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20.悪役令嬢、ボッチになる

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それは、ある日突然起こった。


「ーッ火事だ!!皆、逃げろッ!!」


王宮の一室から火の手があがったのだ。

時間は早朝。王宮務めの者達が、外から出勤してくる時刻にはまだ早い。王宮内が一番手薄になる時間帯。

第一発見者の衛兵は、持ち場を離れて少々休憩(つまりはサボり)しようとした矢先に、扉から漏れ出る黒煙を見つけ、咄嗟に叫んだ。

さらに悪いことに、この日、騎士団長フェンリルは、遠方に調に向かっており、王都にはいなかった。

王宮警備の最高権力者不在の状態、かつ少人数での災害対応に、場は混乱を極めた。

それでも、王と王妃は最優先で寝室から避難させられ、無事であった。
王妃の無事を確認した王はここで、

騎士団長不在の混乱を抑えるため、また自身の能力を活用するため、王であるライオネルは消火活動の指揮を率先して取ることとした。

しかし、この混乱に乗じて何者かの侵入を許してしまい、避難場所から身重の王妃だけが連れ去られてしまった。

自分が側から離れた少しの間に、王妃が誘拐された事実を聞かされた、王の絶望は計り知れない。




一方その頃、ガーネット公爵家でも異変は起こっていた。


王宮が炎に包まれている頃、ローゼリアはまだ夢の中にいた。



「………、あ。……起きて、……莉愛りあ。」


「んー……なぁに?」


「もー莉愛ったら、寝ぼけてるの?起きて、もう朝よ!」

パッと目覚めて枕元の時計を見ると、時刻は8時ちょっと前。……8時っ?!遅刻じゃん!!!

「ヤバッ、遅刻しちゃう!!
もー母さん、なんでもっと早く起こしてくれなかったのー?!」

「起こしたわよー。あんたが起きなかったんでしょー。」

私は慌てて顔を洗って、中学校の制服に着替えた。
朝ごはんを食べる時間的余裕はない。寝起きにしては素早く出した結論に基づき、玄関で靴を履く莉愛に、母親が呆れた顔をしながらお弁当を差し出した。

「もー、中学生にもなって、あんたって子は。ほら、お弁当。」

「ありがとう、いってきまーす!」

「いってらっしゃい」と手をヒラリと振って見送る母の姿を見るのが、これで最後になるなんて、この時は思ってなかった。



たったったっ。


「もー、中学ではまだ遅刻したことなかったのにー!夢の皆勤賞が~っバカバカバカーっ」

通学路を爆走しながら、自分に悪態をつく莉愛。

ふと、目線の先に今は使われていない工場が見えた。

小学校の頃、危ないから入ってはいけませんって大人に言われた場所。でも、結局みんなで忍び込んで遊んでたから、内部は詳しく知っている。

あそこを通り抜けたら、ショートカットできるのよね……

中学生にもなったし、分別のある大人の仲間入りをした気でいる莉愛は、普段は絶対に入らない。

でも、今日は遅刻しそうで、だから、仕方ないよね?

そう、誰にともなく言い訳をして莉愛は進路を変えた。
工場の敷地に侵入して、薄暗く、でも所々天井から挿す光があって、ホコリが舞っているのが見える建物の中を、真っ直ぐ突っ切る。

急げ、急げ、いそ……え?

走る莉愛の足の裏に突然抵抗を感じなくなった。
そして、そのまま、片足が傾くと、もう片方も踏むべき床がないことに、ようやく気付く。止まらなきゃ!!…でも、慣性の法則で体は急に止まらず、そのまま前のめりに奈落へ落ちていく。

落ちる、落ちる、おち…………グチャ。






……ハッ!…はぁ、はぁ、はぁ。


わたし……奈落に落ちる夢を見たわ。
でも、他は何も思い出せない。とても、懐かしい夢を見ていたはずなのに…

それにしても、落ちる夢なんて不吉ね。
嫌な予感にブルッと震える体を両腕で抱きしめる。

今はフェンリルも遠方に行っているから、不安を解消するのに苦労していると、ローゼリアが起きた気配に気付いた侍女が声をかけてきたので、なんとか気を取り直し、いつもの朝の支度を始めた。


そうして、朝食の席で王宮で起こった火災と、王妃が何者かに拐われるという信じられない情報が届いた。
本来なら婚約しているとはいえ、未だ他国の者であるローゼリアに伝えるべき情報ではないが、どうやら、騎士団長不在を狙った犯行ということで、ローゼリアも狙われる可能性があると判断され、連絡が来たらしい。
ローゼリアは王妃様とはあまり面識がないが、フェンリルから王妃様は第二子を身篭っていると聞いていた。
安定期に入ったとはいえ、そんな大事な時期に拐かされるなんて、あり得ない。陛下も、どれほどの心痛を感じているだろうかと思うと、自らの身の心配よりも気にかかり、胸が痛い。

「私に出来ることは何かないのかしら……」

悲痛な表情で呟くローゼリア。

「…奥様、お気持ちはわかります。ですが、どうか今は落ち着いて行動をなさって下さい。奥様に何かあってからでは遅いのです。今は、旦那様もおりませんし、屋敷の護衛だけでは不安で」


ガシャンッ。


王宮からの知らせを伝えにきた執事が話している途中、ガラスの割れる音が聞こえてきた。


「っ、奥様、こちらへ!!」

執事が手を差し伸べてくれた。けれど、不思議なことに、執事は私がいる方とは逆の方に向き、手を差し伸べている。

かのように、語りかけ話しているのだ。

そこに、私はいないのだけれど……老眼、とかにしてはおかしいわよね?
えっ、見えているの?!オバケ的な何かだったら、私は無理!絶対に無理だから~!!

不穏な音がしたのだから逃げるなりすべきなのに、涙目でおかしな行動を取り続ける執事を眺めてしまうローゼリア。

執事はとうとう扉を開けて、見えない何かをエスコートするような動作をして部屋を出て行った。
ローゼリアを部屋に一人残して…


「行ってしまったわね……」


呆然と見送り、思わず呟いてしまった。


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