蛍降る駅

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
8 / 21
巡る縁は糸車の様に

あゆみ

しおりを挟む


 

「お嬢さん、ちょっと待って。」

「はぁ?」




 私を呼びとめたのは、路地に店を出している一人の占い師だった。 小さなテーブルに蝋燭の炎が揺らめき、占い師の顔に、微妙な陰影をつけていた。




「そう、あなた。ちょっと待って。御顔によくない影が出ているわ」




 そうよね、今の私はブルーな気分ですもの。

 その占い師に誘われるまま、小さなテーブルの前の椅子に腰を下した自分がいた。 何故かそこに坐ることが、運命付けられていたかのように。




「この上に、手をかざして....貴方の思っている事を、口に出さずに考えて...」




 私は言われるがまま、小さなテーブルのうえに手をかざし、心の中に巣食う悪魔を解き放なった。 占い師はカードをテーブルの上でぐるぐる掻き混ぜ始めた。 半目を開け、そっと見つめるその姿は、神秘の表情だった。 少なくとも私にはそう見えた。

 手際よく、カードを揃え、一山にした。




「三つに分けて、貴方の思う順番で、もう一度一山にして」




 私は、指示に従った。 占い師は、一山にされた、山を手に取ると、占い始めた。

 中央に十字にカードを置き、その周りに表向きに、四枚、そして、その右側に裏向きに四枚縦に並べた。




「さぁ、読んでいきましょう」




 占い師が並べられたカードをじっと見ながら、そのカードが語る、私を読み始めた。




「あなた、なにかとても思い詰めていますね。 阻害要因は御友達....だった人。あなたの深層では、その人とは決して、親しくなれ無いと確信しているにもかかわらず、表層の心理では、外的要因も含めて、かなり親しいように振舞っている…… って所かな? それじゃ、第七のカード…… あなた、自己崩壊寸前ね。 第八のカード…… 周りは、無理解、だれも貴方を今、認めようとはしていないわね。 第九のカード…… 今のままじゃあまりよく無いわ。 あなた、なにかとんでもない事考えている? じゃあ最終カードね…… 魔術師の正位置貴方自身の星は月、周囲は皇帝…… 貴方の考えている事はきっと成功するでしょうね。 でも、もっとよく考えた方が良いみたい。 手段が目的になりそうなカードが出ているわ…………」




 私の頬に笑みが浮かんだ。 暗い笑みだった。そう、私の考えている事は成功するの。 ならばいいわ、私はどうなっても良いから、あの人達に今まで私にして来た事を思い知らせてやる。 良い事を聞いたわ。

 私は、バックの中から財布を取り出し、なかに入っていた高額紙幣のありったけを小さな机に置いた。

 占い師は驚いている。 でも、その占いは、私にとってそれだけの価値があった。 ただ、頬に暗い笑顔を張りつけて、私はそこを立ち去った。




******




 職……、 夢……、 希望……




 全てが一人の女によって奪われた。

 親友だと信じていた私。

 単に利用できる、都合のいい女としか見ていなかったあいつ。

 私達は同じ服飾系の専門学校に通っていた。




 デザイン科だった。 夢や希望を食べて生きていた時だった。 何時もピーピーしていたし、バイトや、内職の給料は、ほとんど、デザインの材料費に化けていた。 だから、私達は一緒に暮していた。




 年に1回きりのコンテスト。




 そこで、認められれば、有名なデザイナー事務所に就職も出きるし、運かよければ、アパレルメーカーの専属デザイナーになれる。



 大事なコンテストだった。



 スケッチブックが束になって行った。



 あいつ、貴美子は、派手好き、私は渋目が好きと、好みは違っていたが、御互いなにか感じる物があった。 そう、御互いのなかに自分に無い物を見ていたのかもしれない。

 コンテスト用のドレスの製作日数が、少なくなってきた。当然、私達は、方向性が違う物を創っていた…… はずだった。



 ある日貴美子が私に言った。
 




「あゆみ、これからコンテストまで、私、知り合いの事務所を使わせてもらう事になったの。 いいでしょ」

「ええ、もちろんよ。御互いにいい物を創りましょうね」

「そうね」




 貴美子の瞳の中に妖しい光りが、灯ったことを私は知覚出来なかった。 そして、その事件が起こった。私達の家が盗難にあった。 家の中をかなり荒らされた。 現金がすっくり無くなった。 それはいい、たいして置いていなかった。 しかし、私の努力の結晶と言うべき、スケッチブックが、盗まれたのだ。

 警察が来て、事情聴取され、家の中が鑑識の人達に調べられた。 幾種類もの指紋が出てきた。警察は犯人の特定は難しいだろうと言った。

 私は頭の中にのこっている物を繋ぎ合わせ、コンテストの作品を作った。 しかし、衝撃と、煮詰まりかけていた私は、私自身満足のいく物を作り出す事が出来なかった。 貴美子は一度、見舞いに来ただけだった。 それも、彼女の私物を取りに来たのが理由だった。




「大丈夫?」

「うん、何とかね」

「コンテストもう直ぐだよ」

「一応、頭の中の物を出すつもりで、やって見る」

「頑張ってね」




 貴美子の声が心なしか震えていた。

 コンテスト当日。 私は目を疑った。

 貴美子の出品作品が、最高の栄誉をもらっていた。 それに驚いたのでは無い。 その出品物のデザインは、私の物だった。 私が得意としていたレトロ調のラインを駆使した物だった。

 貴美子のスケッチブックは何時も見せてもらっていたけれど、あんなデザインは一つも無かったはずだ。 声になら無い声を押し殺し、ただじっとその作品を見つめていた。



 私は、結局、佳作にももれた。奨励賞と言う、名ばかりの賞をもらった。




***




 貴美子は、大手アパレルメーカーから誘いがかかり、そこの専属デザイナーとなった。 そして、彼女の創りだしたとされる、あのデザイン…… 今では「リ・オリー」と、言う名の登録商標まで取っていた。


 彼女は新進気鋭のデザイナーになった。


 私は、学校を卒業した後、何とか潜り込めた、百貨店のアパレル関係の部署に勤め始めた。

 それから、3年の月日がたった。

 

 悪夢は、それで終わりはしなかった。

 私の勤める百貨店が、総合衣料の目玉として、幾つかのデザイナーと契約を結んだ。 その中に貴美子がいた。

 貴美子は、私の姿を見ると、直ちに行動に出た。




「あの人とは、一緒に御仕事できません」




 あの人とは、私の事だ。 私は即座に配置転換となった。 それも、店舗や、表に出ない部署。 社内人事のゴミ捨て場。 通販営業部第三課へ。



 いわゆる、リストラ予備室と言う訳だ。



 そして、今日。 その辞令が発令された。貴美子の高笑いが聞こえそうだった。

 この先、良い事など一つも無いような気がした。

 バッグの中に、占い師に会う前に買い求めた、ナイフがあった。




     殺してやる




 そう、バッサリと。

 そして、私も。

 暗い笑みを頬に刻みつけながら、貴美子がいるであろう、百貨店への道を急いだ。

 


「………………織部さん、……織部さん。」




 私を呼ぶ声がした。意識の中に男が浮き上ってきた。




「ああ、はい?なんだ、結城くんじゃないの。」

「なんだ、じゃありませんよ。あんな辞令があって、思いつめたような顔をして、こんな道を歩いているなんて!」

「こんな道?」




 私はふと、周りを見渡した。 真っ暗な道。 人通りも無く、この辺りには珍しい、深い闇をその中に溜め込んだ、神社への道。 百貨店へ向かうはずだった私は、何かに呼び寄せられる様に、この場所に向かって歩いていたらしい。




「…………でも、結城君は何故ここに?」

「今日、あんな辞令が発令されたでしょ。気になって…… 大丈夫ですか?」




 彼は元私のいた部署の後輩。 そして、同じ学校の卒業生。 別に気になる人でも無かったが、彼の一言に涙が溢れ出た。




「……織部さん……」

「ごめん…… 変だよね。 急に泣き出してしまったりして」

「……誰だってそうですよ。 あんな事があったら」

「違うの…… 違うわ。 泣き出したのは、別の理由」

「別の?」

「そう、私の事を見ていてくれている人がいたと思うと…… 急に…… 温かくなって…………」

「…………そうですか。 どうです? これから一杯。 僕で、よかったら。 昔の話でもしながら、飲みましょうか。 …………知ってましたか? 僕は織部さんのデザインが一番好きだったんです。 泥棒騒ぎでコンテストがめちゃくちゃになったでしょ。 残念だったな~~」




 私の瞳から、更に涙が溢れ出した。

 そして、私は、少しだけ………… ほんの少しだけ、

 バックの中のナイフと、遺書の存在を忘れた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

意味のないスピンオフな話

韋虹姫 響華
キャラ文芸
本作は同列で連載中作品「意味が分かったとしても意味のない話」のスピンオフ作品に当たるため、一部本編の内容を含むものがございます。 ですが、スピンオフ内オリジナルキャラクターと、pixivで投稿していた自作品とのクロスオーバーも含んでいるため、本作から読み始めてもお楽しみいただけます。 ──────────────── 意味が分かったとしても意味のない話────。 噂観測課極地第2課、工作偵察担当 燈火。 彼女が挑む数々の怪異──、怪奇現象──、情報操作──、その素性を知る者はいない。 これは、そんな彼女の身に起きた奇跡と冒険の物語り...ではない!? 燈火と旦那の家小路を中心に繰り広げられる、非日常的な日常を描いた物語なのである。 ・メインストーリーな話 突如現れた、不死身の集団アンディレフリード。 尋常ではない再生力を持ちながら、怪異の撲滅を掲げる存在として造られた彼らが、噂観測課と人怪調和監査局に牙を剥く。 その目的とは一体────。 ・ハズレな話 メインストーリーとは関係のない。 燈火を中心に描いた、日常系(?)ほのぼのなお話。 ・世にも無意味な物語 サングラスをかけた《トモシビ》さんがストーリーテラーを勤める、大人気番組!?読めば読む程、その意味のなさに引き込まれていくストーリーをお楽しみください。 ・クロスオーバーな話 韋虹姫 響華ワールドが崩壊してしまったのか、 他作品のキャラクターが現れてしまうワームホールの怪異が出現!? 何やら、あの人やあのキャラのそっくりさんまで居るみたいです。 ワームホールを開けた張本人は、自称天才錬金術師を名乗り妙な言葉遣いで話すAI搭載アシストアンドロイドを引き連れて現れた少女。彼女の目的は一体────。 ※表紙イラストは、依頼して作成いただいた画像を使用しております。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

闇に堕つとも君を愛す

咲屋安希
キャラ文芸
 『とらわれの華は恋にひらく』の第三部、最終話です。  正体不明の敵『滅亡の魔物』に御乙神一族は追い詰められていき、とうとう半数にまで数を減らしてしまった。若き宗主、御乙神輝は生き残った者達を集め、最後の作戦を伝え準備に入る。  千早は明に、御乙神一族への恨みを捨て輝に協力してほしいと頼む。未来は莫大な力を持つ神刀・星覇の使い手である明の、心ひとつにかかっていると先代宗主・輝明も遺書に書き残していた。  けれど明は了承しない。けれど内心では、愛する母親を殺された恨みと、自分を親身になって育ててくれた御乙神一族の人々への親愛に板ばさみになり苦悩していた。  そして明は千早を突き放す。それは千早を大切に思うゆえの行動だったが、明に想いを寄せる千早は傷つく。  そんな二人の様子に気付き、輝はある決断を下す。理屈としては正しい行動だったが、輝にとっては、つらく苦しい決断だった。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...