その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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出逢いと、お別れの日々 (1)

港町ブルーザ 「百花繚乱」に続く道

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 準備を済ますと、ルーケルさんの待つ改造キャリッジの元に急いだの。 ハンナ様も外出用のコートを纏って、待ってらした。 私のマントを見て、ハンナさんは何となくだけど寂しそうな表情を浮かべていたわ。 ルーケルさんは、私達が「キャリッジ」の中に入るのを確認してから、馬車をだしてくださった。


 とても静かな、キャリッジの中。


 魔石にも十分魔力を溜め込んだから、キャリッジの全部の機能は使える様になっているわ。 窓は透明になって、外の景色が流れる様に映っているの。 キャリッジの中には、私とハンナさんの二人っきり。 重い沈黙が私達を包み込んでるの。 




 ^^^^^^



 窓の外は港町ブルーザに続く街道。 いつもとは違う道。 よく整備された石畳が続くの。 これは、重点整備計画の成果。 主要な村や町を繋ぐ街道の整備が遅れていたのを、色々とやりくりして、官吏の人達と相談して使う頻度が高い道から整備したからね。


 まだまだ、充足している訳じゃないんだけど、それでも主要街道は何とかなる予定。


 平行して水路の方も整備しているから、劇的には進まないけれど、それでもちゃんと整備の効果はではじめているもの。 この街道の脇に水路もあるわ。 以前は溝みたいな小さな水路だったんだけれど、それだと、長雨が続くとすぐに溢れてしまう。 

 男爵領の歴史が書かれている資料に、最長三週間も水浸しになって、街道がつかえなくなり、港町ブルーザへ馬車移動が出来なくなったって。 という事は、物流が止まっちゃって事なのよ。 歩いては行けるし、多少の荷物は持てる。 でも、荷馬車が使えないとなると……

 港町ブルーさの交易はこの領の生命線みたいな所があるし、領でも一番大きな港だし…… それに、沿岸警備隊の根拠地でもあるもの。 そこと、領城ムーアサイドとの通行ができなる出来なくなるのは大問題なのよ。

 今までも、なんどもその問題に着手した領主様が居られたのは事実。 そして、街道の嵩上とか、水路の拡充とか試みられていた。

 でもねぇ…… ” 先立つモノ ” が、やっぱり不足しててね。 その上、水利業者がその…… なんというか…… ぼったくり価格なのよ。 そりゃね、いったん工事が完成してしまうと、実入りが少なくなるからっていって、初期の費用を過大に見積もるのは判る。 

 でも、ズルズルと工期を伸ばして、本当に必要な水路なのに完成を遅らすのは如何なものかと思うのよ。

 私達家政の関係者が今回やった事は、直接事業計画。 水利業者さん達には、他の街で忙しくして貰っているから、その隙にって…… みんなで考えたの。 だって、彼等にそっぽ向かれたら、細々した本当に技術の必要な部分を投げられてしまうもの…… 難しいのよ、こういった加減って……

 やった事は単純明快。 周囲の人達、特に長雨が続くと水浸になっちゃう地域の人達へのお願いと、税率軽減策。

 やろうとしたのは、街道脇の溝の拡幅。 今までの経験則から割り出した、水利業者さん達へお支払いする代金がそれに使う予算。 結構多額の予算があったわ。 労働をお願いする人たちは直接利害関係者。 労働の対価は税の軽減、もしくは免除。 

 喜んで参加してくれる住民の方が沢山いたわ。 水路の基本設計は要らない。 だって、溝の幅を五倍にするだけ。 出た土は、街道の補修に充てたの。 あちこち凹んだから。 そっちは街道の整備業者さん達にお願いしたの。

 流石に、道路の整備は、「とても重要」って云う事を認識してる業者さん達は手を抜かない。 常に目を向けられる場所だし、業者さんも一つじゃない。 もし、自分達が補修した部分が、他の業者さんの所より先に壊れたり使えなくなったりしたら、周り中から非難轟轟で、つぎからお仕事は無くなるものね。



 それは、それは、頑張ってもらいました。



 思った以上に早く、そして、想定した通りの効果が出ましたものね。 あれほど悩みの種だった資金問題も、領の人達の力を借りて、意欲も行動力も思いっきり引き出せたら、とても良い結果になったわ。 官吏の人達もびっくりよ。 

 結果、予算は当初の三分の一以下で終わったもの。 水路は今までの五倍の幅。 街道と並行して海まで続くの。 水掃けもとても良くなったし、この事で、周囲の人達が水路の重要性に強く目覚めて下さったしね。 詰まったら困るわねって、そう話してたら、自然発生的に住民の有志の皆さんが、管理組合みたいなモノを立ち上げられてね……

 ” 自分達の近くを通る場所は、自分達が見ます ” って、言って下さったの。 主に清掃だけどね。 とても、とても、有難い事ね。 住民の方々の生活に直結していて、それまでとても困った事になっていたもの。

 あの方々の意識がちょっと変わったってことかしら。 「御領主様から「下賜」されるモノ」では無く、「自分達で作り上げたモノ」というふうにね。

 水路と道が完成してから、大雨が一度あったの。 とても激しい雨でね。 官吏の方々が、街道の水没を気にしてらっしゃった。 でも、びくともしなかったわ。 増した水かさは、水路の高さの半分ほど。 水路に繋がる溝からも大量の雨水が流れ込んでもそんなもの。

 雨上がり…… 領政の官吏の人にくっ付いて、見に行ったの。 住民の人達が歓声を上げて、迎えて下さったのよ。 官吏の人達に口々にお礼を述べられてね。 ニコニコしながらそれを見てたわ。



 ” エスカリーナ様の御発案でしたでしょうに、なぜ、そんな後ろの方に? ”

 ” コレは、領政の官吏様のお仕事でした。 とても、素晴らしいお仕事です。 難しい交渉も、実際に指示作業をされたのも、全てはあなた方の御力。 賛辞はあなた方がお受けになるべき物。 わたくしはその ” お手伝い ” を、したまでです。 わたくしの名は出してほしくありませんわ。 だって、恥ずかしいですもの ”

 ” …………御意に ”



 何やら不思議そうな御顔でしたね。 でも、本当の事よ。 頑張って下さったのは、地道に地味な作業を熟して下さった官吏の人達だもの。 賞賛は受け取ってしかるべきだもの……




 ^^^^^



 そんな思い出を浮かべならが、窓の外に広がる景色を眺めてたの。 視線は窓の向こうに固定よ。 だって、隣にとっても怖い顔をして、ブツブツ何か呟いているハンナ様がいらっしゃるもの……

 港町ブルーザの風は、潮気を強く含むのよ。 ちょっとザリザリした感じの街ね。 キャリッジの中から、街行く人を見ていると、海のお仕事をされている方々が沢山いらっしゃるのよ。 それと、商会の支店が立ち並ぶ一角もある。

 それに、この街には、ダクレール男爵領に只一か所許された、歓楽街フルーゲル=エストも有るの。 ちょっとした関所みたいな所があって、その向こう側は大人な世界なんだって。 一度、ルーケルさんにどんな所か聴いてみた事があるの。




「エスカリーナ様には無縁の場所にございますよ。 行く事は無いでしょう。 よしんば行くとしても、護衛はわたくしが…… あそこは、色々と問題が御座いますから。 絶対にお一人で行かれる事は、無いように」




 とっても怖い目で、真剣にそう言われたわ。 うん、そういう所だね。 確かに行きたくは無いわ。 ブルりと体が震えるものね。 やっぱり、覚えているものね…… 記憶は何も頭の中だけじゃないもの…… 身体が強張るのが判ったわ。 うん、行かない。 絶対に行かないわ!

 窓の外に歓楽街に続く関所の門が見えた。 もう港町ブルーザにはいってたのね。 ホントに静かに動くから判らなかったわ。 「百花繚乱」は、街外れにあるの。 この街道が果てるこの街の更に向こう側。 いつもは裏口みたいな細い道から入るから、街に入る前に「百花繚乱」に着くの。

 そうね、ブギットさんのお店から、この街道に戻るよりも、回り道した方が近いからって理由なんだけどね。 だから、私はこの港町の事はよく知らないの。 これだけ、「百花繚乱」に通っていてもね。 道が狭くなり、両側に民家が立ち並ぶ地区にはいって、その路地の様な道に入るの。

 知らないと、こんな所に何が有るんだろうって云うような路地。 そして、街の端っこに到着。 それまでの石畳から、土の道にかわるの。 踏み固められた土の道は、何時もの道。 やっと見慣れた場所、薬屋さん「百花繚乱」が見えて来たわ。 

 碧の葉に覆われた、街外れのお店。 常になんかの花が店先を彩っている。 小窓から見える優しい光は、まさにおばば様の御心の様ね。 レプラコーンの小人さん達の姿が見えた。 葉の裏側から此方を除いているの。 ルーケルさんの姿を見て、何人かの小人さんが出て来た。


 御者台を指さして、なんか喋っているわ。 


 いつも、私が座っている場所に、誰も居ないから、騒いているっていう感じかしら? 何人かの小人さんが、お店の中に入って行ったの。 あれは、きっとおばば様に報告に行ったのよね。 普通の人には見えない彼等……

 何故か私にはよく見えるの。 お喋りは出来ないけれど、とっても良くお手伝いしてくれてるモノ。 私の大事なお友達なのよ。 




「お嬢様方、着きました。 薬屋「百花繚乱」です」




 ルーケルさんが御者台から降りて、扉を開いてくれたの。 

 さぁ、何が起こるか判らないけど……

 ハンナさんには、ご納得してもらおう。

 きっと、おばば様は、お話してくださるわ。

 私の決意と、何を成したいかを。


 ハンナさんも黙ったまま馬車を降りたの。 目の前の「百花繚乱」に、ちょっと引いてたけどね。


 でも、表情を引き締めた、ハンナさんは、私と共にお店の扉を潜ったの。






「リーナ参りました、お師匠様」






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