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Christmas Special (クリスマス特別編)
The Red Sock (紅い靴下)
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The Red Sock (紅い靴下)
最初の衝撃は、御見合いの話しが持ちこまれた時だった。
両親が「どうしても」と、そう言う物だから、私は折れた。相手は、ある金融機関の頭取の息子だった。長男でも無かった。なにかの間違い...そういった考えが浮かんだ。
父は、従業員60数名を抱える、精密機械製作会社の社長。二人の兄も、父の元で、修行を積んでいる。
私は、家業では無く、別な会社に勤めた。なんとなくだった。ここのところ暫らく、会社から帰ると、兄達や、父の顔が暗く、なにか思い詰めているようだった。
そんな中、この縁談が起こった。なにかを感じた。
縁談は、うまくいった。素っ気無い態度で、私を扱うその人とは、普通の男には無い、なにか別な物を感じた。最初はダメだと思って居たが、相手から、御付き合いを正式に申し込まれた。
婚約したとき、父と兄達の顔に、安堵の表情が広がった。その訳は、その年のクリスマス、私が実家で送る最後のクリスマスの日にわかった。酔って、下の兄が、秘密を私に漏らしたからだ。下の兄とは、幼い頃から仲がとても良かったので、つい口を滑らした様だった。
「お前の御蔭で、うちの会社は助かった。融資の目処がついた。これで新製品の開発が続けられる。なんとか倒産せずに済みそうだ」
「えっ、…………知らなかった。」
「ああ、お前の婚約者の御蔭だ」
上の兄が驚く私の顔を見て、下の兄をポカリと殴った。
「言わない約束だろ!!、そんな事を知って、こいつがどんな想いをするのか、わからないのか!!」
上の兄の言葉で、下の兄の酔いが覚めた様だった。いいの、なにも知らないまま、嫁ぐより、知っていた方がいいから。
挙式は盛大に執り行われた。会社の友人達も、学生の時の友人達も、みな羨望の眼差しで私を見ていた。独りだけ、私の中の哀しみを見抜いていた人がいた。会社の同僚の子だった。
「…………大丈夫? …………後悔して無い? …………何か、あったら相談してね」
「ありがとう」
ウエディングドレスに、精一杯の化粧をした、私の目に大粒の涙が浮かんだ。
彼女の優しい言葉が心に沁みた。
*********************************
第二の衝撃は、新婚初夜。旅行先のマドリッドのホテルで、濡れた髪を乾かしながら、夫になった人を迎えたときだった。
「話したい事がある」
「はい」
真剣な夫の表情。何故引く手あまただろう、彼が私と結婚したのかを知ることになった。
「私は………… 私は異性を愛せないんだ。」
私の頭の中が真っ白になった。
「…………今、言わないと、言うべき時が無いようだ。そうだ、私はホモセクシャルだ。」
「…………そ、そう」
「しかし、これは極秘なんだ。日本の、それも業界で、そういう噂がたつと、命取りになりかねん。わかるかい?」
「ええ………… つまり、私は………… 隠れ蓑?」
「…………本当に済まない。 しかし、その通りだ。 君にとって、つらい結婚生活になるだろう。」
「その為の交換条件?」
私は暗に実家の話しをした。しかし夫は、別の答えを用意していた。
「…………君が、離婚しないならば、何をしようが構わない。豪勢に暮そうが、男を引きこもうが」
目の前が真っ暗になりそうだった。白濁した頭の中で、実家の父、母、そして兄達が楽しそうに笑っているのが見えた。(とり返しはつかない)その思いが、はっきりとした。
「わかったわ。外では夫婦。 中では他人…… そう言う事ね」
「……わかってくれて嬉しいよ。 今日はもう疲れた。眠ろう」
私達は、最初の日から、別々のベットで、違う夢を見た。
*********************************
外から見たら、楽しげで楽な生活、しかし、なにも実らない実生活。夫は帰らない。週のうちで顔を合わせるのは、数時間だけ………… どんな豪華な食事も、贅沢も、分かち合える人が居なければ、ただ虚しいだけ。
そして、私は、その寂しさを埋める為に、学生時代から付き合いのある彼に電話をした。最初は愚痴を聞いてもらうだけ、しかし、そのうち夫の言葉が私の中に甦った。復讐の意味も込めた。
そう、彼と合い、御互いの肉体を貪るような愛し合い方をした。
家でする、パーティーに彼もよんだ。映画も、御芝居も、本来は夫とするべき事は、全部彼とした。
彼は、私をこの深い闇から連れだそうとして居てくれたのかも知れない。でも、それは出来ない相談だった。私は夫とは別れてはならなかった。
夫も彼の事を知っていた。いや、自分の妻とどう言った関係であるのかさえも。自分で言い出した事だから、夫はなにも言わなかった。ただ、夫の寂しそうな表情が、私の復讐心を後悔に換えて居た。
私から言い出す前に、彼が別れを切り出した。
「耐えられない」
そう、彼は言った。私はその言葉を受け入れた。
そして、三ヶ月がたった。
辛い三ヶ月間だった。私はその間、会社の元同僚の彼女に電話をし続けた。そうしないと、彼に電話を掛け、本当の事を言ってしまいそうになったから。
彼女は、そんな私より、もっと深いところで傷ついていた。感受性の強い彼女が、必死で耐えて居た。私の哀しみを結婚式で見抜いた彼女が、心の傷を直し切れて居なかった。そんな彼女を見る事は辛い。彼女の力になれたら、そして、出きるなら、もう一度彼の姿が見たい、と言う思いで、彼に電話をした。
「私の友達で、心に傷を負ってる子がいるの。立ち直らせてあげたいし、…………それに、貴方の顔も見たい」
本心が伝わったのか?彼は承諾してくれた。
「…………わかった」
^^^^^
パーティーで私は、彼女に自分の、すみれ色のワンピースを着せた。これなら、彼は、見間違えるはずはない。そのワンピースは私の自由への渇望そのものだった。思った通り、彼は後姿の彼女を目で追っている。私は、そんな彼に気付かれない様に、彼の側に立ち、そっと耳打ちした。
「彼女よ。 私の言っていたのは」
振り向く彼の目に、驚きが刻まれていた。
「き、君は………… いや、 …………久しぶりだね。」
「そうね、…………あれから、まだ3ヶ月と、経って無いのに、もう、ずっと昔の様に思えるわ」
「…………で?」
「私達の思いでのあの服を着た人。良い人なんだけど、彼女、心に深い傷を負ってるの」
「俺に、何をしろと?」
「もし良ければ、御友達になって上げて」
「…………いいのか?それで」
「…………いいの。 彼女と居る貴方を見る事は、辛くは無いわ。」
「そうか。 わかった。」
彼女の元に向かう彼の後姿。これで良い。これで良いの。何度もそう口の中で繰り返した。それは、今にも走りだし、彼に抱きつきたくなる私の衝動を押さえる呪文だった。
彼女から電話があった。クリスマス・イブに彼とデートする事を楽しげに、そして、私に感謝する様に、喋った。私は、風邪を引いていた。割れるような頭の痛みを我慢しつつ、彼女の喜びに同調した。彼女は良い人なんですもの。
私は、私の中に偽善を感じた。
^^^^^
その日の朝、彼に電話をした。夫はいない。一人が溜まらなく寂しく、心細くなったからだ。彼女との進行状態はどうか、聞いた。彼は素直に応じた。デートの話しをした。
「そう」
(病気か?)
「うん、ちょっと風邪をこじらしてしまって」
(大丈夫か?)
「う~~ん、ここんところ、食欲が無くって」
(ちゃんと、食べろよ)
「わかってるわ。」
(なにかあれば、言ってくれ)
心配そうな彼の声。私は、無茶な事を言い出していた。自分でも気がつかないうちに。
「そうね....一つ在るわ」
(なんだ?)
「貴方の作った、お粥が食べたい。」
(えぇ?)
私は、電話からもれる彼の困惑した声が辛かった。言葉にしてしまった、私の気持ちを止める訳にはいかない。
「学生の時、私が風邪でダウンしたとき、貴方作ってくれたじゃない。あれが食べたい」
(いつ。)
「今日、これから」
さぁ、どうする?
(わかったよ。でも、旦那が居るんだろ)
彼の最後の抵抗の言葉だった。しかし、私はアッサリその言葉を打ち破った。
「海外出張中………… いつもの事よ」
^^^^^^
私は玄関を開け、彼を招き入れた。夫の主張中、何度かこうして、家にきた事を、まざまざと思い出した。台所で食事を作り始めた彼を、リビングで私は見ていた。
「ベットに戻れよ。持って行ってやるから。 …………悪化するぞ」
「…………いいの、暫らく、こうさせて。 …………見て居たいの」
困らせている事は判っている。そして、彼の心は、私に対し、愛情から友情に変化している事もわかった。一生懸命に食事を作ってくれる彼。彼の真心が友情だとしても、私は嬉しかった。今日はイブ。誰かとその時間を共有できるのなら、それ以上の喜びはない。
「…………食べ終わるまで、待っててね」
ひとりぽっちになる寂しさを紛らわす為に私は、良く喋り、そして、彼の手料理を食べた。
全てを食べ終えた私は、彼に言った。
「有難う………… ノエルの妖精みたいね。寝て居ると、温かい食事と楽しい一時を持ってやってくる」
「ノエル? …………そうだな。残念な事に、靴下が無いから、プレゼントは無しだ」
「…………紅い靴下か………… そうね。 もう、何年も紅い靴下を出していなかった。じゃあ、枕元に吊り下げて眠ろうかしら」
「サンタがきっと、なにかを入れてくれるよ………… うわ、ヤバイ。 もう、こんな時間だ。 完全に遅刻だ!!」
時計を見て、慌てて、玄関に戻り、靴をはき、コートを羽織った彼。逆シンデレラね。でも、彼はもう戻ってこない。ガラスの靴さえ落としては行かない。
「きっと、サンタが来るから、靴下は、忘れるなよ。 …………ノエルの妖精かな?」
彼を送り出しながら、私は精一杯、笑った。そう、せめて笑顔で送り出さなきゃ。
「そうね、そうだと嬉しいわ。さぁ、早く行って。彼女が待ってるわ。」
*********************************
私は急に広くなったように感じるリビングに戻った。何もする気はおきない。取りあえず、薬を飲み、ベットに戻ろう。冗談で言い合った、紅い靴下を思い出した様に、枕元のダッシュボードの上に置いた。
薬が効いて来たのか、とても、眠い …………意識が沈み込む様に、眠りについた。
カタリ
なにかの音がする。意識が浮かび上がろうとするが、薬の力は強く、思う通り出来ない。
やっとの事で薄目があいた。ベットの側に大きな影が動いていた。手にあの紅い靴下を持っている。
(?!?!?!?!?)
驚きが、一気に私を、覚醒させた。
「誰!!」
そこにいた者は、ゆっくりと言った。
「私だよ。」
「あなた!!」
「早くに帰って来れた。済まない。君がこれを用意していると知ってたなら、中身を買っておくべきだったな」
夫は、何かはにかんだような笑顔で言った。
「…………初めてね」
「何が?」
「あなたが、私の寝室に入って来たのは」
「調子悪かったんだろ。心配もするさ。それに…………」
「それに?」
「君一人で、聖夜を過ごすなんて思ってもいなかったよ」
「…………だって、私。 …………貴方の妻ですもの」
気まずい雰囲気を誤魔化す為に、冗談で切り抜けようとした。真剣であれば在るほど、冗談にしやすい。だから、その言葉は、私の本心だった。
「…………………………」
夫はその言葉を冗談にしなかった。そして、真剣な目で私をみた。私は起き上がり、ベットの端に腰を掛けた。夫は私の横に座った。そして、夫は、しっかりと私を抱いた。私に、夫は言った。
「まだ、私は、異性を好きにはなれない。でも、君は、君だけは別だ。寂しい思いをさせて済まなかった。もし君が許してくれるなら、私と今日から、築いてくれないか。夫婦と言う人の絆を」
私は、ただ、黙ったまま頷いた。
夫の持つ、何も入っていない、紅い靴下の中に、特大のプレゼントをいれてもらった気分だった。
最初の衝撃は、御見合いの話しが持ちこまれた時だった。
両親が「どうしても」と、そう言う物だから、私は折れた。相手は、ある金融機関の頭取の息子だった。長男でも無かった。なにかの間違い...そういった考えが浮かんだ。
父は、従業員60数名を抱える、精密機械製作会社の社長。二人の兄も、父の元で、修行を積んでいる。
私は、家業では無く、別な会社に勤めた。なんとなくだった。ここのところ暫らく、会社から帰ると、兄達や、父の顔が暗く、なにか思い詰めているようだった。
そんな中、この縁談が起こった。なにかを感じた。
縁談は、うまくいった。素っ気無い態度で、私を扱うその人とは、普通の男には無い、なにか別な物を感じた。最初はダメだと思って居たが、相手から、御付き合いを正式に申し込まれた。
婚約したとき、父と兄達の顔に、安堵の表情が広がった。その訳は、その年のクリスマス、私が実家で送る最後のクリスマスの日にわかった。酔って、下の兄が、秘密を私に漏らしたからだ。下の兄とは、幼い頃から仲がとても良かったので、つい口を滑らした様だった。
「お前の御蔭で、うちの会社は助かった。融資の目処がついた。これで新製品の開発が続けられる。なんとか倒産せずに済みそうだ」
「えっ、…………知らなかった。」
「ああ、お前の婚約者の御蔭だ」
上の兄が驚く私の顔を見て、下の兄をポカリと殴った。
「言わない約束だろ!!、そんな事を知って、こいつがどんな想いをするのか、わからないのか!!」
上の兄の言葉で、下の兄の酔いが覚めた様だった。いいの、なにも知らないまま、嫁ぐより、知っていた方がいいから。
挙式は盛大に執り行われた。会社の友人達も、学生の時の友人達も、みな羨望の眼差しで私を見ていた。独りだけ、私の中の哀しみを見抜いていた人がいた。会社の同僚の子だった。
「…………大丈夫? …………後悔して無い? …………何か、あったら相談してね」
「ありがとう」
ウエディングドレスに、精一杯の化粧をした、私の目に大粒の涙が浮かんだ。
彼女の優しい言葉が心に沁みた。
*********************************
第二の衝撃は、新婚初夜。旅行先のマドリッドのホテルで、濡れた髪を乾かしながら、夫になった人を迎えたときだった。
「話したい事がある」
「はい」
真剣な夫の表情。何故引く手あまただろう、彼が私と結婚したのかを知ることになった。
「私は………… 私は異性を愛せないんだ。」
私の頭の中が真っ白になった。
「…………今、言わないと、言うべき時が無いようだ。そうだ、私はホモセクシャルだ。」
「…………そ、そう」
「しかし、これは極秘なんだ。日本の、それも業界で、そういう噂がたつと、命取りになりかねん。わかるかい?」
「ええ………… つまり、私は………… 隠れ蓑?」
「…………本当に済まない。 しかし、その通りだ。 君にとって、つらい結婚生活になるだろう。」
「その為の交換条件?」
私は暗に実家の話しをした。しかし夫は、別の答えを用意していた。
「…………君が、離婚しないならば、何をしようが構わない。豪勢に暮そうが、男を引きこもうが」
目の前が真っ暗になりそうだった。白濁した頭の中で、実家の父、母、そして兄達が楽しそうに笑っているのが見えた。(とり返しはつかない)その思いが、はっきりとした。
「わかったわ。外では夫婦。 中では他人…… そう言う事ね」
「……わかってくれて嬉しいよ。 今日はもう疲れた。眠ろう」
私達は、最初の日から、別々のベットで、違う夢を見た。
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外から見たら、楽しげで楽な生活、しかし、なにも実らない実生活。夫は帰らない。週のうちで顔を合わせるのは、数時間だけ………… どんな豪華な食事も、贅沢も、分かち合える人が居なければ、ただ虚しいだけ。
そして、私は、その寂しさを埋める為に、学生時代から付き合いのある彼に電話をした。最初は愚痴を聞いてもらうだけ、しかし、そのうち夫の言葉が私の中に甦った。復讐の意味も込めた。
そう、彼と合い、御互いの肉体を貪るような愛し合い方をした。
家でする、パーティーに彼もよんだ。映画も、御芝居も、本来は夫とするべき事は、全部彼とした。
彼は、私をこの深い闇から連れだそうとして居てくれたのかも知れない。でも、それは出来ない相談だった。私は夫とは別れてはならなかった。
夫も彼の事を知っていた。いや、自分の妻とどう言った関係であるのかさえも。自分で言い出した事だから、夫はなにも言わなかった。ただ、夫の寂しそうな表情が、私の復讐心を後悔に換えて居た。
私から言い出す前に、彼が別れを切り出した。
「耐えられない」
そう、彼は言った。私はその言葉を受け入れた。
そして、三ヶ月がたった。
辛い三ヶ月間だった。私はその間、会社の元同僚の彼女に電話をし続けた。そうしないと、彼に電話を掛け、本当の事を言ってしまいそうになったから。
彼女は、そんな私より、もっと深いところで傷ついていた。感受性の強い彼女が、必死で耐えて居た。私の哀しみを結婚式で見抜いた彼女が、心の傷を直し切れて居なかった。そんな彼女を見る事は辛い。彼女の力になれたら、そして、出きるなら、もう一度彼の姿が見たい、と言う思いで、彼に電話をした。
「私の友達で、心に傷を負ってる子がいるの。立ち直らせてあげたいし、…………それに、貴方の顔も見たい」
本心が伝わったのか?彼は承諾してくれた。
「…………わかった」
^^^^^
パーティーで私は、彼女に自分の、すみれ色のワンピースを着せた。これなら、彼は、見間違えるはずはない。そのワンピースは私の自由への渇望そのものだった。思った通り、彼は後姿の彼女を目で追っている。私は、そんな彼に気付かれない様に、彼の側に立ち、そっと耳打ちした。
「彼女よ。 私の言っていたのは」
振り向く彼の目に、驚きが刻まれていた。
「き、君は………… いや、 …………久しぶりだね。」
「そうね、…………あれから、まだ3ヶ月と、経って無いのに、もう、ずっと昔の様に思えるわ」
「…………で?」
「私達の思いでのあの服を着た人。良い人なんだけど、彼女、心に深い傷を負ってるの」
「俺に、何をしろと?」
「もし良ければ、御友達になって上げて」
「…………いいのか?それで」
「…………いいの。 彼女と居る貴方を見る事は、辛くは無いわ。」
「そうか。 わかった。」
彼女の元に向かう彼の後姿。これで良い。これで良いの。何度もそう口の中で繰り返した。それは、今にも走りだし、彼に抱きつきたくなる私の衝動を押さえる呪文だった。
彼女から電話があった。クリスマス・イブに彼とデートする事を楽しげに、そして、私に感謝する様に、喋った。私は、風邪を引いていた。割れるような頭の痛みを我慢しつつ、彼女の喜びに同調した。彼女は良い人なんですもの。
私は、私の中に偽善を感じた。
^^^^^
その日の朝、彼に電話をした。夫はいない。一人が溜まらなく寂しく、心細くなったからだ。彼女との進行状態はどうか、聞いた。彼は素直に応じた。デートの話しをした。
「そう」
(病気か?)
「うん、ちょっと風邪をこじらしてしまって」
(大丈夫か?)
「う~~ん、ここんところ、食欲が無くって」
(ちゃんと、食べろよ)
「わかってるわ。」
(なにかあれば、言ってくれ)
心配そうな彼の声。私は、無茶な事を言い出していた。自分でも気がつかないうちに。
「そうね....一つ在るわ」
(なんだ?)
「貴方の作った、お粥が食べたい。」
(えぇ?)
私は、電話からもれる彼の困惑した声が辛かった。言葉にしてしまった、私の気持ちを止める訳にはいかない。
「学生の時、私が風邪でダウンしたとき、貴方作ってくれたじゃない。あれが食べたい」
(いつ。)
「今日、これから」
さぁ、どうする?
(わかったよ。でも、旦那が居るんだろ)
彼の最後の抵抗の言葉だった。しかし、私はアッサリその言葉を打ち破った。
「海外出張中………… いつもの事よ」
^^^^^^
私は玄関を開け、彼を招き入れた。夫の主張中、何度かこうして、家にきた事を、まざまざと思い出した。台所で食事を作り始めた彼を、リビングで私は見ていた。
「ベットに戻れよ。持って行ってやるから。 …………悪化するぞ」
「…………いいの、暫らく、こうさせて。 …………見て居たいの」
困らせている事は判っている。そして、彼の心は、私に対し、愛情から友情に変化している事もわかった。一生懸命に食事を作ってくれる彼。彼の真心が友情だとしても、私は嬉しかった。今日はイブ。誰かとその時間を共有できるのなら、それ以上の喜びはない。
「…………食べ終わるまで、待っててね」
ひとりぽっちになる寂しさを紛らわす為に私は、良く喋り、そして、彼の手料理を食べた。
全てを食べ終えた私は、彼に言った。
「有難う………… ノエルの妖精みたいね。寝て居ると、温かい食事と楽しい一時を持ってやってくる」
「ノエル? …………そうだな。残念な事に、靴下が無いから、プレゼントは無しだ」
「…………紅い靴下か………… そうね。 もう、何年も紅い靴下を出していなかった。じゃあ、枕元に吊り下げて眠ろうかしら」
「サンタがきっと、なにかを入れてくれるよ………… うわ、ヤバイ。 もう、こんな時間だ。 完全に遅刻だ!!」
時計を見て、慌てて、玄関に戻り、靴をはき、コートを羽織った彼。逆シンデレラね。でも、彼はもう戻ってこない。ガラスの靴さえ落としては行かない。
「きっと、サンタが来るから、靴下は、忘れるなよ。 …………ノエルの妖精かな?」
彼を送り出しながら、私は精一杯、笑った。そう、せめて笑顔で送り出さなきゃ。
「そうね、そうだと嬉しいわ。さぁ、早く行って。彼女が待ってるわ。」
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私は急に広くなったように感じるリビングに戻った。何もする気はおきない。取りあえず、薬を飲み、ベットに戻ろう。冗談で言い合った、紅い靴下を思い出した様に、枕元のダッシュボードの上に置いた。
薬が効いて来たのか、とても、眠い …………意識が沈み込む様に、眠りについた。
カタリ
なにかの音がする。意識が浮かび上がろうとするが、薬の力は強く、思う通り出来ない。
やっとの事で薄目があいた。ベットの側に大きな影が動いていた。手にあの紅い靴下を持っている。
(?!?!?!?!?)
驚きが、一気に私を、覚醒させた。
「誰!!」
そこにいた者は、ゆっくりと言った。
「私だよ。」
「あなた!!」
「早くに帰って来れた。済まない。君がこれを用意していると知ってたなら、中身を買っておくべきだったな」
夫は、何かはにかんだような笑顔で言った。
「…………初めてね」
「何が?」
「あなたが、私の寝室に入って来たのは」
「調子悪かったんだろ。心配もするさ。それに…………」
「それに?」
「君一人で、聖夜を過ごすなんて思ってもいなかったよ」
「…………だって、私。 …………貴方の妻ですもの」
気まずい雰囲気を誤魔化す為に、冗談で切り抜けようとした。真剣であれば在るほど、冗談にしやすい。だから、その言葉は、私の本心だった。
「…………………………」
夫はその言葉を冗談にしなかった。そして、真剣な目で私をみた。私は起き上がり、ベットの端に腰を掛けた。夫は私の横に座った。そして、夫は、しっかりと私を抱いた。私に、夫は言った。
「まだ、私は、異性を好きにはなれない。でも、君は、君だけは別だ。寂しい思いをさせて済まなかった。もし君が許してくれるなら、私と今日から、築いてくれないか。夫婦と言う人の絆を」
私は、ただ、黙ったまま頷いた。
夫の持つ、何も入っていない、紅い靴下の中に、特大のプレゼントをいれてもらった気分だった。
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