その日の空は蒼かった

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出逢いと、お別れの日々 (1)

  閑話9 王家の輝ける星

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 ファンダリア王国、王都ファンダル、王城コンクエストム。 

 白亜の巨城にして、ファンダリア王国の中枢。

 煌びやかな、王都ファンダルの中でも、燦然と輝く「 王城コンクエストム 」は、王都に住まう貴族の者達はもとより、民衆の誇りでもあり、常に敬意を込めた眼を向けられている。

 王国の権威と威厳を、遺憾なく発揮する、その城は敵にとっては恐ろしく、ファンダリア王国の国民、貴族にとっては、この上もなく頼もしく瞳に映る。




 ――――蒼い空の下の、白亜の巨城。




 その奥深くにある、” 王宮の教務室の一室 ” に、ウーノル=ランドルフ=ファンダリアーナ第一王子は居た。 朝早くから夜遅くまで、王宮の奥深くで王族としての教育を注ぎ込まれている。 


 高位の貴族達も彼の「聡明さ」を眩しく見詰めると共に、少々畏れも抱いている。


 才気の発露は、未だ九歳にも関わらず、十分に大人たちの話を理解し、咀嚼し、自らの力と成しているのは、教師の目から見れば明らかであり、将来が楽しみな 「 漢 」でもあった。

 今日も「本日の予定をこなす為の準備」は、すでに終わっている。 少し、楽しみにもしていた、なかなか時間の取れぬ外務大臣を交えた、外交関連の勉強に充てられる筈であった。 予定の時間になる前、指定されている教務室に到着したウーノルは、窓から眼下を見下ろし、彼等に質問すべき事柄を頭の中で整理していた。

 コンコンコンと、軽いノックの音が彼の耳朶に届いた。



「入れ」



 入室の許可を出すと、音もなく扉が開き、壮年の男性が入室して来た。 モノクルがキラリと朝日に反射している。 撫でつけられた浅いグレーの髪は一切乱れもせず、冷徹な表情を浮かべた顔は、歳を経た灰色狼のようにも見える。



「殿下、おはようございます」

「うむ、おはよう ビッテンフェルト侍従長。 ん? 如何した?」



 ウーノルは彼の表情に少し違和感を覚えそう問い質した。 何時もの精悍な表情に少々陰りを見て取ったからだった。 促されたビッテンフェルト侍従長が、白手袋に持った紙挟みを開きつつ、表情を曇らせながらも、ウーノルに伝えた。




「殿下、本日のご予定なのですが、少々不都合が御座いまして、本日予定の授業は取りやめと成りました」

「不都合? 珍しいな。 予定では外務卿を交えた、諸外国との国交についての授業であったはずなのだが?」

「その御予定では御座いましたが、火急の知らせにより、外務卿は至急北方へ参られました。 北辺の辺境伯からの要請にございます」



 ビッテンフェルト侍従長の言葉に、思考を巡らせるウーノル。 国内の状況については、逐次話が出来る様に、専属の教師として、数人の国務卿が付いている彼には、ビッテンフェルト侍従長の短い言葉の中に、王国にとって禍根となるべき、重大な外交案件を見出していた。



「《北の蛮族》との小競り合いか…… しかし、先に手を出しているのは、我が国の方であろう。 協約を遵守しているのは、むしろあちら側。 下手に手出しすると、大火傷を負うぞ」

「御推察、もっともに御座います。 しかし、教会の勢力を抑えるのも限度が御座います故」

「また……か。 陛下の恩寵を、自身の力と勘違いしている輩の後始末…… 聖堂騎士団は、何時から野盗紛いの事をする様に成ったのだ? まったく度し難い」




 王国北辺。 そこは、ファンダリア王国が拡張期の終焉を迎えた場所でもあった。 巨大なドラゴンバック山脈の南側を国境とした、ファンダリア王国の北側には、ゲルン=マンティカ連合王国が広がっている。 豊かな鉱物資源を生み出している、ドラゴンバック山脈の鉱山を巡り、度々ゲルン=マンティカ連合王国との小競り合いを繰り返している。

 国力の全てを注ぎ込み、対峙したかつての大戦で、幾千万もの命を吸い込んだ北の大地。 泥沼化したその状況を、現在の状況に固定できたのは、一人の高位魔術師のお陰だと、そう勉強している。 ファンダリア王国の礎を築いたと言われる、その魔術師は高位貴族の言動を嫌い、今は「海道の賢女」として、隠棲していると聞いている。

 ファンダリア王国存亡の危機には、力になってやると、そう言い残して王都去る、「賢女」 現国王の言葉を鼻先で笑い飛ばし、止める王宮魔術師達を薙ぎ払って、王都を出奔した彼女の話は、今でも王宮での禁忌の話の一つとされている。

 その厄介な場所で、面倒事を起こすのは、王国軍が管理していない、教会直下の聖堂騎士団であった。 教会の主教、枢機卿の護りの為、組織された、その聖堂騎士団であったが、高位の貴族子弟が挙って入団。 悪い意味で、権威と武力を遺憾なく発揮し、王国辺縁部では鼻つまみ者に成り下がっていると、「影」からの報告も受けている。

 今回の小競り合いも、北の地での聖堂騎士団の暴走と、想像出来てしまい、苦い表情が顔に浮かんでいる。 ” 北辺の辺境伯からの緊急要請が、ドワイアル外務大臣に入るとなれば…… 相当面倒な事になっていると云う事か…… 推測は簡単につくな ” と。




「……殿下、御声がたこう御座います。 諸国との均衡を取り続けておられる、ドワイアル大公閣下の足を引っ張る様なお言葉は……」

「外務を司るドワイアル卿の足に縄を付け引き摺りまわそうとしている方に、気を遣えと? 本来なれば、難しい局面を打開する為に、卿に協力せねばならぬ、国務従事者と、国の精神的主柱たる教会が、あれほど愚かでは、卿の苦労、いかばかりであろうか……」




 ドワイアル大公の苦労を想うと、自然と頭が下がる思いだった。 彼の双肩に今のファンダリア王国の平和と安寧が掛かっている事を、ウーノルはよく理解していた。 次に懇談が出来る時には、きちんとその労をねぎらってやらねばと、心に誓っても居た。

 一つ頭を振り、気持ちを切り替え、空いた時間を有意義に過ごそうと、ビッテンフェルト侍従長に提案をした。




「ビッテ侍従長。 時間が空いたならば、一汗かこうか。 王国騎士団の者で手隙は居ないか?」

「ははっ、御意に。 本日ならば、王国騎士団 団長モーガン=クアト=テイナイト公爵の御三男である、アンソニー=ルーデル=テイナイトが、” 見習い従士 ” として王宮に来ております。 あの者がお相手になるかと」

「ふむ、……アンソニーか。 大方、マクシミリアンの元にでも伺候し、側近にと願い出ているのだろ? 大丈夫か、そんな者で」




 あどけなさが残る大柄な少年を想い出した。 アンソニー=ルーデル=テイナイト…… 二年前の「御目見えの」席上、陛下からお言葉を賜った少年の一人だった事を思い出した。 そして、彼の兄達も偉丈夫であり、将来有望な貴族騎士で在る事もまた、記憶の中から浮かび上がってきている。

 少々、甘い考えと、持ち前の剣の腕。 王族の側近たらんと、虎視眈々と狙う、上昇志向の強さ。 実力が伴えば、近衛騎士も務まるであろうが、今のままでは無理だなと、判断している。 なにより、王道である、第一、第二王子の側近を目指さず、高位貴族の後ろ盾を欲しがっていた、マクシミリアンに秋波を送る、その根性が気に入らなかった。

 憮然として、ビッテンフェルト侍従長の顔を見詰めていると、苦笑交じりの顔で、ウーノルの不快の元であるアンソニーの事を話し始めた。




「腕は大層な資質の持ち主だと。 鍛錬も怠って居ないと側聞いたします。 あの者の兄達が優れております故……少々、性格に……」

「捻くれたか。 まぁいい。 時間も惜しい。 召し出せ。 使う場所は近衛総軍の練兵場でよい」

「畏まりました。 手配いたします。 殿下はこれより向かわれますか?」

「あぁ、そうする。 途中、本日の授業の相手を勤める筈であった、アレンティア卿にも、逢って詫びを入れねばなならんしな」

「殿下自ら赴かれますか?」




 本日の教授の為に、南方辺境領からわざわざ出向いて来てくれた、アレンティア南方辺境侯爵にも礼を尽くさねばなと、ウーノルは考えた。 予測としては、ドワイアル大公が、南方の海洋国家 ベネディクト=ペンスラ連合王国の 王位継承問題に触れると、そう睨んでいた。 


 未だ、王位継承者である、王太子が存在していない ベネディクト=ペンスラ連合王国


 と云うよりも、そもそも他の王国と成り立ちも政体も違う「その国」は、常に流動的で掴み処が無い。 ここ数百年は、四王家により、上級王という名の国王が立つのだが、次代の上級王が決まらないと…… そう、側聞する。

 次代の上級王を目指す者達が、互いにしのぎを削っているとの情報も、「影」からも入っている。 王国南方も、色々と不透明な状況が続いていると言っても過言では無かった。




「あぁ、勿論な。 王国南方もまた、状況は不透明。 よく抑えていてくれていると、そう思う。 多少は労いたいのもあるしな。 先触れを出してくれ。 練兵場に向かう途中で寄るとな」

「仰せのままに……」




 ビッテンフェルト侍従長が部屋を辞し、ウーノルの命令を実行する為に、動き始めた。 丁度、今いる教務室から、近衛総軍の練兵場へ向かう道すがらに、アレンティア卿の控室もあった筈だと、思い出して居た。 教務室を出て、練兵場に向かうウーノル。


 側付きの近衛騎士達が、四方に警戒の視線を向けている。 


 ” 自分が汗をかくだけならば、側付きの近衛騎士に頼むのもいいではないのか ” と、以前ビッテンフェルト侍従長に尋ねた事があったのを想い出した。 彼の厳しい視線と共に思い出した言葉は、自分の認識の甘さを叩いてくる……

 

 ” 殿下は、忠誠を誓った主に剣を向ける近衛騎士を信用できますか? それも、護るべき殿下に対し、容赦なく剣戟を叩き込めるようなモノを、御側に置けますか? その者達の忠誠を試すような言動は、止めて頂きたい ”



 苦い笑みが、ウーノルの頬に浮かぶ。 まだまだだ。 俺は、人の心を…… 人心を掴む事は、、出来てはいない……




^^^^^



 ちょうど、高い位置にある、その廊下の窓から、ちらりと処刑場が眼に入った。 また、罪人が死を賜っているのかと…… 少し表情が暗くなる。 あのような罪人が生み出されない、そんな治世は出来ぬものなのか。 綺麗事だけでは、世の中は廻りはしない事も、彼の明晰な頭脳の中では了承済みだ。 しかし、それでもと…… ” 理想 ” は、彼を苛む。


 指針が欲しかった。 裏付けのある、確固とした何か…… 未来を照らし出す、一条の明かりが…… 欲しいと、切実に……


 立ち止まり、処刑場を見下ろしながら、そっとウーノルは呟く……




「南も北も、火種を抱えているというのに、王城の者達はそれを見る事すらないのか。 陛下は何をお考えか。 大貴族達の言いなりでは、国など纏まりはしないのだが…… よほどの、弱みを握られているのか? まだ、子供の俺の目から見ても、それとわかる佞臣を側に置くのは…… いかな国王陛下であれど、どうかと思うのだが…… まぁ、仕方がない。 私も第一王子。 時が来るまでは、雌伏の時と心得ようか。 あの娘の様に、一撃で自分の欲しかったモノを手に入れられる様にな……」



 九歳としては大人びた、彼の思考は、一人の「少女」に向かう。 処刑場を見詰めるウーノルの視線は、あの日の情景を幻として目の前に浮かび上がらせていた。




「処刑場……か。 あの娘…… どうしているか。 ドワイアル大公も、苦渋の決断をしたモノだ。 あれほど可愛がっていたあの娘の手を放すとはな。 晩餐会で逢おうと、約束したのだが…… 果たされなかったな。 ” 国王陛下を父と呼んでよいか? ” ……か。 幼子の戯言と処理されたが、豪胆な娘だ。 狙ってやったとしか思えぬしな。 あの話の運び、熟達の社交外交のご婦人にも劣らぬよ…… あの娘…… 今は何をしているのか…… 興味はあるな。 一度、ドワイアル大公に聴いてみるか……」




 お披露目の席で、大人達を一瞬の元に自分に惹きつけ、そして、手に入れられるだけの成果を胸に、堂々と謁見の間を後にする、あの少女。


 ――― エスカリーナ=デ=ドワイアル ―――


 彼女の群青色ロイヤルブルーの瞳と、銀灰色シルバーグレイの髪が、そして、なにより、確固たる意志を込めた、凛とした表情が…… 今のウーノルの目標でもあった。




「殿下、このような場所に居られたか」




 突然声を掛けから、少々驚くウーノル。 視線の先に、巨躯を上品な正装に包んだ、アレンティア南方辺境侯爵の姿があった。




「 ――――これは、アレンティア卿、久方ぶりです。 外務卿の急な国務で、中止となったが、アレンティア卿との面談も楽しみにしていた。 晩餐の前に時間を取る故、少し話をしよう」




 人好きのする、笑みを浮かべ、ウーノルはそういう。 自分から行くと、そう言っていたのに、時間が掛かり過ぎたのか、それとも、アレンティア卿が何かを言いたかったのか…… 探しに出てくれた事を、少々恥じた。




 コレだから、俺は、まだまだなんだ。 




 力を着けねば。 




 いや、それよりも、あの娘のように胆力を養うべきか。




 いずれにしても、負けては、いられぬな。





 ―――  エスカリーナ=デ=ドワイアル  ―――








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