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出逢いと、お別れの日々 (1)
日々の出来事
しおりを挟むダクレール男爵領にやって来て、毎日を有意義に忙しく過ごしていたら、もう半年も経っていたの。 ドワイアル大公家のアンネテーナ様とも、度々お手紙で遣り取りさせて貰っているしね。 色々とあったけど、エスカリーナは楽しくやっています。
そうそう、この間「百花繚乱」で作ったお薬と水飴は、かなり喜んでもらったわ。 その次に頂いたお手紙に、そう書いてあったもの…… それとね、アンネテーナ様のお手紙と一緒に頂いた小包に、沢山の華麗な便箋と封筒が沢山入っていたの。
あぁ、そうねぇ…… 私が使っていたお手紙って、ごく普通の紙だもんね。 気になさったのかなぁ…… アンネテーナ様のお手紙にね、書いてあった内容にちょっと、驚きが隠せなかった。 そうなのよ、この綺麗な便箋とかを送って下さったのは、なんと、ミレニアム様なんだって。
私からのお手紙を見て、言われたんだって。
” エスカリーナは、便箋にも苦労しているのか? このような雑多な紙で手紙をしたためるとは…… アイツに、良き紙を贈ってやってくれ、アンネテーナ ”
だって! うはっ! あんなに嫌われてたのに、どうしちゃったの? 感謝の気持ちをこの便箋に綴って、ミレニアム様にも送らなきゃね!
―――――――
エルサ=ダクレール男爵夫人が、こっそりと私に ” ご相談 ” されたのは、午前中の家政のお手伝いを終えた後だったの。
「エスカリーナ、少し時間を貰えないかしら?」
「はい、奥様」
奥様に付き従って、奥様の私室に向かう。 まぁ、めったに来ない場所だし、わざわざ名指して呼ばれたのは、ちょっと意外なの。 あまり、交流が無い人と、その人の私室でのお話…… なんのお話だろう?
お部屋は落ち着いた感じの、男爵様奥様のお人柄を表すような、そんなお部屋だったわ。
促されるままに椅子に座わると、奥様も着座された。 お昼御飯前のちょっとした、お茶――― な感じかな。 奥様付きの侍女のサーベンさんも神妙な御顔で、お茶を入れてくださったの。 お礼を言うと、軽く頭を下げられたのよ。嫌われては…… いないと、思いたいわ。
「最近は、色々と忙しそうにしているわね、エスカリーナ」
「はい、御領の家政のお手伝いは、ご存知の通りに、イグバール師匠に「符呪」を、御教授頂いておりますわ」
おばば様のところでの修練の事は、出来るだけ秘匿するのよ。 だってそういうお約束なんだもの。 にっこりと笑って、胡麻化しておいたの。
「大変そうに聞こえるけれど、大丈夫?」
「はい、奥様。 勉強の機会を与えていただいて、それに微力ながらも御領に貢献できるのならば、幸いに御座います。 「符呪」の教えて頂いて貰えますのも、大変ありがたく、なにより、楽しいのですわ」
「” 楽しい ” ねぇ…… 貴女は本当に素直な子よね。 それに、相当の心構えが有ると、伺えるわ。 はぁ…… ニーナにも‥‥‥欲しい資質なのよねぇ」
「ニーナ若奥様に御座いますか?」
「ええ、来てもらったのは、あの子の事についてなの」
奥様は、すこし不安げな表情を浮かべているの。 何となくだけど、ご心労の理由が伺い知れたわ。 ニーナ若奥様、このところ少し落ち着きが足りない。 何となくだけどワタワタしちゃってるのよ。 理由の一旦は私にあるんだけどね。
午前中の家政のお手伝いの時、今までニーナ様が執り行っていた、細々とした情報の纏め上げなんかのお手伝いをしているの。 細かい陳情とか、不平不満なんかの声が届くのよ。 全部を救い上げる事は出来ないけれど、ある程度のまとまりとして認識できるように、同じような不平不満を集めたりするのよ。
領の税収の事だってそうね。徴税官さん達からの報告書には、いい事しか書かないから、行間から何か問題が起こっているかどうかを読み取らないといけないの。 私だって、まだまだなんだけど、前世の記憶にある、外務文書とか内務文書とかを教材に、その後ろに何が隠され、どのように行間を読むかは、教育されたから……
御領の徴税官さん達の報告書の癖をつかんで、その後ろ側の事実を読み取るのは、どうにか出来るのよ。
残念なことに、これは、専門の教育と場数を踏まないと、上手く行かないわ。 それと、もう一つ。 たとえ間違っていても、堂々としている事なの。 「私がそう感じた」 で、いいもの。 正解なんて無いのよ。 それに自信が持てるかどうかは、その後の推移が自分が感じたことと、同じならば自然と付くもの。
「エスカリーナと違いニーナはどことなく不安気に事に当たります。 わたくしの名代として、各所に文書を出させたり、会合に出席させたりして、自信をつけてもらおうとしているのですがね…… あの子には、男爵家の女主人としての自負心を付けてもらいたいと、そう考えているの」
「次代の男爵夫人に必要な心構えですか?」
「そうよ。 貴女が常に示している様な、確固としたニーナ自身を持って欲しいの…… 貴女に仕事を取られたなんて、考えて欲しくないもの」
「…………」
いやね、それは…… まぁ、そうなるかな? でもさ、あんな雑多仕事は本来、私みたいなお手伝い要員がするべき仕事で、ニーナ様がするべき仕事じゃないのよ。 若奥様がするべき仕事は、情報に応じ取捨選択する事。 大方針を立て、計画を立案し実行に移すよう命じる事。
なにもかも、自分でやろうったって、それは無理と云う物よ。 人を使う立場の人なんだからね。 奥様はそれを御存知だったって事。 フランシス=ダクレール男爵閣下と二人三脚でこの男爵領を切り盛りしてこられたんだもの、御存知だったのは当然なんでしょうね。
そう言えば、家政の執務室での奥様の言動は、常にニーナ様へ対して課題をお与えになっているって事に気が付いたの。 大人の世界って…… 奥が深いのね……
「それに…… あの子達、まだ御子が……」
あぁ…… そこも心配の種なんだ…… 御長男夫妻に御子がいらっしゃらないのは、男爵閣下、奥様にとって、心配の種でしか無いよね。 ……仲は良いんだけどね…… う~ん、なにが原因なんだろうね……
「やはり、この領の状態が良くないのが原因かしら…… 成婚してから、あの子達二人きりの時間なんて…… とれてないものね……」
頬に手を当てたエルサ奥様。 そうなの?! 御二人だけの時間って…… そんなに、忙しいの?! よ、良くないよ、それ…… せっかくご結婚して、仲が良くても…… ゆっくりと御二人の時間が無いなんて…… 毎日の雑事に加え、エルサ奥様からの絶え間ない課題。 グリュックさんとゆっくりとお話する時間も取れず……
そこに来て、私の存在……
ニーナ若奥様、心を病んじゃうよ!!
「奥様、いけません!!! 若様と若奥様の私的な時間が取れていません!」
「でも…… 急に『家政に携わるな、グリュックと一緒に居ろ』って言っても、ニーナは聴かないわ…… より一層の疎外感を感じてしまうかもしれないし……」
はぁぁぁ…… それは、もっとダメだ。 自信が揺らぐ上に、なんか「私」が憎まれそう…… えっと、えっと…… そうだ!!
「奥様、一つご提案が」
「なに? エスカリーナ。 いい考えでも?」
「御座います。 南東領域のペナンレースへの視察の予定が組まれております」
「あぁ、あの少し寂れた、海辺の街ね…… 避暑地として申し分ないのだけれど……」
「陸地方面の街道の整備が遅れておりましてよ、奥様。 ベナンレースの街に行くには,海路を使うのが普通となっておりますわ。 そして、視察の目的はその陸地からの街道の状態の確認と状況によっては、整備計画の立案となっておりますわ」
「それで?」
「はい。 その視察に、若様、若奥様の御二人と数名の従者にお任せしたら如何でしょうか? 幸い、商工ギルドの方も、ハンナ様がお手伝いに入って居られるとの事。 今ならグリュック様の時間が取れるのではないでしょうか。 ペナンレースに向いがてら、街道の視察をして…… あちらでゆっくりとニ、三泊して、海路で御帰還する様に調整を……」
「…………それは、いい考えかも…… そうね、旦那様にもご相談してみようかしら………… そうね! きっと、良い返事を頂けるわ! 単に旅行って言っても、あの子達は承知しないし、” 視察 ” って言うお仕事なんだもの! わかりました。 フランシスには、私からお願いします。 ” 承知しないなら、孫の顔は見れないわ ” って、脅してみますわ! エスカリーナ! 有難う! 相談して良かった!!」
なんか、盛り上がっちゃたよ…… でもね、思うのよ。 愛し合ってる若様ご夫妻なんだから、これで、御子を授かったら、ある種の御覚悟も固まるかもってね。 最愛の人の子供が出来るんだもの…… 御子に対しての責任も出来るし、その為には「男爵夫人」として確固たる自分を作らないといけないしね。
一石二鳥…… って、言ったら、言葉が悪いけれど、でも、そうすれば…… ニーナ若奥様も、「男爵夫人」として自信が持てるかもしれないしね!
まるで、悪巧みしてるみたいだけど、これからの男爵家の行く末に、光を見出す為に、よし、とってもいい計画 ” 捻り出す ” 事 にします。 頑張んなくちゃ!!
*******************************
ペナンレースへの視察の予定と行程を練り込んで、エルサ奥様にお渡ししたの。 とってもいい笑顔で、お受け取りいただけた。 きっと、その日の内に男爵閣下にお話される筈ね。 わたしはと言うと…… まぁ、何時もの通り、午前中は家政の執務室でお手伝い。
午後は、イグバール様との符呪のお勉強か、「百花繚乱」で魔法のお勉強。
符呪も、魔法も、徐々にいい感じになって来たの。
師匠が良いからね!
それにさ、ブギットさんからも、とてもいいお話が聴けたの。
「あぁ、嬢ちゃんのアレ、売っていいか? 嬢ちゃんが、イグバールの馬車で走り回っているおかげで、良い宣伝になってるんだ。 水を入れた樽が、零れもせず走ってるってな。 問い合わせが何件も来ているんだ」
「いいですよ、みんなが笑顔になれるなら。 対価はブギットさんがお決めくださればよいので」
「あぁ、そうさせてもらうぞ。 アレだけの物だから、安売りはしねぇがな! ハッハッハッ!」
これで、ちゃんと儲けて貰ったら、馬車の改造費くらいは出るよね。 だって、アレだけの馬車、作って下さったのに、対価は払ってないもの…… 心苦しいよ…… でも、わたしが持ちこんだ、アレが売れたら…… そして、きちんと対価が支払われてたら……
そしたら、ブギットさんも、喜んでくれるよね!
そうよね……
そしたら、みんなで、笑い合えるものね!
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