蛍降る駅

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蛍降る駅

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 結局この休暇中、一日も雨は降らなかった。



 激しく暑い日の光と、煩いほどの蝉の声は、私を迎えたのと同じように、私を送り出してくれた。 ひとつ、違ったことは、駅に将一が来てくれた事だった。 笑いながら、手を振ってくれた。 私も笑いながら、手を振った。 白い駅舎が遠くに霞む頃、私は自分のすべき事を思い出した。


 忘れ物を取り戻した気分だった。 同じ事の繰り返しかもしれないが、今は、何をすべきかわかったような気がしていた。 手の中に、将一のお気に入りのライターが鈍く光っていた。 返すの忘れていたわ。 お守りに持っていても、彼は許してくれるかしら。



 都会に戻り、私は私のするべき仕事をした。




 もう迷わないし、忘れもしない。




 社内コンペにも積極的に出品する。



 自然の雄大さ、繊細さを存分に表すように。




 世界中の人達に思い出してもらえるような……




 自然に生かされているのは、何も動植物だけじゃ無いって事を。




 そんな中で、公募があった、とある賞に入選した。 自然の美しさを、謳いあげた作品に、思わぬ高評価が付けられたからだった。 社内でもちょっとした有名人になっていた。 でも、私は忘れない。 どんなに褒めそやされそうが、私の中には、あの日の飛び地での出来事がある。


 迷わない。


 向かい合う。



 そう決めたんだ。 


 ぶっちゃければ、この仕事、今では何処ででも出来る。 社に有利な条件であれば、在宅でも可能だった。 通信線さえ確保できていれば、なにも都会の真ん中に住む必要もない。 だから、私は決心したんだ。



 社との遠隔地勤務の専属契約を。



 そして、都会を離れる決心を。



 両親にその旨を伝え、懐かしの我が家に帰る事を。 



 
^^^^^^^




 契約が発効する一週間前。 引っ越しの準備を進める私の元に郵パックが送られてきた。


 差出人は将一だった。








 中身は、一冊のアルバムだった。









 春夏秋冬の村の姿が映っていた。
 桜の花びら散り、吹雪と見紛う一枚。
 青々とした水田の上を駆け抜ける風まで見えるような、夏の日の一枚。
 山を紅く黄色く染め抜く紅葉と、真っ赤にそまった夕暮れの一枚。
 しんと静まり返った、雪化粧をした、日本家屋。




 それぞれが日本の原風景というべき一枚だった。




 最後のベージにあったのは、夜の闇に浮かぶ、あの白い無人の駅舎と、数え切れないほどの蛍のひかり。 そして、ホームに立つ、将一の姿だった。 その写真の下に『題名』が、彼のしっかりした文字で書かれていた。






―――― 『蛍降る駅』 ――――






そのアルバムは確かに私に語り掛けて来た。



『待っている』



その彼の想いを胸に、私は故郷に帰る。


そして、彼の胸に飛び込む。


もう、なにも……



なにも、迷わない ……恐れない。











将一…… 私は、幸せよ。









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