『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第六章

第五十五話

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 その次の日。エルは早朝から情報屋の前にいた。中には入らず、テントの周りをうろうろと。
 それを窓から見ていた老婆が小さくため息をつき、外へ出て来た。

「なんだい。こんな早朝から」
「あっ」

 七面相を作るエルに対し、老婆は深いため息をついてみせた。

「依頼のことなら、依頼者から聞いたよ。どこにでもいっちまいな」
「その、さ」

 そっぽを向いて、ぐっと眉をひそめたエル。老婆がエルに近寄ると、彼の尻を思い切り叩いた。

「いでっ!?」
「私なら、陛下から頂いたお金とあんたから貰った金でやっていける。自由に暮らすんだ。まあ、あんたは自由とは無縁な生活にはなるだろうけどね」
「婆……」
「ほら、行きな。本当の家族が待っているんだろ」

 老婆の言葉にエルの眉が下がる。

「お前を拾ってよかったと思ってるよ。あの日、スラムの路地裏でごみと混ざってたアンタを見た時にはどうしたらいいかわからんかった。けれどね、なんとまあ、人間らしい表情を見せるようになって……私の孫よ」

 エルが顔を腕で隠しており、老婆は背中をさすった。

「ほら、行きな。物陰に居るの騎士だろう」
「ああ……今までありがと」
「感謝は一回で十分だ」
「うん」

 顔をあげたエルは晴れやかな顔をしている。エルは一度だけ老婆に抱き着くと、そっと離れた。

「いってきます」
「ああ。いってらっしゃい」

 エルが駆けだせば、レイジも物陰から現れる。老婆はその様子を見て、安心した表情を向け、やがて、快晴な空を仰ぐ。

「私には大きすぎる荷物じゃったなぁ」








 城に帰ったエル。月に一度の王家の食事会だった。
 無言下でいがみ合うルファとハウリア。あまり接点のなかった第三皇子のルフィ。我儘を言ってデザートを用意してもらっているメルディ。そして、エルの隣に座るレン。そのせいか、いつもよりも静かな食事会となっていた。
 しびれを切らせたのはルファだった。

「父上」
「なんだい。ルファ」
「あの子、本当にエルだったんですか。んで、隣にいるやつが本当の……」
「しばらく、ずっといただろう」
「ですが!」

 勢いよくルファが席を立ちあがりそうになり、彼ははっとして席に腰を戻した。

「信じられません。あのエルが実は女の子で別人で……別のエルがきちんと存在していたなんて」
「前回、お話した通りだ」
「お姉さんが増えたってことでしょ」

 メルディがフォークをあげて応える。マルクスはにこりとほほ笑むと、「メルディはもう仲良しになったのかい?」と言う。

「これから仲良くなるもん」
「はぁ、これだから無能は……」

 第三皇子のルフィが声をあげる。ハウリアとメルディの鋭い視線に、彼はたじっとした。レンは何も言わないまま、食事を続けている。エルの視線に気が付いたマルクスが、にこりと笑った。

「エルの方は先日一緒にいたから知っているだろう?」
「もちろんです。勝利を掻っ攫われたので」

 ルファが肉に勢いよくフォークを突き刺した。音こそでなかったが、エルは思わず苦笑した。その様子をみていたハウリアがにやりと笑った。

「兄上は俺よりも位が低かったですからね」
「誰かが俺の獲物を横取りしたからな!」
「ははは、手厳しいね」

 ルファとハウリアの鋭い視線が交差し、その様子をマルクスが穏やかに見守っていた。エルはすぐにでも席を立って食事を別の場所に持っていきたかったが、それは無理そうだった。
 そう思っていれば、食事を終えたレンが立ち上がる。

「失礼します」

 歩き出したレンに、メルディが「私も!」と声をかけた。二人で去っていく姿を眺めている時だった。レンが小さくため息をつくと、ハウリアの方へ向かっていく。誰もが不思議そうな顔をしていた。

「これはお詫びよ」

 そっと手を伸ばすレン。青白い光がハウリアを包んだと思えば、彼は驚いた顔をしてみせた。

「治療……? おい、これは!」

 声をかけるが、レンの姿は扉の向こうへ消えていった。
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