その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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出逢いと、お別れの日々 (1)

託された「魔法の杖」

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 眼を疑った。 ボンヤリと霊体の御爺さんが目の前に居たんだもの…… おばば様の古い馴染みって…… もう死んじゃってる人なの? えぇぇぇ?!?!




「あぁ、この体はお前らと話す為のもんじゃ。 気にするな」

「そうさね、まぁ、御本尊は後ろに居るけどね」




 そう言って、おばば様は顎をしゃくって、その御爺さん霊体の後ろを見ろって言われたの。 そこにあったのは、見上げるような巨木。 苔むした幹が、樹齢を物語っているの…… 一体、何年くらい生きた樹なんだろう……




「ざっと見積もって五千年は固いの。 爺さんから比べたら、私なんざ、赤子も同然さね」




 おばば様がカラカラを笑うの。 と、言う事は…… つまり……




「お察しの通りじゃ。 儂はあんたらの言う、魔物の一種じゃよ。 トレント族。 トレント族、パイナス一族の傍系 ツードツガ=メンジジアイ という。 見知り置くぞ、小さき『精霊の愛し子』よ」

「お、お初にお目に掛かります、ツードツガ様。 わたくし、エスカリーナと申します。 どうぞよしなに。 ところで、今わたくしの事を、小さき『精霊の愛し子』と申されましたが、どういった意味なのでしょうか?」




 滅多に聴いた事が無い別称で呼ばれて、気になってしまったの。 不躾だったかしら? ツードツガ様が面白げに私を見詰めるの。 透き通った白いお髭を撫でながら、おもむろにおばば様に言葉を紡がれる。




「おい、この子に何も教えとらんのか? まったく予断無しで、よくぞここまで来れたものだ。 おぬし、知って居ったな?」

「爺、判らぬわけが無かろうて。 これ程、深く愛でられておる御子なのだ。 此処に来たのもそれが理由でも有るんだ」

「ほう、で、どの眷属なのじゃ?」

「「闇」の精霊、ノクターナル様じゃ。 強く、深く、愛されて居る。 なにか余程の理由が有るのか……」




 全く訳のわからないお話が進行中。 ルーケルさんもポカンとしてる。 でも、文献に「精霊の愛し子」ってあったの思い出したの。 魔法の属性ってね、人が精霊様から頂いた、贈り物なの。 強く想われている人ほど、強い加護を受けて、そして、強い魔法を使えると書いてあったわ。

 多くの人は、生活に密着した精霊様…… 例えば「火」の精霊サラマンデル様、「水」の精霊アクリオ様なんかが有名な所ね。 そして、精霊様が生まれ落ちた赤ちゃんに加護を与えるの。 それが属性なのよね。 「無」属性は、ちょっと変わってて、他の精霊様が加護を与えなかった赤ちゃんに、「光」と「闇」の精霊様から、ちょっとづつ加護を分けて貰うって感じなの。 色としては透明なんだ。 

 だから、「無」属性の加護を貰った子は、身体の外に魔法を行使する事が出来ないのよ。 その代り、有名どころでは、【身体強化】魔法みたいな、自分自身に掛ける魔法が強くなるんだって。


 それでね、問題の「精霊の愛し子」なんだけどね……


 属性を決定付ける精霊様が、特に強く加護を与えた赤ちゃんへの特別な呼称なのよ。 特別な加護を与えられた赤ちゃんは、身体のどこかにその事を示す痣が出来る筈なんだけど…… 私は無いわ。 手も足も体にも、顔にも…… 何処にもそんな痣なんか無いの。 私の方を見ながら、ツードツガ様が言葉を紡がれたの。




「「闇」属性を持つ者の魔力は普通、黒く見える。 じゃがの、強きに過ぎる「黒」は、紅く発光するのじゃよ。 お前さんの持っている、体内魔力の色は、紅色じゃな。 それも、力強く膨大な魔力じゃな。 お前さんへの聖痕は、魔力に出ておるでの。 道理で、妖精たちが騒めく筈じゃて。 その強大な力を無意識に支配下に置くか…… のう賢女よ、この御子は何者じゃ?」

「さて、私にも判らんよ。 ただ、強く「闇」の精霊神に愛されて居るのは、その魔力を見ただけでわかるがね。 推察するに、多分二人分の加護を頂いておる。 あのバカ娘エリザベートが、この娘に己が血潮を分け与えたおったんだ…… こんな小さな子にね…… この子が普通の子ならば、間違いなく魔力暴走を起こして、弾け飛んでおったろうね…… 自力で切り抜けたんだよ、この子は……」

「ほう…… 「闇」のノクターナル様がその才を惜しんだと?」

「判りやすい解釈はそうなるんだがね…… でも、何故にってのは、残るんだ。 そう、何故にこれ程の才をこの子は持って生まれたのか…… そこが判らんのよ」




 また、なんだか判らない話に成ってるわ。 もしかしたら、私が生まれ直したのが原因なのかもしれないわね。 二人分の加護を、二回も…… 前世もお母様から血潮を浴びたもの…… でも、すぐに大声で泣き叫んだから、そんなに長くは浴びてないわ…… 現世は…… そうね…… お母様が息を引き取るその瞬間まで、凝視してその後もお別れを惜しんでいたわ……

 強く、強く、お母様の魔力を受け継いじゃったのは、きっとその時ね…… でも、それは誰も…… そう、誰も知らない事。

 意図的じゃ無かったけれど…… 前世との違いはそこなのよ。 口に出すような事はしないわ。 それに、あの蒼い空を見上げて、永久とこしえの闇の中に行くもんだと思っていた時に、現世に生まれ直さして下さったのが、「闇」の精霊神ノクターナル様だったのかもしれないし……

 余りに無残な死に、慈悲をお与え下さったのかも……しれない。




「まぁ、とにかく、爺に「願い事」が、あるんだ」

「珍しいの。 賢女の願いとあらば、聴かねばならんしな。 この森と儂らトレント族を助けてくれた恩人じゃからの」

「昔の事はいいんだよ。 英知の塊のような、あんた達を焼こうなんて、どうかしてるんだからね。 私はただ、道理を説いただけさね。 恩人なんておこがましいよ。 ―――ところで私の「願い」なんだがね」




 おばば様は、苦笑いを浮かべながら、「願い」を口にされたの。 それは、私にもとても関係の有る事だった。





「この子がね、錬金術師に成りたいと云うのさ。 色々と思う所が有ってね、手を貸してはいるんだ。 この子の錬金術師としての腕はいいよ。 心根も向いていると思う。 普通なら、師匠から弟子に錬金釜を譲り渡すんだが、この子の場合、あんなもんじゃ間に合わない」

「ふむ…… 錬金魔方陣の多重展開が可能なんじゃな。 その上、六属性を巧みに使いこなすと…… であるならば、おぬしの「願い」は一つしかないの」

「……悪いとは思ってるんだ。 でもね、ココしか思いつかなかったんだ」





 伏し目がちになりがらも、おばば様はツードツガ様に言葉を続けるの。 なにかトンデモナイ事が進行中なの。 わたしが錬金術師を目指すって、そうおばば様に伝えてから、何かをずっと悩んでらっしゃたのよ。 そして、その答えが「ここ」に、あったらしいの……





「あながち、その考えは間違ってはおらんな。 それ程の ” モノ ” を人の世で見つけ出そうとしても、なかなかに難しいのであろう?」

「王宮の宝物庫の奥底に眠る「御宝」にだって、ありゃしないよ。 この国で無いなら、よその国にも無いだろうしね。 だから来たんだ。 あんたに、ツードツガ様にお願いしようとね」

「ふむ…… 六属性か…… 宝珠は全部で七つ必要なのじゃな」

「ああ、この子の守護たる、「闇」も含めるとね」

「……難しい」

「だろうね……」

「じゃが、出来ん事も無い。 儂の中には有るでな。 判った、ほかならぬ賢女ミルラス=エンデバーグの「願い」じゃ。 叶えようかの。 しかし、出来たとしても、それはあくまで「形」でしか無いぞ? どこぞの誰かに、七つの宝珠に各属性を符呪して貰わねばならん」

「そっちの当ては付いているからね。 まぁ、時間は掛かろうけど、アイツならやり通せると思うよ」

「賢女がそう云うならば、安心かの。 判った、今から捻り出す。 ちょっと待っておれ」




 スゥーっと、霊体が背後の巨木に吸い込まれる様に消えたの。 幹がメリメリと音を立てるの。 ザワザワと森全体が揺すられている様な、そんな音がする。 風が、光を纏って巨木を包み込む様に駆け上っていくの。 幻想的で美しく、そして荘厳な情景が目の前に広がるの……


 ピシリって音がして、巨木の幹から一本の棒が現れたのよ。


 徐々に伸びるその棒は、所々捻子くれて、さらにポコポコとした瘤みたいな膨らみが七つ付いていたの…… 私の身長程突き出したその棒。 其処まで来て、止まったの。 光の粒が降り注いてね、キラキラと辺りを舞っているのよ。

 巨木の幹から、ツードツガ様がさっきよりももっと透明な感じで出て来られた。




「ふぅ…… キツイの。 取り敢えずは準備した。 後は、これを伐り出すだけじゃよ」




 ツードツガ様に、そう言われた。 その言葉を受けたかの様に、おばば様が私に真剣な目を向けられたんだ。 真剣で、まじりっけなしの怖れにも似た感覚。 




「齢、五千年を超えるトレント族の長老が紡ぎ出したる、魔法の杖マジックワンド。 エスカリーナお前に授ける為になされた奇跡。 山刀を持ち、幹に出来るだけ近い所から伐り放ちなさい。 【風刃ウインドカッター】を刃に纏わせ、一撃で伐り出せば、この魔法の杖マジックワンドは、お前を主と認める。 一撃にて決めよ。 トレント族が長老、ツードツガ=メンジジアイ様に出来る限りご負担を懸けぬためにな」




 改まった口調。 真剣な眼差し。 私の喉がゴクリと鳴った。 今目の前にある、この木の棒は、ツードツガ様の身体の一部。 それを伐り放すという事は、ツードツガ様の身体に刃を入れるって事に他ならない。

 トレント族の話は御本で読んだ事があるの。 稀に……極めて稀に、トレント族が落とす小枝は、途轍もなく強い魔力を秘めた、「魔法の杖マジックワンド」になると。

 現在確認されている物は、ファンダリア王国内では、たったの二本。 それも「銘」付の王家の宝物。

 でも、今目の前にあるモノは、そんな物とは比べ物にならない位の宝物なの。 トレント族のそれも長老様が、自ら練り出されたモノ…… それ程貴重で、力を秘めた物を私に? なんで?




「さぁ、エスカリーナ。 ツードツガ様のお気持ちだ。 有難く伐り放て」




 おばば様の促す声。 私の為に…… そんなにも、想って下さっているのね…… か、覚悟を決めなくちゃ! その想いに応えなきゃ! 

 鞘から山刀を抜く。 青黒く光る刀身に私の魔法で【風刃ウインドカッター】を纏わせる。 一撃。 そう、一撃で決めなくては、ツードツガ様にご負担が掛かる…… やらなくちゃ……

 光の粒が舞い散る中、一歩踏み出し、棒と幹の間を狙い定めるの。 渾身の力と魔力を込めて、大上段から思い切り幹の近くを叩く。




    バシュ



         カラン




 き、決まった…… 一撃で…… 斬り放てた…… 

 慌てて、伐った幹に手を当てるの。 多少なりとも、その断面を魔力でもって覆わないといけない気がしたから……




「優しい御子じゃの。 おう、おう、そうか。 これがおぬしの魔力か…… 優しくも力強いの。 渾身を込めた甲斐が有ったと云う物じゃ」




 薄く透明な霊体のツードツガ様の御手が、私の頭を撫でてくれたの。 なんだかホッとする。 ご負担、最小限度に抑えられたかな……




「本体に優しくし過ぎると、「魔法の杖ワンド」が拗ねるぞ? さぁ、拾ってやりな」




 山刀を鞘に戻してから、足元に横たわる、私の身長程の棒を、おばば様に云われる通り、拾い上げるの。 そうしたらね……、そうしたら…… 手に張り付くような感覚がして、膨大ともいえる魔法の英知とツードツガ様の魔力が私の中に入って、巡ってそして、棒の中に還って行くの……




「よいの。 エスカリーナを主と認めたようじゃの。 善き哉、善き哉」




 ツードツガ様がニコニコされていた。 おばば様は神妙な顔をされ、そして言われたの。




「長老よ…… 済まなかった。 本当にありがとう。 弟子に最高の「魔法の杖マジックワンド」を贈る事が出来た。 恩に着るぞ」

「なに、ここ数十年、退屈して居ったからの。 かなり力を使ったので、暫くは眠るが、この御子の事、良く見てやって欲しいの。 なにせ、我が分身を手にしたのじゃからの」

「そこは、心配せんでくれ。 導こうぞ、この御子を。 ゆっくりと休んでくれ」

「そうじゃの。 次に会うのは……」

「……遠き時の輪の接する所だろうな」

「あぁ…… そうかの。 人の子のよわいは短いの…… 残念じゃ。 その時まで、楽しい夢でも見るかの」

「そうしてくれ、爺…… 我、「海道の賢女」ミルラス=エンデバーグ。 神と精霊の前に真摯な心を持って、 トレント族、ツードツガ=メンジジアイ老師の慈愛と献身に、至高の感謝を捧げ奉る」




 霊体のツードツガ様が微笑み、ゆっくりと目を閉じられたの。 身体が、御顔が、段々と薄らぎ、そして、巨木の中に消えて行かれたの…… 周囲の妖精さん達が一斉にカタカタと音を鳴らし、その音は漣のように、森の中に広がって行ったの……




 手にしている、「魔法の杖」も……



 脈動を繰り返していたわ……



 それは……

 

 まるで……
 


 長老様との……



 ” 永遠のお別れ ” を、惜しむかの様に……






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