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幼少期のやり直し
閑話5 ミレニアム=ファウ=ドワイアル
しおりを挟む「坊ちゃま、お食事の時間で御座います」
「うん、もうそんな時間か。 集中していたので、判らなかった。 すまない、セバス」
僕は開いていた本を閉じ、ダイニングルームに向かった。 静かに扉を押し開け、廊下に出ると何人かの侍女が頭を下げているのが見えた。 いつもと変わらない、ドワイアル大公家の風景だった。
父上である、ガイスト=ランドルフ=ドワイアル大公閣下は、この国 ファンダリア王国の外務大臣の要職にある。 僕は、そんな父上の背中を見て育って来た。 思慮深く、優しい父上。 一度だけこっぴどく怒られた事も有ったけど、それも過去の話。
今は、父上も僕の事を、ちゃんと継嗣と認めて下さっている。 王城で行われた「お披露目」の時にもそう皆様に ご紹介して頂いていた。 だから、それに応えようと、日々勉強の毎日になった。 必死に勉強するあまり、今日のように時間を忘れて没頭してしまう事だってある。 でも、父上もそれでいいと、仰って下さっているから、良いはずだ。
ダイニングルームに入ると、其処には母上と、妹がすでにテーブルに着いていた。 お母様は何時も美しいと思う。 社交界でも有名な、外交上手の大公夫人として知られている。 妹はそんなお母様によく似た容姿をしている。 洞察力にも優れ、ちょっとした変化を見逃さない。
そして、辛辣だ。
席に着き、父上がいらっしゃるのを待つ。 お母様が口を開かれた。
「旦那様は御城に詰めております。 本日のお帰りは深夜を回るとの事でした。 晩餐は私達だけで先に済ますようにとの御言付けが有りました。 セバス、初めてちょうだい」
「はい、奥様」
なんだ、父上は帰ってらっしゃらないのか…… ちょっと聞きたい事があったんだけどなぁ…… テーブルに晩餐が運ばれてくる。 とても美味しいんだ。 贅を尽くした料理の数々は、ファンダリア王国の料理以外の他国の郷土料理も有るんだ。 そうやって、外交の席に着いた時に戸惑わない様に と、いう配慮からだそうだ。
静かに食事は進む。
以前…… ほんの数週間前までは、もっと賑やかだったのにな…… 隣の妹を見ると、あまり進んでいない。 どうしたのかと思って、アンネテーナの視線の先を伺うと、向かい側にある、誰も座っていない椅子を見ていた。
ゆっくりと、スプーンを動かしスープを食べてはいるが、完全に上の空だ。
「アンネテーナ、食事のマナーが成っていないぞ」
「……すみません、ミレニアム兄様。 ちょっと考え事をしていて……」
そんな様子をポエット母上が心配そうに見ている。 見ているお母様も、食事の方はあまり進んでいない。 母上も妹も…… 誰の事を想っているのかは、知っている。 アイツだ…… 二人とも、姿を消したエスカリーナの事を想っているんだ。
少しばかりイラついた。
^^^^^^
小さな時から…… そう、家庭教師をつけてもらい、勉強を始めてから常にアイツと比べ続けられていた。
自分でも頑張っていたと思う。 しかし、教師陣の評価は、最高のモノでは無かったんだ。 理由は身近に僕よりも出来る 「 アイツ 」 が居たからだ。 国史にしろ、算術にしろ、果てはマナーまでも、ことごとく比べられたんだ
アイツは、涼しい顔でやっていたんだ。 僕の事なんて、眼中に無いって感じで。 悔しかった。 僕も頑張って勉強しているのに、教師達は何か物足りなさそうにしていたしな…… アイツは、父上の姉君、エリザベート元王妃殿下の娘。
―――「不義の子」と噂される「忌み子」。
小さい時から、居るか居ないかわからないくらい静かなヤツだった。 物心ついた時にから、不思議に思っていた事なんだけど、何故、父上がアイツをこの屋敷に住まわせていたのかがわからない。
近くに居る僕付きの侍女の話だと、本来アイツみたいなヤツは修道院か孤児院に入れらる筈なんだけどな。 でもアイツのお母様は元王妃殿下だし、アイツの見た目も王家の人達と変わらないからかもしれない。 現に侍女長のカーマルなんかは、アイツの事を陰で「姫様」と呼んでいるんだ。
アンネテーナの事は、「お嬢様」なのにな。 変だよな。
僕が初めて父上に叱責を貰ったのも、アイツ絡みだ。 王城での「お披露目」に際し、正装を誂えてもらったんだ。 僕と、妹のアンネテーナの分はよくわかるんだが、何故アイツの分もあるのかわからなかった。 薄いピンクの綺麗なドレスだった。
父上に見せてもらって、大いに気分は高揚したんだ。 お茶の時間に、もう一度見たくなって、こっそりと置いてある部屋に向かったんだ。 侍女の目を盗んで、手に紅茶のカップを持ったままだった。 うっとりするくらいの僕の正装。 深紅のドレスは、アンネテーナの正装。よく妹の事を表していた。
隣に並ぶ、薄いピンクのドレス。 アイツのドレスだったんだ。 キラキラした布地は、光輝く様に見えたし、容易にアイツがそれを纏う姿を想像できた。 母上が度々、アイツのドレスの事で、「仕立て屋」と話していたことも知っている。
何故だと、思ったんだ。
だって、おかしいだろ?
お母様は、僕達のお母様なんだ。
なんで、あんなヤツの為に、そんなに心を砕くんだ? 本当ならこの屋敷にすら住まう事すら叶わない、「不義の子」なのに……
アイツのドレスをもっとよく見ようと、近寄った調度その時、誰も来ない筈のその部屋に、アンネテーナの 「誰何」 の声が響き渡ったんだ。 びっくりして、手が震えた。 お茶が零れて、アイツのドレスに掛かってしまった。 焦って、一歩前に出た時に、アイツのドレスの裾に足が絡んだんだ。
そして、バランスを崩して、アイツのドレスを道連れに倒れ込んでしまった。 何とか倒れない様にと、手を伸ばした先にサイドテーブルが当たって…… それも、一緒に巻き込んでしまった。 倒れ込んだ後、起きようとして、足元で何かが壊れる音が‥‥‥ 父上がアイツの為に用意した、お飾りだった……
幸いな事に、僕とアンネテーナのドレスは無事だったんだけど、アイツのドレスはメチャメチャになってしまった。 アンネテーナが驚かせるのが悪いんだろ! 僕は、ただ、ドレスを見ていただけだ!!
いや、手に持った紅茶を薄いピンクのドレスの裾の方に零そうとはしたな……
なんでだったんだろう……
そうだよ、アイツのドレスを見て、思いついたんだった。 父上、母上の愛情を盗んだ奴に、制裁を加えたかったんだ。 そうだよ、アイツのせいだよ。 アイツさえ居なければ、もっと父上も母上も僕の事を見てくれていた筈なんだ……
^^^^^
黙々と食事を済ませる。 アンネテーナの進みは遅い。 僕はもう直ぐ、メインディッシュを終える。 だのに、妹はまだ前菜だった。 何時までも、グズグズと居なくなったアイツの席を見ている妹に、少し腹が立ったんだ。 だから、強い言葉を使って現実に引き戻してやった。
「陛下に対し、平民のアイツが 「 不敬 」 を成したんだ。 居なくなって当然だろ! 今までこの屋敷で暮していたのがおかしいんだ。 平民は、平民らしく民草の間で暮せばいいんだ。 八歳まで高貴な我が大公家で暮せたんだから、いいだろ! 兄弟姉妹でもない癖に、大きな顔をして、大公家に暮らしているなど、「不義の子」には、分不相応なんだよ!!」
僕の言葉に現実に引き戻されたんだろうか、眼を大きく開けて、僕を見詰めるアンネテーナ。 次の瞬間、表情が激変する。 瞳に怒りを浮かべ、僕の事を睨みつけるアンネテーナ。 やがて、その眼が瞑り、頭を横に振る。 どういう意味だ?
「お兄様も、あの場に居られて、国王陛下とエスカリーナの 「お話」 を聴いていたんでしょ? なにも判っていない…… お母様、気分がすぐれません。 部屋で休みます。 それと……」
母上は目を細め、アンネテーナの言葉を聴いていた。 全てを御存知だというように。 でも、妹が次に言い出す言葉を遮る様に、仰ったんだ。
「アンネテーナ、なりません。 晩餐は極力「 家族 」でと…… そう、旦那様も、そして、「あの子」も、そう望んでいますよ」
「ツッ! ……でも …………では、御父様がいらっしゃらない時は、お部屋で取らせて頂きとう御座います」
「………………はぁ……………… わかりました。 不躾な事を言う兄と、食卓を共にしたくないのですね」
食卓の上に握った拳を載せ、フルフルと震えているアンネテーナ。 迸る言葉は、絶望めいた感情を感じる。 激情を必死に抑えながらも、それでも、抑えられない感情と共に言葉を僕たちに放ってくるんだ……
「お母様。 わたくし、悔しくてよ! 何故、教えて下さらなかったのかって! エスカリーナから貰った手紙に綴られておりました。 この大公家の令嬢は、わたくしのみで良いと…… そんな馬鹿げた事…… でも、エスカリーナが慮ってくれた事は、あながち間違いでは無い事でしたのね! ……このように身近な者に、彼女がまさしく危惧していた事を言われるなんて…… あの子の洞察力は、本当に凄いですわね、お母様。 でも、こんな形で、実際に 目にし耳にしたくは無かった…… それでは、わたくしはこれで!」
サッとナプキンを取り、席を立ち後も見ずにダイニングルームを後にする妹…… 不躾な! マナーが成っていない! 注意してやる! そう思って、声を出そうと口を開きかけた時、母上からの叱咤が飛んできた。
「ミレニアム…… 貴方には失望しています。 旦那様のお気持ちも、わたくしの気持ちも、何も判ってはいない。 旦那様がお帰りに成られましたら、今夜の事は報告します。 旦那様からもご指導が有るでしょう。 はぁぁ…… 情けない。 まさか、自分の息子がこんなだなんて……」
お母様も、ナプキンを取られ、そして、ダイニングルームを出て行かれた。
困惑した。
何がいけなかったのだろう?
全部、本当の事なのに…………
*******************************
次の日、父上に折檻を受けた。
怒りを目に浮かべ、初めて手を挙げられた。 そして、アイツの置かれ立場を、昏々と説かれた。
なにも判っていなかったのは…………
僕の方だった………………
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