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4.はじめまして、旦那様

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アルカディア王国王都からアルジャン王国までは、馬車で一か月ちょっとの距離がある。

生まれてこの方、これほどの距離を旅したことなどない私は、ある程度ゆっくりした旅程であったにも関わらず、体調を崩していた。

ある街の宿の中、私は護衛隊長のナジムに気遣われつつも、今後の旅程について相談を受けていた。

「ローゼリア様、体調はいかがですか?この先、残念ながら本日のような宿は取れません。体調が優れないようでしたら無理はせず、しばらくこちらで療養した方が…」

「いいえ、私のことは構いません。ただでさえ私のせいで遅れがちなのに、そのせいで賊に襲われて……一刻も早く王命を達成せねば。ナジム隊長や皆にこれ以上迷惑をかけられませんもの。」

「我々のことなど、どうかお気遣いなく。……先の戦闘では、ローゼリア様を不安にさせてしまう失態を犯しましたが、今は皆全快しております。もう決して敵に遅れは取りません。どうかご安心ください。」

「もちろん、ナジム隊長や皆を信頼しております。…ですが、私は早くアルジャン王国へ参りたいのです。どうか、私の願いを叶えてくださいませ。」

「……そこまで仰るのでしたら。ローゼリア様の御心のままに。」

騎士の礼をして、退室していくナジム隊長の後ろ姿にホッとした私は、先日の恐ろしい体験を思い出していた。


✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


アルカディア王国の国境へ向け街道を走る馬車の群れ。
ローゼリアは、馬車で旅するということをなめていた自分に苛立っていた。

とても揺れる!淑女として、恥ずかしいけれど、このままだとお尻が2つ以上に割れちゃうわ!!

あまりの痛さに、クッションになりそうなものを馬車に持ち込み巣作りをしてしまったわ。それでも痛い。それに、揺れ過ぎて、なんだか、気持ち悪いわ……

結局、痛みと気持ち悪さに耐えられず、具合が悪いと度々休憩を要求したため、次の宿に着く前に日が暮れそうになっている。

馬車を守る護衛達が、嫌な予感にピリピリしていると、それは来た。

ヒュ~……ドッ。

ヒヒーンッ
ガタガタッ

馬車が急停車した。
そして、大勢の怒鳴り声や武器がぶつかるような音がした。喧騒が静かな街道を戦場へと塗り替える。

私はただ、馬車の扉の鍵を閉めて、身を丸め、ガタガタと震えていることしか出来なかった……


✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


幸い、多少の怪我人は出たものの、荷を損なうことなく無事に街道を抜け宿へ着くことができた。

けど、怪我人は出たわ。
私の愚かな願いのせいで……

私のお尻が割れようが、具合が悪かろうが、我が儘を言うべきじゃなかった。
私はやっぱりね。
性根が変わっていないから、周りに迷惑をかけてしまう……
もう、二度と、旅程を崩す行動はしないわ。
護衛達を、私の世話から、一刻も早く解放しなくては。

確かに体調は優れない。
けど、どうにかなるわ!私はローゼリア・フォン・マーガレット!マーガレット公爵令嬢として、いまこそ矜持を見せるのよ!

ローゼリアは頭が悪い。
ゆえに、このような結論となってしまった。


結果から言うと、ローゼリアは頑張った。体調を崩しつつもで乗り切ってしまった。
これには護衛隊長のナジムをはじめ、同行者の皆、驚くやら感心するやら。
あれから文句一つ言わず、耐え抜いたローゼリアに、ナジムは感動さえ覚えた。
(これほど忍耐力のある御令嬢は初めてだ。これが噂の御令嬢だとは思えない。何かの間違いではないのか?)
…などと、悪役令嬢という噂さえ、偽りではないかと疑問に思うほどだった。

そんなこんなで、アルジャン王国国境に着いた今日、本来、ナジム達アルカディア王国側の護衛は、此処でお役御免となるはずが……皆一様にローゼリアの身を案じて離れられずにいた。

「ローゼリア様…我々は王命により、此処までとなります…ですが、もし、ローゼリア様が望まれるなら、この先も共に…」

などと言い出すナジム隊長。その後ろで、同行者一同頷いている。

どーしてこうなった?!と焦るローゼリア。具合が悪いことも相まって頭がいつも以上に回らず非常に困っていると、アルジャン王国の護衛隊長らしき人物から声が上がった。

「我々はアルジャン王国王立騎士団第三部隊である!私は第三部隊隊長レジオン!アルジャン王国内においては、我々が御令嬢の護衛を命じられている!貴殿らにも思いはあるだろうが、どうか我々にお任せ頂きたい!」

そうよね~他国の騎士を簡単に自国に入れる訳ないわよね~と納得するローゼリアだが、ナジムも引かない。

護衛隊長同士の諍いに発展しそうになった時、腰に響く良い声が響き渡った。

「お前達、争う前に、御令嬢の顔色を見よ。……ローゼリア嬢?かなり顔色が悪いようですが、体調が悪いなら少し休める場所を用意しましょうか?」

その優しい気遣いに溢れた言葉が聞こえた私は、ホッとした為、これまで気合で立っていた体が限界を迎えて気を失った。


✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


目の前で傾く体に慌てて駆けつけて抱きとめた。フワリ、と少女らしい甘い花のような良い匂いが鼻をよぎる。
抱きとめた体は柔らかく、細い。力の入れ方に気を付けなければ、容易く折ってしまいそうだ。
そのまま横抱きにしたが、

「軽い……」

思わず声に出してしまった。

これがか……


✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


「~うーん、ムニャムニャ。はじめまして、旦那様~…zzz」
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