蛍降る駅

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Christmas Special  (クリスマス特別編)

The Holy Land (聖地巡礼)

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 The Holy Land (聖地巡礼)




 別れたはずだった。

 電話があった。パーティーをするとの事だった。

 何を考えているのかわからなかった。1度は諦めた相手だった。

 何故なら、相手は既婚者。そう人妻だった。

 彼女から、話しを持出したのではなく、俺の方から言い出した。

 何故なら、その現実に耐えられなかったからだった。




*********************************




 彼女とは、学生時代からの交友が在った。

 結婚すると聞いて、始めて自分の気持ちに気がついた。その時は手遅れだと感じた。しかし、彼女の旦那は彼女を幸せには出来なかった。理由は知らない。結婚生活がうまく行っていないと、愚痴をこぼす電話があった。

 では、一度ゆっくりと逢おうか、と言う事になり、逢った。

 彼女は旦那に内緒で来たらしい。最初は、愚痴を聞くためだけに逢いに行った。そして、彼女の顔を見ると、押さえ込んでいた自分の気持ちが、溢れ出した。愚痴を聞く顔で、彼女をじっくりと見た。

 年月は、彼女から美しさと、性格を変える事はなかった。

 俺は、相槌を打ちつつ、次第に、彼女の持つ雰囲気に陶酔していった様だ。

 気がつくと、ホテルのベットの中で、愛し合っていた。彼女もそのつもりだったらしい。

 そして、隠れた、付き合いが始まった。決して誉められた話では無い。しかし、自分の気持ちをコントロールする事が出来なかった。俺と逢うときには、いつも、すみれ色のワンピースに身を包む彼女。牢獄のような結婚生活から、一時的な逃避。俺は、彼女の為のエスケープラインだった。

 しかし、その先にはなにも無かった。

 彼女は離婚するつもりは無かったし、俺も、彼女を連れ出す事は出来なかった。日々鬱積する心の重荷。彼女を抱く度に、彼女の夫の顔が浮かぶ。そして、彼女を抱く姿までも。

 それに、耐え切れ無くなった俺は、彼女とわかれる事を決めた。


*********************************



 電話口で、彼女は言った。



「私の友達で、心に傷を負ってる子がいるの。立ち直らせてあげたいし、…………それに、貴方の顔も見たい」



 俺は迷った。また、塞いだはずの、『心の蓋』が持ちあがるのを、恐れたからかもしれない。しかし、誘惑に負けた。そう、もう一度彼女の顔が見たいと。

「…………わかった」

 と、ただそれだけを言うと、電話を切った。




^^^^^



 パーティーで俺は、自分の目を疑った。あの、すみれ色のワンピースが在ったからだ。見間違えるはずはない。俺の心の蓋が持ち上がり、中身が溢れそうになった。駆けより、しっかりと抱きしめたくなる、衝動に狩られた。




「彼女よ。私の言っていたのは」




 耳元で、彼女の声がした。思わずよろけそうになった。直ぐ側に彼女がいた。




「き、君は……いや、……久しぶりだね。」

「そうね、……あれから、まだ3ヶ月と、経って無いのに、もう、ずっと昔の様に思えるわ」

「…………で?」

「私達の思いでのあの服を着た人。良い人なんだけど、彼女、心に深い傷を負ってるの」

「俺に、何をしろと?」

「もし良ければ、御友達になって上げて」

「……いいのか?それで」

「……いいの。彼女と居る貴方を見る事は、辛くは無いわ。」

「そうか。わかった。」




 俺は、彼女の言われるがまま、その女性に近づいた。多少問題はあるが、好感は持てた。...いや、その、一生懸命さは好みだった。なにかと戦って、戦って、それでも、乗り越えられない、何かを引きずって居るように感じた。その、女性の眼が、訴えていた。(私をここから救って)と。

 俺にも出来るとは限らない。しかし、その女性が救いを求めている事には、違いは無い。

 それに、…………これも、なにかの運命だろう。俺の心は決まった。

 携帯電話の番号を交換し、連絡を取り合う事になった。




*********************************




 最初から、うまく行くとは思って居なかった。しかし、ぎこちないながらも、次第にその女性は、心を開きはじめた。完全にでは無いが、今の生活、昔の事。なにが在ったか、それをどう克服し様としたかを、話し始めた。

 メールでのやり取り。電話での声。

 やがて、その女性の存在が、俺の心の中で大きくなり始めた。そう、あの心の蓋を完全に閉じるほどに。

 もう直ぐクリスマス・イブだった。一応、レストランの予約を取ってみた。5年前なら、絶対に無理。クリスマス直前の予約など、出来様もないはずの店の予約が、アッサリとれた。その確認を取ってから、その女性に連絡をした。




「クリスマス・イブの晩、食事でもどうですか?」

「はい ……行きます」




 心なしか、震える声で、その女性は応えた。察するに、全てを受け入れ、そして、全てを曝け出す覚悟を決めた。そう言う声だった。



^^^^^



 その日の朝、彼女から電話が、また在った。あの女性との進行状態はどうか、聞いてきた。素直に応じた。今日のデートの話しもした。



「そう」



 と、言った彼女の声は、歪んで居た。明かな鼻声。



「病気か?」

(うん、ちょっと風邪をこじらしてしまって)

「大丈夫か?」

(う~~ん、ここんところ、食欲が無くって)

「ちゃんと、食べろよ」

(わかってるわ。)

「なにかあれば、言ってくれ」

(そうね.…………一つ在るわ)

「なんだ?」

(貴方の作った、お粥が食べたい。)

「えぇ?」




 俺は電話からもれる彼女の言葉に耳を疑った。なぜ、急にそんな事を?




(学生の時、私が風邪でダウンしたとき、貴方作ってくれたじゃない。あれが食べたい)




 そう言えばそんな事もあった。




「いつ。」



 俺は、彼女の答えを聞くのが怖かった。



(今日、これから)



 心が、震えた。精一杯、自分を誤魔化し、言った。



「わかったよ。でも、旦那が居るんだろ」

(海外出張中....いつもの事よ)




 彼女の求めている『物』は、なんだ?わからなかった。俺は、近くのスーパーでちょっとした買い物をして、あの女性との約束の時間を確認してから、家を出た。まだ、十分に時間はある。食事を作り、早々に退散するつもりだった。いや、しなければならなかった。




^^^^^^




 彼女は玄関を開け、俺を招き入れた。旦那の主張中、何度かこうして、家にきた事を、まざまざと思い出した。熱があるのか、彼女の上気したような、紅い顔を見ながら、台所で食事を作り始めた。その様子を、リビングで彼女は見ていた。




「ベットに戻れよ。持って行ってやるから。 ……悪化するぞ」

「……いいの、暫らく、こうさせて。 …………見て居たいの」




 彼女の言葉が俺の心を掻き乱す。あの視線、あの表情。あの仕草。忘れがたい思い出。手を伸ばせば、思い出が、現在に変わる。

 しかし……

 あの女性の笑顔が、俺の心の蓋をしっかりと押さえ込んで居た。そう、彼女とは終わったのだ。これは友情なのだ。心の中のあの女性の笑顔に向かって、俺は何度も、何度も言い続けた。

 やがて、食事が出来あがった。久しぶりに作ったが、まずまずだった。



「…………食べ終わるまで、待っててね」



 彼女はそう言うと、パジャマにショールを掛けただけの姿で、食卓についた。俺は、仕方なく、その前に座った。彼女の心が、見て取れた。クリスマス・イブなのに、たったひとりぽっちで、居る心細さ。まして、病気。本来ならば、ここに居るはずのない、俺。

 断片的な情景が、頭の中に投影された。幾度も繰り返された、熱く短い時間。しかし、俺は、それすらも冷静に見る事ができるようになった。全ては、あの女性の笑顔からだった。

 ひとりぽっちになる寂しさを紛らわす為に彼女は、良く喋り、そして、俺の手料理を食べた。

 全てを食べ終えた彼女は、満足そうに、俺に言った。




「有難う ……ノエルの妖精みたいね。寝て居ると、温かい食事と楽しい一時を持ってやってくる」

「ノエル? …………そうだな。残念な事に、靴下が無いから、プレゼントは無しだ」

「…………紅い靴下かぁ …………そうね。 もう、何年も紅い靴下を出していなかった。じゃあ、枕元に吊り下げて眠ろうかしら」

「サンタがきっと、なにかを入れてくれるよ、 …………うわ、ヤバイ。 もう、こんな時間だ。完全に遅刻だ!!」




 彼女の顔に、かげりを見つけたが、なにも言わなかった。彼女もなにもいわなかった。俺は、玄関に戻り、靴をはき、コートを羽織った。




「きっと、サンタが来るから、靴下は、忘れるなよ。 …………ノエルの妖精かな?」




 俺を送り出しながら、彼女は、笑った。




「そうね、そうだと嬉しいわ。さぁ、早く行って。彼女が待ってるわ。」




 笑う彼女を残しつつ、俺は、あの女性の待つ、街角へ、全力で走った。そう、彼女への思いを振り払う様に、そして、あの女性の笑顔を見る為に。

 本当の決別は、今日だったのかも知れない。優しい気持ちになれた。そして、新たな気持ちにもなれた。過ちを繰り返さずにすんだ。そうか、今日は、全ての罪が許される日じゃ無いか。




 キリストの聖誕祭だものな。


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