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37.悪役令嬢、初めての体験をする
しおりを挟む「深く考えるのは、やめましょう?」
笑顔だけど、何か達観したお顔で王妃様が仰ったが、私にも侍女にも異論はない。
それにしても……
「そろそろ、犯人に動機を伺いたいところですね。」
侍女のアンナが皆の気持ちを言葉にしてくれた。そうなのだ。私たちが拐かされてから、一度も犯人はこちらに接触してこない。犯行の動機も不明だ。
それに……
「ねぇ?王妃様のお話だと、飢えることはないのですよね?それにしては、もう夕食時だと思うのだけど、方針変更したのかしら?」
ローゼリアは不安になって思わず言葉にしてしまったが、それをすぐ後悔した。
だって、余計に空腹を自覚してしまって、我慢できなくなってしまったのだもの……
からっぽのお腹が不満を訴えてクゥクゥ鳴っている。
ローゼリアは貴族として生まれてから、初めて感じる飢餓感に苦しんだ。
なぜか、同じくらい空腹であるはずの王妃様と侍女のアンナは、ローゼリア程は苦しんでいないようだ。
二人いわく、前世で趣味に没頭していた時によく寝食を忘れていた為、空腹は慣れ親しんだ感覚、なのだそうだ。
それにしたって、このまま長期間放って置かれれば餓死一直線。ローゼリア達は焦った。
ローゼリア達が来るまで王妃様に話しかけていた幼き声の主は、犯人に何かされたようで、声が聞こえなくなったそうだし、ローゼリアの手の中の魔石も妖精はもういないのか、うんともすんとも言わない。
お手上げだわ、どうしましょう……
しばらく経つと、あれ程気になっていた空腹も潮が引くように気にならなくなった。侍女にその旨伝えると、空腹の感じ方には波があるそうで、最初に感じる空腹は一度引くとしばらく感じないが、次に我慢ならない飢餓感に襲われるため、早めに食物は確保したい、と返答があった。
……空腹に波があるなんて。
知らなかったことを知ることが出来て、良かったと素直に喜べない状況だけど、貴族は知らない者も多いだろうから、機会があれば誰かに教えてあげたいわ。
それから夜になり、侍女が言っていたような我慢ならない空腹感に襲われて苦しんだローゼリア達は、いつの間にか睡魔に襲われ寝てしまった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
……リア、ローゼリア。
(んぅ、…妖精さん?)
………。ねぇ、なぜ、ローゼリア達はこの国の人間を愛するの?
(なぜ?だって、皆、親切で優しい人ばかりだわ。嫌いになる方がおかしいと思うくらい。)
……でも、この国のものは他の人間とは違うよ?
(え?…違うって、肌の色のこと?そんなの、個性のようなものでしょ?むしろ、私は好ましく思うけれど…)
……こ、個性?好ましい、だって?!……でもっ、この国の人間は、魔の性質を帯びた穢れた生き物だよ?汚らわしいよね?!
「…はぁ゛??」
……びくぅっ
妖精さんが、あり得ないことを言うので、思わずドスの効いた淑女らしからぬ返事をしてしまいましたわ。失敗、失敗。
あら?さっきまでは心の中で思うだけで通じていたから気付かなかったけれど、声、出せるのね。
それにしても、この妖精さんは何を言っているのかしら?
「私はこの国の人達が好きよ。穢れているとか、汚れているとか、思ったこともないわ。」
ローゼリアはきっぱり否定したが、この妖精さんには余程信じられないことだったようだ。いつもの頭の中に響いてくる声ではなく、耳に聞こえる音として声を出して、更に言い募る。
『なら、呪いは?!この国の貴族に嫁いで、この国の者と交われば、お前も呪いの対象となるんだぞ!その純白の肌が、浅黒く汚れても構わぬか?産まれてくる赤子も、同じだ。しかも、女児は産まれぬ。そんな相手に嫁いで、本当に嫌ではないと?』
「………。」
ローゼリアが黙ると、声を荒げていた妖精も落ち着いたようだ。また頭の中に話しかける声なき声で話し出した。
……ねぇ、ここは夢の中だから、正直に話していいんだよ?本当は、嫌で嫌で堪らないよね?
「………。」
……君が嫌なら、元いた国に帰れるように協力するよ?あの侍女も、君に付いて行きたそうだから、なんなら二人まとめてーー
「さっきから、なんなんですの?勝手なことをペラペラと。今確信しましたけれど、あなた、いつもの妖精さんとは違いますわね。
私を誰だと思ってますの?私は偽りを口になどしません。発言に責任を持てない貴族など許されなくてよ?
フェル様との婚約は喜びこそあれ、嫌だなんてカケラも思わないし、フェル様のことは大大大好きっ。婚約できてほんっとうに幸せよ!悪役令嬢の私にこんな素敵な方と出会わせてくれるなんてと、神様に感謝しているわ!
むしろ、私はあなたの事を嫌いになりましたわ。二度と話しかけないで下さいませ?」
フンッ、と淑女にあるまじき勢いで鼻息を荒げて啖呵を切ったローゼリアに、恐れをなしたのか、この後、夢の中で先程の妖精さんに話しかけられることは無かった。
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