前の想いに間違いはないよ。 ただ、方法がマズかった。 良く見、良く聴き、良く調べ…… 何も外にだけでは無いよ、心の内側にもね。 しっかりと自分を見詰めるんだよ」





 おばば様の御言葉は、きっと私に向っても言っている。 だって、こうやって覗いてる事、おばば様は察知されておられる筈だもの。 その位は判る。 だって、途中からおばば様の御言葉…… 対象が二人になってるんだものね。


 おばば様の箴言……有難うございます。 心に刻みます…… 


 教えはきちんと受け取りました。 それと…… ダクレール男爵様の想いも確かに受け取りました。 そんな御覚悟をされているとは…… 思いもしませんでした。 だからこそ、余計に思うのですよ、おばば様。




 報いたいと。




 力になりたいと。




 おばば様、良いでしょ……





 私の望みは、人々の心に『平和と安寧』を導く事なのですもの……





*******************************



 その時、大きな音がしたの。


 ドンドンドンって、強くノックする音。


 とても慌ててらっしゃるみたい。


 レプラコーン族の小人さんの先触れすら間に合わない。


 緊迫した声が、外から聞こえるの。






「「百花繚乱」の浜のおばば!!! 頼む、頼む、頼む、助けてくれ!!! 海の仲間達が大変な事になっている。 俺達の力じゃどうにもならん!! 頼む!! 応えてくれ!!!」



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