『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第六章

第五十六話

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 その日の夕方だった。エルはマルクスに呼ばれ、行き慣れた彼の部屋へ向かった。その部屋の前にはハウリアがいた。エルがぴたりと足を止め、はっとした顔を作る。

「ここに来ると思ってた」
「なんだよ」

 怪訝そうに眉をひそめたエルに対し、ハウリアは頭をかいて、言うことを躊躇うように息をついた。

「ルファにあの酒を飲ませようとした件だ。父上に報告してきた」
「ふうん。黙ってればよかったのに」
「それはできない。お前は父上に言わなさそうだったからな」

 口をへの字にしたエルを眺め、彼は困ったように笑う。

「んで、マルクスはなんだって?」
「謹慎だけで終わりにするそうだ。きちんとした酒を持ってこいって。ルファに振舞えと言われた」
「よかったじゃん」

 ハウリアは首を横に振る。どこか、踏ん切りがつかない表情をしていた。

「本当は王になりたかったのか?」
「今はどうでもいい。ただ、あいつが何もかも持っていて、羨ましかったのかもしれない」
「ふうん……」
「でも、お前を見て吹っ切れた。なんだよ、フェンリルの惨殺って」

 エルが頭をかいた。ただ、ハウリアは呆れたように首を左右に振ると、「まあ、お前に言っても仕方がない」とだけ言い、そのまま帰ろうとエルに背を向けて歩き出した。
 エルは振り返ると、「もう、変なこと考えるなよ」とだけ伝える。すると、彼は手を揚げて、そのまま薄暗い廊下の方へ消えていった。

 エルはと言うと、そのままマルクスの部屋に入っていった。すでにレイジも控えており、マルクスはというと、いつものように何冊も本が作れるような書類に目を通している最中だった。

「突然なんだよ」
「呼び出してすまないね」

 マルクスは書類とペンを置き、エルの方へゆっくりと向かってくる。レイジは佇んでいるだけだ。マルクスはエルの視線まで目を合わせると、「君が無事でよかった」とほほ笑みかけた。

「んで、要件は?」
「本当の家族だというのに、用がなければ会ってはいけないなどは無いだろう?」

 口を尖らせたエルに対し、マルクスは微笑んで彼の頭を撫でた。エルはと言うと、そっぽを向く。

「本当はもっとこうしてやりたかったんだけれど、随分と遅くなった」
「陛下、顔が随分だらしなくなっています」
「ああ、すまない」

 マルクスとレイジのコントのようなやり取りにも慣れて来た。エルはため息をついて、マルクスの手を払った。

「ハウリア、来たんだって?」
「ああ。謝りに来た。ルファに言えば、二人の関係は歪なものになってしまう。だから、エル……わかるね?」
「わかってるよ。二人の関係は前よりも良くなった」
「そういうことだ。ハウリアも暴走することはないだろう」

 マルクスはそう言ってまたエルの頭に手を伸ばす。エルはそんな彼の手を払いのけた。
 困った顔をするマルクスだったが、「ハウリアは俺の子供なんだ」と言う。驚いた顔を向けるエル。その隙にハウリアの手がエルの頭を優しく撫でた。

「実際のところは、私の遺伝子を使って作られた子供というのが正しいのか。アルトの父親であるアンバーが秘密裏に実験したんだ。もちろん、すぐにばれて、城には居られなくなったけどね。それ以来、ハウリアは私の子供として、育てているよ」
「どうして、もっと早く……」
「捕まえていれば、か。アンバーは父親と仲が良く、城の中枢に潜んでいた。だからこそ、手が出せれない。追放という形で事なきを得たが……そうだね。エルの言う通りだ」

 困った顔で微笑むマルクスを見て、エルは何も言えなくなった。刹那、マルクスは何かを決したのか、すぐに真剣な表情をエルに向けた。

「彼が作った君のデータ解析を見たよ」
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