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巡る縁は糸車の様に
あゆみ
しおりを挟む「お嬢さん、ちょっと待って。」
「はぁ?」
私を呼びとめたのは、路地に店を出している一人の占い師だった。 小さなテーブルに蝋燭の炎が揺らめき、占い師の顔に、微妙な陰影をつけていた。
「そう、あなた。ちょっと待って。御顔によくない影が出ているわ」
そうよね、今の私はブルーな気分ですもの。
その占い師に誘われるまま、小さなテーブルの前の椅子に腰を下した自分がいた。 何故かそこに坐ることが、運命付けられていたかのように。
「この上に、手をかざして....貴方の思っている事を、口に出さずに考えて...」
私は言われるがまま、小さなテーブルのうえに手をかざし、心の中に巣食う悪魔を解き放なった。 占い師はカードをテーブルの上でぐるぐる掻き混ぜ始めた。 半目を開け、そっと見つめるその姿は、神秘の表情だった。 少なくとも私にはそう見えた。
手際よく、カードを揃え、一山にした。
「三つに分けて、貴方の思う順番で、もう一度一山にして」
私は、指示に従った。 占い師は、一山にされた、山を手に取ると、占い始めた。
中央に十字にカードを置き、その周りに表向きに、四枚、そして、その右側に裏向きに四枚縦に並べた。
「さぁ、読んでいきましょう」
占い師が並べられたカードをじっと見ながら、そのカードが語る、私を読み始めた。
「あなた、なにかとても思い詰めていますね。 阻害要因は御友達....だった人。あなたの深層では、その人とは決して、親しくなれ無いと確信しているにもかかわらず、表層の心理では、外的要因も含めて、かなり親しいように振舞っている…… って所かな? それじゃ、第七のカード…… あなた、自己崩壊寸前ね。 第八のカード…… 周りは、無理解、だれも貴方を今、認めようとはしていないわね。 第九のカード…… 今のままじゃあまりよく無いわ。 あなた、なにかとんでもない事考えている? じゃあ最終カードね…… 魔術師の正位置貴方自身の星は月、周囲は皇帝…… 貴方の考えている事はきっと成功するでしょうね。 でも、もっとよく考えた方が良いみたい。 手段が目的になりそうなカードが出ているわ…………」
私の頬に笑みが浮かんだ。 暗い笑みだった。そう、私の考えている事は成功するの。 ならばいいわ、私はどうなっても良いから、あの人達に今まで私にして来た事を思い知らせてやる。 良い事を聞いたわ。
私は、バックの中から財布を取り出し、なかに入っていた高額紙幣のありったけを小さな机に置いた。
占い師は驚いている。 でも、その占いは、私にとってそれだけの価値があった。 ただ、頬に暗い笑顔を張りつけて、私はそこを立ち去った。
******
職……、 夢……、 希望……
全てが一人の女によって奪われた。
親友だと信じていた私。
単に利用できる、都合のいい女としか見ていなかったあいつ。
私達は同じ服飾系の専門学校に通っていた。
デザイン科だった。 夢や希望を食べて生きていた時だった。 何時もピーピーしていたし、バイトや、内職の給料は、ほとんど、デザインの材料費に化けていた。 だから、私達は一緒に暮していた。
年に1回きりのコンテスト。
そこで、認められれば、有名なデザイナー事務所に就職も出きるし、運かよければ、アパレルメーカーの専属デザイナーになれる。
大事なコンテストだった。
スケッチブックが束になって行った。
あいつ、貴美子は、派手好き、私は渋目が好きと、好みは違っていたが、御互いなにか感じる物があった。 そう、御互いのなかに自分に無い物を見ていたのかもしれない。
コンテスト用のドレスの製作日数が、少なくなってきた。当然、私達は、方向性が違う物を創っていた…… はずだった。
ある日貴美子が私に言った。
「あゆみ、これからコンテストまで、私、知り合いの事務所を使わせてもらう事になったの。 いいでしょ」
「ええ、もちろんよ。御互いにいい物を創りましょうね」
「そうね」
貴美子の瞳の中に妖しい光りが、灯ったことを私は知覚出来なかった。 そして、その事件が起こった。私達の家が盗難にあった。 家の中をかなり荒らされた。 現金がすっくり無くなった。 それはいい、たいして置いていなかった。 しかし、私の努力の結晶と言うべき、スケッチブックが、盗まれたのだ。
警察が来て、事情聴取され、家の中が鑑識の人達に調べられた。 幾種類もの指紋が出てきた。警察は犯人の特定は難しいだろうと言った。
私は頭の中にのこっている物を繋ぎ合わせ、コンテストの作品を作った。 しかし、衝撃と、煮詰まりかけていた私は、私自身満足のいく物を作り出す事が出来なかった。 貴美子は一度、見舞いに来ただけだった。 それも、彼女の私物を取りに来たのが理由だった。
「大丈夫?」
「うん、何とかね」
「コンテストもう直ぐだよ」
「一応、頭の中の物を出すつもりで、やって見る」
「頑張ってね」
貴美子の声が心なしか震えていた。
コンテスト当日。 私は目を疑った。
貴美子の出品作品が、最高の栄誉をもらっていた。 それに驚いたのでは無い。 その出品物のデザインは、私の物だった。 私が得意としていたレトロ調のラインを駆使した物だった。
貴美子のスケッチブックは何時も見せてもらっていたけれど、あんなデザインは一つも無かったはずだ。 声になら無い声を押し殺し、ただじっとその作品を見つめていた。
私は、結局、佳作にももれた。奨励賞と言う、名ばかりの賞をもらった。
***
貴美子は、大手アパレルメーカーから誘いがかかり、そこの専属デザイナーとなった。 そして、彼女の創りだしたとされる、あのデザイン…… 今では「リ・オリー」と、言う名の登録商標まで取っていた。
彼女は新進気鋭のデザイナーになった。
私は、学校を卒業した後、何とか潜り込めた、百貨店のアパレル関係の部署に勤め始めた。
それから、3年の月日がたった。
悪夢は、それで終わりはしなかった。
私の勤める百貨店が、総合衣料の目玉として、幾つかのデザイナーと契約を結んだ。 その中に貴美子がいた。
貴美子は、私の姿を見ると、直ちに行動に出た。
「あの人とは、一緒に御仕事できません」
あの人とは、私の事だ。 私は即座に配置転換となった。 それも、店舗や、表に出ない部署。 社内人事のゴミ捨て場。 通販営業部第三課へ。
いわゆる、リストラ予備室と言う訳だ。
そして、今日。 その辞令が発令された。貴美子の高笑いが聞こえそうだった。
この先、良い事など一つも無いような気がした。
バッグの中に、占い師に会う前に買い求めた、ナイフがあった。
殺してやる
そう、バッサリと。
そして、私も。
暗い笑みを頬に刻みつけながら、貴美子がいるであろう、百貨店への道を急いだ。
「………………織部さん、……織部さん。」
私を呼ぶ声がした。意識の中に男が浮き上ってきた。
「ああ、はい?なんだ、結城くんじゃないの。」
「なんだ、じゃありませんよ。あんな辞令があって、思いつめたような顔をして、こんな道を歩いているなんて!」
「こんな道?」
私はふと、周りを見渡した。 真っ暗な道。 人通りも無く、この辺りには珍しい、深い闇をその中に溜め込んだ、神社への道。 百貨店へ向かうはずだった私は、何かに呼び寄せられる様に、この場所に向かって歩いていたらしい。
「…………でも、結城君は何故ここに?」
「今日、あんな辞令が発令されたでしょ。気になって…… 大丈夫ですか?」
彼は元私のいた部署の後輩。 そして、同じ学校の卒業生。 別に気になる人でも無かったが、彼の一言に涙が溢れ出た。
「……織部さん……」
「ごめん…… 変だよね。 急に泣き出してしまったりして」
「……誰だってそうですよ。 あんな事があったら」
「違うの…… 違うわ。 泣き出したのは、別の理由」
「別の?」
「そう、私の事を見ていてくれている人がいたと思うと…… 急に…… 温かくなって…………」
「…………そうですか。 どうです? これから一杯。 僕で、よかったら。 昔の話でもしながら、飲みましょうか。 …………知ってましたか? 僕は織部さんのデザインが一番好きだったんです。 泥棒騒ぎでコンテストがめちゃくちゃになったでしょ。 残念だったな~~」
私の瞳から、更に涙が溢れ出した。
そして、私は、少しだけ………… ほんの少しだけ、
バックの中のナイフと、遺書の存在を忘れた。
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